鯣烏賊 / 第23話

夜闇を覆うは漆黒の霞、現るは歯車を廻す皓き者 その1

その日、俺はいつも通りの休日のように過ごしていた。 ひとつ、普段と違うところと言えば、今日が休日ではなくれっきとした出勤日である事だろう。 ....................え?お前らは住み込みだから関係ないだろって? うるさい。 とにかく俺は、ミクロさんに待機を命じられたのだ。 どうやら待機していたら呼び出しかかかるらしく、「呼ぶのが大変だから」と、バーチャル世界に籠ることも禁止された。 最近ようやく長編小説を読むことを覚えた俺は、待機を命じられた朝の11時から現在の15時まで、魔導書と見粉うかのような表紙をしたそのファンタジー小説を読んでいた。 どうやらこれはリンさんのバイブルであるらしく、読むために借りてよいか許可をとる時に魅力を超早口で説明された。 ....................そのせいで全32巻中の第2巻くらいのところまでの容赦のないネタバレをもらってしまったが、面白いので許すことにしよう。 この小説は剣と魔法が活躍し、悪魔や悪霊が敵となる、俺たちの住む世界とは真逆の世界観だ。 まぁ、ドラゴンが登場しているが、このドラゴンがつかう能力も生物離れした特異的なものだ。 今読んでいる第5巻では、小さな町を悪霊から救った後に、主人公の剣士とヒロインの魔道士がなにやらイイカンジの雰囲気になる....................という展開。 最後の1文字を読み終わり、本をパタンと閉じる。 そしてすぐ近くの本棚へとしまい、続きとなる第6巻を取り出し、近くの長机に置いた。 「んん〜〜〜〜!!!」 同じ姿勢を保っていたものだから、体が凝り固まって仕方がない。 なんだろう、血が巡っていないと言うのかな。 とにかく体を伸ばしたい気持ちでいっぱいだった俺は、思いっきり声を上げて体を伸ばした。 さぁて、続きを読もう....................! 「うるさいぞ所長。」 「はいっ?!」 椅子にドスンと腰かけようとした俺は、後ろから唐突な文句を受けて驚いてしまった。 すごくどんよりとした、暗く、陰気な声である。 文句を言われたからには謝らなければならない。 しかしながら。 (ん〜〜〜、どなたさま?) 聞き覚えのない声だ。 まず女の人の声じゃないから、リンさんではない。 それに、ミクロさんはこんなにどんよりした声じゃない。もうちょっと明るく、調子のよい感じの声だ。 俺は深呼吸した。 そして、意を決してゆーーっくりと、背後の方向へ首と体を回した。 「なんだ、ミクロさんでは無いのか。 ....................すまない。言い過ぎたな。」 「ああ、いえ、こっちもあなたが居るとは知らずに..........。」 身長は165センチ。これは断定できる....................はずなんだけれど。 妙に身長が高く見えるのは、おそらく痩せすぎているからだろう。 骨と皮だけで体が構成されているんじゃないか、と言うくらいに痩せている。 その上、少なくとも3日は日光を浴びていないであろう肌の白さ。 目の下の深いクマ。 年季の入った多機能ゴーグル。 (不健康....................。) この言葉を思わず口に出さなかった俺のことを褒めたたえて欲しい。 だってこの人の外見から抱かれる感想はこれしか生まれなかったんだから。 仮にだけど、100人の人がこの人と街ですれ違ったら、100人中の100人が俺と同じ感想を抱くはずだ。 見たことの無い人だし、声すら聞いたことがない人。 だけど、名前はわかる。 ミクロさんには「いずれ会うことになる」と言われて早1ヶ月弱。 このスターダスト事務所の最後のひとりのメンバーにして博士号を持っている研究者。 「アロさん?」 「そうだな。まだ君とは会っていなかったな。ベロキ。 ...........俺はそんなに年上ではないからな。」 ----- 時刻午後5時。 リンさんがいちばん最後の順番で、応接室にやってきた。 ドアの開く音を聴いた俺は、感動的な場面であったその物語から目線を離し、本を閉じた。 本を閉じて顔をあげるとそこには、さっきあいさつをしたアロ君だけでなく、いつの間にやら帰ってきたミクロさんもいた。 世間知らずな俺からしても、応接室の長机が、とてもじゃないが応接できる代物ではないほどに散らかっているのはいつものことだ。 しかし、今日だけはその限りではなかった。 あ、決していい意味ではないよ? いつもよりもさらに汚れているという意味だ。 いつもの書類やファイルの束(今更だけど、われらがスターダスト事務所は古典的?に書類を紙で使うことが多いぞ。)は、近くの棚のや椅子の上にまとめて適当に置かれ、いつもは見ない紙類が長机の上に転がっている。 ティッシュペーパーの容器よりも高く積み重なった紙たちに、軽く15冊は超えるであろうファイルが数冊の束になっている。 ファイルの表紙にはマル秘マークとカルテの文字が書いてある。医療関係のものなのかな? そして長机の中央には、丈夫そうなクリアファイルで厳重に保管されている、万年筆で書かれた直筆サインつきの1枚の紙。 契約書かなにかなのだろうか。 そんな書類の束たちの合間をぬって3つのミルクティー入りのコップが置いてある。 俺、ミクロさん、アロ君のぶんだ。 そして、今ミクロさんがリンさんのコップを持ってきた。 「所長、置く場所ないですよ。」 「自分で持て。」 「ええ..........???」 「....................それにしてもミクロさん、いつも以上の散らかりですね」 「これでも整理したんだよ?ベロキがあの本読んでた2時間を使ってね。」 ああお疲れ様です。 ....................俺はそんなに活字と格闘してたのか。 「もともとベロキも手伝ってもらおうかと思ったんだけどさ、なんか悪くて。」 「すいません。」 「良い、良い。謝ることじゃあないさ。」 ミクロさんは書類の束をどかし、大量に置かれたファイルのうちひとつを手にとる。 そしてアロ君に目配せして、あとは任せたというふうな態度をとってデスクに腰掛けた。 「俺が全部喋るのですか。」 「総括はするから詳細を頼むよ。」 アロ君は溜息をつきながら話し出した。 そして、声を出すのに慣れていないのか、かすれた声で「あー、あー、あー」と、数回発声をした。 そして、お茶を一口飲んでのどをうるおし、唇をしめらせて俺たちに向きなおった。 「結論から言うと、明日から俺たちは海外に行く。 場所はモンゴルです。」 ....................モンゴル? 俺が今いるのはアメリカ(※)だから、飛行機で何時間かかるんだ? 「もともとこの依頼はW.M.S.Fの方に依頼されたものなのだが、俺の研究と分野が被っているので、俺に委託されました。」 アロ君は、「ベロキ、リン、軽く内容を記したものだ。」と言って、俺たちに3枚束の紙を渡してきた。 俺は長机に産卵していたものを横の方に重ね、スペースを作る。 そして、そこに持っていたコップを置く。 受け取った資料に、近くにあった鉛筆を使って名前なんかを書いてみた。 どうでもいいんだけど、一度こういうことしてみたかったんだよね。 「場所はモンゴルのとある街なのだが、そこで謎の疫病が蔓延しているようだ。 その疫病がコスモ由来のものらしく、W.M.S.Fは怪獣の仕業じではないかという予測が立てているようだ。 宿はむこうに用意してもらっている。 期間が伸びても代金の類は請求できる。」 アロ君はここまで話すと、咳払いをしてまたお茶をひと口飲んだ。 そしてまた話し出した。 「その疫病の症状の話だが、まず潜伏期間が長い....................と俺は聞いている。 発症すると、まずは吐血。 そこから更に症状が進むと全身の麻痺、常時倦怠感、頭が裂けそうなほどの頭痛を経て、患者が精神に以上をきたして発狂するようになる。 そして発症してから数日後....................平均は4日くらいで死亡する。 ここまで聞いて大体はわかると思うが、これはコスモ耐性不足による症状と酷似している。 事実として、この病気での死亡者は心臓や脳、その他の内蔵が目も当てられないほどにまで壊れている。 ....................おそらくは、ゆるやかなコスモ中毒(※2)と呼ばれるものだろう。」 コスモって摂取しすぎるとそうなるのか。 コスモ中毒というのは、存在は知っていたけれど....................。 殺し屋してたときもそこまでやること無かったから、初めて知ったな。 一酸化炭素中毒のようなものなのだろうか。 「つまりだ。」 アロ君が話し終えると、ミクロさんが割って入ってきた。 「僕らの目的はそこに潜伏してるであろう元凶を見つけて、討伐することだね。 ....................オイシイとこだけ貰って悪いね、アロ。」
※ スターダスト事務所は、アメリカ合衆国ルイジアナ州に位置しています。 特急列車1本で、気軽にテキサスへ行くことができる距離です。 ※2 コスモ耐性の限界を超えてコスモを得てしまった状態。最悪の場合死に至る。 人によって段階に至るまでの時間や許容量が大きく異なる。

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