鯣烏賊 / 第151話
断崖絶壁の層:シティバレー その14
死体は、雨の届かない場所まで運び、そこで燃やした。
服を全てはぎとり、「陽炎《カゲロウ》」の炎を引火させての火葬だ。
骨だけになってしまえば、処分はたやすい。
偶然持ち合わせていた薄く広いタオルで包み込み、巻きとってリュックサックに入れ込んだ。
こうなれば、もうどうとでもなる。
この骨どうしようか。
バレないようにゴミに出そうか。
粉微塵に砕いて水に溶かしてしまおうか。
....................まあ、そのことは、あとで考えることにしよう。
火葬している間、3人には先に行ってもらうことにした。
正直、この判断はかなり迷った。
俺が護衛につき、場所が割れているかわりに、戦闘面での確実性を上げるか。
先に行ってもらい、戦闘面での確実性を下げるかわりに、場所をくらましてしまうか。
後者の方がよいだろう、という判断を下したのは、ペラルさんだ。
次の戦闘では準備が効くが、それはやつらも同じ。
たとえ俺が「鍵《シュリュッセル》」を使えるとしても、取りこぼしが発生する可能性がある。
そんなことが起きてしまえば、そこでゲームオーバー。
あってはならない。
それなら、逃げた方がよい。
やつらが自己催眠を使える場合、「|都合のいい夢《ファンタジック》」が通用しない可能性がある。
つけ回されてしまえば、きっと逃げられないだろう。
やつらが撤退中の今ならば、ここからつけ回される心配はあるまい。
やつらは、「蔵《クラ》」を使えない。
今この場にいないのは、明白である。
だから、3人には一旦、先へ行ってもらうことにした。
一度エレベーターへ乗ってしまえば、そこから逃げる道の選択肢はほとんど無限。
"第10層にあるネットカフェの休憩室"という曖昧な場所を指定し、そこで集合することにした。
なにせ、相手はプロだ。
それも4人。
あのようなやつが、もう3人、俺たちのことをつけ狙っている。
いつ襲ってくるのかもわからない。
接近されれば気づくことができるが、狙撃なんて持ち出されてはたまったものではない。
こんな状況なら、なにはともあれ、逃げることが最優先だ。
気になる点は無数にある。
そのひとつは、あの写真のことだ。
やつらのターゲットはどうやら、俺とラフラさんのふたり。
それは、死体から奪い取ったあの写真たちが示していることだ。
誰に命じられたのかも、なぜ俺たちがターゲットなのかも。
なにもかもが、わからない。
ラフラさんの写真は、俺が知らないときのものだ。
今より少しだけ、髪の毛が短いように見える。
背景が森の中であるから、いつかのタイミングで盗撮されてしまったのだろう。
俺の写真は、メシア教の教会に潜入したときのもので間違いない。
恐らくは、監視カメラなどを使って隠し撮りされたものだと推定できる。
つまり、俺とペラルさんがあそこに変装して侵入していることと、なおかつ「|都合のいい夢《ファンタジック》」の機能も知っているようなやつが、あそこにいたというのか。
あのときの俺にほどこした変装は、腹に空けた風穴と、それと服装だけ。
この写真は「|都合のいい夢《ファンタジック》」で騙していた髪色や目の色が普段のそのままであることが、それを示している。
誰かが監視していたのか?
あのときの俺は釣り餌のようなものだから、注目されること自体は想定内なのだが。
幻覚から脱せるようなやつがあそこにいて、後から俺の正体に気がついたのか?
わざわざ、監視カメラの映像を巻き戻すようなひとがいるわけない。
俺は誰かにマークされていたのだ。
だとすれば、俺は個人単位で、メシア教を敵に回すこととなる。
なぜだ、意味がわからない。
俺がやつらになにかをしただろうか。
しかし、申し訳ないな。
やつらとは揉め事を起こさないことが鉄則であったのに、知らぬ間にターゲットにされてしまっていたとは。
これからのブルーさんの行動にも、支障をきたすことになりそうだ。
だから、そのこともまとめて、死体を燃やしたその場で、ブルーさんにことの顛末を報告することにした。
厄介事も、厄介事。
トラブルの詰まった火薬庫のようなそのトピックに、彼女はうねり声をあげていた。
凄く困ったような雰囲気の返答に対し、俺は画面越しに平方等身で謝ることしかできない。
『まあ、終わってしまったなら仕方ないさ。
ボクのほうも、キミの使いかたを少し、変えることにするよ。
危険な役回りをさせるかもしれないけど、その辺りは大目に見てくれると嬉しいな。』
結局、こう言ってくれた。
本当に優しいひとである。
彼女からの期待をむげにするわけにはいかない。
次こそ、ヘマはしない。
そのくらいなら、余裕でオーケーである。
迷惑なものを持ち込んだ身であるゆえ、大抵のことならなんでもやるつもりだ。
また厄介事に繋がるようなことは裂けたいが
ペラルさんのやったようなカタコンベ潜入くらいなら、喜んでこなそう。
『それと、申し訳ないけど、ひとつだけいいかな?』
「なんでしょう?」
『そのラフラちゃんとアプルちゃんっていうふたりは、ボクらと一緒の宿に泊まってもらいたいんだけど。
....................大丈夫かな?
ボクのやることが終わるまで、彼女を保護したいんだ。』
「わかりました、進言はしてみます。」
『命を狙われているというその立場は、貴重な材料だからね。
彼女らを守りはするけど、利用もしたいのさ。』
と、いうことで、俺は3人と合流したときに、そのことを伝えることにした。
俺は急いで彼女ら3人のもとに向かって走り、合流を急いだ。
そして、30分かからないくらいの時間で彼女らのいるネットカフェへと到着した。
角路地にある、なんの変哲もないネットカフェだ。
俺はひとりで使ったことがないけれど。
それでも、それなりに部屋の埋まっている人気店のようだった。
部屋の大きさは、スターダスト事務所の俺の自室よりも少し広いくらいの、ごくわずかなもの。
そんな部屋たちの一角に、彼女ら3人はいた。
3人は、ネットカフェの休憩室で安全に過ごしているようだった。
どうやら、危険なことは特に怒らなかったらしい。
とくに、ラフラさんとアプルちゃんのふたりは疲れていたのか、ラフラさんがアプルちゃんを膝の上にのせて、ふたりでぐっすり眠っていた。
「追っ手は来ましたか?」
「全く。
さっきので諦めたみたいだネ。」
俺は眠っていたラフラさんを起こした。
すっきりした顔の彼女を眠りから起こすのは忍びなかったが、仕方ない。
喉が乾いたと言った彼女に水を飲ませ、落ち着いたところで、俺はさっきの話をした。
彼女は決めあぐねているようだったが、膝の上で寝ているアプルちゃんの顔を見て、了承してくれた。
もともと、1ヶ月程度の長期滞在は確定していたのだ。
せめてそんな滞在期間中は、安心していたいと言っていた。
その場でブルーさんにコンタクトをとった。
今からフロントへ行き、2人部屋を俺たちの泊まる部屋の付近に追加するとのこと。
これでひとまず、安心かもしれない。
護衛の要因が3人も増えることになるのだ。
「でも、ヨウナに会いに行ったり、サンライズバレーを見て回ったりはしたいのだけど。
....................ダメ、かしら。」
「それは大丈夫。
俺たちの中でも休みがルーティン的に設けられるらしいから、空いてる人が同行するよ。」
「そう。
お気遣いありがとう。」
まあ、ウッドバレーやシティバレーにいるときに、俺たちふたりに休みなんてなかったけどね。
それはそれ、これはこれ。
本来は休みが与えられる。
コチョウ・カンパニーは、福利厚生の充実した良い企業なのだ。
ラフラさんも一時入社するのだから、それを実感できるだろう。
アットホームだし、社員はみんないい人だし、なにより上司が理想そのものだ。
伝えることを伝えた俺たちは、早急にネットカフェを後にした。
ひとまず、今日中にサンライズバレーに向かう。
シティバレーの出口にはリンさんが待機してくれるそうなので、彼女の合流を第一目標にしよう。
そして、人の波に飲まれながら、俺たちは最後のエレベーターに乗り込んだ。
このエレベーターを5分ほど乗り続ければ、そこはサンライズバレーとシティバレーを繋ぐ通路。
すぐに出口だ。
そんなことを考えていると、急な眠気に襲われた。
眠るわけにはいかないのに、猛烈に眠い。
俺は全力で睡眠欲に抵抗したが、どうやら無理だったらしい。
次第に、現実とまどろみの境界線が曖昧になってゆき。
俺は眠ってしまった。
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目が覚めた。
しかし、覚めていないということはすぐにわかった。
俺が目覚めたここは、黒いどこかである。
ただ黒が広がり、なにもない殺風景で不気味な宇宙のヴォイドのような空間。
「やあ!」
そこに、ひとりのヒトがいた。
「ずいぶんと、期間が空いたな。」
「ワタシにだって、いろいろあるのさ。」
なんだか、ひさびさの感覚だ。
しかし、どんなにひさしぶりだとしても、こいつにいい印象を抱くことはできないようだ。
ふつうこういうのは、期間が空いたことによるフィルターのおかげで、印象がよく写りがちになるものだと思っていたのだが。
こいつだけは例外なのだろうか。
あまりにも俺からの印象が悪い。
この仮面も。
ボイスチェンジャーを使っても誤魔化しきれていないこの声色も。
全てが、俺の神経を逆撫でするのだ。
「....................それより、シティバレーに行く直前くらい、来てくれても良かったんじゃないか?」
「それはまた、どういうことだい?」
「エティのこととか、あの襲撃のこととか、どうせおまえならわかってたんだろ?」
「まあね。
けど、それでワタシを責めるのはお門違いってやつだよ。
ワタシはあくまで、キミの安全を願っているんだ。
そういう意味では、シティバレーのことで、キミの命が脅かされるようなことはなかった。
そうだろう?」
まあ、正論といえば正論だ。
シティバレーにて、俺の命が本格的に危ぶまれるような戦闘は起こらなかった。
あのルキ家の刺客との戦闘はなかなか厳しかったけど。
しかし、言動に一貫性のないやつだ。
いつぞやは、フォーザッツさんの死を撒き餌にして俺を諭そうとしていたくせに。
今回のラフラさんの悩みは、どうだっていいというのか。
まあ、こいつが、あの中身を知っているなら、放っておくのが正解と捉える可能性もあるが。
しかし、気に食わない態度である。
「カミサマなら、ラヴ・アンド・ピースをモットーにするもんじゃないのか?
俺だけを助けていても、どうにもならないんじゃないの?」
「深いわけがあるのさ。」
「教えてはくれないのか?」
「言えない。」
「そうか。」
まあいい。
どうせ、そんなことだろうと思っていた。
こんなものはどうでもよい。
かなぐり捨ててしまえ。
やつはこうして、俺の前に来たのだ。
なにか伝えたいことがあるはずだ。
過程は聞き流してもいい。
俺は結論を知りたいのだ。
やつの語る話の結論は、ウソをつかないのだから。
「おまえは俺に、なにを言いに来たんだ。」
「お、乗り気だねえ。
それでは、教えましょう!」
やつはコホンと咳払いをして、俺の周りをぐるぐるまわり始めた。
雰囲気を作りたがるやつだ。
突っ込まないでおく。
「その前に、ひとついいかい?」
「なんだよ。」
「キミ、ラフラのことを守りたいとか思っているだろう?
それは無理な話だよ。」
「....................は?」
やつは俺の顔を覗き込み、そう言った。
仮面の横に見える顎が、少し釣りあがっている。
こいつはなにを言っているのだ。
たしかに、万事うまく行っているわけではない。
そのことは俺がよくわかっている。
エティのことなんて、俺はなにもしてやれなかった。
けど、俺は頑張ってきたつもりだ。
それなりに、頑張ってきて、それで。
「キミは"がらんどう"さ。
それはワタシがよくわかっている。
本質的にキミは、他者を思いやることなんてできないんだよ。」
「そんなこと。」
「飼っていた鳥の爪だか牙を見て涙を流したキミだけど、受け取ることはなかっただろう?
あれがいい例じゃないか。」
「関係ないだろ、それは。」
「いいや、あるさ。
まともな感性があれば、後日でもいつでも、あれを受け取ろうとするはずさ。」
「....................。」
「さあ、お告げさ。
しっかりとよく聞くんだよ。
....................ベロキよ、明日の夜にホテルの外に出て、なにかの買い出しに行くのです!
さすれば....................。」
「もういい、黙ってくれ。」
視界が、パリンと割れた。
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そして、俺はほんとうに目を覚ました。
気分が悪い。
あいつのせいでぐちゃぐちゃだ。
そんなことを考えて目を開けると、エレベーターが止まっていることに気がついた。
俺たち4人は、前に乗っている人たちが外に出るのを待っているのだ。
サンライズバレーに、着いた。