鯣烏賊 / 第59話

凍峰に沈む街にて その18

「破ってみろ氷蛇....................!!」 「跳《トランポリン》」の弾力によって弾かれ、大きく飛び上がった俺は、鍵のダイヤルを大きく回転させる。 そこに浮かび上がる文字は「守《ガード》」。 俺はそれを発動させる前に、手に持ってきていた1本の「髪の毛」を口に含み、飲み込んだ。 「守《ガード》!!!」 すると、普段の「守《ガード》」とは比べ物にならない大きさと厚みを持った、正真正銘の強力な「盾」が生まれた。 ユリさんの譲渡性によるものである。 譲渡性は、コスモを渡した相手が次に何かしらの方法でコスモを使用した時、1度だけその働きを爆発的に上昇させる「特異体質」だ。 さっきの「跳《トランポリン》」で1度目、そしてこの「守《ガード》」で2度目を使用した。 もう俺の取り分は残されていない。 残りの分は、俺が右手に持っているこの「水風船」に全部託した....................。 氷蛇の口が青く光り、例の「コヒョォォォォ」という音とともに冷気が収束されてゆく。 俺はそれを目視で確認すると、大きく息を吸いこみ、その時に備える。 そして、目の前に作られた大きな「壁」に体を預け。その後ろへすっぽり隠れてしまう。 音が聞こえる。 もう何秒も経たずにレーザーがここに来る! 俺は手に持っている水風船....................もとい、ミラーシールドの中に保護されている"コスモ増強剤"を、赤子を抱える母親のようにして守った。 「守《ガード》プラス、ユリさんの譲渡性だーっ!!!!!」 そして、俺の肩の壁1枚向こう側へ、氷のレーザービームが激突する。 ギシシシシシシシ! と、この盾をまるごと削っている音がよく聞こえる。それはそれはよく聞こえる。 しかし、その音にひるまず、俺はさらに盾に体重をかける。 ビビってはいけない。 覚悟決めろ、ベロキ・ルキ。 先を見据えろ、俺。 盾にヒビが入ってきた? そんなことを気にするんじゃあない! ただヒビが入っただけだ。まだ盾は盾としての効力を保っているだろう...................!! ガッツを持て! 着弾から10秒。 ピシッ、という音とともに、右上の角がどこかへ飛んで行った。 そしてヒビは深くなり、そのヒビから冷気が吹き込んでくる。 そして左下、左上とまた吹き飛び、盾がバラバラになりかけてしまう。 しかしそのタイミングで、段々とブレスの勢いが弱まってゆき....................。 そして。 パリーーーーン!!!!!! ステンドグラスが弾けとんだような音と共に、俺の盾がバラバラに吹き飛ぶ。 しかし、その先には何もなかった。 冷やされた白い大気が漂っているだけだ。 「守《ガード》!!」 俺は「守《ガード》」をふたつ設置して足場を確保し....................。 「これでも飲んでおけ!!!!!」 持っていたミラーシールドの水風船を、全力で投球した。 我ながらあっぱれな軌道を描いた水風船は氷蛇の口に近づいてゆき....................そして。 パキケ君によって突き刺された「|貫く矢《オーディン》」の矢じりに激突。 風船の袋の部分....................つまりミラーシールドは呆気なくぺちっと割れて、中に入っていた黒い液体が氷蛇の喉に流し込まれた。 「....................ブレスを溜めているね。」 当然の事ながら、氷蛇は未だ生存している俺を見据え、ブレスのチャージを開始している。 ここまで数時間、自分の周りを飛び回っていた小バエにようやくトドメを指すことができるのだ。 俺は最後のあがきとして、ブレスの発車とともに「守《ガード》」を展開。 右側へ跳躍した。 「くっ....................!!!!」 回避が間に合わなかった左手の肘から下が、吹き飛んだ。 そしてもぎ取られた左手のみならず、その風圧から俺も向こう側へ吹き飛ばされ、会社のオフィスビルのようなところまで飛ばされた。 「"今"は....................まだ、大丈夫だったようだね。」 俺はあえて、もう一度姿を晒す。 今ので俺が死んでいたら他の人にやってもらうつもりでいたが、俺が生きているなら丁度いい。 やつの俺に対する怒りのボルテージは頂点に達しているだろう。 すぅーーーっ..............................!!! 俺は最後の力を振り絞って深く息を吸い。 「おーーーーーーい!!!!俺はここだァーーーーーーーーッ!!!!」 こう叫んだ。 ..........。 ....................。 ..............................。 気がついた。 今のやつの目は、じっくりと俺を見つめている。 声ひとつ出さず、ただ殺気のみをまとって。 コヒョォォォォォォォォ....................。 「..............................吸った。」 氷蛇の口内が、凍てつく光を発する。 さっきから短時間で何度も何度も見てきた。 「"吸った"....................おまえは今、息を"吸った"。」 吸われてゆく空気が、氷蛇の口の付近で極度に冷やされて、真っ白い霜となっている。 20メートル程度離れている俺の髪の毛が氷蛇の方向へなびいてしまうくらい、風の動きが大きい。 「おまえは息を吸うとおそらく、体内のどこかにある、なにかの"臓器"が活動を始める。」 氷蛇の背中や足、首や尻尾の大甲殻がぐわっと開き、霜をまとった空気を排出する。 ふしゅううう....................と、今度は俺の髪の毛が氷蛇とは逆向きへなびく。 「その臓器はコスモを存分にたくわえていて....................それでおまえの中の「冷気」を増幅させる。 違うか?」 答えは帰ってこない。 「じゃあさ....................たとえばその臓器がなにかしらで暴走を始めたとして、おまえの体はどうなってしまうんだ?」 異変が起き始める。 氷蛇の口が、段々と凍り始める。 口だけではない。 首や背中の大甲殻、冷気を発する穴が。 果てには、甲殻の先端や鱗の隙間まで。 「俺たちはおまえを倒せなかった。」 やつの体に、霜が、出てゆく....................。 そう、その調子だ。 「じっくりと味わうんだ。 おまえが飲んだそれは、ユリさんの髪の毛の成分が存分に溶けだした強力な増強剤だ。」 ガガアッ....................グオオ....................。 やつの関節が段々と固まってゆく。 甲殻の隙間が氷で埋まってゆき、可動域を狭くしてゆく。 口は依然として開いたままだが、喉の奥の方から微かに見えていたあの冷たい灯火は消えつつある。 「おまえは、おまえ自身の力で終わりを迎えるんだ....................!!!」 そしていつしか、静かに聞こえて続けていた、決死の力を振り絞って発していた断末魔の声も小さくなってゆき。 そして。 そして..........。 ........................................。 白銀の風は止んだ。 【試験終了のお知らせ】 俺の目の前に洗われる、さっきと同じメッセージウィンドゥ。 ここが現実ではないと、もう一度俺たちに示してくれる、無機質な機械文字。 【現実世界へとお戻りいただきます。 身体のスキャンをいたしますので、その場から動かずにお待ちください。】 合否はともかく、俺たちはやつに勝利した。 依然として俺の肌を布越しに冷たく凍えさせる土砂降りの中。 氷蛇から発される白銀の風は止んだものの、依然としてこの街は凍峰だ。 「勝利の祝杯を....................って、まぁドリンクなんてないけどさ。」 乾杯、と。 俺は虚空へグラスを打ち付ける動作をした。 凍峰に沈んだ街にて。 氷の蛇竜は白銀に染まり、世にも美しい彫刻となった。 【クリア条件:達成 対象の生物の直接被害による死亡者:なし 二次災害による死亡者:12人】

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