鯣烏賊 / 第71話

不倶戴天の不協和音 その11

心臓をピンポイントで抜き取ったり。 関節を弄って挙動のおかしな攻撃を繰り出したり。 特殊なステップを踏み込んでまるで分身したかのように見せかけたり。 殺し屋、暗殺者というと、こういった映像にしたときにカッコよく映える「暗殺拳」とか「暗殺法」みたいなものを思い浮かべるかもしれない。 正直に白状しよう。 ルキ家にそんなものはほとんど無かった。 俺のいた職場のモットーは、とにかく「静かに」殺すこと。 音も立てず、痕跡を残さず、誰にも会わずに。 だから、正面戦闘を起こさずに、無傷で帰ってくる方が褒められるような環境だった。 だから使われる道具といえば、8割は毒。 用途としては食べ物や飲み物に入れたり、ガスにして使ったり、小さな針に塗って刺したり。 これがいちばんバレにくく、そして確実だ。 俺もこの方法を愛用していた。 他に使われていた方法は、遠距離からの狙撃などがメジャーだった。 とにかく、正面戦闘が好まれる環境ではなかったということだ。 もちろん、護身をするときや、否が応でも戦闘を行う時のために、自分から格闘術を修めている人がほとんどだ。 俺もその辺の訓練は怠っていなかったし、ほとんどの同業者と「1体1」の勝負をしたら、まず負けることはないだろう。 そんなルキ家だけど、たった3つだけ、公式に教えられる暗殺術がある。 いや、これを格闘術などと呼んでいいのかはかなり迷うが、それでも戦闘にはとても役立つものだ。 「呼魔《コマ》」、「呼妖《コヨウ》」、「呼天《コテン》」。 これらをまとめて「三心《サンシン》」と言う。 いずれもただの呼吸法....................いや、呼吸をトリガーとして行う"自己催眠"に近い。 見えないものをるための自己催眠。 「呼魔」が見せるものは....................。 ----- 「見える....................アイツの敵意が。」 俺の体から、シロのからだから、ゆらゆらと漏れ出るその「なにか」。 これは俺にしか見えていないし、たぶん世界には存在すらしていない。 でも、俺の感覚で近くできているだけで十分なんだ。 やつの体からゆらゆら出てくるそれの1部が、俺の肩や腹をチクチク刺している。 「呼魔《コマ》」。 悪魔を呼ぶ業。 人間だれしも、心の中に悪魔を飼っている。 それは害意であり、悪意であり、殺意でもある。 とてもこれらの悪魔を全て列挙するなど不可能なことだろう。 人によっては、誰かからの善意でさえ、鬱陶しいと思うものなのだから。 まあこの特殊な催眠術の場合、殺しのために作られたものであるから、そんなに複雑な効果を持つものじゃない。 上のものを言いまとめて、敵意。 それを感じ取るのがこの「呼魔(コマ)」だ。 訓練によって殺意や威圧感の類を発さないように自分を律することは簡単だ。 むしろ俺のいた世界というものは、それが出来て当然という世界だったからね。 無論、俺だってできる。 仮にそんな中で、一生懸命に抑えているその禍々しい「敵意」を俺だけが感じることができたら、アドバンテージになるだろう。 そんな催眠を得意とした殺し屋が提案した数十年間の突飛なアイディアを形にしたのが「三心《サンシン》」であり、そのうちの一つである「呼魔《コマ》」は、俺を含めた人間の中の悪魔....................すなわち敵意を、感じ取る。 「呼魔(コマ)」で感じ取る敵意は、修行の類で隠せるものではない。 なぜならこれで視る敵意の"オーラ"は、現実世界には存在しないものだからだ。 まどろみの内側《なか》から現実《そと》を視ることで、どんなに隠しても隠しきれない、本能レベルの「ソレ」を無理やり知覚する。 長くは持たない。 それにこれを実戦でやるのは数えることも忘れるくらいに久しぶりのことだ。 長く持って6分....................いや、5分くらいだろう。 「ふぅ....................。」 「それで、質問とはなんだ?」 15秒。 ディラン君を「透《カメレオン》」であちら側に逃がしてから経った時間だ。 俺は30秒で「透《カメレオン》」を解除すると宣告したから、あと15秒の時間を稼いで戦闘に移らなければならない。 この点で言うと、シロがこうやって慢心しまくってくれているのはとてもありがたいことだ。 テンションがハイになってしまっているのかは知らないが、先刻の厄介なほどの冷静さはやや欠けているように思える。 その慢心は、存分に利用させてもらう。 「俺は誰なの?」 「はて、貴様の意図ががはっきりしないな。さては姑息に時間稼ぎか?」 「違う、違うそうじゃなくて....................なんでおまえがこうやって俺のことを執拗につけ回すのが知りたいんだ。」 とにかく時間を、コンマ1秒でも無駄な時間をやつに過ごさせる。 ディラン君ができるだけ離れるために。 俺の目を「呼魔《コマ》」へと慣らすために。 できるだけ多くの時間を....................。 「ふむ。」 20秒経過。 あと10秒だ。 そうだ、そうだ。 できるだけ悩め。長考するんだ。 おまえは俺を死人同然に思っているんだろう。 だからこれが俺の最後の言葉だと思っている。 ....................実際そうかもしれないけどさ? 「あえて答えるならば。」 この次の答えがどんなに適当なものでもいい。 肩透かしな返答でも構わない。 もう既に、30秒は経過しているから。 俺はこっそりと「鍵《シュリュッセル》」を操作して、「透《カメレオン》」の機能を解除させる。 「透《カメレオン》」の機能が再使用時間へ突入したことを確認して、俺は「鍵《シュリュッセル》」のダイヤルを回転させる。 やつから垂れでる敵意が、ブワッと大きく肥大化する。 可視化されたその"オーラ"から6つの手のようなものが伸びてきて、俺の体へ触れる。 さっきのような、触手1本の試し撃ちじゃない。 これは....................俺を殺しにくる攻撃だ。 それぞれ頭、右肩、心臓、肝臓の延長線上、右腕、左足。 ここに来る。 俺は素早く背反柄を取り出し、トマホークを起動させる。 そして、やつの敵意だけではなく、触手本体の動きもしっかりと観察する。 「私が知るか、そんなことを。」 溢れ出るオーラが最大限に肥大化したそのとき、俺の目からその黒い触手たちが消える。 やはり見えにくい。 俺の目に映されたそれは、ただの黒いシルエットでしかない。 けれどそれは殺意を持って俺に向かってくる。 「死ね!!!」 たぶんあいつ自身も、自分の攻撃を100パーセント制御できていない。 軌道はバラバラ、けれど速いし強い。 もちろん、当たったら死ぬだろう。 大きく体を動かして傾け、5つの触手を避ける。 そして、俺は唯一独立した動きをしている、俺の頭を狙った1本へと標的を定める。 やはり速いが、一直線だ。動きはなんとか精一杯、読める。 だからこそ、こういう奴には。 「はぁっ!!!」 相殺か効く!! 「何ィ..........っ!!?」 当然これはただのトマホークではない。 さきほど「鍵《シュリュッセル》」を回転させたときに起動させた「強《ブースト》」を反映させることで、ただでさえ強かったその強度をさらに強化させている。 「君さぁ、戦い慣れてないでしょ?」 「....................。」 「まるで自分の腕みたいに使ってるつもりだろうけど、全くもって不自然だし、ぎこちないよ。」 「口だけはよく回るヤツだ。」 うーん、厳しい。 性能の増強と俺自身の技術でシロをなんとか誤魔化しているが、やはり通常の黄色いコスモと「黒いコスモ」の威力の差は大きい。 俺の腕もジンジンと痺れていて尋常ではない痛さだし、攻撃を正面から受け止めたトマホークの刃はボロボロだ。 ありがとうトマホーク、お前はもうこの戦いにはついてこれない。 使ってあげられるなら使ってあげたかったよ。 俺は背反柄を変形させ、ファルシオンの刃を露出させる。 まだ消費されていないファルシオンの刃は俺の手で煌々と輝いている。 こいつを強く打ち付けるようなことはないだろうから、すぐにパリンと割れるようなことはないだろう。 「今度は容赦しない。」 「君、プライド高いの〜?」 ググググ....................と、やつの背後で6本の触手が静止する。 これはさっき見た、力を貯めて放っていたやつだろう。 避けられない。 黒い触手であの攻撃を撃たれたら、ひとたまりもなさそうだ。 あれは俺の脳の反射速度を上回ってくる、本来なら"使わせてはならない"行動だ。 それをあえて、今ここで、使わせる。 「鍵《シュリュッセル》....................。」 ここからが本当の奥の手だ。 俺の反射神経と、三半規管と、集中力を全投入する。 少しでも気を抜いたら、極度な乗り物酔いのような状態になってしまい、即座に行動不能になるだろう。 だけどもう、後には退かない。 歯車の印が指すのは「速《ラピッド》」。 俺は俺の限界を越えられるだろうか? いや、違う。 超えるためにあえて、テンションはブチ上げたままで行く....................!!! 「速《ラピッド》+強《ブースト》。」 「次が最後だ。」 ギチチ....................と張っていた触手から、ふっと力が抜ける。 「呼魔《コマ》」の効果で攻撃の着弾地点がわかっていても、ここまで速くなってしまっては無駄だ。 今すぐにでも、走り出す準備を整える。 「今度こそ、死ね。」 来た。 もう、コンマ数秒でこちらへ来る。 「速《ラピッド》」は、もう少しで全身に巡るんだ。 もう、「速《ラピッド》」の青いオーラは出始めているんだ。 間に合え。 ....................間に合え。 ..............................間に合え!!!!! 消えたのは触手じゃない。 消  え   た    の     は      。 「ぐはっ?!?!」 キンッと響く乾いた音。 それに続き、ブシャッと飛び出る血の音。 コトンと落ちる、2本の腕。 俺の手に握られた、2つのファルシオン。 あえてこの一瞬のために、タランチュラは置いてきた。 タランチュラがあれば楽だった場面があったかもしれないけれど、後悔してももう遅い。 「もう、おまえは俺を追えないよ。」 テンションは最高潮。 スピードも最高潮。 やつが後ろを向いたとて、俺はもうそこにはいない。 横?前?上? ハハッ、それ無駄だぜ、全部。 なんてったって今の俺は。 「ふたつの意味でスピード・フリークだ!!!!」

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