鯣烏賊 / 第145話

断崖絶壁の層:シティバレー その8

俺は天井から壁にかけて斜めに設置されている支柱の上に座っている。 真っ暗なせいで見つからないだろうと思って、「透《カメレオン》」は脱いでいる。 再使用時間《リキャストタイム》も稼がないといけないしね。 俺の真下あたりに、ふたつの長椅子が置かれている。 真ん中のミニテーブルには、ロウソクが淡い光を立てながら燃やされていた。 ここの明かりは、あれひとつだ。 廃工場かゴミ処理場の跡地だろうから、電気が通っていないんだろう。 向かい合うように置かれているふたつの椅子に、エティとラフラさんが腰掛けていた。 ほかの団員が30人くらいいるが、それらは各々が、適当な床に座っている。 ラフラさんはだいぶ落ち着いているようで、さっきのような慌て具合は、もうない。 なにか、気持ちの整理がついたのだろうか。 団員のひとのうち、ひとりの女が、ラフラさんへ刺々しい視線を注いでいる。 今にも飛びかかりそうな感じだ。 まるで、獲物を見つけた肉食動物のような。 「ラフラ!エティがどれだけあなたを....................!!」 「まあまあダリアさん、いいんです。 全面的に、私か悪いことなのですから。」 エティがそれを、手と言葉で静止する。 ダリアと呼ばれたその女は、不服そうな感情を顔に貼り付けながら、後ろに下がった。 俺はチンピラたちがなにかとんでもないことをしでかしただけなのかと思っていたけど。 ひょっとして、結構複雑なのか....................? 「昔話をしましょう。」 ラフラさんは確かにそう言った。 あれだけ嫌がっていたことを、俺はここで聞いていても良いというのだろうか。 ....................うーん。 ごめんなさいラフラさん。 やっぱり気になってしまう。 ここで聞かせてもらうことにしよう。 ラフラさんは懐から、スマートフォンを取り出した。 そのスマートフォンの画面を見ると、日記帳というタイトルのアプルが入れられていることがわかる。 そこにあるのはおそらく、彼女の生活の記録。 それらが詳細に、赤裸々に記されているものなのだろう。 「あまりにも久しぶりだから、なにを話したらいいかわからなくて。」 「そうだね。 実の所、私もだ。」 「だから、これを見ながら話しましょう。」 そういって、ラフラさんは日記帳を開いた。 俺はなにをすることもなく、耳を傾けることにした。 ----- ===== 【1年目:4月1日】 アタシは、シティバレーにやって来た。 3月の終わりまで通っていた小学校は、家から通っていた。 これから行く中学校だって、お父さんとお母さんの送迎があれば、なんとか間に合う。 だけど、お父さんに、1度くらいは一人暮らしの体験をしなさいと言われた。 面白そうだったから、オーケーの返事をした。 家は、キッチンとお風呂とトイレに加えて、人部屋があるだけの寮。 それも、相部屋だ。 ダリアという女の子。 これから、仲良くなれるといいな。 ===== 【1年目:4月4日】 入学式だった。 小学校の入学式のことはよく覚えていない。 けれど、この入学式は卒業式よりも大規模なもので、とても凄かった。 歓迎されていることがよくわかる、楽しい入学式だった。 クラスは1年B組。 ダリアとは別のクラスだ。 けど、同じクラスじゃないなら、部屋で思い出の交換が出来そう。 それはそれで、たのしそうだ。 ===== 【1年目:4月24日】 悩んだけれど、クラブには入らないことにした。 それよりもアタシは、ハンターになるための勉強がしたかったから。 ダリアにチアリーディングをやらないかと誘われたけど、アタシにはむりだ。 あんな裸も同然の格好をして踊るなんて、恥ずかしくないんだろうか。 なんでかと聞くと、出会いがあるからだそう。 勝手にしてもらって良いけど、この部屋で騒ぐようなことはやめてほしいものだ。 ===== 【1年目:5月15日】 初めての試験だった。 ハンターの勉強に関係するせいか、理科と数学の成績は良かった。 けど、それ以外はそこまで良くない。 とくに、第二外国語はボロボロだ。 しっかりと勉強しなければならない。 ダリアは、アタシよりもだめな答案を持ち帰ってきた。 勉強しないとと嘆いていたので、次のテスト期間はアタシと勉強することになった。 部屋から出て遊ぶようなことがなければ、落第はしないと思う。 ===== 【1年目:6月2日】 ダリアに彼氏ができた。 入学して2ヶ月と少しだというのに。 早すぎないだろうか。 デートだと言って、年齢に合わない服やお化粧をして出かけていった。 ===== 【1年目:6月20日】 スポーツフェスティバルだった。 男子と女子で種目が別れているので、学校に入学して初めて、男子のことを眺める機会に恵まれた。 ダリアの言う通り、カッコイイ人も結構いた。 とくに、あそこにいる黒人のひと。 みんなは眼中にないみたいだけど、良い男じゃん。 とはいえクラスメイトに対して口に出すのは恥ずかしかった。 その人のいるクラスのスペースにお邪魔すると、なんとびっくり、ダリアのいるクラスだった。 ダリアに彼の名前を聞いて、それだけ言って帰った。 エティ・ホームというらしい。 けど、度胸がないなぁ....................。 ===== 【1年目:7月2日】 2回目の試験。 アタシの第二外国語は、だいぶマシな答案が返されてきた。 なんとかなってよかった。 やっぱり、サボることはよくない。 そういえば、ダリアの成績も良くなった。 決して優等生ではないけど、前回のバカみたいな点数と比べれば、すごく良くなっている。 1桁代のものはひとつもない。 歴史に関しては、アタシよりも良い。 なんか、悔しい。 ===== 【1年目:7月10日】 生徒会選挙。 やってみようかな。 ===== 【1年目:7月23日】 今日で学校は終わり。 明日から夏休みだ。 クラブのないアタシにとって、一日中好きなことができる日が1ヶ月以上も続くことになる。 やった。 ===== 【1年目:9月1日】 今日から学校だ。 土曜日だというのに、呼び出された。 始業式とホームルームだけだったので、楽だったけど。 宿題は当然、全部提出した。 初日から3日くらいにかけて終わらせたのだから、当然だ。 でも、最後の3日間くらい、ダリアを拘束して宿題をやらせるのは大変だった。 あいつ、1文字もやっていないんだ。 これではまるで、アタシがお母さんやお姉ちゃんのようだ。 まあでも、ダリアは家事をしないわけじゃないし。 アタシは優しいから、許す。 ===== 【1年目:9月10日】 生徒会選挙だった。 演説をしたけど、緊張からうまく喋れなかった。 明日の結果発表が、とても怖い。 当選できたかな。 そういえば、エティも出馬していた。 意外だ。 そういうことをするタイプじゃないと思ってた。 一緒に生徒会、できたらいいな。 ===== 【1年目:9月11日】 なんと、当選してた。 全然上手くいってなかったけど、嬉しい。 ダリアはアタシに投票すると高らかに公言してたけど。 そういうのって言っていいのかな。 それと。 エティも当選したらしい。 ===== 【1年目:10月1日】 初めての生徒会の集まりだった。 エティと顔を合わせた。 遠目からなんども姿を見ていたけど、こうして対面するのは初めて。 確かにかっこいいし、いい人。 だけど改めてこう話してみると、恋愛感情は湧いてこなかった。 これから頑張ろう。 ===== 【1年目:10月10日】 試験が返された。 成績は順調に伸びている。 相変わらず、ハンターの試験に使わない教科はからっきしだけど。 これは適度に手を抜いてもいいとお母さんに言われている。 赤点を取らなきゃいいか。 それよりも、ダリアがひどい。 前回がマシだったので今回無視していたら、悪化した。 次はスパルタかな。 ===== 【1年目:12月24日】 クリスマス・デートなんて考えたことなかった。 アタシは敬虔なキリスト教徒じゃないけど、クリスマスというと、真面目な日っていうイメージがあった。 エティが誘ってきた。 どうしようと思ったけど、行くことにした。 お父さんもお母さんもいないなら、自由に過ごしても良いだろう。 ===== 【1年目:12月25日】 まさか、アタシにボーイフレンドができるとは思わなかった。 思いを伝えてきたのはエティだ。 エティに恋心を抱いたことはないと思っていたが、いざ愛の告白をされてみると、なかなか気分がよい。 それに、それに....................。 恥ずかしいから、書かない。 ===== 【1年目:12月30日】 エティは、とても紳士だ。 優しくて、かっこよくて、アタシへの配慮を感じる。 こんなにいい男のことを、アタシは恋愛対象として大事にしていなかったらしい。 過去の自分を殴りたい。 そういえば明日、カウントダウンのイベントに行く。 とても楽しみだ。 【1年目:1月1日】 ニューイヤーのカウントダウンが、公園の広場で行われた。 エティとふたりでお忍びで行って、カウントダウンに参加した。 すごく楽しかった。 明日からウッドバレーに帰省するから、エティと数日間、会えなくなってしまう。 寂しいけど。 学校が始まったら、また会える。 ===== 【1年目:1月2日】 久しぶりに、家に帰ってきた。 半年とすこし見なかっただけなのに、アプルがすごく成長していた。 話はすごく盛り上がった。 勢いでボーイフレンドのことを報告すると、両親は酒の勢いなのか、いらないくらいに祝福とプレゼントをくれた。 そんなに大袈裟じゃなくていいのに。 プレゼントの中身は、書かないことにする。 きっと未来のアタシが後悔するから。 ===== 【1年目:3月3日】 ところで、エティはすごく勉強ができる。 アタシなんかとは比べものにならないくらい、頭がいい。 彼に手とり足とり教えてもらったおかげで、すごく得点が上昇していた。 その余波で、ダリアの得点も上がっていた。 エティ様々だ。 ===== 【1年目:3月20日】 まとまった休みがあったので、帰省した。 そのときに、エティも連れて行って欲しいと行ってきたので、連れていくことにした。 すごく歓迎された。 けど、あんなに大きなケーキとか、ごちそうを用意されると、恥ずかしい。 あんなに大きくやる必要は、ないじゃないか。 そう思って隣を見ると、エティがすごく楽しんでいた。 ノリがいい。 そんなことは、アタシにはできない。 ===== 【2年目:4月3日】 始業式。 入学式の、1日前だそうだ。 アタシたちは生徒会だったから、普通の生徒とはすこし違う場所で参加していた。 エティとは、クラスが別だった。 クラスメートや先生たちに関係を言ってたなかったので、配慮されていなかったみたいだ。 アタシは、これでいい。 ===== 【2年目:6月10日】 スポーツフェスティバル。 運営として関わっていたから、あんまり走ることはなかった。 でも、どうしても少し動きたかったから、先生にお願いして1種目だけ参加した。 エティはこれの係からは外されていたから、普通に参加していた。 足が速いから、よく映える。 つい、目で姿を追ってしまう。 ===== 【2年目:8月23日】 サンライズバレーで夏まつりがあった。 アタシは存在を知らなかったけど、エティが誘ってきたから、一緒に行くことになった。 日帰りは厳しそうだから、泊まりだ。 サンライズバレーに行くのなんて久しぶりのことだった。 お祭りは、観光客の人が多すぎて、なんだかあまり楽しくなかった。 けど、ホテルの部屋でお祭りのつまんなさを熱く語り合うあの時間が、楽しかった。 いつの間にか眠くなっていて、まばたきをしたら朝になっていた。 ===== 【2年目:10月31日】 ちょっとしたイタズラをした。 ダリアに手伝ってもらってオバケのコスプレをして、エティの家に突撃するんだ。 ドアを空けられたその瞬間に、「お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞー?!」と言うのだ。 死にたいくらい恥ずかしい。 結果は、ちょっと。 書きたくない。 顔から火が吹き出そうだ。 ===== 【2年目:11月31日】 そろそろ、ハンターになるための試験の対策を、本格的に始めないといけない。 定期的に学校を休む必要がある。 それに、作ってもらう固有武装《オンリーウエポン》の性能を決める必要もある。 忙しくなる。 エティと会う頻度は低くなる。 けど、頻度が下がるだけだ。 別れたりは、絶対にしない。 ===== 【2年目:1月14日】 最近なんだか、エティの様子が変だ。 言葉には言い表せないが、なにかが違う。 ひょっとして、なにかがあったの....................? 力になれるなら、アタシは力になりたい。 ===== 【2年目:2月20日】 また、エティがおかしくなった。 あんなに欲望だらけの目でアタシを見てきたことはない。 ぶつけてもらってもいいと思っていたけど、あそこまで目がギラギラしてると、怖くなっちゃった。 嫌いになったわけじゃない。 そう、思いたい。 いったい彼に、なにがあったの? ===== 【1年目:3月10日】 ついに、エティに手を出されそうになった。 嫌じゃなかったけど、猛獣みたいで怖くなった。 受け入れようと目を閉じたら、その手はピタッと停止した。 そして、謝られた。 彼はどうかしてるから頭を冷やすと言って、アタシの前から姿を消した。 大丈夫なのかな。 そんなにつらいなら、いいのに。 アタシだって、彼の恋人なんだから。 ===== 【3年目:5月27日】 ハンターの前の、討伐許可試験が近い。 8月1日から、8月27日だ。 しばらくは、エティに会えなくなるかもしれない。 近いうち、彼と会っておこう。 そして、伝えるんだ。 アタシはあなたに相応しくないから、別れようと。 もちろんエティのことは好きだ。 けど、エティがモテる男なのは知ってる。 彼は、自分の夢のために恋人を蔑ろにするようなガールフレンドを持つべきじゃない。 アタシは、身を引くべきなんだ。 勇気を出して、言おう。 ===== 【3年目:6月5日】 彼の目が怖い。 見たこともないくらい死にそうな目で、アタシの手を掴んできた。 なに、あれは。 なにかに取り憑かれているの? 本当に、あれが彼なの? それとも、あれが彼の本当の姿なの? わからない。 こわい。 逃げてしまいたい。 ===== 【3年目:6月6日】 ダリアに、エティのことを相談してみた。 しばらく距離を取るべきだと言われた。 やっぱり、そうかもしれない。 エティと会うことを、避けてみよう。 ===== 【3年目:6月20日】 今日まで、何度もストーカーまがいのことをされた。 けどそれらは、アタシの中ではまだ許せることだった。 むしろ、あの猛獣みたいなエティが本来の姿ではないことを知れたようで良かったかもしれない。 その考えは甘かった。 あまりにも、甘かったみたいだ。 彼に無理やり連れ込まれた。 身体が痛い。 怖い。 だめだ。 彼が嫌いになってしまう。 憧れていたことなのに、こんなに怖かったなんて。 頭が整理できない。 アタシは、どうすべきなの? いや、逃げよう。 夏休みに入るまで、ただ逃げ続けるんだ。 そしたら、ウットバレーに帰ろう。 お母さんには、明日くらいに話もしよう。 ===== 【3年目:7月20日】 夏休みだ。 アタシは逃げた。 ダリアにはもう、言ってある。 寮を飛び出して、ウットバレーへ。 お母さんの胸に飛び込んで、ようやく泣けた。 すごく、すごくすごく安心した。 ああ、ここが安息の地なんだと。 そう思うことができた。 しばらく、エティのことは忘れてみよう。 ===== 【3年目:8月27日】 1次試験が終わった。 実技試験は救助だった。 怪獣から逃げ惑い、怪我人を助ける。 ふだんから森で怪獣と戯れているアタシにとっては、楽勝だ。 とにかく明日、帰ろう。 どっとつかれた。 ===== 【3年目:8月28日】 帰り道に、なぜかエティがいた。 誰かが告げ口をした。 家族なわけがない。 エティはアタシの家に行っていないと言っていたから。 ひょっとして、ダリア? エティには、襲ってきた時のことが怖かったと正直に伝えた。 けど、今の彼の目は、そのものだった。 怖い雰囲気をまとった、あの目。 もう、見たくない。 ===== 【3年目:9月12日】 失敗した。 学校でもあの目で近づいてくるものだから、つい拒絶してしまった。 それを聞いて悲しそうな顔になったエティさんを叩き棒に、アタシはいろんな人から叩かれた。 アタシは弁明した。 彼の目が怖いし、ムチャな行為がしたくないんだと。 しかし、わかって貰えなかった。 彼の表情は、いつまと全く同じものなのだそう。 なら一体、あの顔はなんなんだ....................。 ===== 【3年目:9月24日】 アタシの靴に、たくさんの針が入っていた。 靴箱の奥には、怪しい手紙も入っていた。 ドラマでよく見る光景だ。 ああ、アタシはいじめの標的にされたんだ。 なぜだ。 ===== 【3年目:9月26日】 ダリアによると、エティのファンクラブのようなものがあるらしい。 それで、恋人であり、なおかつエティを拒絶したアタシのことをすごく不当な動機で恨んでいるのだろうと。 なんかもう、どうでも良くなってきた。 アタシ、こんなところにいていいのかな。 ===== 【3年目:9月28日】 手紙に、アプラへの危害をほのめかす記述を見つけた。 怒りで我を忘れたアタシは先生にかけあった。 けど、相手をしてくれなかった。 警察に相談してみると、指紋からすぐに犯人は特定された。 犯人は女子高生。 見せられた顔は、よく知っている。 最近やたらとエティの隣にいる女だ。 ===== 【3年目:9月29日】 謹慎処分を、食らった。 人生で初めて、人を殴った。 心地は悪い。 絶対に、アプラへ手出しなんかさせない。 絶対に。 ===== 【3年目:10月10日】 つらい。 なんで。 ===== 【3年目:12月10日】 2次試験が、終わった。 合格だ。 アタシは免許を手にした。 これからは、ハンターとして生きるんだ。 就職は、15歳からできる。 もうアタシは、就職できる。 それなら、ここにいる意味なんてないんじゃないか? そう思ってお父さんとお母さんと話し合い、ひとつの結論を出した。 ===== 【3年目:1月31日】 学校を辞めた。 寮からも出てゆく。 ダリアにも、その日まで伝えていなかった。 引き止められたけど、アタシはここにいたくない。 いるだけで、エティの敵として扱われるのは、嫌だ。 でも、叶うなら。 最後に、いつものエティと話してみたかった。 ===== 【3年目:2月1日】 アタシはシティバレーを出てゆく。 もう二度と、ここには来たくない。 はたして、あのエティの変わりようは、なにが原因だったの? アタシは、なにかダメなことをしたの? それとも、おかしいのはまわりなのか。 ぜんぶ、わからない。 ただひとつ言えることは。 ここにアタシの味方はいない。
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