MIYA / 第25話

第25話 八月に行く場所

 翌朝、透は常光寺へ寄った。  本堂では白木が仏具を拭いていた。桑島与一の名前を出すと、手を止めずに「ああ」と返す。  「桑島さん、うちの檀家でしたよ」  「盆には来てました?」  「いや。少なくとも、わしが寺を継いでからは見てませんね」  白木は布を畳み、今度は燭台へ手を伸ばした。  「ただ、毎年八月になると何日か町を離れとられました。前に一度だけ訊いたことがあります」  「どこへ?」  「亡くなった人に手を合わせに行く、と。それ以上は聞きませんでした」  透は昨日、真弓から聞いた話を思い出した。  「ブラジルにいたころの人ですかね」  「さあ。そこまでは」  白木は首を横へ振った。  「バスで行くとは言うてましたよ。年配の方が何人か一緒になるような話やったと思います」  寺を出ると、透はそのまま便利堂へ戻った。            ※  千鶴は自分のノートパソコンを事務所へ持ち込んでいた。  透が白木から聞いたことを話すと、机の端に積んであった伝票を押しやり、画面へ向き直った。  「八月、慰霊、ブラジル、バス。このへんですかね」  「それで出るのか」  「出なかったら言葉変えます」  検索結果をいくつか開いては閉じる。  海外へ渡った人や、その家族が集まる慰霊行事は一つではなかった。古い会報の画像や、開催案内だけが残っているページもある。  千鶴が画面を止めた。  「これ、近いかも」  県外にある慰霊碑で、毎年八月に集まりを開いている団体だった。案内には、何か所かから送迎のバスを出すと書かれている。  「桑島さんが行ってたかは?」  「そこまではネットじゃわかりません。でも問い合わせ先あります」  透は番号を控え、電話をかけた。  呼出音は続いたが、誰も出なかった。  時間を置いてもう一度かけても同じだった。  「受付時間、終わってます」  千鶴が画面の下を指した。  透は受話器を戻した。  「明日の朝にする」  千鶴は画面を閉じかけ、また開いた。  「待ってください。昔の会報あります」  「何年分?」  「かなりあります。全部画像ですけど」  透も隣から覗いたが、文字は小さく、名前までは読めない。  千鶴は一枚ずつ拡大した。  「集合写真ばっかりですね。これで桑島さん探すのは無理か」  「顔知ってる人なら?」  「真弓さん?」  「連れてくるほどじゃない」  「じゃあ、明日電話ですね」  今度こそパソコンを閉じた。            ※  翌朝、受付が始まる時間を待って電話した。  三度目の呼出音で男の声がした。  透は名前を告げ、臥雲町の桑島与一について尋ねた。  電話の相手はすぐには返事をしなかった。  『桑島さんですか』  「はい」  『毎年来とられた方です』  透は椅子へ座った。  「八月の慰霊会に?」  『そうです。長いことね。去年は来られませんでしたけど』  「何をしに来ていたか、わかりますか」  『手を合わせに来るんですよ。みんなそうです』  もっともな返事だった。  透は訊き方を変えた。  「マリアという名前に、心当たりはありませんか」  電話の向こうで紙を動かすような音がした。  『マリア、ですか』  しばらくして、相手の声が少し低くなる。  『あんた、桑島さんの親戚ですか』  「違います」  『じゃあ、なんでその名前を』  透は机の上の控えを見た。  「桑島さんが亡くなる前に、その名前を口にしました。俺は、その人を探しています」  それ以上は話さなかった。  相手もすぐには答えない。  『桑島さん、亡くなられたんですか』  「はい」  『そうですか』  今度の間は長かった。  『マリアさんのことを、わしも詳しく知っとるわけやないです。ただ、桑島さんが向こうに残してきた人を探しとったことは知ってます』  「ブラジルに?」  『そう聞きました』  「マリアさんですか」  『その名前を一回だけ見ました』  透は受話器を握り直した。  「どこで?」  『手紙です』            ※  電話の相手が桑島から手紙を見せられたのは、何年か前の慰霊会だった。  封筒も便箋も海外から届いたものだったという。  『わし、外国の言葉は読めんのでね。桑島さんも困っとられました』  「桑島さんも読めなかった?」  『そうです。会に来とる人で読める人がおらんかって、何人かに見せとりました』  「何語でした?」  『ポルトガル語やったと思います。わしには見分けつかんですけど、そう言う人がおった』  透は控え用紙に、手紙があったことを書き足した。  「差出人はマリアさんだったんですか」  『封筒にその名前があった。わしが覚えとるのは、それだけです』  「内容は?」  『読めんかった言うとるやろ』  少しだけ声が強くなった。  「すみません」  『いや、こっちもすまん』  相手は咳払いをした。  『桑島さん、結局その手紙は持って帰りましたよ。誰か読める人を探す言うて』  透の鉛筆が止まった。  「そのあと、読めたかどうかは?」  『聞いとらんです』  電話を切ったあと、透は控え用紙を見た。  桑島が手紙を持ち帰ったことまではわかった。  そのあと、どこへ置いたのかは誰も知らない。  昨日、門の外から見て帰った家が浮かんだ。            ※  千鶴が昼前に来ると、透は朝の電話について話した。  「じゃあ、手紙を見つければ何かわかるかもしれない」  「残っていればな」  「でも家には入れない」  「ああ」  千鶴は鞄を置きながら考えた。  「宇野さんに聞くのは?」  「警察が必要なら警察が探す。俺が頼んで探してもらうものじゃない」  「楓さんは?」  「役場も同じだよ」  千鶴は椅子へ座った。  「手紙があるってわかったのに」  「昔あったことがわかっただけだ」  桑島が持ち帰ったあとも残していたのか、それすら確認できていない。  透は控え用紙を閉じた。  午後には雨樋の落ち葉さらいが一件入っている。  工具箱を持って立ち上がると、千鶴がノートパソコンを鞄へ戻した。  「今日は普通の仕事するんですね」  「そっちが本業だよ」  「最近忘れそうになります」  透は工具箱を持って土間へ下りた。  桑島家の前を通らない道で、午後の依頼先へ向かった。

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳