鯣烏賊 / 第146話
断崖絶壁の層:シティバレー その9
【1年生:1月1日】
今日から、日記をつけようと思う。
理由は、ついさっき、ラフラから日記のことを聞いたからだ。
生活の記録をするなんて考えたこともなかったが、やってみるのも楽しそうだ。
今日はラフラと、年越しのお祭りに行ってきた。
隣で大声で10からカウントダウンをする彼女を見て、私もつられてカウントダウンをした。
この祭りに行ったことはなかったけど、こんなに楽しいものだとは知らなかった。
背伸びして誘ってよかった。
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【1年生:1月2日】
ラフラがご実家に行っている。
私はひとりだ。
けれど、待っていれば彼女は帰ってくる。
宿題でもしながら、待っていよう。
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【1年生:2月24日】
人生で初めて、バレンタインデーの当事者になった。
私の想いを込めた手紙を書いて渡そうとしたが、内容があまりにも恥ずかしかったので、家で捨てた。
まるでロマンス映画のような言葉たちに、私自身が赤面してしまった。
母さんに見つかってはならない。
その思いで、手紙をライターで燃やした。
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【1年目:3月1日】
テストが近い。
そんな期間中に、ラフラから勉強を教えて欲しいと言われた。
もちろん、喜んでお引き受けした。
放課後に、図書館で集合して勉強するのだ。
ここ1週間くらい、ずっとこんな感じだ。
私が勉強どころではなくなってしまいそうなので、大変だった。
けど、前のめりに質問して、自分から能力を身につけようとする彼女の姿勢が、とても素敵だった。
とくに数学や生物学は、私よりもはるかにできるようだった。
どうしてこんなに出来るのかと聞いてみると、彼女はハンターになりたいらしい。
ハンターという職を知らなかったが、話を聞いてみると、彼女が憧れることも納得の職業だった。
それにしても彼女は、ウッドバレーの出身なのか。
ひょっとしたら私は案外、彼女のことをなにも知らないのではないだろう?
少しでもそう考えると、胸が締め付けられる。
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【1年生:3月3日】
テストが返された。
ラフラの得点が前回よりも格段に良くなっていて、なんだか誇らしい。
それにどうやら、ラフラのルームメイトのダリアというひとの得点も向上したとか。
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【1年生:3月20日】
ラフラのご実家にお邪魔した。
ご両親からは、過剰なくらい、大々的に歓迎をいただいた。
それを見たラフラはとても恥ずかしそうにしていたが、私としては楽しかった。
あそこまで恥じらう姿を今までに見たことがなかったので、そのせいなのかもしれない。
それにしても、ここはいい所だ。
同じグランド・キャニオンとは思えないほどに自然豊かで、空気がよい。
ここに来るまでに出会ってきた木々や生命は、どれもこれもが魅力的だった。
ラフラがこの自然も守りたくなる気持ちもよくわかる。
彼女にはぜひとも、夢を叶えて欲しい。
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【1年生:3月21日】
ラフラは前日の疲れからか、なかなか目を覚まさなかった。
お父様に、散歩にでも行ってきたらどうかと言われたので、私はこの周辺の散策をすることにした。
広いから道に迷うかもしれないと思ったが、作られている道路はほとんど一本道なので、そんなこともなかった。
色んなものを見た。
そんな中で、私ぁ最後に足を踏み入れたのは、「白い光」の教会だった。
私は白い光の信仰者ではないが、それでもなんだかむしょうに、祈りたい気分だった。
司祭に恋人との未来を祝福してもらうときに、とある石のかけらをもらった。
それは、まるで黒の色という概念がそのまま具現化されたような琥珀だった。
これが噂に聞く|黒い琥珀《ブラックジェム》か、と思ったが、私の想像していたものいたより色が濃い。
なぜだろうか。
しかし、使うことはないだろう。
現にこの琥珀は今、私の部屋の隅に置いてあるだけだ。
祈りがあんなに疲れるものだとも、思わなかったから。
神に祈ったところで、どうにもならない。
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【2年生:4月3日】
始業式だ。
私は会長の話を聞き流しながら、全体を眺めていた。
私は人の上に立って悦に浸る趣味はないが、それでもこの眺めは新鮮で面白い。
明日の入学式では、私は新入生を案内して導かなければならない。
なんだか緊張する。
ラフラも、同じだろうか。
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【2年生:4月4日】
私の入学式での役回りは、そこまで複雑ではなかった。
校門のあたりに立って、新入生とその保護者方を誘導するだけだ。
ラフラは違うところにいたみたいだが、「金髪のおねーちゃん」という言葉がよく耳に入ってきたので、うまくやっていそうだ。
私も来年は、あの壇上で演説をすることになるのだろうか。
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【2年生:6月10日】
生徒会の人数は事足りているのうで、私はスポーツフェスティバルの運営事務の役割から外された。
ラフラと一緒になれないのがやや心残りだが、いざ運動してみれば、そんなことどうでも良くなるくらい、楽しむことができた。
最近はクラブ活動の方が疎かになっていたが。
筋トレくらい、真面目に再開してみようか。
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【2年生:7月4日】
いじめられている生徒を、助けた。
いじめ、だったのか?
あまりにひどいコミュニケーションを見たので、それを止めただけだ。
さすがに、普通のコミュニケーションのなかで、相手を蹴ったり叩いたり、言葉汚く罵倒することはないだろう。
そう思ったのだが、帰り道に、そのいじめの主犯格らしき人物に襲われた。
私が静止したせいで、彼は先生にこっぴどく叱られ、高校への推薦状を書いて貰えなくなったらしい。
自業自得だ。
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【2年生:8月23日】
旅行をした。
旅行とはいえ、サンライズバレーに行き、夏まつりに参加し、そこで泊まってから帰るだけだ。
祭りは、ハッキリ言ってつまらなかった。
観光客が多く、その観光客に媚びるような企画しかやっていなかったからだ。
現地に住む私が楽しむようなことは、お門違いのことだったようだ。
だが、ホテルでラフラと愚痴を言い合っているうちに、時間が早送りされるように進んで行った。
途中で、可愛らしい寝息を立てながらラフラが睡眠についた。
改めて見ると、贔屓目なしに、整った顔をしている。
これを書きながら、そう思った。
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【2年生:10月30日】
ハロウィーンに、ラフラに軽いいたずらをされた。
インターフォンが鳴ったので何事かと思えば、玄関先には仮装した彼女がいた。
お菓子をくれなければいたずらしちゃうぞ、というお決まりのセリフとともに。
私は彼女の脇腹をくすぐり、撃退した。
とても楽しかった。
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【2年生:12月1日】
ラフラに、距離を取りたいと言われた。
理由は、資格の勉強に専念したいから、だそう。
大事な事だ。
私はふたつ返事で了承し、メッセージアプリでの連絡も必要最低限に留めることとした。
しばらく、寂しくなる。
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【2年生:12月5日】
ひょっとしたらラフラは、私から気持ちが離れてしまったのではないだろうか。
ときおり私の脳内を、そんな邪悪な思考が通り過ぎてゆく。
おかしいな。
私はそんなに、嫉妬深い人間ではなかったはずなのだが。
いいや、だめだ。
私と思いを押し付けることは、彼女の勝敗に大きく影響する。
我慢するのだ。
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【2年生:12月25日】
1周年記念のときくらい、デートをしようと誘われた。
私は嬉しくて舞い上がったが、このドロドロに煮詰まった欲望を外に出さないようにしようと心に誓った。
そのせいか、すごくつかれた。
前までは、彼女は気兼ねなく接することのできる相手であったはずなのに。
いいや、我慢するのだ。
できるだろう。
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【2年生:1月13日】
明日は、久しぶりに。
会える。
会える。
彼女を傷つけたくない。
この欲を。
彼女に。
ああ。
黒が綺麗だ。
ずっとずっと、眺めていたい。
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【█████████】
█████████.
███'███.
█████████.
██████.
███.
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【█████████】
██████.
█████████'████████.
██████.
███'██████.
███.
███.
███.
███.
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【█████████】
███.
███.
███.
█████████.
██████'█████████.
███'███.
████████████.
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【█████████】
わ、わた、たし、わたたし、わたししし、は。
わたしは。
わたしは。
私は。
███.
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【█████████】
███.
█████████.
███.
██████.
██████'██████.
███.
█████████.
███'███'███'███.
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【█████████】
███.
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【3年生:6月21日】
やってしまった。
私は、なにを考えているのだ。
なぜ。
なぜ。
嫌だ、認めたくない。
あの私が私であると、認めたくない。
こんなの、現実とは思えない。
どうかしている。
まさか数ヶ月も、夢中にいるような状態だったというのか。
恥じたい。
謝りたい。
ただただ、申し訳ない。
「███」。
あれが、私を狂わせる....................!
それに、なんだ、この文字は。
私はこの文字を見たことがない。
アルファベットでも、ひらがなでも、カタカナでも、漢字でも、ハングルでも。
どれでもない。
まるで私に、悪魔でも取り憑いたみたいではないか。
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【3年目:7月20日】
ラフラがここを去ったらしい。
正しい判断だ。
彼女は私といるべきではない。
今の私は、私ではないのだから。
体のなかに、きっと、悪魔がいるのだから。
さようなら。
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【3年目:8月26日】
ダリアというひとが、私を尋ねてきた。
どうやらラフラのことを心配し、私に怒り、尋ねてきたらしい。
そうだろうとも。
あのときの私は、悪鬼の類でしかなかった。
全てを包み隠さず話した。
ダリアは案外、私に同情してくれた。
そして、教えてくれたのだ。
ラフラが帰ってくる日付を。
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【3年目:8月28日】
拒絶された。
当然だ。
私は、それだけのことをしたのだ。
言うべきことはない。
だから、せめて振り返りたかった。
泣いていたと思う。
そんな私を見て、彼女は化け物見るかのような目で睨んできた。
仕方のないことだが。
どうにもこうにも、辛い。
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【3年生:9月12日】
記憶がない。
どうやら私の体が、勝手に彼女に接近したらしい。
気がついたときには、彼女は集団リンチのように責め立てられていた。
あらゆる生徒たちから、全ての針を受け止めていた。
私はそれを見て、呆然としていた。
ただ、そやつらを静止することくらいしか、できなかった。
家に帰ると、より一層、あの琥珀が美しく見えた。
触ろうとした。
触らずにはいられなかった。
しかし、すんでのところで踏みとどまり、気がついた。
この奥に、「███」が見えたからだ。
全ての元凶は、この琥珀だ。
私はそれを玄翁でバラバラに砕き、水に溶かし、その黒くなった水を水道に流した。
刹那、私の心が晴れた。
謝らなければ。
誤解を解かなければ。
彼女は悪くない。
全て、私のせいだ。
この不気味な石の力に気が付かなかった、私のせいなのだ。
頼むから、どうか。
どうか....................。
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【3年目:9月13日】
ラフラが生徒会に来なくなった。
これまでも私の前に姿を見せていなかった。
しかし会員曰く、私のいない時間帯を狙い撃ちしてやって来ていたとのこと。
本当に彼女には、頭が上がらない。
だが、ありがとうと言うこともできない。
言っていいのか。
そんなこと言う資格が、私にあるのか?
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【3年生:9月15日】
2年間続いた生徒会の任期が終わった。
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【3年生:10月2日】
私は、ラフラの誤解を解くために動きはじめた。
だがしかし、思ったよりもその難易度が高い。
ラフラが普段からクラスの中心にいるような人物ではなかったのか、あまり彼女の幸福など重要視されていなかったのだ。
だが、諦めない。
そんな訳にはいかない。
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【3年生:10月20日】
ラフラが学校に来ていない。
理由は明らかだ。
大元、私が悪いことは事実。
しかし、これはこれ、それはそれ。
許せおけない。
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【3年生:10月25日】
休みを使って、ラフラのご両親に謝罪しに行った。
全てを話す前に、頬を叩かれた。
何度も何度も叩かれた。
頬から火が出るのではないかというほど、執拗に叩かれた。
全てを話すことなどできなかった。
そんな暇は与えられず、私は締め出された。
せめて訳くらいは聞いてほしかった。
しかし私は外道だ。
欲望のままに、彼女の大切なものを奪ってしまった邪悪な悪魔だ。
なにかを要求できる権利など。
どこにも存在しない。
私はなんの成果も得られず、とぼとぼと帰ることになった。
そういえば、ご両親が言っていた。
ラフラは今、2次試験というものに行っているそうだ。
それでよいのだ。
私のことなんて忘れて、幸せになってくれ。
私のかわりになんて言わないから。
控えめでも良いから。
幸せに。
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【3年生:11月1日】
そういえば、ダリアが私のことを手伝ってくれるようになった。
いわく、ラフラには彼女のもつ誤解を解いて、なんとか仲直りして欲しいと。
私は仲直りなど望んでいないが。
女性の声は大きい。
またたくまに、生徒のなかでの誤解は薄れつつある。
良い兆候だ。
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【3年生:11月15日】
先生方に、全てを話した。
そして、証拠になりえそうなものを全て提出した。
ダリアも、証人になってくれた。
私の要求はない。
ただ、彼らの中にもある誤解を、解きたかった。
そして、私は高校に進学できないことになった。
訴えられていないだけの犯罪者同然の存在を、高校には推薦できないと。
それでよい、と返答した。
悪者は、私でいい。
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【3年生:11月16日】
先生方から連絡がゆく前に、私の両親に全てを話した。
父母は私の言葉を受け入れ、そして叱ってくれた。
涙が出た。
なんだか、これまでの行動が肯定された気がした。
これから、どうしようか。
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【3年生:12月25日】
ひとりぼっちのクリスマスだ。
風の噂で、彼女がハンターの資格を得たと聞いた。
ダリアからのものだ。
よかった。
彼女は夢を叶えたのだ。
私は地面にひざをつき、おんおん泣いた。
ただ、嬉しかった。
彼女は幸せになれるのだ。
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【3年生:1月20日】
だいたいの進路が決まった。
建設会社だ。
そこにつとめて、職人になる。
目指して良いものかと何度も自問自答した。
だが、目指すことにした。
なにかの芯がなければ、私がポッキリ折れてしまう。
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【3年生:2月1日】
ラフラが学校を辞めた。
頑張ってくれ。
ただひたすら、そう思う。
私はもう、こうして祈ることしかできない。
琥珀はないが、たとえなくても、祈ることはできる。