MIYA / 第26話

第26話 読めない手紙

 駐在所は商店街の東端にある。  窓には古い交通安全のポスターが残り、赤かったはずの文字が日に焼けて薄くなっていた。透が戸を開けると、机で書類を読んでいた宇野が眼鏡を外した。  「桑島さんのことですか」  「はい」  「やっぱり」  宇野は書類を閉じ、向かいの椅子を顎で示した。  透はここまでにわかったことを話した。  桑島が若いころブラジルにいたこと。毎年八月、県外の慰霊会へ通っていたこと。そこで、外国から届いた手紙を読める人がいないか尋ねていたこと。  宇野は途中で質問せず、最後まで聞いた。  「ようそこまで辿りましたね」  「手紙が桑島さんの家に残ってるかもしれません」  「それを探したい?」  「できるなら」  宇野は眼鏡をかけ直した。  「榊さんが探すのは駄目です」  「わかってます」  「即答されると逆に心配になるな」  透は何も言わなかった。  宇野は机の端に置いたメモへ目を落とす。  「こっちも、桑島さんの連絡先になるものを確認しとるところなんです。亡くなったあとに連絡すべき人がおるかもしれませんから」  「親族ですか」  「親族に限らずですね。とにかく、家に残っとるものを順番に確認しとります」  宇野は立ち上がった。  「外国からの手紙があるいう話は、聞いといてよかったです」            ※  桑島家には、宇野だけが先に入った。  透は玄関の外で待った。  前にここへ来たときは、中に倒れている桑島を助けるためだった。今日は違う。  開いた戸の向こうには、冷えた廊下が伸びている。  救急が来た日に残っていた灯油の匂いは、もうほとんどしなかった。  宇野が部屋を移動する音だけが、ときどき聞こえる。  透は門の外へ出て、軽トラの荷台に腰を預けた。  桑島の中へ入れば早いと思ったのは、ほんの数日前だった。  実際に扉が開いていても、自分が入っていいわけではない。  しばらくして、玄関から宇野が呼んだ。  「榊さん。ちょっとこっちまで」  透は三和土まで入った。  宇野は透明な袋を一つ持っていた。  中に古い封筒が入っている。  角は丸く擦れ、表面にも細かな皺がついていた。外国の切手が貼られているが、消印の文字は透には読めない。  表側の宛名だけは日本語だった。  桑島与一宛てだった。  「これですかね」  「たぶん」  「触らんでくださいね」  「はい」  宇野が袋ごと裏返した。  差出人の名前はアルファベットで書かれていた。筆記体が崩れており、一文字ずつ追わなければ形が取れない。  透は少し顔を近づけた。  「マルリ……?」  「そう見えます?」  「マリアではないですね」  少なくとも、最後の文字はAには見えなかった。  その下には住所らしい文字が何行も続いている。透にわかる地名は一つもない。  宇野が袋を傾ける。  「中に便箋も入っとります」  「何て書いてあります?」  「わからんです」  宇野は苦笑した。  「日本語やないことしか、わしにもわからん」  便箋には、細かな文字が何枚にもわたって書かれていた。  慰霊会の人が言っていた手紙と同じものなら、桑島自身もこれを読めなかった。  それでも捨てずに持ち帰った。            ※  「これ、写真だけ撮らせてもらえませんか」  透が訊くと、宇野は首を横へ振った。  「あかんです。こっちで確認しとるものなんで」  「住所も?」  「それも」  「わかりました」  宇野は少し意外そうに透を見る。  「今日はほんまに素直ですね」  「楓にも似たこと言われました」  「氷見さんにも何か頼んだんですか」  「断られました」  宇野が短く笑った。  封筒は警察側で確認し、必要なら内容も調べるという。ただ、それがいつになるのかまでは宇野にも言えなかった。  「急ぎます?」  「俺は」  そこまで言って、透はやめた。  宇野に七日の期限を説明するつもりはなかった。  「少し」  「そうですか」  宇野は袋を持ち直した。  「ただ、榊さん。これ、たぶん一回や二回しか開けてない封筒やないですよ」  透は封筒を見る。  口の部分が毛羽立ち、折った跡もいくつか重なっていた。  「何度も見たんでしょうね」  宇野はそれだけ言い、袋を持って家の奥へ戻った。            ※  便利堂へ戻ると、千鶴が待っていた。  「ありました?」  「あった」  机へ座り、覚えている範囲だけ紙へ書き出す。  外国から来た封筒。宛名は桑島与一。中には日本語ではない便箋が複数枚あり、差出人はマリアではなかった。  「名前は?」  「マルリ、みたいに見えた。正確にはわからない」  千鶴が首を傾げる。  「じゃあ、慰霊会の人が見た手紙は別のやつとか?」  「それもわからない」  「マリアさんが手紙を書いたんじゃない?」  「かもしれない」  何一つ決められなかった。  透は昨日の控えを開いた。  慰霊会の世話人は、桑島が誰か読める人はいないかと尋ねて回っていたと言った。  なら、あの場に手紙を見た人間はほかにもいる。  「千鶴」  「はい」  「昨日の世話人の番号、残ってる?」  「ありますよ」  千鶴がノートパソコンの横に置いたメモを探し、紙を一枚抜いた。  透は受け取って電話の横へ置いた。  時刻はもう遅い。  明日の朝、もう一度かけることにした。  手紙を見た人ではなく、読んだ人がいなかったかを訊くために。

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