鯣烏賊 / 第126話

グランド・キャニオンへ その5

「みんな、おまたせ。」 1時間経ったか経たなかったか。 そのくらいの時間、3人でフライドポテトをツマミながら待っていると、ブルーさんとぺラルさんのふたりがやって来た。 俺たち3人は、半円のようにくぼんだ壁に作られた席に、3人で座っていた。 サイズ的には、6、7人くらいなら余裕を持って座ることができそうだ。 パキケ君と話せるかはちょっと不安だったけど、リンさんの場の回し方が上手いおかげで、コミュニケーション苦手なふたりがいても、楽しく場を過ごすことができた。 ふたりで本当にしたい話はできなかったが、そのくらいは仕方がないだろう。 しかし、そんな空気は一瞬にして反転してしまった。 ブルーさんとぺラルさんの表情が晴れやかではなかったのである。 ふたりの間に流れる空気は、ここ数日見てきたブルーさんとぺラルさんのあの明るい雰囲気ではない。 ふたりとも、喉に面倒な小骨が刺さったような、微妙としか言えない表情をしていた。 ぺラルさんは座っている俺を見つけるなり、サッとすばやい動作で俺の横に座った。 気を利かせたリンさんが持ってきたホットコーヒーを猫のような動きで奪い取ると、熱そうなそれを一気に飲み干す。 コーヒーを飲んだことで落ち着いたのか、表情が少しマシになったように思えた。 「どうでした?」 そう聞くと、ふたたびやや困っているような顔を見せてくる。 そして、3人で分け合って食べていたポテトをいくつか口に運ぶと、周りをチラチラ見渡して、俺の耳に口を寄せた。 その意図を汲み取った俺が近づいたことで、まるでコソコソ話でもするみたいに、俺たちは身を寄せた。 「思ってたより、結構ヤバいかも。 わたしたちが呼ばれた理由も、なんとなく察したよ。」 「と、いうと?」 俺たちが呼ばれた理由、か。 俺とパキケ君は2次試験に呼ばれただけだけど。 そういえば、リンさんとぺラルさんのふたりは、W.M.S.Fからの正式な依頼によってここに呼ばれているんだった。 たしかにふたりを呼んだとなると、それなりの理由と意図がありそうだ。 「わたしもリンちゃん気合いを入れなくちゃ....................。」 そんな声が俺の隣から聴こえたか聴こえなかったか。 でも、ぺラルさんのその声が、いつもと違って真剣そのものだったことに驚きを覚えた。 マリンヒュドラとの戦闘のときに、最後に俺のサポートに危険をおかして接近してくれたあの時のテンションに近い。 ブルーさんも、リンさんが持ってきたホットコーヒーを飲んでいる。 こちらは優雅だ。すごくお洒落。 完全に初めてのやり取りであそこに放り込まれたぺラルさんとは違い、ある程度のことは覚悟できていたということだろうか。 精神的動揺が少ないように見える。 しかし、眉は寄っている。 明らかに、"なにか難しいことを考えている"という風貌だ。 話しかけちゃダメなオーラが溢れ出てきている。 「ベロキくん。ブルーちゃんは策士だよ。」 「んへ?」 「"怪しい人との会話"のスペシャリストのわたしを盾にして、自分はほぼノーダメージで情報だけかっさらって行ったの。 「ぺラルさんって、"怪しい人との会話のスペシャリスト"なんですか?」 「仕事がそういうのばっかりだからネ。 ....................そんな怪訝な目で見ないでよ。 わたしだって真面目に言ってるんだよ?」 うん、だんだんぺラルさんがいつもの調子を取り戻しつつある。 まだふたりが何も言ってくれないからよくわからないけど、いろいろあったんだろう。 ブルーさんには聞にくいな....................アイスとかで釣ってぺラルさんに聞こうか。 「ぺラルちゃん。ボクから全部話しちゃうけど、それでいいよね?」 「オーケー。」 ブルーさんは、体を内側に寄せてきた。 まるで、今からの会話を誰にも聞かれたくないと言っているかのように。 ほかの4人もそれに呼応し、とあるファミレスのパーティ席のテーブルで....................。 筆談をはじめた。 ----- 「さて、ボクたちからはこんな感じかな? 漏れはないよね?ぺラルちゃん。」 「問題ないと思うケド?」 ブルーさんとぺラルさんのふたりは、なんの関係もない言葉を適当にペラペラと喋りながら、大事なことをメモ用紙に書いて俺たちに伝達した。 途中から意図を察した俺もその"関係のない会話"へと無知なふりをした参加しはじめたため、不自然さは薄まったことだろう。 とにかく、口頭で正体不明の怪獣についてデタラメな考察を述べながら、メモ用紙には以下のようなことが書かれた。 以下、全文だ。 ===== メシア教というのは、この地域に根付いているローカルの新興宗教。 これも呼び名でしかなく、宗教自体を指す正式名称は「白の光」。 現れたのは大体30年前で、グランド・キャニオン内に10万人規模の信者を抱えている。 しかし、この居住区を超えた活動はしていない。 特定の神を崇める教えは存在しない。 婚姻関係や貞操、食事や衣服などの特別なルールもない。 ただ、毎日22時に、救世主(メシア)の眠る方角へ向かって、祈りを捧げるだけでよい。 しかし、この祈りを捧げ終わると、急激な疲労が体を襲う....................と、元二世信者から情報提供がある。 端的に言うと、メシア教は怪しい。 ボクはこの失踪事件を、人が行ったものだと思っている。 詳しく語れないけど、ボクが能力まで使って探している怪獣の尻尾すら掴めないなんて、なにかの種があるに違いない。 大事なのは白い鱗の怪獣ではなくて、誰がこれを行っているのかと、なぜこんなことをしているのか。 だからなにか聞こうと思って、司祭を呼び寄せてもらった。 あ、ここからわたしが書く。 |黒い琥珀《ブラックジェム》。 詳細は教えて貰えなかった。 どうやらその"祈り"は、これの小さな結晶を手に握って行うらしい。 信者はみんなこれをネックレスや指輪などの装飾として持ち歩いている。 実際に見せて貰ったけど、これはヤバイ。 手に持ってるだけで、水を求めるスポンジみたいな勢いで、コスモが吸われる。 こんなもの持ちながら祈ってたら、すごい疲れると思うし、人によっては失神まで有り得る。 ベロキみたいに耐性がないと、耐えられないかもしれない。 わたしもブルーちゃんも、ちょっと触っただけですごくダルくなった。 あ、ボクが変わるね。 |黒い琥珀《ブラックジェム》が関係あるかはわからないけど、司祭は踏み込んだ質問には答えてくれなかった。 場合によっては、すごく強い言葉で静止されることもあった。 「信者さんたちにも、被害者はいるんですか」って聞いただけなのにね。 それだけだよ? もともと怪しんでたけど、ボクの中で疑念は確信に変わった。 だから、メシア教のことを徹底的に調べあげようと思う。 信者が何人いるかもわからないから、他言無用でお願い。 ひとまず、最下層のウッドバレーに行く人を決めようと思う。 ウッドバレーに行く人に、カタコンベっていう近集団墓地を調べようと思うんだ。 ボクはまた、別のことをしないとだから。 ひとまずは、こんな感じかな? ===== ブルーさんは上の文の最後に「読んだ?」と書き足した。 それを見た俺たち3人が首を縦に振ると、ブルーさんは「書いたことは、人前では口に出さないこと。」と書き足したのちに、メモ用紙3枚を持ち上げる。 「おお....................。」 彼女がかざした人差し指から大きな水玉が現れて、そのメモ用紙を包み込む。 鉛筆で書かれたその筆跡は、水に漬け込まれたことでみるみる消えていってしまう。 今までに見たこともない方法での証拠隠滅だ。 説明されていなかったけど、彼女の持つ武装の能力っていうのは、これなのだろうか。 「さて。」 ブルーさんは何事もなかったかのように座りなおし、やや冷めてしまったコーヒーをひと口すする。 そして、すぐそこにあったタブレットを手に取り、メニューを見始めた。 「お昼ご飯食べよっか。 みんな、何がいい? お代はボクが持つから気にしなくていいよ。」 わらわらと全員がそのタブレットに群がって、それぞれの食べたいメニューを探し出し、要求する。 この情緒の緩急にあまりついて行けていない....................いや、ぺラルさんは案外自然だ。 こういうの得意なんだろうか。 リンさんは....................お遊戯会で子供が発表する人形劇みたいになってるな。 タブレットの操作ひとつで注文は完了され、厨房の方でなにやら音が聴こえる。 それに対応した人の声が聞こえたから、このお店は人を雇用するタイプのチェーン店らしい。 「さて、ベロキ、パキケ。」 その声に反応して、俺とパキケ君がブルーさんへ座りなおす。 「キミたちに言っておかないとダメなことがあります。 ボク流の、2次試験ルールさ。 大丈夫、そんなに難しくも厳しくもないから。」 ブルーさんは人差し指を立てて、まるで学校の先生みたいに話し始めた。 「ひとつめ。 試験中はボクの名前において、全面的に戦闘や救助活動を許可します。 困ってる人、危ない人を見つけたら、積極的に助けること。 もしも見過ごすようなマネをしたら、その場で即刻、合格はないものと思ってね。 免許を求められるときがあるかもしれないけど、したら、ボクの名前を挙げてね。 証明に時間はかかるかもしれないけど、怒られはしないハズだから。 ふたつめ。 試験中、キミたちふたりは一人前の人材として扱います。 支援はするし、指示には従ってもらう。 けど、やり過ぎな手助けはしない。 自分の身は、自分で守ってね。 あ、リンちゃんたちも、なにかの理由でお金が必要だったら言ってね。場合によってはボクが負担するから。 みっつめ。 なにか自由行動がしたかったら、ボクに報告してね。 キミたちの保護者として、ふたりの動向を把握している必要があるんだ。 わかった?」 「「はい。」」 「2次試験はね、あんまり人を落とすような試験じゃないんだ。 むしろ、ここまで進んできた人材を伸ばして、交流を深めるのが目的なんだ。 だからまあ、気楽にしてね。 ボクはキミたちと友達になりたいから。」 2次試験はインターンみたいなものだ、というのは、こういうことなんだろう。 すごい人達に見られるガチガチの審査というよりもむしろ、俺たちの人となりや戦い方を把握して、交流を深めるための試験。 ブルーさんは、俺たちに合格をくれるつもりなんだろう。 ....................そうあってほしい。 そのためにも俺は、ブルーさんと仲良くなって、信頼を勝ち取りたい。 この人とこうして巡り会えたのは、きっとすごく幸運なことなんだ。 「だから、合格条件は、生きて帰ること。 そうしたら、問答無用で合格をあげる。」 ..........ん? それだけなのか? 「事件の解決ではないんですか?」 「いいや、それはボクの仕事だ。 ボクの責任において、ことを進める。」 キッパリと、そう言われた。 まだ俺は、彼女の取り組むことを任せられるほどの信頼を得られていないらしい。 そうだ。 この信頼を勝ち取らなければいけない。 優しくされるだけじゃ駄目なんだ。 むしろ、もっと厳しく。 何も気にせず、顎で使われるくらいの信頼を得たい。 「改めて、よろしくお願いします。」 「..........おれも、よろしくお願いします。」 「うん、よろしく。」 ----- そんな中で。 無邪気な悪意のその欠片。 ただひとり、ほくそ笑む。

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