MIYA / 第13話

第13話 番号のついた鍵

 千鶴は便利堂へ入ってくるなり、肩から鞄を落とした。  「透さん、事故に居合わせたって本当ですか」  透は帳場で書いていた伝票から目を上げた。  「誰から聞いた」  「じいちゃんです。商店街で聞いたって」  回覧板ほど早くはなかったらしい。それでも一晩あれば、町の反対側まで話が届くには十分だった。  「怪我してないですよね」  「してない」  「それだけじゃなくて」  千鶴は椅子にも座らず、透を見ている。  「預かったんですか」  透は返事の代わりに立ち上がり、冷蔵庫から麦茶を出した。二つのコップへ注ぎ、一つを千鶴の前へ置いてから自分も腰を下ろす。  「預かった」  千鶴はようやく椅子を引いた。  「その人、透さんのこと知ってたんですか」  「たぶん知らない。作業着の店名を見て、便利屋かって訊かれただけだ」  「じゃあ、頼まれてない?」  「うん」  千鶴は麦茶に手をつけなかった。  「そういうこともあるんですね」  「俺も知らなかった」  透がそう言うと、千鶴はしばらくコップの中を見ていた。  「断れないんですか」  「どうやって断るのかは知らない」  「梶さんにも習ってない?」  「爺ちゃんからも聞いてない」  千鶴は納得した様子ではなかったが、そこで質問を止めた。  透も預かった言葉については話さなかった。            ※  昼前、透は戸倉自動車整備工場へ寄った。  昨日の事故車はまだ裏手にあり、その横には警察の車が停まっていた。航は工場の中で別の車を持ち上げており、透を見ると顎だけで事故車の方を示した。  「昨日の人、まだおるで」  「警察?」  「車の中、もう一回見とる」  透は邪魔にならない位置で待った。  昨日と同じ警察官が助手席側へ回り、シートの下から取り出したものを透明な袋へ入れている。離れていても、小さな金属だということはわかった。  作業が終わると、警察官が透に気づいた。  「昨日の第一発見者の方ですよね」  「はい」  「ちょうどよかった。この鍵、昨日見ました?」  差し出されたのは袋のままだった。  透は手を出さず、外から見る。  黒ずんだ平たい鍵の頭に、割れた番号札が残っていた。札の端は欠けているが、数字の三だけは読める。  「見てないです」  「運転手さんが持っていたところも?」  「そこまでは」  警察官は頷き、袋を手元へ戻した。  「わかりました。ありがとうございます」  それ以上の説明はなかった。  透も訊かなかった。  警察官が表へ回ると、近くにいた航が事故車を見ながら言った。  「車の鍵ではないな」  「わかる?」  「車の鍵なら、あんな形せんよ。古い南京錠か何かやろ」  「番号札がついてた」  「見えた。三やな」  航は軍手を外し、作業台へ放った。  「何の三かまでは知らんけど」  透は胸の奥に残っている言葉を思い出した。  早瀬さんに、鍵は戻したと言うといてくれ。  昨夜まで形のなかった鍵が、初めて実物として目の前に出てきた。ただし、あれが男の言った鍵と同じものかどうかまではわからない。  航が透の横を通り過ぎる。  「昼食ってく?」  「今日は帰る」  「母ちゃんには自分で言えよ。俺が怒られるから」            ※  便利堂へ戻ると、千鶴の祖父が軽トラの荷台へ乾物の段ボールを積んでいた。  「透くん、明日の配達、一軒増えたから頼むわ」  「わかりました」  透が荷物を受け取る横で、千鶴が事務所から出てきた。  「じいちゃん、古い鍵って詳しい?」  「なんや急に」  「真鍮っぽいやつで、番号の札がついてるの。三番」  透は千鶴を見る。  「何でも話すなよ」  「宛先も何も言ってないですよ」  藤木は二人のやり取りを気にせず、荷台へ手をついた。  「番号札いうても色々あるやろ」  「古い南京錠みたいな鍵らしいです」  「南京錠か」  藤木は少し考えた。  「札はどんなや」  「割れてて、三だけ残ってました」  「頭に穴のある札か?」  透は昨日見たものを思い返した。  「たぶん」  藤木の返事はすぐには返ってこなかった。  乾物屋の方から呼ぶ声がして、いったんそちらへ顔を向ける。それから透へ戻した。  「港の古い共同倉庫で、昔そんな札使っとったな」  「共同倉庫?」  「道具や資材を置いとくところや。一番から番号振ってあった」  「三番も?」  「そら番号順ならあるやろ」  藤木はそこで笑った。  「ただ、同じ鍵かどうかは知らんで。似た鍵なんか、ほかにもいくらでもある」  「今もその鍵を使ってます?」  「いや。今のは違う」  藤木は段ボールの位置を直した。  「十五年前の高潮のあとで、錠前ごと替えたはずや」  それ以上は続けず、明日の配達先を書いた紙を透へ渡した。  「気になるなら港見てきたらええ。ただし、勝手に倉庫開けんなよ」  「鍵持ってないです」  「持っとっても開けんないう話や」  千鶴が横で笑った。  「透さん信用ないなあ」  「お前もだろ」            ※  夕方、透は港へ向かった。  共同倉庫は防波堤の内側に並んでいた。潮を受け続けたトタンの壁には錆が浮いているが、シャッター周りの錠前だけは新しかった。  端から番号を追う。  三番倉庫は真ん中あたりにあった。  壁の上部に古い番号板が残っており、今も三番だとわかる。シャッターには新しい錠前が付き、昨夜事故車から出てきたような鍵を差す場所はなかった。  透は倉庫の前まで行ったが、喉の反応を確かめようとはしなかった。  梶に言われたばかりだ。人でも場所でも、反応を答え合わせに使うものではない。  代わりに、倉庫の周囲を見た。  三番だけが特別古いわけでもなく、隣と造りが違うわけでもない。外から見ただけでは、昔ここを誰が使っていたのかまではわからなかった。  防波堤寄りに、小さな管理事務所がある。  入口はすでに閉まっていたが、窓の横に営業時間と連絡先が貼ってある。  透は番号を控えた。            ※  軽トラへ戻ってから、透は藤木の言葉を思い返した。  共同倉庫は、町の人間や会社が必要な区画を借りて使っていたらしい。  事故車から出てきた鍵が本当にこの倉庫のものなら、三番を使っていた人間がいたはずだ。  その人間と事故で亡くなった男が同じなのか、早瀬という人物につながるのかは、まだ何もわからない。  透は管理事務所の営業時間を書いた紙を、軽トラのダッシュボードへ挟んだ。  翌朝は、草刈りの仕事が一件入っている。  そのあとなら、港へ戻れる。

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