鯣烏賊 / 第8話

殺し屋、娑婆へ舞い戻る その6

ズン! そんな効果音が聞こえてきそうなくらいに猛烈な質量が、俺の手にのしかかった。 腹部に突き刺した鋭槍はしっかりとマンティスの体を貫通し、マンティスの腹部からは青い血液のような液体がボタボタと流れ落ちている。 しかし。 「重っも!」 刃をマンティスの腹に突き刺した瞬間は上手くいったと確信したけど、実際のところは意外と上手くいかなかった。 当然のことながら、刺した部分は痛い。とてつもなく痛い。 さっきの砲撃のときのようなマンティスの悶絶タイムがまた始まり、刺した槍を握る俺の手や体は、めちゃくちゃに動いて腹を突き刺さられた痛みに反抗するマンティスに引っ張られる。 しかも、剣から槍に変形する際、柄の太さは変わらないにしろ、長さは伸びる。 てこの原理というやつで通常の衝撃と伸びた長さ分の衝撃が、男の手や体に直で伝わる。 人間を刺すときなんかは大方即死だったから、こうなる可能性を俺は考えていなかった。 「こっのおおおおお!」 上からのしかかってくる途方もない質量に対抗するために、腰のあたりに力を込めて武器を上に押し上げる。 マンティスの方も状況を理解したのか、その体重を押し付けるように力を込めてくる。 よーし、このままさらに上に持ち上げて..............................。 いや。 いやいやいやぁ....................。 「やっぱ無理ぃ!」 力負けして壁に叩きつけられそうになった俺はすぐさま刺していた槍を抜き、姿勢を極限まで低くする。 マンティスの方を見ると、自分の腹を壁に叩きつけようとしてくる。 俺はその攻撃を避けるためにマンティスの腹下を潜り抜けて反対側に避難する。 腹を壁に叩きつけ、俺を巻き込めなかったことに気がついたマンティスは、首だけぐにゃんと曲げて腕の鎌を無理やりこっちに伸ばして攻撃してきた....................。 いや、違う。 「え?」  マンティスはさっきまで俺が刺していた腹の先っちょを俺に向けて突き刺してきた。 (大丈夫、さっき串刺しにして傷ついた腹ならそこまでの威力は出ないから武器で受け止めて受け身を、最悪ほんのちょっとカスるくらいなら.........................。 いや、待て?) マンティスの腹部の先の方の部分が開き、その中から黒い色の針が姿を見せる。 その針の先から半透明で紫色の液体が少しずつ出てきて、 ぴちゃん。 という音と共に地面に落ちる。 液体が落ちたところは変な煙を出しながら悪臭を放っている。 「..........これ絶対、毒針じゃん!」 伸ばしてきた腹から毒針を取り出すマンティス。 さあマンティス選手!ここで隠し武器の登場だ!格闘技だったら反則、プロレスならグレーゾーンだけどここはルールのない生存競争だ!反則はない。 さあ俺、どうする? 「毒針持ってるのキミ〜!?!」 足を開脚にして全力で横に体を曲げ、毒針を用いた突き刺し攻撃を回避。 当然のように鎌で追撃が来るが、それは武器の柄の部分で受け止める。 「危な!」 反撃を取りたいところだがこんな構えでは力が入らないので、そのままマンティスの足下を走り抜け....................駄目だ。 マンティスの背後にはコンクリートの壁があるので物理的に走り抜けられない。 と、言うわけで全力のバックジャンプ! 俺が全力のバックジャンプで距離をとると、空中にいるタイミングでもう一度鎌攻撃が来る。 あー、これは無理。 横には避けられないし、空中で姿勢が安定しないから槍じゃ受けられない。 ならどうするか? 暗殺業のときは一度も使ったことなくて忘れてたけど....................こういう武装もあるだんよね。 「痛くないんだよねぇ、実は」 【ミラーシールドの装甲を消失しました。再使用までの時間リキャストタイムは1分です】 「流石にこの威力じゃ、まともな反撃はできないよね。」 ミラーシールドは受けた攻撃無効化してを跳ね返すシールドだ。 受けた攻撃が強すぎるとシールドごと破られて効果はないし、弱すぎても無効化できるだけで跳ね返しはできない。 なかなかの曲者シールド。 「でも今は、攻撃を受け流せただけで花丸満点だよ!」 スイッチを押すと柄が縮んでいき、槍の形が剣の形に変形する。 変形させた剣を右手に持って近づいていき、マンティスの頭部を狙って切る。 命中、とまではいかないカス当たり。 しかし、攻撃正面から受け止められたことに驚いたのか、マンティスは一瞬、狼狽えたように怯んだ。 しかし正気を取り戻し、長い鎌で何度も攻撃を打ち込んでくる。 こうなったら回避は難しい。 俺はファルシオンを構え、マンティスと正面から打ち合いを始める。 鎌攻撃が来るけど、今度は余裕があるので武器で受ける。 これが変則的な連続攻撃だったら対処は難しいが、しょそせん、左右交互に打っててくるだけ。 シールドがないので確かに攻撃を受けたら危ないのだけど、相手の攻撃派規則的な軌道を連打するだけなのでカウンターで攻撃を仕掛けるのは簡単な話だ。 「1回止まれ!」 左からの攻撃を剣で受け、そのまま体の位置をずらす。 俺の剣に攻撃が当たる前提で動いているマンティスは姿勢を大きく崩し、前方向に倒れてくる。 そう、前方向に倒れてくる。 手を右側に伸ばせば簡単に触れてしまう位置に、マンティスの腕が来る。 その腕に刄を合わせ、力を込める。 俺は全力でマンティスの腕を切りつけ、片腕を切り落とした。 鎌が地面に落ちるとともに!青色をした血、体液が周りに飛び散る。 もちろん、俺の体や服にもそれらが付着した。 目はゴーグルのお陰で無事である。 「ジ、ジジジジジャ!」  マンティスは咆哮のような声をあげ、怨念の籠った目で俺を見つめる。 まあ、感情があるのかどうかは微妙だけど。 そして、ガチャ!、という機械音のような音をたてながら羽を開き、上半身を起こし、俺を威嚇する。 そして今にも俺に襲いかる!という時。 «1歩横に行って!» 合図を受けて脊髄反射で右方向にダイブすると、2、3秒でさっきまで俺がいた場所を弾丸がすごいスピードで掠めて行った。 弾丸はマンティスの体を貫通し、ぽっかりと穴を開けた。 穴と言っても指で表せるような大きさじゃない。 直径は30センチを軽く越えるような、大穴だ。 「あー....................終わったんだ」 «威嚇形態になったら肉質が軟化するから弾丸が貫通してくれるのよね。助かったわよ» 「そうなんだね」 マンティスは威嚇形態のまま故障したように動きを止め、ガシャン、ドシンと音を立てて倒れた。 リンさんに撃たれた所にはポッカリと穴が開き、コスモの粒子が溢れだしている。 そこを起点として粒子が宙に浮いていき、マンティスの体は少しずつ崩壊を始めた。 「怪獣って死ぬとこうなるのか....」 俺の人生史上初めての、「それなりに強い部類に入る」怪獣との戦闘結果は、俺たちの白星に終わった。 俺は戦闘に勝利した優越感と、これからこのような過酷な仕事に巻き込まれることに少し怯えた。 まあ、人を殺すよりかはマシだろう。 ----- 時を同じくして、ベロキたちが渡り歩いていたビル群の反対側の、他のビルとりかは少し高めな建物の屋上。 町明かりで僅かに照らされた夜空の一部にぽっかりと穴が空いたように、"黒"が現れる。 その"黒"から白い手が現れたと思うと、人影が姿を表した。 身長でいうと160cm前後、これまた真っ黒な衣をまとう人物だ。 衣がビル風にはためいているので誤解してしまいそうだが、体の線はかなり細く、痩せ型体型であることが想像できる。 フードを被った顔には真っ白な仮面を装着していて、右目は開いているが、左目の場所には紫色の宝石があしらわれている。 「ほ〜ら、君もおいで?」 「はっ。」 続いて出てきたのは、先程とはうって変わった外見の人物。 顔は隠しておらず、男性らしい顔つきがうかがえる。 身長はかなり高く、隣にいる黒装束の人物の1.5倍ほどたるだろう。 そして首から下にかけて真っ白な衣をまとい、意図せずか意図していたのか、隣の人物との対比のように映る。 彼らの視線は、塵と化していくマンティスの付近にいるベロキとリンに....................。 さらに正確に言うと、ベロキただ1人に注がれている。 「貴殿が仰っていたベロキ・ルキというのは、彼ですか。」 「うん、そうだよ。自分で探せて偉いね。」 黒い影からは男とも女とも取れない高めの声、白い影からは男性的で低音のバリトンボイスが発せられる。 黒い影の人物は、仮面の目の穴からベロキに視線を注ぐ。 その視線はお気に入りのおもちゃを見つめる赤子のような..............................もしくは生き別れの兄弟を見つめるような....................自分の子を見つめる親のような、そんなふうにうつる。 「はぁぁ、最高傑作になるはずだった、ワタシの可愛くって愛くって仕方のない失敗作..............................。」 「しかしアース様、今は彼がいます。」 「そう。だからベロキくんは用済み。不要な証拠は存在しちゃダメなんだ。」 仮面の人物は、先程のベロキを憂うような態度を紙を裏返したように一変させ、興味がない、といった声色と態度を見せる。 「ベロキくんの近くには憎いアイツがいるからね。 絶対にアイツが居ないタイミングを狙うんだよ、いい?」 「伺っております。」 「何を使ってもいいし、何をしてもいいからね。 場合によっては、キミ達が直接手を下してもいいんだよ?」 「左様ですか。」 「それと、絶対にアレを目覚めさせちゃダメだよ? 炎の魔人にはキミだってきっと勝てない。」 「..............................。」 「いい報告を期待しているよ?」 黒い影はその場に手をかざす。 手をかざした場所は一層闇が深まり、そこだけ全ての存在が抜き取られたかのような、ぽっかりとした穴を作る。 「じゃあ頑張ってね、愛しきわが子たち。」 黒い影は深まった闇に浸かり、その場から姿を消す。 闇が深まった場所が小さくなっていき、完全になくなる前にもう一度声が聞こえた。 「神様の命令だから、絶対に成功させてよ?」 無邪気なような、しかし感情が篭っているのかすら怪しい声の主は、闇に姿を沈めた。 付近からは風音しか聴こえない。 残されたのは、白い影のみ。 夜闇よりもさらに黒い闇は、ほどなくして紺色の空に飲み込まれた。

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