鯣烏賊 / 第74話

不倶戴天の不協和音 その14

振り向き様に1発。 さらに往復して2発。 しかしその次は触手による妨害を受けたため、明後日の方向へ向けて走る。 タンッと壁に触れ、俺自身が逆側に向けて進むように壁を蹴る。 次は地面を、その次は壁を、向かい側の壁を、地面を、壁を、地面を....................。 デタラメに投げたスーパーボールのように、壁やら床やらを蹴って動く。 そして、5回1回くらいの割合でシロに接触し、なにかしらのダメージを与えるようにする。 俺の視点から見ればその程度の頻度だが、やつの体からすれば1秒に1回ほどの頻度でどこかしらからの攻撃を受けていることになる。 だからとにかく、殴りまくる。切りまくる。 あの触手だけには当たらないように、冷静に、しかし執拗に意地悪く弱い攻撃だけを重ねてゆく。 「出てこい!!!!!」 触手たちがビュオッと一斉に動かされ、シロの周りのものを切り刻む。 その触手に触れてしまったものが全部、綺麗に真っ二つに切り裂かれる。 けどやっぱり。 「甘いよ、ソレ。」 その触手たちの間を縫ってシロに急接近するのは簡単なことだ。 たった6本しか持ち合わせていないその触手程度で防御が取れると思っているのか。 さっきのことから学んでいないのだろうか? その触手を攻撃から防御に戻すよりも、俺が到達する方が何倍も速いと。 俺はシロに急接近した俺は、ちょうどやつの足元へ向けて綺麗な着地を決める。 そして、そのすぐ目の前にある足の....................ちょうどアキレス腱が通っているあたりに俺自身の足をかける。 どこかからの攻撃を受けることは理解していたのか全身を強ばらせていることがわかるが、やはりここの対策はしていなかったらしい。 「うおっ..........?!」 左足を強制的に地面から引き剥がされたことにより、その巨体がゆらっと後ろに傾く。 ぐらっと後ろ側へ体重が傾いた原因が左側にあるせいか、シロは顔を左足に向ける。 当然、そこには俺がいて。 「貴様..........!!」 敵意がムンムンにむき出しのその目が俺をギロギロ睨み、お手隙の触手たちが俺に向かってくわっと集まる。 姿を見せているから、俺の加速が止まっていると思っているのだろうか。 まったく。 「それは、悪手ってやつじゃないかな?」 やつから見たらたぶん、俺の拳が消えたように映るだろう。 そしてコンマ数秒後に、その視界が180度回転するんだ。 ダメージを与えるような行動に意味がないのなら、案外にも単純な"殴る"という選択肢は悪くない。 こうやって顔を殴れば相手を混乱させて意図的な隙を作り出すこともできるし。 やつの視界から外れた俺は目の前の脇腹に、右手を使った全力の正拳突きを叩き込む。 そして次は腹、腹、腹。また腹。 見えないくらいの速度で連打を繰り返す。 この動きが速くなっていることで、通常の乱打よりは数段威力が跳ね上がっているから、重い体重のやつの体が少しずつ上空へ向けて上がってゆく。 目の前に俺がいるのだから触手で防御すればよいものなのに....................使用者本人が混乱の最中にあることもあるだろうが、恐らく空中に浮かんでしまったことでなにか別の意識を持ってしまって、触手にまで注意が及んでいないのだろう。 上手く使えばたった数手で俺たちを追い詰めることができる強力なものなのに。 あまりにもやつがこれを使い慣れていなさすぎて、逆に足を引っ張っているようにも思える。 なにはともあれ。 俺はピタッと乱打をやめる。 もう充分なくらいに、シロの体は空中へ浮き上がった。 殴るのをやめた代わりにその場へ大きくしゃがみ、考えうる限り最大の力を足へ込める。 「何.........?!」 「速《ラピッド》」の効力は切れていない。 ここから先、切らすこともない。 それの最初の一打だ。 足元の青いオーラが、ぶわっと広がる。 同時に俺の体から発される殺気も肥大化し、シロの体のただ1点....................腹を刺す。 「吹っ飛べ!!!!」 ミシッ!と地面のコンクリートが凹み、俺の体があった場所を中心に小さなクレーターのようになる。 そして弾丸のように発射された俺の体は、なんの小細工もなく真っ直ぐ突っ走る。 俺の飛んでゆく方向にある、シロの腹めがけて気持ちの良いくらい一直線に。 あたりに風が吹くほどの勢いを持って進む物体(俺)が腹に当てられたやつは、空中に浮いているから踏ん張れるわけもなく。 最大速度で、しかも最短距離で急加速した俺の威力を、そっくりそのまま正面で受け止めた。 ドヒュン! と空中に放り出されたやつの体を、俺は背中から(点)見つめる。 今度は前方向へ、右へ、勢いを殺さずに跳び続ける。 手に持った刀をあえて黒い触手へ何度も何度もしつこく打ち立て続けることで、「ベロキが近くにいること」「まだ自分の想定外の速度で動き続けられること」を印象づける。 もちろんやつの体は地球の重力に従って下へ落ちてゆく。 俺は落下地点から上に向けて飛び上がり、シロの体を蹴りあげる。 もう一度地面へ着地し、さらに蹴る、もう一度、もう一度。 自分の動きを把握している俺からすれば、「地面からシロへ向けて飛び上がり、シロを全力で蹴ってもう一度地面へ落ちる」という動作を繰り返しているから、まるでギャグ映画のコマ送りを見ているような感覚だ。 けれどたぶん、俺が見えないやつの感覚からしてみれば、自分の体の下から再び、空中で乱打攻撃を食らっているようなものなんだろう。 空気以外が存在しない空中にいるせいで体に力を入れられず、触手を素早く動かすことも上手くいかないやつは、もどかしそうに、なんとか体を縮こめて俺を防御する。 そんなやつに向けて、俺は最高の位置から、最高の方向で突進する。 「衝《ストライク》!!!!!」 さっきの寸勁とは打って変わった、明確に相手を「飛ばす」方向へ、現代テクノロジーのエネルギーを発散する。 発勁の込められた俺の蹴りを、速度のかかった状態で受けたシロは、寮棟の5階あたりの高さまで打ち上げられる。 「しかし、それの後は動けないだろう..........!!」 触手が伸びてくる。 狙っている場所は、足のようだ。 もうこれ以上、俺には動いて欲しくないらしい。 はっはっは、俺も疲れてきた。 もう視界がグワングワン。とても頼れるものじゃない。 けど、まだやれる。 3分経つまであと何秒もあるじゃないか。 「続行!」 俺はまだ再使用時間の終わっていない「速《ラピッド》」を、無理やり使用する。 再使用時間は、俺の体へのリスクを極限まで減らして使用するための保険だ。 そう、ただの保険。 火災保険に入ることが義務ではないように、俺もこの再使用時間を使わない選択ができる。 俺は急加速し、再びシロに密着。 「何ぃぃっ?!」 「衝《ストライク》!!」 再び「速《ラピッド》」を切り、「衝《ストライク》」を使用。 再び触手が伸びてくるけれど、「速《ラピッド》」を起動して難を逃れた。 「続行ーーーッ!!!!」 頭痛がしてきたが、知るもんか。 その程度の痛みならば、痛い認識しなければいいだけだ。 再び酔いも痛みも我慢し、加速してスーパーボールの真似事をする。 やはり、あの触手は邪魔だ。 俺にとってではない。シロにとって邪魔なものである、という意味だ。 もちろんやつと生身で、いわゆる"普通"で戦う分にはとても強力なものだよ。 目で視認することができず、それでいて硬く切れ味もよいときた。 けれど、俺自身がやつの攻撃よりも速い速度で動くことで初めてわかった。 肉体の強度も、体術も、戦闘の観察眼も、こいつはすべてハイクオリティにまとまっている。 ひょっとして、あの触手もとい植物の種を操るやつの能力そのものが、得たばかりのものなのだろうか。 あの飛び道具を自在に操って戦っているつもりなのだろう。 しかし、植物の能力を使う時は、その能力のみに意識が割かれているような雰囲気が感じられるのだ。 まあ、全部どうでもいい。 次の一撃で俺の仕事は終わる。 もうすでに、まっすぐ飛び出せばシロのもとに辿り着くことができる場所に到達している。 ダイヤルは既に回している。 この機能さえ反映されてしまえば、そこで俺のこの速さは消失し、新たな機能が俺の手に渡る。 さあ、見せてもらおう。 俺はその場から踏み出し、シロに向かって加速する。 ギュゥンと視界が歪み、周りのことがよく把握できないほどの速さに、慣性などまるでなかったかのように一瞬で加速する。 「な、貴様..........!!」 シロの手前にたどり着いたことを肌感で理解し、ちょうどそのタイミングで「速《ラピッド》」を解除させる。 「排撃《リジェクト》。」 もうその時点で、準備は整っている。 「速《ラピッド》」の効果が切れたということは、次の一手に必要な機能はすでに俺の体に反映されていることになるのだ。 いきなり加速が止まって、俺の体に衝撃がかかるけれど、そんな事は気にしていられない。 俺の目に「赤」が見えたのだから。 俺の足からバチバチとほとばしる、血のように真っ赤な光が俺の目を照らす。 荒々しく、電気ともとれないようなソレが俺の足にまとわりついている。 まるで打ち上げ花火のように、漆黒の夜空に煌々と輝く。 この3分間、一連の「速《ラピッド》」の動作で、いったいどれだけの衝撃が俺の体に蓄積されたのだろうか。 さぁさ、お初のご対面。 この3分間の蓄積を全部、おまえにぶつけてやる! 「排撃《リジェクト》+強《ブースト》ーーーッ!!!!」 類を見ないほどの衝撃音とともに、シロが向かいの寮棟の壁に叩きつけられる。 ドゴゴゴゴゴ!!! と、壁やら何やらに大きなヒビが入り、ジェンガのように鉄筋コンクリートが崩れてゆく。 それに相反した方向に吹き荒れる風圧が俺の方にもやってきて、未だ10メートル以上離れた空中にいる俺の方にまで到達する。 足がジンジンと痛い。 本来人間にかけるべきじゃない何かしらの"負荷"がかかっている気がする。 酔いも酷い。視界がグラグラだ。 すぐにでも倒れ込んでしまいたい。 「ぐ、ぐっ....................。」 ああ、シロが動いている。 俺の全力の一撃をぶつけてもあれなんだ。 もう俺にできることは何もない。 どれだけ俺が早くても、あいつを倒せなければなんの意味もない。 触手がどうたらって講釈を垂れていたけれど、結局はあの速さの中で脳も心臓も攻撃することができなかった。 新たな戦術に慣れていなかったのは俺の方だ。 まったく、恥ずかしいったらありゃしない。 けれど。 「本命は俺じゃない。」 ....................。 すーっ、と息を吸う。 「ディラン君ーーーー!!!!カノジョにいいとこ見せるんじゃないのかーーー!!!!」 背後から何かの気配がする。 まだ「呼魔《コマ》」を切らしていないから、後ろからの殺気がシロに向けられているのがよくわかる。 その殺気は消耗した俺とシロのものを上から押し潰すほどに大きく、そして純粋だ。 目の前の相手を倒すことしか考えていない。 「何が何だかわからんが、やればいいんだな?」 猛烈な風圧を伴って、ディラン君がシロの方へ真っ直ぐに突っ込んでゆく。 拳をぎゅっと握りしめ、次の段階の一手をしっかりと準備して。 「行け....................。」
機能名「排撃《リジェクト》」 戦闘中に使用者の体内に蓄積された無駄な「衝撃」を、任意のタイミングで纏い、発散させる機能。 原理は「衝《ストライク》」と同じ。 使用者の体に大きな負荷をかけるため、蓄積の最大値が設定されている。 その最大値に達した後では、どれだけの時間をかけても威力が上がることはない。 "無駄な衝撃"は以下の条件下で蓄積される。 ・方向転換や急ブレーキ等の、負荷のかかる複雑な動作。 ・被弾によるダメージ。 ・過度な風圧や水圧を継続的に受ける。 また、これらによって溜められる衝撃の基準を無理やり数値化して「1」であると仮定すると、上記の条件下で溜まる衝撃は上のものから「1」、「1〜5(変動する)」、「2」である。 なお、最大値は「100」程度である。 最大値に近づけば近づくほどに威力が跳ね上がってゆき、最大値の時点では大型怪獣にもダメージを与えられるほどの一撃必殺となる。 「強《ブースト》」とももちろん併用が可能である。 再使用時間は存在しないものの、再び実用可能になるまでの溜めの時間が非常に長い。 一見特異的であるが、「溜め」て「放つ」という基本的なプロセスの解釈を広げたのみの単純な機能ともいえる。

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