RenHazumi / 第9話

第9話「会社を買う気なんてない」

第9話「会社を買う気なんてない」 --- ### 06:30 **赤坂レジデンス――1203号室、港区** 蓮は、妙な感覚とともに目を覚ました。 夢のせいではない。 物音のせいでもない。 ただ――何かが頭の中で引っかかっている。 まるで、まだ読んでいない通知があるような。 何かが、自分を待っているような感覚だった。 蓮はベッドの端に腰を下ろした。 そして、スマートフォンを見つめる。 《絶対資産支配システム》 黒瀬 蓮 年齢:21 純資産:¥4,900,000,000 物質的欲求:2% Wantless Multiplier:×35 アクティブスキル: ・《資産分析 EX》――資産分析(ランク:EX) ・《企業管理》――企業管理(ランク:C) 所有企業: ・ヤマト・ロジスティクス株式会社(従業員87名) 特別報酬: ・準備中(2項目) 蓮は最後の一行を見つめた。 …… 特別報酬が二つ。 まだ準備中か。 蓮はスマートフォンを置いた。 立ち上がり、電気ケトルのスイッチを入れる。 湯が沸くのを待ちながら、ノートパソコンを開く。 高橋から届いていたメールを読む。 **From:高橋 健司** **Subject:日次報告――ヤマト・ロジスティクス** > 黒瀬様 > > 本日時点でのヤマト・ロジスティクスの状況について、簡単にご報告いたします。 > > ・債務再構築の手続きは現在進行中です。主要銀行から、返済期間を5年から10年へ延長することで合意を得ています。 > ・年間金利についても、2.3%から1.8%への引き下げ交渉に成功しました。 > ・年間削減額:約2,400万円。 > ・中島さんが債務再構築の詳細な提案書を作成しました。来週、プレゼンテーションを行う予定です。 > > それとは別に、いくつか黒瀬様とご相談したいことがございます。 > > 新たな……機会についてです。 > > 本日、お時間をいただけるようでしたら、ご連絡ください。 > > 高橋 健司 蓮は、そのメールを見つめた。 …… 新たな機会、か。 今度は何だ? 蓮はひびの入った白いマグカップにインスタントコーヒーを注ぐ。 一口飲む。 苦い。 熱い。 普通だ。 …… 少なくとも、これは変わっていない。 --- ### 07:15 **赤坂レジデンス――1203号室** 蓮は高橋に返信した。 **To:高橋 健司** **Subject:Re:日次報告――ヤマト・ロジスティクス** > 高橋さん > > 報告ありがとうございます。 > 本日、お会いできます。 > 10時でどうですか? そちらのオフィスで。 > > 黒瀬 蓮 送信ボタンを押す。 そして、床に座った。 窓を見つめる。 …… 新たな機会、か。 このシステム、本当に俺を静かに暮らさせる気がないな。 蓮は息を吐いた。 立ち上がり、出かける準備を始めた。 --- ### 09:30 **赤坂レジデンス → 地下駐車場B2 → 丸の内方面** 蓮は丸の内へ向けて車を走らせていた。 東京の中心にあるビジネス街。 オフィスビル。 大手銀行。 巨大企業の本社。 蓮はあるビルの地下駐車場に車を停めた。 そして、8階へ上がる。 --- ### 10:00 **黒瀬アセットマネジメント――8階、ミーティングルーム** 部屋はシンプルだった。 木製のテーブル。 革張りの椅子。 そして、東京の喧騒の真ん中にありながら、皇居を望む静かな窓。 高橋 健司は、すでにそこに座っていた。 グレーのスーツ。 濃紺のネクタイ。 落ち着いた表情。 「黒瀬様」 高橋は立ち上がり、頭を下げた。 「お越しいただき、ありがとうございます」 蓮はテーブルの向かい側に座る。 「何ですか?」 高橋はファイルを開いた。 数枚の書類を取り出す。 「一つ、会社がございます」 高橋が言った。 「現在、経営難に陥っています。経営状態は悪く、負債も大きい。しかし、その資産には……非常に大きな価値があります」 蓮は高橋を見る。 「どんな会社ですか?」 「三井海産食品株式会社です」 高橋は書類を蓮のほうへ滑らせた。 「水産食品会社です。創業から40年。日本全国に強力な流通網を持っています」 一度、言葉を切る。 「ですが……昨年、オーナーが亡くなりました。その息子は事業を継ぐことに興味がありません。残された経営陣も……能力に欠けています」 蓮は書類を開く。 そして、素早く目を通していく。 …… 三井海産食品か。 年間売上80億円。 負債32億円。 資産55億円。 従業員120人。 蓮は高橋を見る。 「俺が気にする必要がありますか?」 高橋は薄く笑った。 「この会社は救える可能性があります」 そして続ける。 「それに……誰も引き継がなければ、120人の従業員が職を失うことになります」 蓮は高橋を見つめた。 …… 120人か。 またか。 蓮は書類をテーブルに置く。 「俺は会社を買うつもりはありません」 「承知しております」 「ヤマト・ロジスティクスも持っています。それで十分です」 高橋は頷いた。 「分かっております、黒瀬様。ですが、一つだけお見せしたいものがあります」 高橋はノートパソコンを開いた。 画面にグラフを表示する。 「三井海産食品を買収し、適切に再構築した場合、12か月以内に年間約8億円の純利益を生み出せる可能性があります」 さらにグラフを切り替える。 「そして、ヤマト・ロジスティクスと組み合わせれば――輸送網を持つ同社との連携によって、運営コストを最大15%削減できる可能性があります」 蓮はグラフを見つめた。 …… シナジーか。 輸送と食品流通。 蓮はテーブルを指先で軽く叩いた。 …… 筋は通っている。 高橋が少し身を乗り出す。 「黒瀬様、無理にお勧めするつもりはありません。ただ……システム――失礼、経営側の分析では、非常に良い機会だと判断しております」 蓮は高橋を見る。 「システム?」 高橋は咳払いをした。 「失礼しました……弊社の分析チームという意味です」 蓮は息を吐いた。 …… このシステム、本当に黙ってくれないな。 蓮はもう一度、書類を見る。 そしてスマートフォンを取り出し、システムのアプリを開いた。 《新規企業候補》 三井海産食品株式会社 ステータス:経営難 負債:¥3,200,000,000 資産:¥5,500,000,000 従業員:120名 将来性:高 推奨:買収 買収した場合の報酬: ・Wantless Bonus ×40 ・¥1,500,000,000 ・スキル《交渉術》――ランクB 蓮は画面を見つめた。 …… 15億円か。 それに交渉術のスキル。 蓮はスマートフォンを置いた。 そして、高橋を見る。 「分かりました」 蓮が言った。 「会社を見てみます」 高橋は笑った。 「ありがとうございます、黒瀬様」 --- ### 11:30 **黒瀬アセットマネジメント → 品川方面** 蓮は品川へ向けて車を走らせていた。 三井海産食品の本社と保管倉庫が、そこにある。 混雑した道路を通り過ぎる。 高層ビル。 レストラン。 店。 その間も、蓮の思考は別のところに向かっていた。 120人か。 このまま、職を失わせるわけにはいかない。 蓮は息を吐いた。 …… 俺、どうしてこうなったんだ? アクセルを踏み込む。 --- ### 12:00 **三井海産食品――本社、品川** 建物は築30年ほどだった。 灰色の外壁。 ところどころ、塗装が剥がれている。 入口の前には、看板があった。 **三井海産食品株式会社――Mitsui Marine Foods Co., Ltd.** 蓮は車を停める。 そして、中へ入った。 ロビーは静かだった。 一人の受付係――茶色に染めた髪の中年女性が蓮を迎える。 「こんにちは。ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」 「黒瀬です。経営陣の方にお会いしたいんですが」 受付係は蓮を見る。 「お約束はございますか?」 「ありません。ただ、黒瀬アセットマネジメントから来ました」 受付係が瞬きをする。 「黒瀬……アセットマネジメント?」 「はい」 女性は電話を取った。 小声で何かを話す。 そして、電話を切った。 「少々お待ちください。鈴木取締役がお会いになります」 蓮は頷いた。 待合用の椅子に座る。 5分後。 エレベーターから、一人の男が出てきた。 50歳ほど。 シャツの裾がズボンから少し出ている。 緩んだネクタイ。 薄くなり始めた髪。 疲れの見える顔。 三井海産食品の取締役――鈴木 浩だった。 「黒瀬様……ですか?」 男が尋ねる。 蓮は立ち上がった。 「はい」 鈴木は蓮を見る。 濃い茶色の瞳が、蓮を頭から足元まで観察する。 「あなたは……お若いですね」 「はい」 「それに、黒瀬アセットマネジメントから?」 「はい」 鈴木は眉をひそめる。 「失礼ですが……目的は何でしょうか?」 蓮は鈴木を見る。 「この会社を見に来ました」 鈴木はしばらく蓮を見つめた。 そして、息を吐く。 「分かりました。こちらへどうぞ」 --- ### 12:15 **三井海産食品――2階、取締役室** 部屋はシンプルだった。 木製の机。 ところどころひびの入った革張りの椅子。 そして、建物の裏手にある保管倉庫を望む窓。 鈴木は机の向こう側に座った。 蓮はその向かいに座る。 「それで」 鈴木が口を開いた。 「あなたは黒瀬アセットマネジメントの方ですね。ヤマト・ロジスティクスを買収したばかりの会社」 「はい」 「そして、我々の会社に興味がある?」 「……検討しています」 鈴木は蓮を見つめる。 「黒瀬様、正直に申し上げます。この会社は今、問題を抱えています」 一度、息を吐く。 「負債は32億円。昨年、売上は20%落ちました。それに……大口の取引先もいくつか失っています」 蓮は黙って聞いていた。 「ですが」 鈴木は続けた。 「まだ資産はあります。品川の倉庫。日本全国の流通網。そして、いくつかの大手レストランやホテルとの契約も残っています」 鈴木は一瞬、言葉を止めた。 「それに……忠実に働いてくれている120人の従業員がいます」 蓮は鈴木を見る。 「なぜ、この会社は苦しくなったんですか?」 鈴木は俯いた。 「経営判断のミスです」 そして、苦しそうに続ける。 「新しい漁船に……投資しすぎました。でも、漁獲量は減った。それなのに……返済を続けることができなくなりました」 蓮はゆっくり頷いた。 …… これは、彼らのせいじゃない。 前のオーナーの判断ミスだ。 蓮は鈴木を見る。 「鈴木さん。この会社が買収された場合……従業員はどうなりますか?」 鈴木は蓮を見た。 「我々にも……分かりません。新しいオーナー次第です」 蓮は静かに答えた。 「誰も解雇しません」 鈴木が瞬きをする。 「……え?」 「誰も解雇しません。俺がこの会社を買収するなら、全従業員にそのまま働いてもらいます」 蓮は続ける。 「経営陣もそのままです。ただ……負債の構造を変えます」 鈴木は蓮を見つめた。 その濃い茶色の瞳が、少し潤む。 「本当に……本気ですか?」 蓮は頷いた。 「本気です」 鈴木は俯いた。 「ありがとうございます……ありがとうございます、黒瀬様」 蓮は立ち上がった。 「決めたら、また連絡します」 鈴木も立ち上がる。 そして、深く頭を下げた。 「ありがとうございます」 --- ### 14:00 **三井海産食品 → 駐車場 → 赤坂方面** 蓮は自宅へ向かって車を走らせていた。 その思考は、鈴木 浩へ向かっていた。 鈴木 浩か。 疲れている。 でも、従業員のことを気にかけている。 蓮は息を吐いた。 …… 助けないとな。 アクセルを踏み込む。 --- ### 15:30 **赤坂レジデンス――1203号室** 蓮は部屋に戻った。 鍵をテーブルに置く。 床に座る。 …… スマートフォンを取り出した。 《企業分析完了》 三井海産食品株式会社 将来性:高 リスク:中 推奨:債務再構築を伴う買収 買収した場合: ・Wantless Bonus ×40 ・¥1,500,000,000 ・スキル《交渉術》――ランクB 蓮は画面を見つめた。 …… 15億円か。 それに、交渉術のスキル。 蓮はスマートフォンを置く。 天井を見上げる。 …… 会社なんて買いたくない。 でも……120人か。 蓮は目を閉じた。 …… 分かった。 蓮はスマートフォンを手に取る。 高橋へメッセージを送った。 **To:高橋 健司** > 高橋さん > > 三井海産食品を買収します。 >書類を準備してください。 > >黒瀬 蓮 蓮はスマートフォンを置いた。 …… これが正しい判断だといいけどな。 --- 18:00 赤坂レジデンス――1203号室 蓮はベランダに座っていた。 明かりが少しずつ灯り始める東京の街を見つめる。 緑茶を一口飲む。 …… その時、スマートフォンが震えた。 《企業取得完了》 三井海産食品株式会社 ステータス:黒瀬 蓮が所有 負債:¥3,200,000,000 資産:¥5,500,000,000 従業員:120名 報酬: ・ウォントレス・ボーナス ×40 ・¥1,500,000,000 ・スキル《交渉術》――ランクB 蓮は画面を見つめた。 「……」 15億円か。 それに、交渉術のスキル。 蓮はスマートフォンを置いた。 …… これで俺は、二つの会社を持つことになった。 207人の従業員。 そして……責任も増えた。 蓮は空を見上げる。 …… その時―― ピン。 《特別報酬のお知らせ》 特別報酬1: マンソリーによるケーニグセグ・ジェスコ ステータス:発送準備完了 特別報酬2: フル超高級高級アパートセット 家具、衣類、腕時計、ガジェット、その他の生活用品一式。 ステータス:準備中 両方の特別報酬は、近いうちに提供されます。 蓮は画面を見つめた。 「……」 ケーニグセグ、か。 それに……マンションの中身全部? 蓮はスマートフォンを置いた。 空を見つめる。 …… このシステム、本当に意味が分からない。 緑茶を一口飲む。 その夜。 蓮は、かつては単純だった自分の生活が――変わり続けていることを感じながら眠りについた。 変化して。 広がって。 そして……自分では制御できないものになり続けている。 東京のどこかでは、一台のスーパーカーが日本へ向かっていた。 ケーニグセグ・イェスコ。 マンソリーによって改造された車。 世界に一台だけの存在。 そして港区のある倉庫では、数人の作業員たちが何かを準備していた。 家具。 衣類。 腕時計。 ガジェット。 すべて……ウルトラ・ハイエンド・ラグジュアリー。 それを望んでいない、一人の人間のために。 --- [次話 10 — 「名前くらい、決めてもいいだろ」] 蓮は現在、二つの会社――ヤマト・ロジスティクスと三井海産食品を所有している。 高橋は、二つの会社を管理するために、親会社――ホールディングカンパニーを設立することを提案する。 蓮は最初、それを拒否する。 しかし、システムは再び彼をその方向へと押し進めていく。 その一方で、如月 美雪は黒瀬アセットマネジメントの存在について、少しずつ手がかりを見つけ始めていた。 そして――高橋 健司という人物についても。 どうやら彼は、自分が話している以上のことを知っているらしい。 [次話へ続く……]

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳