鯣烏賊 / 第20話

元殺し屋と初心な新人 その5

「お前に戦闘の才能はない。」 コスモスは、入隊して数回の戦闘をこなしたタイミングで、直属の上司となる隊員にこう言われていた。 金銭的にも環境的にも恵まれた家庭で、討伐者としての才覚に溢れた優秀な姉がおり、まわりから夢を追う後押しをされて若くして独り立ちしたコスモスにとって、この指摘はひどくつらいものだった。 それ以前に、他の誰にも言われたこともないことだったのだ。 彼女は一緒に行動している周りに気配りできるし、怪獣や武装への知識や、それらを扱い切れる高い技量もある。 知り合いや家族にもその点を褒められ続けてきたし、コスモス本人もその自覚を持って生きてきた。 だからこそ、彼女は実際にこう言われて精神がまいってしまった。 それはそれは気分がへこみ、同僚からも何度も何度も心配された。 なにせその上司は「お前に戦闘の才能はない」と、ただ一言そう言ったのみでそそくさと立ち去ってしまったから、詳細を聞くことができなかったのだ。 へこみにへこんだコスモスは、自分でどこの部分が足りていないのかを考えた。 まだ1人前の隊員でないこともコスモスは承知だったが、最初にどこを重点的に鍛えれば良いかを考えるいい機会だと考えたのだ。 しかし、自分でトレーニングメニューを組んだことのないコスモスにとっては難しい課題であったため、思考は中々まとまらなかった。 討伐者としての自己評価が低いコスモスは、何が足りないのか考えても、「全部」だ、という結論になって終わってしまう。 これでは意味がない、とコスモスは思った。 次に顔を合わせた日に、コスモスは意を決して上司の隊員にどの部分の才能がないのかを聞くことにした。 恐る恐る質問すると、返答がこう帰ってきた。 「体を鍛えろ。」 ところでコスモスには、入隊当初から仲の良い同期の隊員がいた。 性別は自身と同じく女性。 年齢もひとつだけ離れているのみでとても近く、テンション感も人間性も似たり寄ったり....................そんな2人。 ただ一つの違いとして、体格があった。 身長が160センチに満たない上に筋肉がつきにくいコスモスとは違い、彼女の身長は175センチを上回り、女性としては筋骨隆々といえる体型をしていた。 ふたりは同期だったゆえ、例の上司のもとにふたりでペアとして働いていた。 その上司は忙しく、1週間に1度顔を合わせる程度だったため、コスモスはその同期の隊員に相談をした。 マンツーマンでトレーニングをしたり、一緒にご飯を食べたり、ふたりで小型怪獣を倒して人を救ったり。 ただでさえ仲の良かったふたりだったが、濃密な日々を過ごしていくうちにさらに仲良くなり、絆はさらに深まって行った。 とある日、2人は約束した。 「将来はふたりで独立しよう」、と。 約束した3日後、リリパット・バタフライと呼ばれる、大型のトンボが現れた。 全長は20メートルを越え、頭部には大型車を両断できるほどの大牙を持つ怪獣だ。 今の彼女らふたりでは到底かなう事のない強力な怪獣である。 彼女らもそれは重々承知であり、下された命令通りに、実力のある隊員が到着するまでの時間稼ぎに徹することにした。 「死なないでね!わたしは絶対に死なないから!」 「コスモスちゃんもね!」 戦闘前には必ず行うことにしていたごく普通の掛け声。 コスモスから声をかけることもあれば、逆のときだってあった。 仕事柄、互いの別れがいつになるかなんて予測できないことはわかっていた。 だからしていた掛け声....................生きて帰ってこいという激励の言葉。 コスモスはリリパット・バタフライとの戦闘から2ヶ月程度がたった今でも、戦闘前に行っていたこの掛け声を忘れない。 なぜなら、この会話が、一生別れる前の最後の会話になったから。 リリパット・バタフライをその場で足止めすること約10分。 怪獣からの注意を分散するために二手に分かれていた。 先輩の隊員たちが到着してすぐに、その怪獣は地に落ちた。 コスモスはいつものように彼女を探した。 おつかれ、と抱き合えることを夢見て。 人の潜んでいそうな瓦礫を見つけた。 血がタレ出ているから、怪我をしたのかと思って瓦礫を持ち上げようとした。 否、本当はわかっていた。 怪我程度でこの量の血が出ることがないことを。 理解していた。 脳が拒んでいた。 瓦礫を持ち上げた時、見えたのは肉がペシャンコに潰れた死骸。 よく見る髪、よく見る服、よく見る武装を手に持った、人間の死体。 彼女は死んでいた。 記憶はここで途切れた。 目を覚ましたとき、コスモスは病院の天井を見ていた。 隣には、またあの上司がいた。 どうやら見舞いに来たらしい様相だった。 いつも見ている特殊な武装を使うための服装ではなく、カジュアルな普段着を着ていることから想像がついた。 「....................私、には。」 「あまり喋るな。お前は傷がバカにできねえぞ。」 喉がかすれていた。 点滴などで最小限の水分しかとっていないからだろう。 だがコスモスは、掠れた喉で精一杯聞いた。 「....................何が。」 「何が足りないか、って聞たいんだろ。」 彼もそのことをわかっていたのだろう。 コスモスが聞きたい内容を先回りして、彼本人から持ちかけてきた。 「別れはつらいが、お前に足りないモンを考えるには丁度いい機会だ。」 「....................?」 「退院したら答え合わせをしよう。」 彼はその場の椅子から立ち上がり、病室のドアノブに手をかけた。 退院して2週間、彼とはまだ会えていない。 ----- 特大サイズの火薬武装の爆破を突破してきたオニドリは、その巨体を持ってコスモスに向けて突進してきた。 10メートルサイズの巨体の速度は、くちばしのただ1点のみに攻撃の"威力"として蓄積された。 「ぐはっ....................!!」 そのくちばしは太くて丸い形をしていたから、コスモスの腹を貫いて即座に命を奪うようなことはしなかった。 しかし、その鈍器としての威力はすさまじく、ただの一瞬でコスモスの意識を奪いかけた。 コスモスは意識を失う前に、ジャンビーヤという小さなナイフを取りだし、それで自分の切った。 「痛っつ....................!!!!!」 (視点が安定しない。 頭がくらくらする。 耳鳴りが酷い。 口内は血の味しかしない。 目の前に私が吐いた血がある。 死ぬの? ここで? こんなところで? お姉ちゃんの妹なのに? こんなところで?) コスモスは自らを強制的に覚醒状態に持ってゆくことに成功した。 しかし、意識が飛んでいた一瞬のうちに起こった情報量を処理しきれない。 ナイフを捨て、身構えようとするが。 (あっ....................。) ここは空中。 力を込めようにも何も起こらない。 後ろ盾がない。 足の踏み場など存在しない。 ここで全力で踏ん張ることも、ここから逃げることもできない。 (駄目...................."次"が来る..........!) くちばしは刻一刻と体に迫ってくる。 もう、2メートルないくらいの場所にある。 カウントダウンなんてする必要はない。 そんなことを始める前に、つぎの殴打がコスモスを襲うからだ。 コスモスは最後の足掻きとして、ハンドシールドを起動し、体の前に構えた。 そして、全身の筋肉を強ばらせる。 (最後....................いや、最期だわ。) 目を閉じる。 何も見えない真っ暗な世界。 浮かび上がるのは。 (ごめんなさい....................あなたの分も生きられなかった....................!) ....................。 なにも、起こらなかった。 何秒待っても、痛みはやってこない。 むしろ、先程までヒリヒリと伝わってきていた殺気がどこかへ消えたように感じられた。 そして、大きなもの同士が強くぶつかり合うような音と共に、一人の人間の気配が感じられた。 コスモスが目を開けると、そこには先程までいたオニドリはいなかった。 音の方向..............................すなわち右側には、地面のコンクリートに強く打ち付けられたオニドリの姿が見えた。 そしてコスモスの正面にいたのは....................。 「..............................先輩?!?!」 ベロキであった。

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