鯣烏賊 / 第90話

番外編 コスモス・ラピスラズリは頑張りたい!

コスモス・ラピスラズリ。 15歳。 身長160cm、体重[閲覧にはパスワードが必要です]kg。 W.M.S.Fの隊員にして、入隊3ヶ月と少しの初心な新人である。 コスモスは2ヶ月前、友人を亡くした。 そして数週間前の戦闘で、自らも命の危機に瀕した。 あのときのたった数刻の時間を、彼女は一生忘れないだろう。 そこを、知り合ったばかりのベロキという男に救われた。 惚れたわけでも尊敬している訳でもないが、ベロキは彼女の心の中に深い爪痕を残した。 あれ以来、W.M.S.Fの中では会ったこともないのだが、ベロキが付近の私営討伐隊に務めていることは知っていたので、特に会いに行くようなこともなかった。 ただ、偶然顔を合わせるようなことがあればお礼を言おう、と思う程度の関係であった。 しかしコスモスにとって、自身と同じような戦い方をするベロキの動きはとても参考になるものだった。 中型コスモ制御装置 スロット1 剛刃柄カットラス スロット2 ジャンビーヤ スロット3 ハンドガン/マグナム スロット4 定型火薬"ダンガン" スロット5 定型火薬"バクダン" スロット6 ハンドシールド このような構成で戦闘を行っていたコスモスだが、ベロキがタランチュラを華麗に使いこなすさまを見たことにより、スロット2をタランチュラに交換した。 ベロキからそれほどの影響を戦闘面で受けていたのである。 鍛錬も積み、ほんの数週間で先輩や上司たちからも評価は上がっていった。 それでも自惚れることなくさらに修練に打ち込む様を見られたことにより、評価はさらに上がった。 それに伴って1度、コスモス単身での任務を任され、それを大成功に終わらせた。 「今年はすごい新人が来たぞ!」と、周りの空気にも影響を与えた。 コスモスは非常嬉しい気持ちだったが、決して気を抜かないようにさらに意識を高めた。 朝早く起きて走り込み、栄養管理した朝食を食べた後に出勤、仕事をして退勤、夕飯を食べて筋トレして寝る。 という、ほんの数週間導入前から始めたルーティンを継続した。 今日もコスモスは走り込み、朝食を食べ、そして出勤した。 自分に与えられたデスクに自らの荷物を置き、そして必要なものだけを取り出してゆく。 今日は地味ながら、週2回の当番である地域パトロールの日だった。 一日中外を歩き、安全を確保。危険があれば排除する、それだけの仕事。 地味ながら大切な仕事だと自分に言い聞かせ、己を奮い立たせた。 「待てコスモス。明日お前、派遣だ。」 「え?」 意気揚々とパトロールへ向かう準備をしていたコスモス・ラピスラズリは、そう上司に呼びとめられた。 W.M.S.Fは税金で成り立っている団体だ。 個人単位での依頼は不可能であり、特殊な命令の際は上層部から直接連絡が来る。 そのためコスモスたちの仕事内容は、近郊のパトロールや現れた怪獣の討伐などに限られてくる訳である....................が。 「派遣、ですか?」 「そうだ。」 派遣などコスモスは考えたこともなかった。 W.M.S.Fに属す隊員の派遣といえば、大抵は命の危険が伴う危険な仕事だ。 特に、6年前に行われた狂気山脈から「大地の血管」を渡る調査隊は、隊員の帰還すら危ぶまれるほどの仕事だった。 実際のところは、死亡者をほとんど出さずに帰還してきたことで英雄視された訳だが。 「それは..........どんな依頼なんですか?」 「ハァーーー....................。」 自分のような下っ端にそのような危険な任務が与えられるわけがない。 コスモスだってそんな事は百も承知であった。 しかし、やはり属している組織柄か、「派遣」という文字列を警戒してしまうのだった。 彼女の上司は面倒くさそうな態度を全面に押し出しながら、一枚の写真をコスモスに手渡した。 そこに映っていたのは、まだ10歳に満たないようにも見える男の子の写真。 高級そうな服を着て、気取った態度をし、手には難しそうな本を持っている。 しかしコスモスは、これがただの"難解そうに見せる"ためのブックカバーであることを知っていたため、危うく笑いそうになってしまった。 「ガキのお守りだ。」 ただ一言、それだけ言ってコスモスは写真を手渡された。 ----- -翌日- 「フン!おまえなんかいなくても、ボクはひとりで森に入れるんだからな!パパが仕事を与えてやったことに感謝しろよ!」 「はあ。」 "ガキのお守りだ" その言葉がコスモスの脳内でリピート再生される。 まるで壊れてしまった音声トラックのように、何度も何度も。 そして、「おまえなんかいてもいなくても変わらないぞ!」と自分の前に突っ立っている子供に少し腹を立てていた。 こいつは目の前に広がる森の危険性を理解しているのだろうか、私がいなかったら確実に死ぬ場所に入ろうとしているんだぞ、と今すぐに叫びたい気持ちだった。 "ガキのお守り"という言葉を聞くと、無意識でも「困った子どもの面倒を見る」というイメージが浮かび上がってくるだろう。 もしくは本当に方便として"ガキ"と言っている可能性もあるのだが、コスモスは彼女の上司が非常に面倒そうな顔で"ガキのお守りだ"と言っていたのを見逃さなかった。 事実、その反応は正しいものだった。 コスモスの目の前に差し出されたそのガ....................お子様は、「クソガキ」という言葉がピッタリと合ってしまうような第一印象を持っていた。 近所をボール片手に走り回って民家の窓を割り、「このクソガキが!!周りみてんのかゴラァ!!」と健全に怒られるタイプではない。 そうではなく、幼い頃からインターネットなどの悪い部分を吸収し、こちらの事を鼻で嘲笑ってくるようなタイプのクソガキ。 コスモスの脳内にここまで悪口のレパートリーはないが、それでも同じようなことを考えていたと言っていい。 彼は父親に「今日1日面倒を見てくださるコスモスさんだ。挨拶しなさい」と優しく言われたにも関わらず、プイッとそれを無視。 むしろ、父親とコスモスのことを下に見ているような態度で目の前に立っていた。 品定めするようにコスモスの体を観察し、頬を赤らめ嫌らしくニタニタ笑う。 その視線はコスモスの....................これ以上はやめておくことにする。 まるで10歳前後の子供とは思えない。 今この場で"この子、実は精神の年齢だけは50歳を越えているんです"と耳元で告げられたとしても、コスモスは何ら驚かないだろう。 (なんなのこの子....................。) 悪口や罵倒などを言い慣れていないコスモスは具体的な言葉を思い浮かべられなかったが、それでもかなり悪い第一印象を持っていたのである。 彼の名前はウォンツ。 話によれば目の前にいる彼の父はW.M.S.Fの支部長であり、ウォンツはその息子であるとのこと。 この歳ではとても似合わない高い服と靴を身につけ、気取った髪型に日焼けという言葉を欠片も連想できない白い肌。 脂肪がよく出ているお腹に顔につけた丸渕メガネ、手にはなぜかノートパソコン。 コスモスの知らない世界で生きている子供であった。 「えーと、私は何をすれば..........?」 「すみません。息子がどうしてもあの森で虫とりをしたいと言っていまして。 ええ、何も無ければ幸いなのですが、親としては心配で心配で....................。」 ウォンツの父親ウォンバファンは、申し訳なさそうな顔で、しかしやはり自分の息子の面倒を見るのは当然であるかのような傲慢な声色で、コスモスにそう語りかける。 ウォンバファンもまた、傲慢な人間であることが雰囲気に染み出ていた。 ウォンバファン凝った身なりに良い服を着て、礼儀の正しい人物だが、コスモスは彼にいい印象を抱くことができなかった。 何となくその心の底は腹黒く、親子揃って自分を見下しているのだと、コスモスは証拠もないのに確認していた。 ウォンバファンはウォンツとは逆に、痩せた身体をしていた。 それ以外はほとんどウォンツと同じような雰囲気を纏っており、本人は上手く隠しているつもりの気配から嫌な感じが漂うのであった。 そもそも特別な給与を払わずに、自分の部下を動かして息子のお守りをさせるなど、これは職権乱用に近い行為であった。 ああ、自分はいいように使われているんだと、コスモスは少し悲しくなった。 そのことも相まって、彼女は表情には出さずとも、良くない気分であった。 「では、コスモスさん。私の息子をよろしくお願いいたします。」 ウォンバファンはそれだけ言い、値段の高そうな黒い車に乗り込んでその場から走り去っていった。 コスモスは、この人は自分の子供が森に入ってゆく姿すら見ないで去ってゆくのかと、心の中で悪態をついた。 そしてその場は、コスモスとウォンツのふたりだけになってしまったのである。 「フン!おまえは来なくていいぞ!女!」 ウォンツは森に向かってズンズン歩き始めた。 森のことを舐めているとしか思えない服装と装備を身につけて。 道具といえば、虫取り網と、腰の鞘に刺しているマチェテナイフだけである。 はぁ、とひとことため息をつき、コスモスは森へと入ってゆくウォンツを見守った。 そして、全力の尾行でウォンツの後を追って行くのだった。 「もう、こんな仕事は二度とごめんです....................!!」 ----- -翌朝- 翌日、コスモスは気持ちよく目を覚ました。 ぐっと背伸びして、すこしだけ気持ちよくなってみて、カーテンから差し込む朝日を見て。 昨日は嫌なことがあった。 あのあとウォンツは純粋な声色で虫とりを楽しんでいた。 "ついてくるな"と言われてしまったがそんな訳にもいかず、コスモスは木の枝たちを伝いながら尾行していた。 最終的に危険なことは何も起こらなかったが、それでも自分の後に森から出てきたコスモスを見たウォンツは、コスモスにあれやこれやと文句を言った。 温厚なコスモスも思わず手が出そうになるほどの文句たちを仏のような精神力で受け流し、コスモスは然るべき任務を終えた。 コスモスはウォンツをウォンバファンのもとへ送り届け、そこで返された。 ウォンバファンからは一言、有難がる気持ちの全くこもっていない「ご苦労」と。 ウォンツはふたたびコスモスのことを煽り、金持ちアピールを数分間繰り返した。 しまいに体を触られたときには本当に手が出そうになったが、コスモスはこれもふたたび仏そのもののような精神で水に流した。 次はない。 けど、それはもう過去のことなのだから、忘れてやろう。 きっともう、彼とは二度と会わない、 あの子どもも、きっと大人になればいい子になるはずだ。 コスモスはそう思うことにし、シングルサイズのベッドから飛び降りた。 そして昨日に上司から渡されたウォンツの顔写真をぐちゃぐちゃに丸め、数メートル先のゴミ箱に向けて放り投げた。 ホールイン・ワンである。 コスモスは過去を引きずらない女なのだ。 断じて恨みなど、未来には持っていかない。 「今日も頑張ろう!」 コスモス・ラピスラズリは、今日も頑張る。

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