鯣烏賊 / 第106話

少年、借り物の靴を脱ぐ その5

....................。 なんだ、ここは。 どこもかしこもが真っ黒だ。 いや、黒いと言うよりも、なにも色がないところを、遮光したような....................。 いや、黒く見えることに変わりはない。 いや、別にこの場の視覚的特徴なんてどうだっていいんだ。 問題は、ここがどこであるのか。 それと、俺が眠っている間に、誰が俺をここまで運んだのか。 手は、動いている。 視線を下に向けると、寝巻き姿の俺の足と手が見られる。 服を引き剥がされているわけではないのか。 つまり、つまり....................。 それが何だって言うんだ? 結局、ここはどこだというのだ。 「ちくしょう、次からは眠るときも鍵《シュリュッセル》くらいはつけておかないと。」 しかし、手錠や足枷のようなものは何もつけられていない。 さるぐつわもないから、声を出すこともできるし、呼吸だって自由。 周りが暗すぎるせいで上も下も右も左も見分けられないのが難点だけど、そこは目さえ慣れてしまえばいい。 出口を見つけたら、こじ開けて無理やり出てやればいいのだ。 「キミ、フォーザッツに認められたいのかい?」 「ひゃっ?!」 そんな最中に、後ろから声をかけられてしまった。 ビビった。 声がした瞬間に思わず、背後へ跳躍して距離をとってしまうくらいにはビビった。 機械音声だ。 声の抑揚はあったから、人口の音声というわけでもなく、ボイスチェンジャーだろう。 「だ、誰ですか。」 仮面だった。 純白の、高級そうな仮面。 右目は開いていて、そこからヒトの目が見える。 しかし、左目の場所には紫色の宝石があしらわれているせいで、目が見えない。 仮面の下には人肌色の首が伸びている。 そして、その少し下の辺りの左右には、右手と左手が見える。 それだけだ。 仮面と、首と、両手。 これ以外のものが何一つ見えない。 あとは全部が、真っ暗闇なのだ。 怖い。 得体のしれない目の前の存在に、俺は恐怖していた。 第一印象は"恐怖"だ。 「まあまあ、そんなに警戒しないでよぉ。 これでもワタシは、キミのことを助けようとして上げているんだからさ?」 「....................。」 第二印象は"嘘つき"だ。 世界中のあらゆるうさんくさい人間の代表者として、ミクロさんを例に挙げよう。 彼はうさんくさい。 態度という態度、言動という言動が嘘や演技で塗り固められていて、信用できない。 常に一歩引いた態度で接してくるのは気に食わないし、腹を割って問い詰めようにもその場からドロン!と消えてしまいそうだ。 さて、そんな前提の元に目の前のこいつのことを考えてみよう。 声色だ。 声色がおかしいのだ。 言っていることはしごくマトモ。 なぜ俺をこんな場所に連れてきたのかは置いておくとして、言っていることを守ってくれるなら是非とも協力願いたい。 しかし声色がおかしい。 ミクロさんは隠し事が服を着て歩いているような人間だが、その行動は意外にも誠実だ。 しっかりと、俺のことを思っているのが伝わってくるからだ。 やることなすことむちゃくちゃで、面倒事ばかり持ち込んでくる。 しかし、俺の不利益になるようなことは引き起こさない努力をしている。 もし引き起こしても、彼なら身を差し出して責任をとる。 シロとの戦闘がいい例だ。 でもこいつは、なんかこう、変だ。 裏稼業をやっているときに無数に出会ってきた、ガセネタを掴ませようとしてくる情報売りたちを思い出す。 アイツらは人の顔を被っているだけのクズだ。 俺は目の前の仮面を、それと同列に思うのだ。 「おまえは誰なんだ、と聞いている。」 まずは信用だ。 いや、信用しなくてもいい。 こいつを信頼してもいいという何かしらの後ろ盾を、俺は求める。 まずは名前だ。 こいつがなんなのか、それくらいは知る権利がある。 なぜなら、こいつはどうやら俺のことを知っているらしいからだ。 「ワタシかい?ワタシはね、神様だよ。」 「....................。」 俺は一応、無神論者だ。 別に神話や聖書みたいなものをバカにするつもりもないし、面白いものだとは思っている。 けれど、なにか特定の宗教を信仰するつもりはない。 しかし、こいつが神様でないことだけはわかる。 神様ってのは、もっと偉そうなはずだ。 それで、もっとカッコイイ存在のはずなんだ。 あんまり詳しくないけれど、ゼウスとか、ポセイドンとか、あるだろう。 そんなやつらとこの仮面が、同列でいい訳ないんだ。 「嘘だな。」 「ウソじゃないよぉ。」 しかし、わかったことがある。 こいつは、俺に危害を加えるつもりはないらしい。 俺を殺したりなんなりしたいのなら、今の無駄な会話の間にズバッとやってしまえばいいんだ。 殺すつもりがない。 そう、それなら、ある程度の余裕を持って話せるというわけだ。 さて。 「ここはどこだ。」 尋問を開始しよう。 ----- -数分後- 色々と聞いた。 まず、このどす黒い空間は、俺の意識の中であるとのこと。 問い詰めてみると"ワタシは、眠っている俺の意識にお邪魔して夢を見させているだけで、断じて攫ったなどではない!"と、あたふたしながら白状した。 まあこれは理にかなっているので、信じてやることにしよう。 なぜ俺を攫ったのか。 そう聞くと、ワタシは攫ってなんていないと不機嫌につっぱねた上で、完全なる善意だと主張した。 嘘だな。 カミサマなら下僕とかいるでしょと聞いてみた。 なにかあれこれと言い訳していたけれど、正直、こいつが神様ではないという俺の持つ疑いをさらに強めるだけである。 なにか力を見せてよと言ってみた。 すると、特に手を動かしているわけでもないのに、俺のことを持ち上げたり、バレーボールのトスみたいにしてみせた。 何も見えないけれど。 と聞いてみると、自分は影を操る神様なんだと主張した。 神様だということは信用しないという前提だけど、影を操るのは正しそうだ。 さて、総評。 「信用できない。」 「ヒドいなあ。」 やつが俺に向かってくる。 カッ、カッ、カッと音が聞こえてくるので、どうやら、靴は履いているらしい。 俺の横を通り過ぎたときに、ファサっと音は聞こえた。 空気があるから当たり前だけど、これは布の音だ。 つまりこいつは、仮面と首と手足だけがあるわけではないのだ。 黒いローブが、全てを隠しているだけなんだ。 「まあ、お話くらいは聞いてくれないかな?」 「流し聞きだけどね。」 語らせておこう。 ずーっとこの状態を維持し続けて、俺が目覚められないなんてのは嫌だ。 とりあえず、話くらいは聞いてやることにしよう。 「ほら、話せよ。」 「つれないなー。キミがそんな冷たい人間だなんて思わなかったよ。」 「うるさいな。」 俺はそんなに優しい人間じゃありませんよ。 「そっか。じゃあ、ワタシから、エラい神様のお告げを授けましょう。」 まあ、謳い文句から信用ならないが、聞いてやろう。 ちょっと雰囲気を作るために、自称神様の真っ黒仮面の前に正座してやる。 そして、"あなたのお告げに従って行動します"と言う表情を全身全霊で作ってやる。 仮面のおかげで表情は欠片も読み取れないけれど、やつの雰囲気が明るくなってゆくのがわかる。 画面の下では「ニマァァァ」と嫌な笑みを浮かべていることだろう。 「コホン。」 わざとらしい咳払いが、やつのボイスチェンジャー越しに聞こえる。 そして、まるで舞台の準備は整ったとでも言わんばかりの尊大な口調で話し始めた。 「明日、予告されていたタイタンウツボの群れがやってくるでしょう! 決して厳しい戦いにはならないが、必ず強い意志を持って戦闘に参加するのです!キミなら必ず成果を挙げられる! さすれば、キミはフォーザッツからの信頼を経て、1人前の大人として認められることでしょう....................!」 いい終わり、やつは俺に顔を近づけてくる。 「それとね。」 「何だよ。」 「ヴィレのことを守った方がいいよ?」 お告げってやつはこれで終わりなんだろう。 やつはくるりと後ろを向いて、手を組んで立っている。 偉い人の真似なんかしてるんだろうか。 「..........根拠は。」 「教える義理はないよね。」 気持ちの悪い笑みを含んだ声で、やつはそういう。 根拠はと聞いたんだから、そのくらい答えてほしいものである。 しかし、俺がやつに追いの質問しようと身を乗り出したそのときに。 視界が、パリンと割れた。 まるで、ステンドグラスが砕け散るように。 ----- 「大丈夫?頭がカチ割れそうなくらい痛いって聞いたけど。」 「ああ、はい。案外、大丈夫です。気にしないでください。」 俺は人生で初めて、明確に夢の記憶を保持したまま起床した。 ものすごい頭痛とともに。 起床直後は酷いものだった。 なんとか状態を起こしたはいいものの、まるで頭の中にバスケットボールをねじ込まれたかのような頭痛で1歩も動けなかった。 幸いなことに朝早い時間の起床だったので、やむを得なく俺はそこに留まって頭痛が引くときを待った。 完治はしなかったが、朝の6時になるころには、少し立ち上がってデスクにあるティッシュペーパーを取ることができるくらいにまでは回復できた。 無論、痛いものは痛いけれど、なんとか水を飲むことで幾分かマシになったのだ。 「昨晩の夢はなんだったのだろう。」 そう思って記憶の奥を探ってみると、思考が昨日の夢の出来事に近づいてゆくほどに、頭痛がするようになる。 思い出そうとすればするほどに、脳がはちきれんばかりの頭痛が襲うのだ。 こんな最悪な状態だから、俺の顔色はさぞ悪かったことなんだろう。 朝誰かに会う度に、体調のことを心配されるほどに。 「無理しないでね?私も義父さんもフォーザッツさんも戦えるから。」 「そうですね..........はは。」 気にしないとは決めていても。 決めていても。 うん....................。 あの黒子仮面が何を企んでいるのか、俺にはわからない。 けど、お告げとやらがあろうとなかろうと、俺のやることなんてそう変わらない。 「全部、殺す..........。」 港には、フォーザッツさんとヴィレ君の姿もあった。 俺は拳をぎゅっと握る。 そして、普段通りの何気のない雰囲気で、今日の一日がはじまる。

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