綿ダッコ / 第51話

第50話 優しさ

 喉に唾が張り付いて、呼吸すら怪しい。  ここで嘘をつけば、舞子に対して不敬を働くことになる。  ましてや、雇ってくれた恩人を裏切ることになる。  けど、バカ正直に言ってしまえば、未来人ってことがバレるか、大陸と繋がった者として、命は無いだろう。 「教えてちょうだい」 「…………何も知りません」  …………ウソをついてしまった。 「…………そう。雅道がそう言うなら、信じましょう。とりあえず、ここにいる全員、正体が分かるまではここから一歩も出ないこと」 ◇ ◇ ◇ ◇  それからの時間の流れはとても遅く感じた。  感覚的には10倍以上。  その間、舞子は不安そうな顔で部屋のあちこちを見ていた。  まだ、心臓の中で太鼓が鳴っている。 「……舞子様、お耳をお貸しください」  派遣されていた上級女房が戻ってきた。  何を話しているのだろうか…………。 「…………ただの|塵芥《じんかい》、だったらしいわ。大陸の品の表には載っていなかったらしいから、|掃部寮《かもんのりょう》に言って、処理して貰ってちょうだい」 「しょ、承知いたしました」  …………ゴミとして扱われたのか。  どちらにせよ、舞子にウソをついたことには変わりない。  これから、どの面をさげて舞子に仕えたら良いのだろうか…………。 「今日は全員、部屋に戻って良いわよ。雅道、私のことを心配してくれたのよね?」 「は、はい。そうでございます…………」 ◇ ◇ ◇ ◇  心をズキズキ痛ませながら、なんとか部屋に戻った。  部屋で、膝から崩れ落ちる。    流石に安良子さんも、一緒に歩くことはなかった。 「(……雅道さん)」  御簾を下げる余裕もない中、安良子さんがやってきて、屏風の後ろに俺を引っ張った。 「(…………あれって雅道さんのものですよね?)」  安良子さんですら疑ってしまう。  こんな時、誰を信じればいいか分からない。  …………命の恩人なはずなのに。 「(…………はい)」  それでも、人間というのは安心を求めてしまうものらしい。  いつの間にか、涙が出ていた。 「(大丈夫ですから)」  顔に布が当たる感覚があった。  きっと、安良子さんが慰めてくれているのだろう。 「(雅道さんは何も悪くありません。雅道さんがわざとこの時代に来たのではないのでしょう?)」 「(…………そうですけど)」  泣きじゃくっているせいで、自分でも何を言ったか聞き取れない。 「(私がもっと確認すれば良かったですよね…………。申し訳ありません)」  安良子さんは何も悪くない。  なのに、謝らせてしまった。  なんで、このようなことになってしまったのだろう…………。  ——もっと、体力が付いていれば。  ——水分補給を怠らなかったら。  ——疲れている時に行かなければ。  考えれば考えるほど、自分がアホらしくなる。  全て、自分のせいだ。  雇ってくれた舞子でも、命の恩人の安良子さんでも、俺を疑った上級女房でも、スマホを見つけた巳之助さんでも、誰のせいでもない。  全部、熱中症を引き起こした自分のせいだ。 「(…………安良子さんのせいじゃないです。全部、自分が悪いです)」 「(…………あまり自分を責めないでください。いつも通りにすれば、大丈夫ですから)」  …………優しい。  本来なら、もっと怒っていいはずだ。  なにせ、主人にウソをついたのだから。 「(…………ありがとうございます)」  いつの間にか、涙が出なくなっていた。  安良子さんの優しさのおかげだろうか…………。
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