鯣烏賊 / 第127話

最下層:ウッドバレー その1

ヒョォォォォ....................。 ゲームや映画の中でしか聞いたことがないような風音が、俺の耳を通りすぎてゆく。 軽い感触の砂ぼこりがはるか下から巻上がってきて、俺の肌をチクチクと刺してくる。 その岩肌は、まるで高級な塗料で塗り分けられたみたいな、数種の赤に染まっている。 この居住区の外にあたるその大渓谷は、数え切れないほどに長い歴史をまるごと保有したまま、現代に遺されているのだ。 ロマンってやつだね。 「深いね〜.....................。」 「まさか、第1エレベーターから第4エレベーターまでのチケットが売り切れているなんて、思いもしませんでしたよ。」 「ホントだよ。 そのせいでこんな大田舎に....................キャッ、また風!!」 俺とぺラルさんは、大渓谷に設置されたエレベーター前に作られた行列に並んでいた。 手に持っているのは、ふたりの最小限の荷物が入ったリュックサックと、2本の水だけだ。 列に並び始めてから、30分が経とうとしている。 グランド・キャニオンは、最上層サンライズバレーから最下層ウッドバレーまでの落差が、1200メートルを優に超える地だ。 崖に張り付くように存在している、断崖絶壁の層シティバレーには、お情け程度の階段が、いくつか設置されている。 しかしその階段たちは、人が3人通れれば御の字という幅の狭さを誇る。 そのうえ階段は、地元に住んでいる人たちの重要な生活通路だ。 外部の人間が使うことなど欠片も考慮されていない。 観光客が通るにはあまりに危険で、そして、時間がかかりすぎる。 そのため、全部で6個のエレベーターが設置されている。 このエレベーターを使えば、約5分ほどで最上層から最下層までの道をゆくことができる。 予約して料金を払えば利用できるから、それを利用するつもり。 だったのだが。 第1エレベーター sold out 第2エレベーター sold out 第3エレベーター sold out 第4エレベーター sold out 中心街から行きやすい4つのエレベーターは、全て等しく売り切れだった。 由々しき事態である。 残りの枠はチケット第5エレベーターと第6エレベーターのふたつだけ。 拠点としているホテルから近いのは、第6エレベーターのほうだ。 頑張れば徒歩でも行けるような距離にある。 しかし、第6エレベーターで降りてしまうのは非常に良くない。 そこはウッドバレーで目指すべき目的地である「ウッドバレー聖堂」からあまりにも遠すぎるのだ。 列車やバスの類などの公共交通機関が著しく少ないウッドバレーにおいて、目的地から遠いのというのは致命的なことだ。 おそらく、一日中を移動に費やさなければならなくなるだろう。 それなら、最上層で少し離れた場所であっても、第5エレベーターを使った方が何倍もマシなのだ。 だから俺たちは、この列に並んでいる。 ホームページがらチケットは購入しているから、所定の順番が来るまで待つだけだ。 あと3巡で俺たちの番だから、30分くらいでやってくるだろう。 ....................それにしても。 「なんですかその格好。マジシャンのコスプレ?」 「ベロキくんが谷底に落ちたいなら、そう言ってくれればいいのに。」 ペラルさんの格好が、なんというか、奇抜だ。 全身が黄色とか白とか緑とか赤とか....................虹みたいにカラフルだ。 そんなタイトなズボンとロングブーツで、動きにくくはないんだろうか。 ....................そういえば暗闇で周りが見えにくかったことと、着物のステゴさんがいたので気にしていなかったけれど。 ヒュドラ戦のときもこんな服装だったな。 「いえ、ほんの冗談ですよ。 動きにくくはないんですか?」 「この格好をするのが、奇術師の礼儀ってものでしょう? ..........それに、服のナカにいろいろ仕込んでるカラ。」 確かに、絵になるのは確かだ。 長い白髪を綺麗に後ろでまとめて、それを三角帽子で覆っている。 手につけている白い手袋は、杖をもてばそれらしい様子になるだろう。 「目立ってるんですから、変なことしないでくださいよ?」 「ヘンな格好してるのに、意外とヘンなことしないのがイイんじゃない。」 もともと俺は、パキケ君と行くつもりだったのだ。 しかし、ブルーさんはパキケ君にやって貰いたいことがあるらしく、彼はどこかへ連れていかれることになった。 だから、リンさんと行こうとした。 俺が前衛で、リンさんが後衛。 シンプルだけどバランスが取れていて、よさそうだ。 ....................それにリンさんなら、変なイタズラをすることもあるまい。 だが、そこに待ったをかけたのがペラルさんだった。 今回、メシア教に動きがバレてはいけない。 あくまでも俺たちは"ウッドバレーでの現状を調べるために向かう"だけの、少数チームの調査隊でなくてはいけない。 ひょっとしたら、トラブルも怒るだろう。 「でもリンちゃん、直情的じゃない?」 「それはっ!..........ぅぅっ..........。」 トラブルが起きるのは仕方がない。 しかし、大事にしてはならないのだ。 どれだけ相手が理不尽でも、ピストルの銃口でも向けられない限りは、反撃してはならないのだ。 「わたしならちょっとやそっとじゃ動じないし、コレを使えば、相手を怪我させずに鎮圧させることもできる。」 かくして、論破されたことですごく悔しそうな顔をしたリンさんを横目に、俺はペラルさんと出かけることになった。 アーメン。 帰ってきたらご飯でも行こう。 それにしても、今回は特殊な仕事だ。 人間とはおよそかけ離れた生物を相手にとるこの職に就いておきながら、まさか対人のことを考える日が来るなんて思わなかった。 それも、コソコソと動いていることがバレてはならないなんて。 やっていることがまるで前職に戻ったみたいで、なんだか複雑な気分だ。 しばらく俺は、人前でやるべき任務のことをベラベラ話してはいけない。 ペラルさんとそれについて話したい時は、周りに人が誰もいない時にするか、見られないように気をつけて筆談するか。 ハンドサインは駄目だ。 あれでは大雑把な対話しかできない。 あとは....................仕事用メールなんかも有用になってくるかだろう? はあ、疲れそうな仕事だ。 ....................気合いを入れなければ。 「気合入ってるねぇ。」 「そりゃ、入れますよねっ、と。」 俺は両頬をペシっと叩く。 意味があるのかと言われると弱いけど、そんなものなくてもいいだろう。 「わたしよりチビッ子だし、可愛いところもあるじゃん。」 「取っておいたチョコを勝手に食べておいて、怒られたくないからって作り出した幻影で騙し通そうとした人に言われたくないです。」 「うぐ。」 正直、ペラルさんといると暇にはならない。 会ってから大した月日も経っていないというのに、彼女とは話が合う。 なんというか、話題が絶えないのだ。 それに、軽口を言えるのがありがたい。 リンさんと一緒にいるのも楽しいけど、リンさんはなんか、冗談が通じない。 軽い気持ちでくだらない嘘をついたりしたら、コロッと信じてしまいそうだ。 そういう意味でいうと、俺はリンさんよりペラルさんの方が性格が合っていると言えるだろう。 とまあ、エレベーターを待ち続けるこの退屈な時間を、俺たちは適当に過ごしていた。 やや会話が盛り上がっていたけど、騒いではいない。 「ごめん。アタシが前だと思う。」 けど、こうやって後ろから話しかけられると、すこしビクッとするものだ。 しかも俺たちふたりは、本質的には他人とのコミュニケーションが得意な"ケ"ではない。 しかも、話しかけてきた女の人は、すごく威圧感のある風貌をしていた。 背が高く、肌はこんがりと色黒く焼けている。 長い金髪を後ろにまとめ、くらい帽子で抑えているから、帽子のつばのせいで目線が鋭く見える。 それに、背中には銃を背負っているのだ。 見たことがある。 これは動物を狩るために設計されている、ライフル型の狩猟銃だ。 腰にはナイフをタレ下げていることも、やたらと威圧感を高めている。 「あっ、えっと。うるさかった....................です?」 今の俺たちはグレート一般人モードだ。 互いに持っている武装は隠している。 俺だって気分は元殺し屋ではない。 ウッドバレーの自然を楽しみにゆくためにエレベーターに並んでいるだけの、ただの観光客なのだ。 「いいから。とりあえず順番だけ譲ってくれない?」 そう言って見せられたそのチケット画面は、たしかに俺たちふたりよりも1番号だけ前のものだった。 俺たちが道を開けると、彼女はペラルさんの格好を一瞥し、 「変な格好。」 と吐き捨てるように言った。 「そ、そんなにヘンかな?」 「ええ、不審者にしか見えません。」 へこんでいるペラルさんをからかいながら、俺たちはエレベーターの順番を待ち続けた。 ----- エレベーターは、本当にただのエレベーターだ。 付近の崖へ張り付くように数百メートルおきの頻度で見張り部屋のようなものがあるだけの、普通のエレベーター。 窓が多くて景色が楽しみやすいけど、決してガイドなどがついているわけではない。 別に観光客のひとたちもそれを求めているわけではないのか、各々がワイワイ話しながら、断崖絶壁の絶景を楽しんでいるようだった。 ある意味、これも一種の産業と言えるかもしれない。 特に解説をするようなこともなく、俺たち外部の人間が、勝手に楽しんでしまう。 俺たちも楽しいし、運営側も楽ができる。 ある意味では良い関係とも言えるし、観光客たちはいいように使われているともいえる。 「近くで見るとより凄いですね。」 「ホントにね。もうプライベートで来ちゃいたいよ。」 俺たちもまた、そんなひとたちの中の一部だった。 目の前に広がる天然のテラコッタのようなその風景が、シャワーのように目に流れ込んでくる。 ただのデカイ"岩"だと言うのに、実によい気分になる眺めだ。 眼福、眼福。 俺たちは緊急脱出用のドアの隣を陣取っている。 まさかこんなところに怪獣が出てくるなんて思っていないけど、一応だ。 何かあったときは早めに対応できた方が良いしね。 さっきの金髪の女の人は、俺たちのすぐそばの壁に背中を預けている。 まるで目の前の絶壁に興味などないようだ。 ひょっとしたら、現地の人だったりするんだろうか。 だとしたら、なんであんなに物騒なライフルを持ち歩いているんだ....................? まあいい。 あと3分くらいでウッドバレーだ。 そうしたら適当な宿を取るか、キャンプ地かなにかでスペースを確保する。 そこを拠点にして、数日かけてもいいから、カタコンベを目指すのだ。 やることは単純。 きっとできる。 「....................ん?」 なんか、エレベーターが少し揺れている気がする。 日本で地震の感覚は嫌というほど味わったけど、あれとはまるきり違う気がする。 縦とか横とかではない。 別に揺らされている感じでもない。 まるで、なにかの振動に呼応してしまっているような? いやいや、まさかね。 まさか....................ね? よし。 「ペラルさん、庭《テイ》って上にも伸ばせますか?」 「もち。せいぜい200メートルくらいだけど。」 「お願いします。」 「おまかせあれ。」 俺はチェンソーの"柄"を取り出す。 そして、流れ作業のように呼魔《コマ》を使う。 これで準備は万端だ。 ペラルさんが報告しても、すぐに対応することができる。 しかし、こんなにも人の多いところで始まるかもしれないとは。 災難だ。 このエレベーターには近づけてはいけない。 できれば、その場でぶっ倒すくらいのモチベーションでことにあたろう。 全く。 大自然も空気を読んで欲しいものだ。 頼むから来ないでく....................。 「ベロキくん。100メートルくらい上にいるみたい。どうする?」 「やります。援護してください。」 「がってん!」 「何かあったら防御もお願いします!」 「もろもろ了解!」 俺は鍵らしきものを爪でこじ開けて、扉を開け放つ。 谷間を吹き抜ける気流の一部がゴンドラの中へ侵入してくることで、エレベーター内はややパニックのような状態になる。 後ろでペラルさんがなだめようとしているので、この場はきっとなんとかなるだろう。 俺が気にすべきはこっちじゃない。 上だ。 飛び出した俺は、"タランチュラ"を岩肌へ貼り付けて、断崖絶壁へと足をかける。 「いた。」 それは、リンさんの好きなあのファンタジー小説に出てくる「サンドワーム」のような見た目をしている。 ミミズのような動体と頭を持っているけど、全身が石のような鱗に覆われている。 そして、崖に貼り付けるほどにするどいカギ爪を持っているのがよく見える。 こっちに素早く向かってくる。 「殺気」がエレベーターのゴンドラへ向いていることから、ヤツはかのゴンドラを襲おうとしていたことがよくわかる。 飛び出してきて正解だったようだ。 その殺気がすべて、俺の方へと向けられた。 「クルォォォォェェ?!」 「滑《スケート》+強《ブースト》。」 俺はタランチュラから手を離す。 俺の足の裏は、まるでこの断崖が床であるかのようにぴったりと貼り付いている。 実践でこれを使うのは初めてのことだけど、これなら問題なく戦えそうだ。 「来い!」 崖肌をものすごい速度で突進してくるサンドワームに対して、俺は相対するように立ち塞がる。 本当だったら回避してから転ばせるように攻めたいところだけど、ここから先に進ませるわけにはいかない。 やや乱雑だけど、正面から対処させてもらおう。 俺はチェンソー右手だけで持ち、左腕を前方へ突き出す。 ちょうど左手の甲から肘あたりまでが正面を向くような角度で、構える。 「実践で使うのは初めてなんだよね!」 盾武装の一種、カウンター。 使用者の片手という一点に集約した小さな盾を作り出す。 大きさは、せいぜい30センチ四方くらいだ。 他の盾系の武装と革新的に異なる部分は、べつに攻撃を受け止めることが目的ではないことだろう。 カウンターは、この盾へとかけられた負荷を吸い取り、それをエネルギーに変換する。 それによって、カウンターによる防御からの次の一手の出力を、強めることができるのだ。 世にも珍しい、戦闘中に使用することができる強化系の武装だ。 盾が割れてしまっては意味がないことや、他の強化系の武装とくらべて性能が低いなどのいくつかの問題点を抱えているが。 それでも余りある利便性がある。 俺にはミラーシールドよりも合っている気がする。 選定してくれたステゴさんに感謝だ。 やつの頭部が俺の左手に激突する。 大丈夫だ。 この程度の威力なら問題ない。 この衝撃で岩がいくらかめくれてしまって下に落ちて行ってしまった。 本来なら避けたい事象だったけど、ペラルさんはガードも受け取ってくれた。 申し訳ないが、彼女に一任することとしよう。 「カウンター・衝《ストライク》+強《ブースト》!」 カウンターで攻撃を受けた俺は、チェンソーの刃の回転をはじめる。 そして、刃の滑車から火花が散ってきた頃に、俺は衝《ストライク》をチェンソーの刃へ纏わせる。 俺は大きく足を踏み込ませ、やつへ急接近する。 接近しながらチェンソーを構えなおし、目の前にある岩のような鱗の隙間へと、回転する刃をねじ込ませる。 そして全身全霊の力を込め、やつの体を、ひと思いに両断した。

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