鯣烏賊 / 第25話

夜闇を覆うは漆黒の霞、現るは歯車を廻す皓き者 その3

俺たちは病院に足を踏み入れた。 病院と言っても、四方100メートル程度の広さに建っている、特別大きなわけではない施設だ。 4階建てで、2階より上層の階にて患者さんたちを安置しているらしい。 病室のキャパシティ既に一杯なようで、勤務しているであろう医者や看護師の人たちがあちらこちらへとせわしなく動き回っている。 例の疫病、現状では治療法が確立されていないらしい。 だから、栄養点滴や免疫向上の薬を飲ませて首の皮一枚繋いでいるような状況で延命を試みているらしい。 その点滴や薬の総量も底をが見え始めているらしく、最長でもあとひと月持つかどうかというところらしい。 これも、感染がこのペースで広がっていくという前提の話であり、ここから更にペースが広がってゆく可能性だってまだ残されている。 とはいえこの病にもまだ救いがある。 それは、コスモ耐性の検査において優秀なデータをたたき出した人ほど、症状の悪化への進みが遅いことだ。 人によっては症状が悪化せずに系症状の状態を保っている場合もあるらしい。 完治させる方法が見つかっていない時点で、それは果たして救いと呼べるのか、と言いたいが........................................。 というのは、案内してくれている町長代理の人から、道中で教えてもらったものだ。 「私たちはこの病気を、奇しくもこの地が元となった、数百年過去の大疫病....................それと同じ名で呼んでいるのです。 "ペスト"と。」 スキンヘッドの医師と長髪の男性看護師という特徴的な見た目の2人に案内され、俺たちは病院の中を歩いていく。 小走りで向こう側から、急いで移動してくる看護師の人に道を譲ったり、目の前を大きなワゴンが通ったため移動を中断されてしまったり。 さっきまでの想定よりも遥かに時間を消費しながら病院内を進む。 エレベーターは常に人が一杯で使えないらしいので、階段を登り、最上階....................つまり4階へと向かう。 「さて、もうすこしですな。」 この病室の最上階は、通常の治療のために使うスペースではない。 重い病気を患った人を保護のための部屋がふたつ用意されている。 街の規模感からして、本来はあまり使われない場所らしいのだが、今回ばかりはとても重要な人物を保護しているらしい。 「え....................治った人がいるんですか?」 「ええ。つい昨日のビックニュースです。みなさまにお伝えできておらずすみませんね。」 そう。 一人。たった一人だが、疫病の完全な治療に成功したらしいのだ。 とはいえまだまだ元気な状態とは程遠く、体は衰弱しきっていて動けず、基本的に一日中睡眠をしているらしい。 「こちらの部屋です。」 ドアの鍵が開かれる。 俺たち4人はスキンヘッドの医師にその部屋の中へと案内された。 窓は完全に締め切って、なおかつシャッターが降りているその部屋は太陽光を一切通していない。 天井に設置された電灯の電気の光でやや眩しく、その眩しさを一面無機室な真っ白い壁が助長している。 窓などから自然光を取り込んでいた今までの病院内の廊下などとは違い、人工物としての異様な明るさに目が少しチカチカする。 ....................おおげさに表現したが、ものの数秒で人類の優秀な目は慣れてくれる。 中心にいる件の人物と思われる人は、まだ十歳に到達していないであろう少女だった。 街中を歩いていればどこにでもいるような風貌だ。 少女は深い睡眠に入っているようで、声をかけても揺さぶっても起きそうな気配は見えない。 顔色は極めて悪く、滝のような汗をかきながら眠っているようだ。 「恐らく原因はコスモ由来なのでしょうね。 まだ侵されていない私は耐性が高いと診断されていますし、ここにいる彼女も過去の検査で極めて高い結果を残しています。 ..............................恐らく、毒コスモでしょうね。予測にすぎませんが。」 俺たちを案内していた医師がハンカチで少女の額や頬についた汗を拭き取り、手首に通っている太い血管から脈をとる。 「生きてはいますが、眠っていますね。」 「少々、彼女の細胞を頂いても?」 「ええ、構いませんよ。 採取をするのでしてら、口内の粘膜あたりが適切でしょう。」 アロくんはかばんから綿棒を取り出し、その綿棒を彼女の口内に数秒、押し付けた。 そしてこれまたかばんの中に入っていた透明なケースにその綿棒を入れ、少女から一歩下がった。 「これから日例の検査でして。 面会を希望なさる場合は後ほど、という事でよろしいですかな?」 その一言で俺たちは部屋から追い出され、ドアの鍵が閉められた。 俺たちは数秒、ドアの前で立ち尽した。 いやだって、何したらいいのか分からないじゃん。 俺たちが困ったように立ち尽くしていると、長髪の看護師にバツが悪そうに声をかけられた。 「あのう....................なにか作業なされる場所へ案内しましょうか? 細胞の摂取も済ませたようですし..........。」 俺たちは一瞬顔を見合わせたが、話し合う前にアロ君が看護師に声をかけた。 「それより先に、ご遺体の解剖許可を頂いているのですが。 そちらへのご案内をお願いしてもよろしいですか?」 看護師は「確認します」と手元の端末を操作する。 そして、確認が取れたのかアロ君に向けて「かしこまりました」と頷いた。 「他の方はどうなされますか?」 とはいえ、アロ君以外の俺たち3人に、これから先の予定はこれっぽっちもない。 互いが互いに「どうしよう?」という状態だ。 俺たちは顔を見合わせて少し話す。 「では、私だけ彼女の起床を待つので、応接室に案内してください」 そうして、女児と話して証言をとるなら女子がいいだろう、という浅はかな考えのみでリンさんが病院に留まることになった。 俺たちの目的は病気を治すことではないが、彼女の証言はきっと必要なものになる。 そして俺たち4人は最上階から1階まで、再び階段で降りた。 途中で別の場所へ離脱したアロ君、1階に降りてから同じ階層にある応接室へと向かうリンさんと別れ、俺たちは病院を出た。 そして、 「ベロキ....................これからどうする?」 「どうしましょうか..............................ミクロさん。」 ふたり仲良く途方に暮れた。 ----- リンさんとアロ君は病院に残り、ミクロさんは一足先に宿の手続きに向かった。 ただ1人だけやることが無くなった俺は、ミクロさんの許可を得て街中を歩き回ってみた。 そこまで広くない街だから、軽い高台のような場所に行けば街全体の景色を一望できる。 中央には大きなメインストリートが通っている。 左右にそれぞれ住宅街、ビジネス街と分かれていて、中心部付近にはそれなりに大きな飲食店や宿泊施設に、サッカーコートが設置されている公園。 そして俺たちがさっきまでいた病院がある。 何事もなかったかのように普通に営業しているお店や施設もあれば、お店の人がペストにかかってしまったのか営業を取りやめ、寂しく閑散としたお店もある。 しかし、遠目から見ている限り、街は元気な人たちのコミュニティで活気に満ちいている。 いそいそと普段通りに働いている人、公園などで遊んでいる子供たち。 俺はアロ君の言葉を思い出す。 (人間同士の空気感染はないらしい。) 普通、こういう病気というものは空気を介して広がりそうなものだが、どうやら感染源は別の要因らしい。 街の方でもペストの根本的な原因を突き止めたいらしいが、あまりの患者の多さ、死亡者への対処などで手一杯。 ペストに関係なく、もともと入院していた重病を患った人の対応にも追われていた。 アロが来たことでやっと解剖に回せる人材が登場した、ということらしい。 それにしても、情報がよく出回っている。 こういう騒動は大抵、どこから誰から回ってきたのかも分からないような怪しいデマが混乱を招き、最終的にはパニック状態になってしまって誰も家から出ようとせずに活気が失われているものだと考えていた。 多分だけど、この街のトップによる情報管理が、さぞかし優秀なんだろう。 「まあ、俺がいくら暇だとしても何もしないわけにもいかないからね.......................。」 俺は聞き込みができそうな人を探す。 話しかけやすそうで、こっちの話を聞いてくれそうで、それでいて何か情報を貰えそうなひと................。 こういう時の対象は正直に答えてくれて、尚且つこっちを警戒してこないような人物が望ましい、というのがこれまでの経験からわかる。 だいぶわがままな話だけどね。 俺は今いる高台から街を見下ろす。 幸い身体能力には優れているから、ここからでもどこにどんな人がいるのかがよく見える。 住宅街にいるあそこの親子さんは.....................すごく警戒されそうだからダメ。 お店が立ち並ぶ通りは..............................一部の場所を除いて閑散としていて、人が少ないダメ(さすがに、ギャンブル施設や強面の人がやってるお店に入る気にはならなかった)。 病院は論外。 あとは....................公園だね。 見た感じでは、10人弱の子供たちが一緒に遊んでいるみたいだ。 俺はここから5分ほどの公園に向かう。 見えてきた公園は芝生なんて皆無。 錆び付いた鉄製の遊具と転んだら痛そうな砂利の地面でつくられた....................いわゆる、昔ながらの公園だった。 公園の入口を通り、砂利に足を踏み入れる。 そして、長椅子に座り数人で話し込んでいる10歳頃の子供たちに話しかけた。 「やあ、お兄ちゃんちょっとだけ聞きたい事があるんだけど....................いいよね?」 驚いたようにこちらを見て、おもむろに警戒したり、からだの大きな子を盾にして姿を隠す少年少女。 ....................いま思い返せば、このときの俺は少しだけ怖かったのかもしれない。

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