鯣烏賊 / 第57話

凍峰に沈む街にて その16

アイランゲェ。 通称、氷蛇。 指定危険度が全怪獣内でもトップクラスである超大型の大怪獣である。 今から約30年ほど前、ヨーロッパのフィヨルドの地盤の真下から出現した超大型怪獣である。 当時の個体の全長は150メートルを優に越え、全高も最大値で50メートル近くあった正真正銘の「化け物」であった。 通常ならば、地層の奥深くに存在している、コスモエネルギーに満ちた巨大な洞窟....................学者たちはこの洞窟を「大地の血管」と呼んでいるが....................ともかく、その洞窟内にて生活している種であった。 スカンディナヴィア半島周辺での出来事である。 寒冷な雪山の方面などでの目撃例もあったものの、刺激をしなければ安全であることが確認されていたため、この生物の対処は後回しにされていた。 アイランゲェ単体を一個体処理するだけでも、複数国家レベルの協力が必要であることも、後回しにされていた要因と言える。 しかし、当時のヨーロッパに颯爽と洗われたその強力な個体は、飢えていたのか、付近に生息していた怪獣と大規模な戦闘を開始した。 周辺に大規模な地響きや猛吹雪をもたらしながら、飢えた胃を満たしていたのである。 ただの縄張り争いであると高を括っていたW.M.S.Fも、あまりにも氷蛇の撤退情報が出ないことから、重い腰を上げて現地調査を決行した。 出現から1ヶ月のことである。 付近には、約4つの街があった。 氷蛇の出現範囲から約30キロメートル程度のところに3つ、さらに離れた50キロメートル程度のところにひとつ。 調査隊は50キロメートルに位置する街を拠点とし、3つの街に向けて調査を開始した。 3つの街のうち2つは、途中までは同じ一本道を通る関係にある。 そのふたつの調査隊....................合計50人が、街に辿り着くことなく全滅した。 道中が、その氷蛇の縄張りになっていたのである。 そして、残るひとつの調査隊から届いた一報は、「街での生存者が片手で数えられてしまう」というものであった。 嫌な予感を察知した当時のW.M.S.F長官は、そのアイランゲェが出てきたであろう「大地の血管」への調査も決行した。 そこにあったのは、見るも無惨に冷凍保存された大怪獣たちの死体であった。 出現したそのアイランゲェの異常な食欲は、人類にとって無視できないものになってしまった。 W.M.S.FのEU支部が先頭に立ち、ヒトという生物は歴史上初めて、アイランゲェの縄張りに踏み込んだ。 たった一個体のアイランゲェと、ヨーロッパ全域との戦争が開戦したのである。 戦闘は約3ヶ月に及んだ。 最初の2ヶ月は出現した箇所に近い山奥のみを戦場とした戦闘であったが、あまりの長期戦に怒り狂い、人間を「小バエ」程度の認識から明確な「外敵」へとアップグレードしたアイランゲェは、ついに人里へと進軍した。 討伐チームたちの決死の阻害も虚しく、移動を確認してからおよそ2時間でアイランゲェは街へと辿り着いてしまった。 人口約10万人程度の、それなりに大規模な市街地であった。 市街地へ上陸したアイランゲェは、そこで初めて、口から猛烈な「氷のレーザーカッター」ともよばれるブレスを使用した。 これまでの山奥での戦闘では確認されていなかった行動であった。 直撃した際の被害はもちろん、その氷によって切り裂かれたビルやマンションの類が次々と倒壊。 新たな行動パターンの追加によりこれまでの隊列を見事に崩し、W.M.S.Fの予想をはるかに上回る被害をもたらしたアイランゲェは、その後約1週間の作戦を経て強力な睡眠薬を投与された。 まさに「特製」とも言える、生物を睡眠させるにはあまりにも強力すぎる睡眠薬により身体機能が麻痺させられたアイランゲェは、その後数週間、なにか特別な刺激を咥えるまで起き上がれない状況へ追い込まれた。 しかしこの睡眠薬でさえ、薬である。 最終的にこの毒素は体の中で分解され、アイランゲェは目覚める。 きっと目覚めた大怪獣は、これまでとは比べ物にできない怒りを持ちて、さらに大きな被害をもたらす。 最終的にW.M.S.Fは、コスモ兵器の黎明期に、ソビエト連邦の「ツァーリ・ボンバ」を素体として開発された強力な水素爆弾のレプリカ制作に着手。 突貫工事で完成させたその破壊兵器を、世界各国の許可を得て、休眠中のアイランゲェに投下した。 結局、戦闘を終わらせるために下したこの判断は、世界中のマスメディアや活動家の批判の対象となってしまうのだった。 アイランゲェとの戦闘がここまで極端に長期化した要因は様々である。 最も大きい要因は、「|過去の遺物《レガシーウエポン》」持ちの隊員を1人も参戦させなかったことにある、と言われている。 当時の怪獣出現状況は、まさに「厄災の年代」と呼べるものであった。 世界中にてこれまで観測されなかった頻度で危険な大怪獣が出現したのである。 電磁パルスを操り、数千万人規模での電力供給を中断させた怪獣、「ゼウス」。 吸い込んだ人間を発狂状態に追い込み、ほとんど100パーセントの確率で死に至らしめる「ツクテケ」。 大規模な津波により過去最高レベルの人的被害、産業的被害をもたらした「クトゥルゥ」。 そして、「アイランゲェ」。 これらに収まることはなく、一年に一度程度の高い頻度で怪獣が現れた時代だったのである。 これらの被害に備えるために、W.M.S.Fは、個人単位で優秀だった討伐者を持ち場から動かす訳にはいかなかったのである。 しかし、これらの怪獣の中で核兵器が使われた例はアイランゲェのみである。 未だに故郷に戻ることが叶わぬ人もいる中、この判断の是非は....................誰にも分からない。 ただひとつ言えることとしては、ベロキたちの戦うバーチャル戦場の景観は、当時アイランゲェに滅ぼされ、核兵器が投下された街をモデルに作られている。 アイランゲェは、絶命時に極低音の気体を突風のように撒き散らす。 当時の個体も、同じように周囲を冷やし....................数年単位で農業活動を困難にするほど被害をもたらした。 もちろん、この試験はただ倒すことだけが採点基準とされている訳ではない。 むしろ、アイランゲェを直接死に至らしめてはならない。 だからこそ、ベロキたちの最適解は..............................。 ----- (いまさらだ。) (いまさらのことだが、俺たちにこんな大怪獣が倒せるわけはない。 この怪獣を正真正銘「殺す」為には、俺はさらに強くならなければならない。) そうディランは自分に言い聞かせる。 自分の力では、とても目の前の大怪獣に届かなかったことから目をそらすように。 自分が積み重ねてきたものを、否定してしまわないように。 そうして、さらに自分を追い詰めて、愛する妻を悲しませてしまわないように。 「|過去の遺物《レガシーウエポン》:|闘い求む拳《ヘラクレス》」 1歩、歩みを進める。 先程まで鬱陶しい蚊のように氷蛇の周りを飛び回っていたベロキは、どこかへと姿を消してしまった。 物陰から踏み出し、氷蛇の目の前に建設されているビルの屋上へと顔を出したディランは、氷蛇と目を合わせる。 「まさか、あそこから活路が生まれるとはな....................。」 パキケは「|蒼く光る尾《アステロイド》」の「|追う矢《アルテミス》」に搭載されている自動追跡機能を存分に使用し、矢の先端に小さな爆発物を付着させることで、たったひとりで氷蛇の拘束を継続している。 ディランは、ポケットにしまっていたとある小さなカプセルを手に取る。 そして、小さくジャンプをした。 「壱。」 そして着地と同時に....................。 「弐!!!」 目の前の氷蛇へ向かい、スタートダッシュを始めた。

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