鯣烏賊 / 第26話

夜闇を覆うは漆黒の霞、現るは歯車を廻す皓き者 その4

「..............................ごめん。今、なんて?」 どうせこんな遊んでいるだけの子供たちから有力な情報は得られないだろう、と俺は思っていた。 流れ作業のような感じで適当に話を聞き流して、他の場所や人を当たるつもりだった。 どうせ最終的にはこの時代最先端のハイパーテクノロジーを使って痕跡を辿るんだろうな、とか思っていた。 しかし、4人いた子供たちのうち、恐らく1番年齢が低い男の子が話してくれたその情報は、それはそれはものすごく役に立ちそうなものだった。 「....................ごめんね。聞きそびれちゃったから、もう1回言ってくれる?」 「だからー、夜におしっこしたくなって、起きちゃったときに、見えたんだよ。」 「何がだっけ?」 「お兄ちゃん耳悪いの?大丈夫? ..............................えっとね、夜の黒い空が、もっと黒くなったの。アッチの方で。」 彼が指さしたのは、街の郊外。 空港がある方....................つまり俺たちの来た方向とは真逆の、山のふもと。森の中。 山の高さは恐らく1000メートルよりすこし低いくらいだろう。 そのくらいの山が、アルプス山脈のまねごとをしたようにいくつも連なっていて、山の向こう側の景色は、ほとんど見えない。 地図上ではこの向こうを数時間行ったところには、それなりに大きな都市街があったはずだ。 ちょうど、この小さな街と都市部を隔てる壁のような役割をした山となるわけだ。 その山のふもとにはこれまた森....................より規模は小さい、かなり林のようなものがある。 林というには大きすぎるかもしれないけど。 全高の高い木が大量に立ち並んだ、見る分にはトゲトゲとしたふつうの針葉樹林だ。 空が黒くなった....................か。 絶対に普通のことではないよね。 いや、こんな怪現象がいつも通りに起こる場所ならば、わざわざこんなことは言ってこないはずだ。 その子が語った奇妙だけれど無視のできない情報は、不思議とこの問題の解決策が隠れていると思わせてくれる、そんな気がする。 確かに言葉足らずで分からない部分も多い。 だから実際に俺の目で見ないといけない。 こんなにも怪しいにおいのする情報、調べないわけにはいかない。 ........................................よし。 今日の夜からはしばらく、山のふもとで徹夜だ。 と、いうわけで。 「夜にあそこを見張ってきますね。」 「ちょっと待って、急展開すぎないか?」 俺は宿にいるミクロさんに、あの男の子の言うことをそっくりそのまま全て伝えた。 泊まっている宿は今どき珍しい木製で、ドアもうちの事務所と同じ手動のものだった。 机でなにやら重要そうな書類をみたり、手元のパソコンで何かカタカタやっているミクロさんは、ブルーライトカットのメガネを外して俺の方に振り向いてくる。 「えーとなになに? そのガキ....................ゲフンゲフン!その子いわく、山の方の空が黒くなったと。」 「はい」 ミクロさんは興味深そうに首を傾げる。 俺は机のすぐ隣においてあるベッドに腰掛けた。 ....................わぁ、俺の寝ている布団とは比較にならないくらいフカフカだぁ。 「恐らくその「黒」中心は、山のふもとにある森だと。」 「まあ、恐らく。」 「んで、今日からそこの見張りに行って真偽を確かめると。」 「そうです。」 「今から?」 「もう夕方ですし。」 「わかった、行ってきな。」 俺にOKサインを出した後、ミクロさんは付け加えた。 「僕も興味があるからさ、暇になったらそっちに行くよ。」 俺はミクロさんの許可をとり、見張りに向かうことになった。 冷蔵庫にあった1リットル容器の水のボトルを1本取り出し、水の隣に置いてあった栄養食を食べる。 クッキーともパンともとれないような栄養食で奪われた口内の水分補うために、ボトルの水をコップに注ぎ、飲み干した。 よし、これでしばらくは食事と水分補給はいらないかな。 「行ってきます!」 俺はドアを開けて、街の郊外....................例の森や山の方向に向かった。 そうして毎晩、見張りをする日々が続いて。 ..............................3日の月日が流れた。 ----- 突然だけど、殺し屋の依頼には長い長い「待ち」の時間が必要な場合がある。 俺の場合は、敵陣へ潜入して毒を強力な盛ったり、背後から思い切りよくグサリとやって誰かに罪を擦り付けて逃げる、みたいな依頼が多かったのだけれど、「待ち」の必要な依頼もたまに舞い込んできていた。 その系統のものでいちばん大変だったのは、「夫に浮気されたから夫と浮気相手を両方とも殺ってほしい」「夫も浮気相手も中肉中背」「ふたりとも同じ会社で、大企業」 ....................たしかこんな感じの依頼だった。 俺の記憶が正しければ、優雅な雰囲気の高い服を着たマダムからの依頼だった。 大企業の周辺となると、「中肉中背のカップル」なんていくらでもいる。 よって、それらしき人物が出てくるまでずっと、「待ち」の状態が続く。 探す根気のほか、本当にそれが本人なのかを確かめる「目」も必要だった。 今となっては懐かしいような、思い出したくないような....................。 大きなビルの向かい側にある屋上部分で延々と見張りを続け、それらしい人を見つけたらスナイパーライフルのスコープが写す画面を目を凝らして確認して....................。 うん、やっぱり思い出したくない。 え、今なにをしてるかって? 俺は芝生に腰を下ろし、なにかあった時のために一応、手元に水を置いたまま、森の方にじっと目を凝らしている。 男の子が家の中から見えていたのなら、見えにくいようなものではないんだろう。 けどせっかくなら、現れる瞬間とかもしっかりと見ていたいしね。 今日はこれをはじめて3日目で、さらに3時間経っている。 現状、3時間経っても何も起こっていない。 隣にあった水を手に取って飲む。 ここ3日間ミクロさんはここに来ていないけれど、そろそろミクロさん来るのかな? 来たら水でも分けてあげよう。 ざわり 「..............................ん。」 気配だ。 人型のなにかの気配。 ミクロさんじゃない。 背後から明らかな"殺意"を感じる。 俺はゆっくりと後ろを振り返る。 身長は190..........いや、200センチある。 体はがっしりしていそうだけど、ふわりとした白いローブのような物を着ていて、体のラインが掴めないし、フードのせいで顔もわからない。 ただひとつ、確かなことがある。 「おまえ、何しに来た?」 「全く。ミクロのやつがいたから警戒していたと言うのに....................。 まさかこんなところにひとりでいるとはな。」 俺はこいつと会ったことがある。 もはや「古い記憶」といって差し支えないあの日。 せっかく、新たな楽しい記憶で蓋をしていたと言うのに。 復讐を果たすのは月日が経ってからでないとと無理であると思っていた。 こいつ自身の手がかりなんてこれっぽちとなかったし、ミクロさんに聞いても何も答えてくれなかった。 「..........殺意に満ちた眼だ。そんなにもあのちっぽけな鳥が大切だったか?」 「おまえにとっては些細なことだったかな? 俺にとっては些細であるかなんてどうでもいいけど。」 俺は柄を取り出し、いつでも戦闘に入れるよう準備する。 この肌をヒリヒリと焼くような殺気。 こんなにも殺意をむき出しにされるのは、久しぶりの感覚だ。 でも、何でだろう。 なんでこいつはこんなにも離れたモンゴルにまでやってきて、俺を殺そうとしているんだ。 なにか、理由が....................?? いいや、考えている暇はない。 「まあ、貴様相手ならば隠す必要もないか..............................。」 「..............................。」 俺は手に持っていた柄を起動。 ファルシオンの刃を出す。 何だ?何をしてくる? 隠す?俺に何を隠そうとしていた?! よーく目を凝らしてやつを見る。 静寂の中、やつの右手の人差し指が、ほんの少しだけ動いた。 ここ! 俺は思いっきり地面を蹴って、やつを射程距離に捕らえるために飛びかか....................。 「あー、そういう感じか。」 手足が動かない。 俺の足元にある大量の草のツタが伸びてきて、俺の手足をガチガチに固めている。 恐らくはあいつの持つ何かしらの武装の能力によるものなのだろう。 いや、頑張って考察なんてしても今はなんの意味もない。 奴がぐんぐん近づいてくる。 右手を振りかぶり、俺の心臓を貫こうとしているやつの動きをふたたびよく観察し、求めているタイミングをはかる。 「死ね。」 「..............................。」 3、2、1、今! 俺は固定された足にこれでもかと力を込め、縛られた状態を左足だけ解放する。 「何っ!!」 そして左足を上に上げ....................地面を踏み抜こうとする。 こっちにだって奥の手があるんだ! 「固有武装(オンリーウエポン)....................!」 いよいよ「鍵」を使い、地面を踏みぬこうとしたそのとき。 刹那、一陣の風が息吹く。 俺の心臓を貫こうと目前まで迫っていたやつの右手は、肘あたりでまっぷたつに両断され、周りに鮮血が飛び散る。 そして右腕がコトンと、地面に落ちる。 「....................ッ!!!」 「おいおい、そこのアンタ....................、タンマだタンマ。」 よーく聞き覚えのある声。 3日前に、暇になったら後で行くと約束してくれたくせに、今日のこの瞬間まで一度も顔を見せてくれなかったあの人の声。 ミクロさんのものだった。

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