鯣烏賊 / 第22話

元殺し屋と初心な新人 その7

「大丈夫?コスモスさん。」 俺はコスモスさんに駆け寄り、地面にへたり混んで動けない彼女に手を貸した。 「大丈夫、です..........。自分で立てます。」 「いやいや、普通に考えてその怪我してる状態でひとりでに立っちゃダメでしょ。」 俺はコスモスさんの手を持つと、そのまま彼女を立たせた。 コスモスさんは見た感じでは、四肢のどこかを欠損したり、骨折していたりする訳ではない。 目立った外傷がないから、本人もこの怪我を軽んじているんだろう。 彼女がくちばしで攻撃された場所は、肝臓だ。 「ほら、肩。」 「ありがとうございます..........。」 肝臓は、ざっと500種類以上の活動をしている複雑な部位だ。 有名なものでは、アルコールの分解や栄養素の貯蔵なんかがあるだろう。 そんな生命活動に大事な部位を、あの巨大なくちばしで攻撃された....................。 恐らくだけど、肝臓を押し潰すような衝撃が加えられただろう。 今だってコスモスさんの肝臓がどんな状況なのかは分からない。 けれど、今の医学ならだいたいのことは何とかしてくれる。 ひとまず大事なのは、彼女の肝臓の傷をこれ以上悪化させないことなんだ。 俺の背丈ではコスモスさんをおぶってあげることはできない。 彼女をおぶるならせめて180センチはないとダメだ。 でも、肩なら貸せる。 俺はコスモスさんの肝臓がある場所に立ち、そちらの方向に肩を貸す。 コスモスさんが俺に寄りかかってくることを確認すると、できるだけスローペースで歩き始めた。 「大丈夫?痛い?」 「いえ、そこまでです。」 「内臓はしっかり診てもらうんだ。放置していると大変なことになるから。 ....................経験上。」 建物の方向へ、1歩1歩。 周りの音も、さっきよりもだいぶ止んでいる。 ふと向こうの方向を見ると、地面に倒れているオニドリがいたり、"死体の回収云々"みたいな会話が聞こえたりする。 戦闘はだいぶ片付いてきたんだろう。 さーて、とりあえずコスモスさんを医務室に連れていくか..........。 それとも、近くにいる隊員さんにあずけた方がいいんだろうか。 そもそも俺は本来、部外者だし。 ああ、要請のない状態で戦闘に参加してしまったから、ミクロさんに頼んで報告もして貰わないと..........。 あと他にやることは..........。 「..........先輩。」 「ひゃい?」 コスモスさんが、ものすごい涙声で話しかけてきた。 ハッキリ言ってぼろぼろな体だから、衰弱してそうなっているのかと思った。 けど、彼女の表情をうかがう限りだと、そんな感じでは無さそうだった。 「どうしたの?」 「わたしの悩みを、聞いてくれませんか?」 悩み。 悩み。 ほう、悩みか。 お悩み相談、か。 「(人生で初めてお悩み相談を受ける)俺でよければ。」 「ぜひ、お願いします。」 コスモスさんはぽつぽつと、歩きながら話し始めた。 コスモスさんには戦闘の才能がない。 何が決定的に足りないかはわからない。 それを教えてもらう前に今日が来てしまい、何も言って貰えずにひとりで悩んでいる。 "決定的に足りないもの" 「決定的に足りないもの、か。」 「はい..........あのとき以来、わたしはまだ上官には会えていなくて。」 当然のことだけど、コスモスさんがついこの間まで入院していたなんて初耳だった。 その上で、入院の原因となった戦闘で同期の隊員を亡くしている..........。 人を殺す仕事をしていた俺からすると、かなり痛いところを突かれるような、聞いていると申し訳なくなってきてしまう話だったけれど。 コスモスさんに足りないもの。 完璧な人間はいない。 完璧な人間になろうとするやつのことを、とある人は夢を追う素晴らしい人とも言うし、とある人は無謀な夢を追う愚か者であると馬鹿にすることもあるだろう。 どちらかと言えば俺は、完璧になんてなれる訳がないと思っているタイプの人間だ。 馬鹿にするまでには行かずとも、心のどこかで「どうせ無理である」。そう思ってしまうような人間だ。 俺自身、俺が完璧なんてなれる訳がないと思っているからね。 だからこそ、自分に足りないものを埋めてゆく作業はとても大切なことだと思っている。 話が戦闘からだいぶズレるけれど、俺が俺に最も足りていない能力は、コミュニケーションの能力であると自負している。 だからこそ、それをできるだけ得意にするために、応対してくれた店員さんなどと長く話そうとしている。 足りないものは自分で考えろ。 コスモスさんの上官はきっとそう思っているんだろう。 実際俺も、とてもそう思う。 人に指摘されることで過ちに気づくよりも、自分で気がついた過ちを意識する方が、何倍も、何倍も能力が成長するものだ。 たぶん、本来は人に相談するべきではないんだろう。 けど、その問題をわざわざこうして吐露してきたということは、「どんなに考えても分からない!答えが見つからない!」というコスモスさんからのSOSととらえることもできる。 自らの弱点を、出会って1時間経たない俺に指摘して欲しいなんて、相当切羽詰まっていると思う。 けど。 ここで俺が安易に答えてしまうことも良くない気がする。 前提として俺は、まだこの仕事についてから1ヶ月も経っていない。 なぜかコスモスさんは俺のことを先輩と呼んでくるが、本来の勤続日数で言うとコスモスさんのほうが先輩のはずなのだ。 それに、コスモスさんの上官が、敢えてコスモスさんに考えさせているということは、ここで俺が答えをポンと言ってしまうのは彼女の成長を妨げる、ということになる。 ....................のかもしれない。 けれど、なにも言ってあげないのは何か悪い。 せっかくこうして、本来は他人に吐露しないような深刻なことを俺に言ってくれたのだから。 俺にできることはただひとつ。 「コスモスさん。ヒントをあげるよ。」 「..........ヒント?」 「実のところ俺はさ、怪獣討伐の仕事をはじめたのはつい最近のことで。 本当はコスモスさんのほうが先輩なんだよ。」 「でも、わたしより強いじゃないですか。 ....................わたしはそういう人からのアドバイスをもらってここまで来たんです。」 「だけどね。俺からは何も言えない。 分からないっていうのもあるけど....................分からないのに予測されて言われるのも嫌でしょ?」 「それは..........。」 「だからさ、ヒントだよ。ヒント。 自分に足りないものを見つけるためのヒント。俺が今までやってきたものだよ。」 俺がヒントを口にしようとした時。 数人の人がこちらに駆け寄ってきた。 よく見ると、全員がコスモスさんと同じような服を着ている。 特に、肩に書かれているエムブレムは全く同じものだ。 「コスモス!無事だったのか?!」 「良かったぜほら、俺の肩かすよ。 ....................ありがとうございました。ここからは俺たちがなんとかします。」 「ああ、うん....................ありがとう。」 俺は駆け寄ってきた男の子にコスモスさんを引き渡す。 さっきまでずっしりとのしかかっていた彼女の体重がふわっとどこかに消えたように感じる。 軽くなった肩を軽く動かす。 そして、最後にこう言った。 「ヒントはね。嫌いなことをやってみることだよ。 筋トレが嫌いなら筋トレ。 知識が薄いなら知識を勉強する、みたいにね。」 「....................はい!」 「ベロキ。お手柄なんだけどさ。 ...................君へのファンレター送るのはやめるように言ってくれる?」 「すいません...........」

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