鯣烏賊 / 第125話

グランド・キャニオンへ その4

グランド・キャニオン居住区のお役所は、中心地から少し外れた場所にあった。 中心街には、大型の商業施設や遊園地、大渓谷を一望するために作られた展望タワーや高級ホテルなどの、威圧感あるものばかりが建てられている。 そんな、半径1.5キロくらいの中心街を抜けて、空中道路を観光地と逆向きへ走らせることだいたい5分。 ホテルから15分くらいのところに、遊び心のない外観の建造物があった。 殺風景なその造形は、ここが観光地ではなく「仕事」の場所であることを否が応でも理解させてくれる。 土地の広さ300メートル四方くらいの土地。 6階建てで横長の建物が、それである。 「着いたよ。降りて。」 煌々と照りつける太陽のもと、俺たち5人は、熱されたアスファルトの上へと降り立った。 過ぎ去ろうとしている夏がもたらす今の気温は、38℃くらいだ。 10月とはいえ、長引いた夏は引ききっていない。 一時は40℃を超えていたというのだから、末恐ろしい話だ。 それでも、日本のあのジメジメした森の中のほうが何倍もキツかったな。 湿度だ。あれは湿度が悪さをしている。 気温はここより低いというのに、服の中やら周りやらに熱がこもるんだ。 次行くときに時期を選べるならば、是非とも涼しい季節を所望したいところだ。 受付の固いガードをブルーさんの名前で軽々と突破。 そのまま2階の端の方に設置されている応接室に通された。 「ただいま、マネットを呼んでまいります。しばし、お待ちください。」 凝った内装、綺麗に片付けられた長机。 毎日手入れされているであろう観葉植物。 座るとふかふかで気持ちの良い椅子。 出迎える側、出迎えられる側のどちらも片寄った立ち位置にならないように置かれているその椅子の配置。 このように丁寧に整えられている応接室を見てしまうと、我が職場が応接室と名乗っているあの部屋が恥ずかしくなる。 紙やコップや本が散乱している長机。 適当に配置されて、たまに人が寝ている椅子たち。 基本的にカーテンが空いているから、フルオープンになっているキッチン。 この応接室とは対極にあるような状態の、ただ無駄にスペースが広いだけの部屋を、無理やり応接室と呼んでいるのだ。 たまに人が訪ねに来ると、慌てて汚い机の上のものや椅子の配置を整えるような部屋を、無理やり応接室と呼んでいるのだ。 たまに社員が昼寝していたり、おやつを食べていたりするあの部屋を、無理やり応接室と呼んでいるのだ。 ....................。 そうだ。 「リンさんにペラルさん、帰ったらミクロさんを1度追い出して、応接室をキレイに片付けてしまいましょう。」 「あたしは賛成。ベロキも手伝ってね?」 「お兄ちゃんはわたしに任せて。 きっと、こんなに可愛い妹がデートに誘えばイチコロだよ。」 決めた。 あそこに帰ったら大掃除Dayだ。 どうせ邪魔になりそうなミクロさんは(自称)可愛い妹のぺラルさんに丸投げしよう。 床から壁からキッチンまで、舐めまわすように掃いて、拭いて。 それで、新しい本棚やラックのひとつやふたつでも補充すれば、行き場のない物体たちもなんとかなってくれるのではないだろうか? ふへへ、帰るのが楽しみだぜ。 「お待たせしてしまいすみません。」 10分くらい待っただろうか。 応接室に、ダンディなおじいさんが現れた。 年齢は60代....................もしくは、50代後半くらい。 カールを巻いた銀髪と、チャームなちょび髭が印象に残る人だ。 「ん?」 首についているネックレスのあの装飾は、一体なんだろうか。 透き通った黒曜石のような丸い石だ。 意識せずとも、視線が思わず吸い込まれてしまうくらい美しい。 その暗く深く複雑な色味は、宝石の向こう側に何か別の景色が広がっているようだ。 それにしてもこの黒、どこかで..........。 いいや、気の所為だろう。 「どうしたんだい?」 俺のつぶやきに、ブルーさんがボリュームの小さな声をかけてくる。 俺を心配してくれたのだろうか。 「ああいえ、なんでもないです。」 「そっか。 4人とも、話はボクが進めるから、楽にしていていいからね。」 とのことなので、俺は肩の力を抜く。 エライ人と、ロールプレイすることなく素の自分で話すなんて初めてのことだからね。 ちょっと緊張していたんだよ。 ブルーさんが進めてくれるって言うんなら、きっと楽だろう。 ドアを開けたそのおじいさんは、外見にぞぐわぬ身軽な足取りで俺たちの前の椅子に向かう。 そして、その長椅子の"左側"に腰かけた。 ....................ん、なんで真ん中に座らないんだ? と、そう思ったときに、後ろからもう1人の気配を感じた。 「申し訳ない。待たせた。」 その人は、緑色のマントを被っていた。 そのマントには大きなフードがついていて、それによって口から上の顔が見えない。 そしてその口にも、体の線にフィットしたマスクがつけられている。 しかし、発せられた声から、辛うじて男性であることだけはわかる。 俺はこの手の格好の人に何度か会ったことがあるけれど、みんなはそうでもないらしい。 特にリンさんとぺラルさんは大袈裟なくらいのリアクションで、ブルーさんも少し驚いているようだった。 パキケ君は無表情....................何を考えているのかよくわからない。 そのマントの男性は、特に何も言うことなく町長さんの隣に腰かけた。 軽い挨拶などされると思っていたので、少し拍子抜けだ。 「では、コチョウ様以外の皆様に関しては初対面ということですね。 私はこのグランド・キャニオン居住区全体の区長をしております。マネットです。 以後、お見知り置きを。」 その丁寧な挨拶に謙遜した俺たちは、それぞれが「よろしくお願いします」とか「こちらこそ、以後お見知り置き」みたいに、それぞれが挨拶をする。 そういえば、俺は勝手に町長さんだと思っていたけど、区長さんなのか。 覚えておかないと。 「さてコチョウ殿。この4名に、状況の伝達は済んでいるので? ....................いえ、皆様の顔となりを見ればわかることですね。失言でした。」 「ええ。昨晩、ボクが話しておきました。」 昨晩、ブルーさんより伝達された話は、以下のような内容だった。 ===== ① 突発的に住民が消え去るという出来事が多発している。 ② 消失現場には大抵、純白の竜の鱗がいくつか落ちている。 現代のデータベースを持ってしても、どの種とも一致しない竜鱗である。 しかし、現場の周辺に怪獣出現の痕跡は竜鱗以外には、引っかき傷や足跡のひとつも残されていない。 ③ 消失事件の対象となるのは、「およそ40歳以上」の「社会的な経歴」を持っている「同居人のいない男性」に限られている。 女性や子ども、碌な職についていない人物は1人たりとも巻き込まれていない。 ④ 抵抗の跡が見られないことや、前後の目撃情報から総合的に判断して、消失事件は夜中の睡眠中に発生していると考えられる。 ⑤ 混乱を避けるため、現在は正式な発表を見送っている。 ===== ざっくり、こんな感じだ。 「我々はこの消失事件を、未知の生物によるものであると考えています。 この事件の解決は、市民を救うこと以外にも、新種生物の発見に繋がるのです。 だから、その道のプロフェッショナルであるあなた方を頼ることにしたのです。」 これを聞いたときに、ちょっと欲張りだなと思ってしまった。 邪推かもしれないが、この人は新種怪獣の発見を指揮したという手柄が欲しいのではないか? と、そう思ってしまった。 怪獣という生物ジャンルは、新種の種類がとても多い。 その中には、一体きりしか現れていない種も大量に存在しているのだ。 過去の大怪獣なんかは、軒並みそんな感じらしい。 けど、今回の事件の原因となる生物は、単一個体のみの発見....................とはならなさそうだ。 これだけ広範囲のグランド・キャニオンの全域で、かなり短いスパンに起こっている事件。 とても、たった1個体の仕業とは思えない。 そうすると、発見したその生物を大々的に発表し、世界に警鐘を鳴らした逸話が手に入る。 ....................考えすぎだろうか? まあ、たとえそうだったとしても俺たちのやることに変わりはない。 だから正直なところは、どうでもいいという部分が多いけれど。 そういえば俺たちのこのパーティー。 その道のプロフェッショナル(実際は無免許)っていう微妙な人材がふたりもいるけど、それでもいいんだろうか。 それとも、あんまり気にしていないのだろうか。 「それと、コチョウ様。こちら、メシア教の司祭様です。 先日ここを去られる前に、コチョウ様がお話になりたいと仰っていたので、少々無理を言ってお連れしました。」 「ご紹介に預かった。様々な事情から素顔と本名を公開していないので、この格好で失礼する。」 緑マントの男性が、そう言いながらすっとブルーさんへ手を差し出す。 これはなんだろう、新手の宗教勧誘か何かだろうか? それにしても、青白い手だ。 俺の肌とはまた違った、不健康な白さ。 アロくんの肌がこんな感じだったのを覚えている。 そして、彼の手の指には指輪が....................。 ん? まただ。 彼の指輪につけられたこの黒い石。 自らこそがダイヤモンドであるかのように、見る人に対して主張するこの石。 ....................いや、なんか嫌な気分だ。 あんまり考えないようにしよう。 「ええ、よろしくお願いします。 ボクはその格好でも気にしませんよ。」 「そう言って頂けると、有難い。」 そもそも、メシア教とは一体なんだろうという疑問が湧いてくる。 メシア....................つまり救世主(メシア)のことだろうか。 そうなると、キリスト教系の宗教になるのかな? ブルーさんがその宗教とコンタクトを取ろうとしている理由もよくわからない。 「ぺラルちゃん、ボクは彼と話したいんだけど、一緒にいてくれない? 他のみんなは近くの飲食店で待っていてくれないかな? ボクたちも後でそこに行くから。」 そう言われたぺラルさんの表情には、若干の警戒色が現れたように見えた。 しかし何かを感じ取ったのか、訝しげな表情を取り外して、コクリと頷いた。 俺たちはそのまま、3人を残して応接室を離れ、ブルーさんに言われるがままに、付近の飲食店へと足を進めてゆくのだった。

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