鯣烏賊 / 第105話

少年、借り物の靴を脱ぐ その4

ところで、ステゴさんのレッスンというのは、究極的な実戦形式だ。 タイタンウツボが出てこなくても、この間のピラニアもどきのように、それ以外の怪獣が姿を表すときがある。 ペラルさんかフォーザッツさんの持ち場では特に何もさせられないが、ステゴさんの持ち場に現れたときの話は別だ。 まず、確実に俺が呼ばれる。 俺はステゴさんの背後30メートルくらいの場所にいるので、ステゴさんとの場所を交換して戦闘を行う。 見本はないし、戦闘中に文句を言われることはほとんどない。 その点に関しては、とく言われることはないとの事だ。 では、何を教えられるのか。 まずは、死体の処理。 怪獣が"残るタイプ"だった場合は、死体の処理をしなくてはならないらしい。 今まで考えたこともなかったので、顔から火が出るような気持ちになった。 だいたいは業者の人に一任するのだけど、それ以前にやることがいくつかある。 まず、死体を隔離する。 野生動物の中にはウイルスや病原菌が住み着いていたりするから、それの対策だ。 手渡されたのはカプセル型のアイテムで、範囲を指定してバリアを展開できる。 立入禁止をアピールするだけで防御性能はないらしいが、人通りの多いこの港では必須アイテム。 漁師の人たちにとっても日常茶飯事のことらしく、なんの気もせず通ってゆく。 なんなら、挨拶されるくらい。 さすがに怪獣の激戦区だ。 そしてステゴさんは、戦闘し終わったあとに、その怪獣のことを教えてくれる。 一般的な呼び名や、その種の平均的な大きさ、弱点または持っている耐性。 なにかの特殊能力を持っている場合は、その特殊能力のことも教えてくれる。 でも、戦闘前や戦闘中には、決して何も言ってくれやしない。 意図は分からない。 いや、"最初は"わからなかった。 しかし、日を重ねるごとにとあるものが俺の中に積み重なってゆくのが感じられた。 知識だった。 ここで現れるのは魚系の怪獣だけだが(まあ、俺の持ち場が港であることも十分に関係しているけど)、それでも何度か怪獣を見て、戦って、説明を受けてゆくと、系統がわかってくるんだ。 たとえば、せびれの形だとか、口の中の歯の長さとか、のどの形とか。 その辺を見ることで、積み重なってきた知識から攻撃方法の予測がつけられるようになったんだ。 こいつは噛み付いてくるだろうなとか、こいつは飛びついてくるだろうなとか。 そもそも魚だから攻撃パターンが少ないけれど、基礎編ということだろうか。 ここまでに、だいたい1週間くらいかかった。 出現頻度が多くなったとはいえ、そんなバケツをひっくり返すほどに出てくるわけではない。 戦闘回数は、せいぜい10回程度だった。 しかしその中で、でっかいオサカナ程度なら簡単に両断できるまでになった。 その中で1度だけ、タイタンウツボにも遭遇した。 話に聞いていた群れではなく、ただの1匹の怪獣としての遭遇だった。 実際、手強かった。 質量って怖いね。 それで、その遭遇したタイタンウツボを討伐したのが、7日目だった。 「まあまあ、上出来だぜ。」 しかし、俺にやることはない。 朝起きて、美味しくご飯を食べて、出勤。 ウツボの群れを警戒して待機するのだが、庭《テイ》の使えない俺にできることは、視覚での確認しかない。 視界での確認っていうのは、限界が早い。 五感に頼りきりといえば、その通りである。 だから俺は出勤しても居場所がない。 ステゴさんの背後にある石段の端に座り、訓練がてら呼魔《コマ》をできる限り維持して海を見張りながら、ヴィレくんと話す。 呼ばれれば向かって、戦闘する。 もとより俺はオマケである。 これでもう少しでも「庭《テイ》」が使えるならば、多少の使い物にはなったかもしれないけれど。 半径2メートルだ。 察せ。 俺だって気まずいんだぞ。 「どうせオイラ三人だけでも変わらねえさ。」 遠回しに"お前なんて必要ない"と宣告されるのは、なかなか心にクるものがある。 別に傷ついてなんかいないんだからねと振る舞っても、心の内なんて誤魔化せない。 しかし、万一にもここに1時間後にウツボが出てきてしまっては大変だから、離れるわけにはいかない。 必然的に、ヒマは避けられないのだ。 今は8月の終わりだ。 滞在13日目。 あと半分くらいのどこかで、きっとタイタンウツボの大量襲来があるのだろう。 俺はヒマではない。 英気を養っているのだ! そう自己暗示をかけて1日を過ごすのである。 ----- フォーザッツさんとヴィレ君のことについても語っておこう。 フォーザッツさんは面白い人だ。 何かのことで話しかけるたびに、言葉の最後には「どうです?今からでもここで一戦」などと喧嘩を申し出てくる。 誰かさんと同じような口説き文句だが、俺は彼に何かを習っている覚えはない。 つまり、なんの理由もなく俺と喧嘩をしたいわけだ。 生粋のバトルジャンキーである。 こわい。 けど、それを除けばすごくいい人だ。 誰かさんみたいに移動中に訓練と称して殴ったり蹴ったり引っ掻いたりすることもない。 誰かさんみたいに会話中にいきなり砂の手錠で拘束してきたりもしない。 基準がおかしいか。 おかしいかもしれないね。 けど、フォーザッツさんは、よく俺とヴィレ君の三人でご飯に連れていってくれる。 持ち場の港から少し歩くと、ヨコハマチュウカガイというストリートのようなものがある。 そこは中国料理....................ともちょっと違うらしいけれど、とにかく中華料理屋がある。 味は日本人好みに味付けされているそうな。 そこに連れていってくれる。 とても美味しいんだ。 しかし、申し訳ないのでお代を出そうとしても決して出させてくれない。 受け取ってくれない。 それと、フォーザッツさんと行動する機会が増えると、彼の銭湯の様子を見る機会が増える。 街中にだって怪獣は出る。 あまり大きいのは現れなかったけど、それでもこの辺りの出現頻度が高いことも相まって、出るんだ。 彼は強い。 俺が動こうと決めたその瞬間には、もう動いている。 それに大体、一撃だ。一撃なのだ。 思わず見惚れてしまうほどに綺麗な戦い方。 ヴィレ君が親に惚れるのもわかる。 それに彼はなかなかのイケメンだ。 もう40歳が近いというのに、 戦闘が終わると女の人に話しかけることもあるけれど「すまんね、家内と息子がいるんだ」と、スマートに断って帰ってくる。 おお、カッコイイ....................! カッコイイじゃないか。 そう、彼はカッコイイ。 色々とスマートな男なのだ。 ヴィレ君と一緒に彼のファンになりかけてしまう。 どこかのうさんくさい上司にも見習ってほしいくらいだ。 ....................まあ、あの人はあの人で格好いいこともあるけどさ。 そうそう、ミクロさんといえば。 当然のとこながら、フォーザッツさんとはご飯を食べながら色々と話すわけなんだけど。 彼とミクロさんは知り合いらしい。 どうやら、フォーザッツが血気盛んだった若者で、そしてステゴさんの弟子であった頃に、ミクロさんはまだ子供だったらしい。 なにか遊んであげようとしたが、クソガキだったミクロさんは、当時いた美人なメイドさんのあとを追いかけていたそうだ。 勿体ないことを....................。 俺とペラルさんはそのメイドさんになぜか顔が似ているらしいが。 どういうことなんだろうか。 けど、彼には不満もある。 フォーザッツさんは、俺の近くにいる限りは、絶対に俺を戦闘に参加させてくれない。 訓練のためにやらせてくれと頼み込んでも、 「いいえ、万一ここで貴方が怪我のひとつでもしてしまっては、先生に会わせる顔がありません。」 とかなんとか言って、何もさせてくれない。 俺だって戦えると話しても、か弱い子供の戯言程度に流されてしまう。 そう、俺はヴィレ君にとる態度と同じ態度を取られているのだ。 舐められている気がしてならない。 一応、17歳なんだけどな?俺。 とはいえ俺がフォーザッツさんと比べれば、まだ弱いという事実は覆らない。 どうにかして評価を覆すにも年月が必要だ。 免許を見せようとしたけれど、まだ正式な合格を貰っていないことを思い出した。 たぶん、これはフォーザッツさんという人間の行動基準によるもよだろう。 彼はやけに、子供を意識している。 ヴィレ君だけではない。 道端に困っていそうな子供がいれば、それがどこの子だろうと必ず助けようとするのだ。 "子供は何もせず大人を見て、すくすく遊んで育てば良い" 彼はよくそう言う。 さすがに俺やヴィレ君くらいの歳の子には言わないけれど、根本的なマインドは変わっていないはずだ。 俺は子供。 俺は彼より弱い。 俺は彼にとって、庇護下の存在なのだ。 そういえば、今の俺は誰かの監督下に置かれなければ何もできないのだ。 すごく悶々とした気分だが、仕方のないことだと割り切ることにする。 ウツボが来るまでは、こうしてでかいオサカナをしばいて過ごすのだ。 無駄ではあるまい。 フォーザッツさんだって、ちょっと保護の具合が過ぎるだけでいい人だ。 てくてくついて行けば、美味しいご飯も教えてくれる。 マイナスじゃないはずだ。 朝起きて。 ごはん食べて。 港に行って。 海を見張って魚を倒して。 ごはん食べて。 また海を見て。 帰って。 ごはん食べて。 なにか別のことをして。 寝る。 充実しているじゃないか。 こうして、特に何も起きることがなく。 不安なくらいに静かに。 まるで嵐の前の夜のように。 ....................さらに1週間が過ぎた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 あとがき ベロキは翻訳アプリを使ったことで、日本人が日本のことを日本と呼ぶことを学びました。 進歩。

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳