鯣烏賊 / 第89話

番外編 リン・シォンガイは羽を伸ばしたい!

時系列は「元殺し屋と初心な新人 その1」の周辺です。
とある星の、北アメリカ大陸と呼ばれる大陸の中。 アメリカ合衆国と名乗る国の中の区分のひとつである、ルイジアナ州。 そのやや郊外にある、二階建ての建物の2階。 の、キッチンの冷蔵庫の前。 「夜ごはんの作りおき、ヨシ。予備のご飯、ヨシ。それから....................。」 まだ少女とも言える歳の女が、冷蔵庫の中身を確認していた。 その中身は、作り置きの味噌汁や主菜に副菜。 小鉢にはお浸し、チルド室には鮭が3匹。 やけに、ジパング色の強い献立である、と少女は考えていた。 それもそのはず。 この住居の世帯主がジパング出身だから、「近くに住んでたてめぇなら作れるだろ」という期待のもと、彼女はジパング料理を作っている。 初めは慣れない調理法に戸惑ってぎこちなかったが、3ヶ月もするうちに慣れてきた。 そして、もう1年も週に何度も作っていれば、必然と慣れてくるものである。 次第に彼女自身も、母国の油っこい食べ物以外にも、味噌や醤油と言ったものを使う料理が好みになってきていた。 「ヨシ、あとは適当に温めてよね!未来のあたし!」 少女..........リン・シォンガイは冷蔵庫を閉じ、そう呟いた。 リン・シォンガイ。 身長が低く青春を棒に振った女....................ゴホン!かわいらしい背丈をした、17際の実質女子高生。 髪の毛は黒であったが、母国の中国からアメリカに渡った際に、周りの髪色に圧倒された。 それをきっかけに、現在は赤く染めている。 スターダスト怪獣討伐事務所の会計担当兼、狙撃手。 ミクロに死の危機から救われたことをきっかけに就職し、現在は会計や食生活管理を行っている。 父を失い、母は寝たきり。兄弟も友人もいない。 リンが来た当初、この事務所のメンバーは全員、それぞれが好きな時間に適当なものを食べて済ますだけの簡素で不健康なものであり、リンはそれに耐えられなかった。 自分の食事を確保するために初任給で小型の冷蔵庫を購入し、せめて自分の分だけでもと自炊をしていた。 しかしミクロが「それうまそうだな」と近づいてきた。 それをきっかけにあれやこれやと巨大冷蔵庫がキッチンのドンとして制式採用され、リンの小型冷蔵庫は彼女の自室のための飲み物保管場所になった。 そしてリンは、栄養管理士も真っ青になって逃げ出すほどのメンバーたちの食生活を管理する役職も任される羽目になったのである。 そしてその生活にも慣れ、なんだかんだと楽しみはじめたリンであったが、異変が起こった。 作り置きである。 もともと、リンは昼食の作り置きなぞしなくても良かったのである。 職員がひとり長期出張に行き、やっと作る献立が減ると安堵していたが、数ヶ月後に所長たるミクロが、ひとりの男を連れ帰ってきた。 男の名前はベロキという。 興味がないのか生まれも年齢も語ろうとしない彼は、リンにとって正直なところ、不気味な存在であった。 そもそも彼女からしてみれば、作る食事の量が増えるだけである。 当初は鬱陶しかったが、すんなり慣れてみると、リンはベロキとあっという間に仲良くなった。 リンはコミュニケーションが得意な質であるが、それ以上にふたりは意気投合できた。 出会って数週間だが、一緒に趣味のホラー映画も見たし、リンの好きなファンタジー小説に対して「暇があったら読むよ」と、後先明るい返事も貰っている。 その上で強いため、いきなり死体になって帰ってくるようなことも想像できない。 リンの中でベロキはすっかり「マブダチ」の判定であった。 ベロキは、ミクロや現在は出張中のペラルとは違って昼間は家にいることも多いため、作る食事の量が増えてしまう。 しかしリンは、仲の良い人のためなら致し方なし、と割り切っていた。 チョロい人間である。 つまり彼女は、全員よりも早く起きて朝食を用意しながら、夕飯の作り置きを作って冷蔵庫に押し込み、場合によってはベロキのための昼食まで作る羽目になったのである。 普通ならばこれが無給で襲ってくることに対してストライキを起こすこともやぶさかではないはずなのだが、当の本人が楽しんでいるのだから質が悪い。 しかし今日に関しては事情が違った。 「うふふふふふ....................。」 共用のスケジュールカレンダーを眺めながら口元をニマニマさせるリンの姿は、傍から見れば気持ちの悪いものであろう。 しかし、それには深い理由がある。どうか彼女を許してやってほしい。 「G、G、G、G....................!!」 ゴキブリではない。休みの意である。 つまり彼女の休日なのだ。 しかも、ただの休日ではなかった。 カレンダーのその日の欄には、しっかりと【ベロキ:G】【リン:G】の印がつけられていた。 ベロキもまた、休日なのだ。 従業員数が5人しかいないこの事務所において、週1の休日が被るなど、滅多にないことである。 それでも、ミクロはここのふたりの休日が被ることを許可したのである。 「最近はマンティスも静かな時期だし、別に大丈夫だろ....................。」 たるんでいるといえばたるんでいる思考だが、スターダスト事務所の徒歩圏内にはW.M.S.Fの支部がある。 何かあれば、彼らに対応してもらえばいいという考えである。 しかしリンにとって、そんな小難しい話はどうでもよかった。 ベロキと休日が被るということが大切であるのだ。 「一緒にご飯が食べられる!」 リンは休日をもらうと、必ず付近の飲食店へ行って食事をすることを決めている。 しかしこのルイジアナにおいて事務所以外の知り合いなどいないリンは、大抵ひとりである。 リンの容姿は比較的優れていると言えるため、"それ"目当てのナンパなどをされることもあるが、リンはその類の人類が嫌いである。 しかしリンは、ふたり以上の人数で食事をするのが好きだ。 可能ならばどんな時でも、複数人で食卓を囲むことを願っている。 これまでも彼女は誰かと休日が被ると、その人を食事へ誘うのが通例だった。 しかし、ベロキは初めてである。 そもそも仕事以外で彼と外出など、リンはしたことがない。 仲の良い友人と出かけてご飯を食べることは、リンにとっての幸せそのものである。 「ベロキ、おはよ!」 「えぇ?あ、おはよう....................。」 ほぼ寝起きのベロキを着替えさせ、外に連れ出すのは、これからわずか数分のことである。 ----- ふたりが外に出てみると、センター街では、大規模な祭りが執り行われていた。 どうやら、ここ数年に破竹の勢いで人気を集めているアーティストの野外ライヴであるようだ。 センター街をぞろっと人が覆い、その列は会場であると予想されている公園へと続いていた。 その熱気に押しつぶされそうになりながらも、ふたりは足を踏み入れた。 「わーぉ。」 「すごいわね....................。」 リンはもともと、このセンター街の裏通りに店を構えるひっそりとした飲食店へと足を運ぶ予定であったが、そんな予定はまるで元から存在していなかったかのように消し飛んだ。 すでに彼女は、あちこちに点在しているキッチンカーの行列に目を奪われていたのである。 もう、先程考えていたサンドウィッチとコーヒーのセットなどは忘却の彼方であった。 リンはなにも言わずにポケットに手を突っ込み、そこからひとつのコンタクトレンズのようなアイパッチを取り出した。 そしてそれを装着し、じーっと向こう側を凝視するのである。 「ねえリンさん、公園の野外ステージでライヴがあるらしいよ。」 「....................。」 傍から見れても見なくても、意味のわからないリンの行動を不思議がったベロキは、なにか話題を作ろうと話しかけてみた。 しかし返事は帰ってこない。 向こう側を見るので精一杯である。 なんとか気まずい空気感を脱却したいベロキは、リンの肩をポンポンと叩いてみたり、少し声のボリュームを上げてみたりした。 「聞いてる?」 そんなふうに努力するベロキなどどうでもいいかのように、リンはただ向こう側を見る。 そして何かを見つけたのか、ただ一点に視界を定める。 すんすんと香ってくるわけもない匂いを嗅いで、ニンマリと表情を崩した。 「ねえリンさ....................うぇぇ?!」 リンは無言でベロキの手を取り、ぐんぐんと突き進んで行った。 先程見つけた、目当てのものに向かって一直線。 道中の人にぶつかっても、目もくれな。かわりにベロキが申し訳なさそうに1回ずつ謝ってゆく。 微かに聞こえる歌声を耳にしながら、ふたりはその列に並ぶのだった。 「カオ..........マンガイ?」 列の中で唯一、ベロキだけがその料理を把握していないながらも。

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