鯣烏賊 / 第58話

凍峰に沈む街にて その17

ディランは1歩、踏み出した。 目の前には自らを殺意のこもった目で睨んでいる氷蛇の姿がある。 距離にして、50メートルないくらいである。 「参!」 ディランは進行方向上に設置されている高い場所まで伸びている電柱の頂点を踏みつけ、3段目の「強化」を得る。 2段目よりも優れた強化によってさらに加速したディランは、次に踏むべき足場に、すでに辿りついていた。 そして次は道路標識の縦看板を横向きに踏みつけ....................。 「肆!」 踏みつけた縦看板が「べこっ!」とへこみ、支柱ごと後ろ側へ歪む。 それほどの勢いを持ってディランは....................。 「伍!」 次の電柱を踏みつけた。 踏みつけられた付近が粉々に砕かれてしまい、衝撃波が可視化されるほどの威力をディランは得た。 しかし。 (や、やはり....................痛む!) それ相応の反動も食らっていた。 ディランが今踏み出した足の内部から、ズキズキという凄まじい痛みが襲ってくるのだ。 例えるならば、長時間歩いた時に襲ってくるような痛みが..............................それとは比にならない大きさで断続的に襲ってくるのだ。 これは、凄まじい威力の攻撃を能動的にもたらす機能を持つ、「|闘い求む拳《ヘラクレス》」の副作用と言えるものである。 通常の人間ではありえない馬力のものが、生身の手から発されるのだ。 ベロキの「衝《ストライク》」は、纏わせている衝撃を発散し、衝撃波をもたらす....................言ってしまえばただそれだけの機能である。 しかし、「|闘い求む拳《ヘラクレス》」はベロキのそれとはひと味もふた味も違う。 「|闘い求む拳《ヘラクレス》」は、ディラン自身の筋力から放たれる威力を、コスモの効果によって無理やり圧倒的に「増強」する。 つまり、纏った衝撃を放っているわけでも、武装の特殊な攻撃によってあの威力を出している訳ではない。 あの威力は正真正銘、「ディラン本人の筋力」が元となっているのだ。 そして当然のことであるが、ディランの筋力にも限界がある。 いくら彼が同年代と比べても異常な筋力の才能を持ち、それ相応の努力をしていたとしても、ディランはまだ19歳の青年....................いや、少年と定義しても良い年代である。 そんな彼の筋力では、「|闘い求む拳《ヘラクレス》」による圧倒的な威力増強には耐えられない。 現時点では「肆」が、彼がデメリットを気にせずに使用することができる現回転である。 「伍」では、先程のように内側からかなりきつい痛みをもたらされる。 試験会場へ向かう前日に行ったバーチャル空間内での「漆」の実験では、使用する"意思"を持った瞬間、内側から腕が破裂するような強烈な痛みに耐えきれず、気絶。 身体機能の異常とみなさら、仮想空間内から放り出されてしまうほどだった。 そんな彼の現状最高到達点こそ。 「陸!!!」 威力増強による加速により、氷蛇が対応する前に顔面の前にたどり着いたディランは、大きく拳を振りかぶる。 そして「六段目」の強化によりもたらされる威力をそっくりそのまま、氷蛇の左頬へぶつけた。 パッチーン!! と、強烈なビンタのような音とともに、可視化されるほどの衝撃波が、風圧を持って襲いかかる。 ディランからみて左側へ、首ごと大きく曲げられた氷蛇は、ギロリとディランの方向へ視線を飛ばした。 ディランのいる距離は、氷蛇の胴体から30メートルも離れていない。 氷蛇が首を伸ばせば簡単に口内へがぶりと押し込み、胃へ飲み込める距離である。 よって氷蛇は噛みつき攻撃を行うために、その規格外に長い首を重い甲殻とともにディランの方向へ伸ばすのだが...............................。 「やっぱり来たね!」 氷蛇が首を曲げられた方向。 そこには、後方からひたすら氷蛇の行動を妨害し続けているパキケの姿があった。 パキケの現時点での役目は、確かにここまでの氷蛇の行動を妨害し続けることであった。 氷の地面による拘束を解かれてしまった場合、氷蛇の両足が自由になる。 そうすれば、氷蛇はここまでの経験によりディランの脅威度を理解してしまっていた場合、ディランの「陸」が回避されてしまうかもしれないからだ。 「ディランにそんなこと、させるわけないよね....................|貫く矢《オーディン》!!」 しかし、その役目も現時点をもって終了した。 ここからは、氷蛇の足が自由だとか、自由でないだとか、そんなことは一切関係ないからだ。 そして、|蒼く光る尾《アステロイド》から放たれるのは先程までの|追う矢《アルテミス》ではなく、一点集中突破型、貫通させる能力に優れた|貫く矢《オーディン》である。 貫く矢は迷いなき弾道で、氷蛇の右頬へ着弾した。 そして。 ギャオオオオオオン!!!! パキケの矢には、ユリの「譲渡性」がかけられていた。 氷蛇の頭部へと着弾した蒼く光る尾の「貫く矢」は、氷蛇の右顎から口内にかけてを、ぶすりと一突きに貫いている。 ユリの「譲渡性」によって普段の倍に威力をはね上げられているその矢は、ちょっとやそっとの暴れ程度では外れない深さまでくい込んでいる。 ひとしきり首を振ったり、口を開け閉めしたりして刺さった矢を外すことを試みた氷蛇だが、空中へ数秒間視点を固定した後、口を大きく開いた。 その口の中は凍りつくように青白い光で満たされ、「コヒョォォォォ..............................」という吹雪の風鳴りのような音を発す。 そして、首を上に傾け、狙いをたった一つに定めた。 空中に飛び上がっている、小柄な白髪の男。 手には泡のように見える外見の容器を持っており、その中は真っ黒な液体で満たされていた。 「ベロキ、大一番だ....................。」 そして、ベロキの手前に、蛍光な黄色の分厚い板が現れる。 ベロキの身長よりもさらに大きい、「壁」と呼ぶこともできる盾である。 ベロキはその縦に体を預けるようにぴったりとくっつき、体を丸めて衝撃へ備える。 しかし、その泡のようなナニカは絶対に割ってしまわないように....................やさしく両手で包み込むように保護し。 「行けーーーーーーっ!!!!!!」 「守《ガード》プラス、ユリさんの譲渡性だーっ!!!!!」 バシューッ!という、空気を切り裂くような音とともに、ベロキへ向けて、氷のレーザーブレスが放たれる。 ベロキはその黄色い大きな板を盾としてそのブレスの中心へと突っ込んでゆき....................。 そして..............................。

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