鯣烏賊 / 第60話

iのココロ

「お疲れ様ー!!3人とも!」 「ああ、疲れた。」 「お腹すいたよ。」 「みんなごめんね....................私にできることが避難誘導とサポートしかなくて。」 現実世界に引き戻された俺たち4人は、まずは互いのことを労いあった。 現実の体は1歩も動いていないはずなのに、俺たちの顔にはやはり、ある程度疲労している様子が感じられた。 試験時間は4時間だが、実際に使った時間は3時間に満たないくらいだった。 氷蛇を殺すことは叶わなかったが、「無力化」という形で、一応の条件達成に成功した。 その上、ユリさんの迅速な対応のおかげで直接の死傷者なし。 二次災害は....................まぁ、こういうのはなんだけれど防ぎようのないものであった気もする。 もちろん、ここもゼロにすることが理想だけれどね。 さて。 「みんなは、これからどうするの?」 「寝させろ。」 とディラン君。 「ご飯食べる!」 とパキケ君。 「私は....................せっかくだからここでしか読めない資料とかを読もうかしら。」 と、ユリさん。 まだまだ余力と元気が残っている人。 お腹は減っているが、まだまだ動ける人。 「俺は、鍵《シュリュッセル》のバグのことを見てもらいに行くよ。」 俺がそう言うと、自然とこの場で一度解散する流れになった。 俺とディラン君をのこして、パキケ君とユリさんが、先にこの試験室を出ていく。 そして、俺たちは2人きりになった。 「ディラン君....................大丈夫?」 「ああ、大丈夫だ、と言いたいところだが。 ....................悪いが、寮のエレベーターのところまででいいから、肩を貸してくれないか。」 「お安い御用だよ。」 ディランは思いのほか、憔悴しきっていた。 「|闘い求む拳《ヘラクレス》」で強力な攻撃を叩き込む際は、痛みをともなうということはディラン君から何度も聞かされていた。 けれど、実際に使っている様子を見たのは今日が初めてだった。 体は未だ元気なのだろうが、痛みに耐える、という行動で精神がすり減っているように思えた。 ディラン君は思いっきり俺に体重を預けているが、力の弱い人だったら支えきれない脱力の具合である。 「本当にエレベーターまででいいの?」 「ああ。気にしないでくれ。」 「気にしないのは無理なんじゃないかな?」 ディラン君の要望通り寮の1階に連れてきた俺は、エレベーターの「⑥」のボタンを押した。 ウィーンという最小限の起動音とともに、上からエレベーターが降りてくる。 「なあ、ベロキ。 ....................失礼なことを聞いてもいいだろうか。」 「いいよ。」 「この3週間。お前といい経験ができた。 お前はすごいやつだ。 話を聞く限りこの業界に入ってきたのは最近だというのに、すでにここまでの実力と観察眼..............................そして、氷蛇のブレスに正面から飛び込む根性も有している。 ....................前職は何だ。スタントマンか曲芸師かなにかだったのか?」 「いやいや、それほどでも....................。」 「だが。 明日別れる前に、やはり1度聞いておきたいのだ。」 ディラン君はそういうと1呼吸置き、俺の方を見据えてくる。 エレベーターはまだ4階に到着したばかりだ。 人を乗せたエレベーターが、4階から出発した。 「ベロキ、お前は何を目的に生きているんだ。」 「..............................。」 ..................................................。 「当面の目標は....................。」 「違う。そんなことではない。 お前は、何になりたいんだ? お前は、何をしている時が幸福なんだ? お前は、何がしたいんだ? 普通の人なら、すこし接しただけでわかると言うのに。お前だけは理解できないんだ。」 「何をって....................えっと。」 「お前が悪い奴だと言いたいんじゃない。 俺は怖いんだよ。 この試験期間中、お前の笑みはどこか怖かった。 まるで"ここは笑うべき場面だから"笑う、"ありがとうと言うべきシチュエーションだから"ありがとうと言う。 お前そうやって生活している気がするんだ。」 「言っていることがわからないよ。」 沈黙。 俺には、彼の言っていることが理解できない。 俺って、そんなに変な人なのだろうか....................?? 「....................すまない。お前に今、本当に失礼なことを言ってしまった。 心の底から謝罪させてくれ。すまなかった。」 「ああ、いや。気にしないで....................。」 チーン....................。 レストランの呼び出しベルみたいな音とともに、エレベーターが1階に到着した。 目の前のドアが開かれ、何人かの人がパラパラと起きてきた。 「ディラン君。」 「何だ。」 エレベーターに乗ったディラン君と、エレベーターの外にいる俺。 扉がだんだん閉まってゆく。 「さっきの答えだけど。」 30センチものさしくらいの隙間に向けて、俺は言葉を投げかける。 「俺は今、こうして普通に生きているだけで、とっても幸せだよ。」 もう、エレベーターの隙間はボールペン1本分程度しかない。 その隙間から、返答が帰ってきた。 「その言葉を聞けて、すこし安心したぞ。」 パタン。 エレベーターが、上階へ登って行った。 さて。 俺は腕につけている「鍵《シュリュッセル》」を外し、上着のポケットへ入れる。 さて、あの現品不明のバグを解決してもらわねば。 原因はどこだろうか。 まず、試験のサーバを管理している場所へ向かってみよう。 どうも「鍵《シュリュッセル》」本体の問題ではない気がする。 俺は寮を出て、土を踏みしめる。 その瞬間。 「やあ、ベロキ。」 「!!!!!!!!」 横から、ものすごく聞き覚えのある声がした。 その声はしっかりと俺の名を呼んでいて。 俺は相手を警戒するフクロウのように、ゆっくり首を声の方向へと傾ける。 「やっ、3週間ぶりだね。」 「なんで、ここに....................。」 そこにいたのは、俺の事務所の所長であり直属の上司。 黒髪に金髪メッシュを入れているジパングの人物。 そして、どこからともなく現れる、正体不明のある意味とても不気味な人。 腰に刀を携えて、そこにしっかりと、確かに存在していた。 「ミクロさん....................。」 「試験終わりで悪いが、超大切な話だ。 ....................しっかりと聞いてくれ。」 ゴクリ。 そう、思わずつばを飲み込む。 これまでのミクロさんは、どんな話をしているときも必ず笑顔を絶やさず、ひょうひょうとしている人であった。 なのに、今日に限ってはどこかが違う。 いつになく真剣で、目の奥が暗い。 殺し屋をしていたときによく見ていた、人殺しの目である。 まさか、この人....................。 いいや、邪推はやめよう。 「なんですか。」 「ベロキ。悪いが、深夜の2時くらいからここの屋上で見張りをしていてくれ。 それと、その「鍵」は絶対に持っておくんだ。 手ぶらで望むと、確実に死ぬ。」 「怪獣が....................来ているんですか?」 「いいや、怪獣じゃない。 ベロキ。お前がずーっと狙ってる仇を打つチャンスだ。」 「まさか....................。」 「ああ、そういうことだ。 何が起こるかわからない。用心しておいてくれ。 ....................僕は、ここの試験管と行動する。ベロキは好きに暴れてくれ。」 「わかりました。」 唐突に訪れた決戦前夜。 俺の心の中で、何かの火がつく音がした。 ----- そして。 歯車は決定的に回った。 物語のエンドは、ひとつへ収束する。 ベロキと、白装束の男との。 ミクロと、■ー■■との。 不倶戴天の不協和音《ディソナンス》が、全てをエンディングへ向けて整序する。

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