志乃創 / 第45話

第38話 五人部屋

 窓の外が明るいうちに、死人の部屋は紙になった。  防犯映像。端末履歴。聞き取り。勤務先から届いた回答。  会議机を二つ繋げても足りず、田中が椅子を横へずらした。  椅子の背に掛けていた唐傘の石突が床を擦る。 『猛虎、それ踏むぞ』 「あ、」  田中が踵を浮かせた。 「すみません」  足元には、印刷した視聴者一覧が一枚落ちていた。  田中は拾って机へ戻す。 「唐傘さん、よく見えますね」 『朝からずっと見てるわい』 「いや、まあ、静かだったので」  猫屋敷が端末から目を上げた。 「珍しいですね」 『死人の横で喋り倒すほど無神経じゃないぞ』 「へえ」 『なんだその顔は』 「いいえ」  猫屋敷はもう画面へ戻っていた。  柏城も救急搬送の一覧を送り直す。  配信を見ていた人数は二百を越えている。  公開投稿まで追える者の中には、配信後にゲームをし、翌朝には仕事へ向かった者もいた。  猫屋敷の端末には対戦結果が何枚も並んでいた。 「朝までゲームですか」 『元気だなあ』 「別の意味では心配ですけど」  田中が笑いながら印を足す。  その隣にも、もう一つ。  柏城の照会結果には、同じ印がつかない。 「……他は、今のところ出てませんね」  紫谷は返事をせず、柏城の画面を覗いた。  シャツの袖が机の紙を一枚押す。 「喉は?」 「似た外傷なしです。脱水、自傷も拾いましたが同じ経過はありません」 「んー、行き詰まりだねえ」  紫谷が身を戻した。  田中が別の一覧を寄せる。 「視聴者側も普通に生活してますね。これだけ出ないなら、見るだけって線はかなり薄いんじゃないです?」 「かなり、ね~……」 「外しません?」 「まだかな」  田中のペンが止まる。  紫谷は机の上から一本、付箋を取った。 「見ただけじゃない、まではいいけど。全く関係ないは言えないじゃん」 「了解です」 「ハルくん、アーカイブ側ちょうだい」 「確認中です」  猫屋敷の指が止まる。 「視聴回数だけなら相当ありますよ。これで感染なら、もっと出てないと変ですね」 「だよね?」  紫谷の声が幾分か軽くなる。 「よかったあ。村一個隔離とか言われたら帰れないし」  田中が笑った。 「そこですか」 「大事でしょ。泊まりの準備してないもん」 「俺らもですよ」 「田中くんは何か大丈夫そう」 『こいつはパンツ一枚ありゃどうにでもなるぞ』 「唐傘さん??」 『事実だろ』 「んは、どういう生活してんの」  そのまま紙を一枚、猫屋敷の前へ置いた。 「で、こっち」  声が戻った。  死亡した被害者の投稿。  移住前のものから、古い順に並べてある。 《また母親から電話》 《死ねば楽なのに》 《寝れない》 《今日も休んだ》  短い文が続く。  その間にコンビニの酒、カーテンの閉まった部屋、飲みかけの缶。  少し先へスクロール。  真子の配信を見るようになった頃から、写真に昼が混じった。 《久しぶりに寝れた》 《仕事いけた》 《外出た》 《母親から電話きた》  最後の一行の下には、何も続いていない。  田中が勤務先の回答を重ねた。 「こっちも同じです。欠勤は減ってます。遅刻も。異動希望は本人から取り下げたようです」 「母親とは?」 「連絡続いてます。回数も、そこまで変わってないですね」 「じゃあ縁切って解決じゃないな」 「酒も減ってますよ」  猫屋敷は二つの画面を並べた。  柏城が覗く前に、片方だけ少し手前へ寄せる。 「投稿だけですか?」 「あ、はい。ただ前はかなり出てたんで、間違いないかと」  田中が紙の端を指で揃えている。 「……あの、普通に、良くなってません?」  紫谷の指が、投稿の途中で止まった。  柏城は《仕事いけた》の下に載った写真を見る。  白い弁当箱。  卵焼き。  梅干し。  スーパーの惣菜らしいコロッケ。  朝見た口の中とは、どうにも重ならない。 「生活だけなら。改善してるとは思います」  猫屋敷は移住前の投稿を指で戻した。 「こっちに嫌なものが残ってるんですよね、」  紫谷が目を向ける。 「どのくらい?」 「ほとんど毎日です。母親、仕事、自分。全部」  指が移住後へ移る。 「こっちは薄くて。なくなったってより、引っかからなくなってる感じ、?」  指が画面から離れた。  猫屋敷は天井のどこかを見て、また写真へ戻る。 「今朝の遺体に……怖いと、痛いか。残ってたと思います」 「うん」  画面から離れた視線は、紫谷の横顔に残った。 「緋毬さん」 「なに」 「配信の置いてく、は効いてたんじゃないですか」  紫谷の口元だけが動いた。 「……一番困るなあ」  柏城が顔を上げる。 「何がですか」 「悪いやつなら、悪いって言えるのにね」  紫谷は投稿を一枚めくった。 「普通に救われてるよねえ」  猫屋敷は何も言わない。  田中も、そこでペンを止めた。  紫谷は資料の束へ指を差し込み、一枚下から抜いた。 「まあ、死んだからって生きてた時まで嘘になるわけじゃないし。そこはそこ」  紙が一枚、机の向こうへ渡る。  田中が受け取った。 「今日の配信でどう変わるか、かなあ」  宿は、役所から車でそれほど離れていなかった。  古い旅館ではない。新しくもない。  玄関脇に造花。  廊下に自動販売機。  壁の端だけ少し剥がれた壁紙。  案内された襖を開けて、紫谷が止まった。 「……四人一部屋?」 「そうです」  田中が後ろから中を覗く。 「今日の今日で四部屋は無理でした。二部屋も聞いたんですけど、団体さん入ってるみたいで」  紫谷は十二畳を見渡した。 『五人だろ』  田中の腕の中から声がした。  紫谷が唐傘を見る。 「車で寝てよ、場所とるんだから」 『俺は猛虎の相棒だぞ』 「今日静かだったからさあ、ただの傘に戻ったのかもって?」 『死人の隣でひま坊と同じ調子で喋れるか』 「俺も今日は静かだったでしょ」 「緋毬さん」  猫屋敷がその後ろから言った。 「入ってください。荷物重いです」 「あ、ごめん。持とうか」 「今ですか?」 「えー……気遣いってタイミングむずかし」  紫谷が一歩入る。  猫屋敷が横を抜け、そのまま一番奥へ鞄を置いた。 「そこ俺がいい」 「もう置きました。俺は窓から遠い方が好きなんで」 「理由出されると譲るしかないじゃん」  紫谷は押入れを開けた。  布団が四組。 『待遇が悪いな。俺の分がない』 「あるわけないじゃん」  田中は靴を脱ぎながら唐傘を壁へ立てた。 『横になってみたい日もあるだろ』 「今日じゃなくていいでしょ」  田中が笑った。  柏城は入口で靴を揃えた。  蛇の目がこちらへ向く。 『新人』 「はい」 『腹減ってるか』 「減ってます」 『なら飯先だな』 「傘さんが決めるんですか」 『お前ら放っとくと仕事始めるだろ』  田中が黙った。  猫屋敷も黙った。  紫谷だけが唐傘を見る。 「うーん。正論。」 『ほらな』  田中が時計へ目をやる。 「配信までまだありますし、先食います?」 「賛成」  紫谷が押入れを閉めた。 「飯食って風呂入って仕事しよ」 「風呂先にしないんです?」  柏城が訊く。 「腹減ったまま風呂入るとハルくん寝るから」 「それは……まあ、困りますね」 「でしょ」  猫屋敷が荷物から着替えを出しながら 「緋毬さんは飯食ったあと眠気来るじゃないですか」  と文句を垂れた。 「今日は仕事あるから寝ないよ」 「前も言ってましたよ、それ」 「じゃあ今日こそ」  田中がコンビニ袋を机へ置く。  唐傘が倒れるように寄りかかった。 『それ何だ』 「唐揚げです」 『早くしろ』 「唐傘さん食べなくても平気でしょ」 『でも食うのも好きだぞ』 「じゃ俺のあげる」  紫谷が座った。 『お前のは甘いやつばっかだろ』 「失礼な。唐揚げもあるよ」 「緋毬さん、その前に自分で食べてください」  猫屋敷は自分の弁当を開けた。  田中が笑いながら割り箸を割る。 「紫谷さん、食べないとうるさく言われますよ」 「知ってる」  田中が唐揚げを口へ入れる。 『夜食えば帳消しになるってわけじゃないぞ』 「母親かよ」 『産んだつもりはないけどなあ』  柏城は弁当の蓋を開けたまま、少しだけ目を伏せた。  笑いそうになった。  横から紫谷が見てくる。 「柏城、今笑った?」 「笑ってません」 「絶対笑った」 「緋毬さん、だる絡みの前にご飯」 「……はあい」  紫谷が大人しく卵焼きを口へ入れた。  田中の端末が震える。 「あ」 「飯が先」  猫屋敷が言った。 「確認だけ」 「さっき仕事始めるからって言われてたの忘れたんですか?」  柏城が言うと、田中が一瞬こちらを見た。 「柏城さんまでそっち……」 「事実です」 『新人、もっと言え』 「唐傘さんはちょっと黙ってってば」  蛇の目が細くなる。  紫谷は味噌汁の容器を弁当の上へ重ねた。 「じゃ、俺先にお風呂もらうね」  猫屋敷の目はまだ残っている弁当へ落ちる。 「残ってます」 「……見えてた?」 「目の前なんで」  紫谷は残ったおかずをまとめて口へ入れた。  猫屋敷は何も言わず、それがなくなるまで箸を置いていた。 「はい、完食」 「最初からしてください」 「はあい」  紫谷はタオルを抱える。 「配信までには戻るから」 「寄り道しないでくださいよ」 「んー、多分ね」  襖が閉じた。  田中は伏せた端末へ手を伸ばしかけ、 『猛虎、飯』 「……分かってますよ」  また、箸を取った。  大浴場は廊下を右だった。  紫谷が曲がる前に、ポケットの中で携帯が震える。  暖簾を一度見る。  右へは行かなかった。  廊下の先にあった硝子戸を開ける。  夜気が、湯へ入る前の首筋へ触れた。  小さな中庭だった。  松と、石灯籠。  水の抜かれた鹿威し。  四方の客室だけが明るい。  紫谷はタオルを抱えたまま、縁石へ腰を下ろした。  携帯がもう一度震える。 「もしもーし」 『遅い』 「お風呂行こうとしてたんだもん」 『じゃ、切る?』 「切らないでよ」  返事だけが先に出た。

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳