鯣烏賊 / 第72話

不倶戴天の不協和音 その12

「強《ブースト》」。 俺がこれまで、ただの1度も使ったことがなかった唯一の機能であり、過去に類を見ないほどに癖の強い強化性能を持つ機能だ。 使う頻度が少なかった「滑《スケート》」は、全く使い道がなかったわけではない。 「爆《ボンベ》」はそれこそほとんど使ってこなかったが、1度だけ撹乱目的で辺りのものを全部吹き飛ばした記憶がある。 ....................同時に、目立ってはいけないのに目立つなと釘を刺されたことも。 けれど「強《ブースト》」に関しては、使い道が全くなかった。 たとえば持ち合わせている刃の性能を強化したりはできるのだが、その間使用している機能が「強《ブースト》」で封じられてしまうため、実質的に「鍵《シュリュッセル》」の汎用性を捨てることになってしまうのが極めて痛い。 さて。 「強《ブースト》」について説明しなければならないことが山ほど残されている。 「強《ブースト》」とは、俺の持つ固有武装「鍵《シュリュッセル》」の機能のうちの一つであり、数ある機能たちの中で唯一、直接的な行動へと関与できない機能だ。 たとえば攻撃特化の「衝《ストライク》」や、移動特化の「滑《スケート》」。 敏捷特化の「速《ラピッド》」。 隠密のための「透《カメレオン》」。 明らかに大規模攻撃を意識した性能をしている「爆《ボンベ》」。 防御のための機能(笑)とはいえ、防御以外にもなかなか有用な「守《ガード》」。 これらの機能たちは、この機能そのものが俺の行動へ直結し、なにかの結果をもたらす。 この機能たちの性能を底上げするのが「強《ブースト》」であるのだが、機能を一度にひとつしか使えなかった以前の「鍵《シュリュッセル》」において、俺はこの「強《ブースト》」を1度も使ったことがなかった。 使う必要もなかったし。 そもそもの問題として機能の並行使用自体が、武装を2度連続で操作する必要を迫られる、隙の大きい動作なのだが....................。 俺が慣れていないのもあるけれど。 だがしかし、そのデメリットを全て打ち消してでもあまりあるリターンを得ることができる組み合わせが、一つだけある。 「速《ラピッド》」と「速《ブースト》」の組み合わせである。 この組み合わせの有用さを説明するためには、もう1つ提示しなければならないことがある。 「強《ブースト》」に隠された特異な機能だ。 なんとこの「強《ブースト》」という機能、ただなにかの武装へ強化《バフ》をかけるだけの機能ではなかったのである。 たとえば、ただの刃武装などは単純な「強度」を強化するののみに留まるし、これは「不定形火薬《フリーニトロ》」などの火薬武装でも同じような強化内容へ留まる。 今は使っていないが、普段の俺が愛用するタランチュラも、耐久性の強化のみではなく、普段の倍の長さまで伸ばすことができる。 つまり、使用するにあたってその"量"が重要となる武装は、量の絶対的な多さままでもが強化されることになる。 これは固有武装《オンリーウエポン》でも同じことが言えるようで、たとえばアロ君の「|蒼く光る尾《アステロイド》」でも同じ結果が導き出された。 「鍵《シュリュッセル》」の機能の中でも、「衝《ストライク》」「守《ガード》」は、耐久性や機能そのものの底上げ。 「爆《ボンベ》」は威力の向上とともに、総量が25個から50個へ。 「透《カメレオン》」は恐らく強化する余白がないのか、なんの効果もない。 しかし「滑《スケート》」のみは、速度の強化は施されなかった。 その代わりに壁や天井など、どこでも忍者のように貼り付けるようになった。 このような強化が施される場合もあるらしい。 試験期間中の、試しうるパターンを全て試した結果がこれである。 ひょっとしたらまだまだパターンが存在するかもしれないが、それを手持ちの武装たちで検証することは叶わなかった。 ここまでをまとめると、この「強《ブースト》」はただの性能強化をベースとして、効果を与える武装によっては、 ・絶対量の増加 ・能力の拡張 などが追加され、「透《カメレオン》」のような能力には、強化の余地がないと判断されて何も起こらないということになる。 ただの強化《バフ》を与える機能ではなく、ここまでの要素が絡み合う武装だとは夢にも思わなかった。 ユリさんの特異体質「譲渡性」と決定的に違うのはこのあたりだ。 ここまで見るだけでとても有用な機能だから、実技試験本番で使うことができなかったことが本当に残念だ。 さて、「速《ラピッド》」との組み合わせについてまだ説明をしていなかったね。 この「強《ブースト》」の異様な強化の最たる例が、今から説明する「速《ラピッド》」と、ディラン君の持つ過去の遺物「|闘い求む拳《ヘラクレス》」を対象とした際の効果だ。 それは、このような段階的に効力が上がってゆく効力を持つ武装は、「強《ブースト》」による強化がかかると、その「段階」を自由に選択できるようになるということだ。 これはさっきまとめた種類の中では、恐らく"能力の拡張"に含まれるだろう。 当然こんな隠し能力、だれも気がつかなかった。 初めて「速《ラピッド》」にかける検証をしたときも、凄まじいスピードでピンボールのように動く俺に全員が驚愕したのみだった。 ..............................目は回るし、酔いやすいという欠点はあるけれど。 まあとにかく、俺のこの速さをなにかに使えそうだな、程度のものとして「速《ラピッド》+強《ブースト》」のトピックは片付けられた。 異変が起こったのは、もう試験が2日後に迫っていたときのことだった。 その時の俺たちは、大型怪獣との戦闘を見据えた演習を行っていて、その大型怪獣へトドメを刺させるため、俺が「|闘い求む拳《ヘラクレス》」へと「強《ブースト》」を使用した場面だった。 その怪獣が全く予想外の動きを行い、一緒に行動していたはずの俺とディラン君は強制的に引き剥がされてしまった。 狙われたのはディラン君で、逃げ場なんてない。 慌てたディラン君は、脳内で彼の限界である「陸」をイメージしながら「|闘い求む拳《ヘラクレス》」を振るった。 段階を踏まなければ到達できない段階の威力のその拳は容易に相手を貫き、一瞬にして決着をつけた。 驚愕の出来事だった。 俺自身もこの一戦は「失敗」として片付け、次の反省に活かそうとしていたのだから、目の前で怪獣が血しぶきをあげて倒れたことにびっくり仰天した。 検証はすぐに行われ、上記の特異的な強化内容が判明した。 ディラン君に対して使用するのはあまりにも彼への負担が大きいゆえ、実用的とは言えないものであったが、俺が俺に使用して無法な速さを、しかも慣性を無視していきなり加速するように行うことは? 結論からいえば、俺の体としてはなんの問題もないのだ。 ピーキーな戦法だから、もちろん欠点は山ほどある。 1.あまりにも速すぎるから「呼魔《コマ》」との並行使用をして俺自身の気配を感じないと使えない。 2.多少(俺にとっては)酔いやすい。 3.気を抜いたら壁に激突してぺしゃんこになってしまうから集中を切らしてはいけない。 4.カーブという概念をこの世から捨てて壁などをを蹴り飛ばして対角線上に移動するしかない。 5.「強《ブースト》」の効果制限時間である3分間限定。終了後は「強《ブースト》」と「速《ラピッド》」使用不可。 いや....................列挙してみるとかなりの量の欠点あるな。3番目とか。 まあ、このあたりの欠点はあるのだが、それでも俺が扱いきれるならばなんの問題もない。 それにこの戦法に関しては、先程言った通りに欠点を持ってなおあまりある利点があるのだ。 少しだけ、物理学の話をさせてくれ。 なに、俺でも理解できるくらい簡潔でわかりやすいことだ。 「速《ラピッド》」の5歩目に到達した時点で、俺の100メートル速の計測タイムは理論上、「0.625秒」となる。 全く何を言っているのかわからないと思うのでなにかの速さに例えて話すと、リニアモーターカーに追いつけるか追いつけないか....................その瀬戸際の速さだ。 リニアモーターカーは大きいから走っている姿を目視で確認できるが、身長2メートルを下回る俺がそのスピードで動くと、なにかの"シルエット"が見えるだけで、俺のことを確認はできないだろう。 たぶん、シロのあの黒い触手の全力の速さと同じくらいのスピードを出せるはずだ。 さて、そんなイカれた物体が、その2倍の速度で移動したら、客観的にはどうなるのだろうか。 結論から言うと、人間という生物の目では視認をすることすらできなくなるのだ。 見ることができない相手がものすごいスピードで縦横無尽に動き回り、それがどこかから攻撃をしてくる。 しかも段階を選べるということは、この最高速度をいきなりたたき出すことができるということだ。 これは間違いなく、上の欠点を持ってなおあまりある利点と言える。 長くなってしまったので、要点をまとめる。 重要なのは以下の4点。 ①「強《ブースト》」とは、他にもたくさん存在する強化(バフ)を与える武装とは毛色の違う性能を持つ機能である。 ②「強《ブースト》」は、「鍵《シュリュッセル》」自身やその他の武装を強化する他にも、その武装の性能に寄り添った個性的な効果を見せる。 ③おそらく、寄り添う性能たちには系統が設けられており、その系統に合う強化が行われる。 ④とくに段階的に性能を強化して戦う武装においては、その段階を自由に選択できるようになる。 (※なお、「透《カメレオン》」のような特異的なものは例外とする。) さて、長々としゃべりすぎた。 ....................現実へ話を戻そう。

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