鯣烏賊 / 第115話

少年、借り物の靴を脱ぐ その14

出来事っていうのは、唐突に起こるものだ。 怪しい人に拾われて、自意識がないころから戦闘マシンとして育てられることもある。 仕事をやめたいと思っていたら、変なヤツに襲われて死にかけて、その上で刑務所へブチ込まれることもある。 ある日突然刑務所から引きずり出されて、健全な仕事環境に恵まれることだってあるし、クズみたいな仕事をしていた俺が誰かに感謝されることもある。 突然、試験を受けさせられることもある。 偶然みたいなタイミングで、ずーっと殺したくて仕方がなかった敵と相対することもある。 ギャグみたいに強いおじいちゃんにボコボコに殴られることだってある。 夢の中に怪しすぎるカミサマが出てきて、ムカつくけど案外、的確な助言をされることもある。 そして。 唐突に人が死ぬことだってある。 さも当たり前かのように、昨日までそこに一緒にいた人が、目を開けないんだ。 どれだけ祈ろうが、泣いて喚こうが、遺体大粒の涙を落とそうが、そのひとは決して戻ってこないのだ。 そう。 大事な出来事こそ、なんの前触れもなく、唐突に起こるものなんだ。 ところで、今のは昨夜の夢だ。 どうやらカミサマがお帰りになられた後にも、俺は夢を見ていたみたいだ。 心地のいい夢じゃなかった。 上のような内容が、少しずつ視点を変えて無限ループするのだ。 ここまでの俺の生涯を眺めていたところで、なんの面白みもない。 むしろ、殺し屋をしていた頃の嫌な記憶だけがグリグリ掘り起こされたみたいだ。 それとたぶん、俺の"覚えていない"頃の記憶も見ていたらしい。 そこだけはピンポイントで思い出せないけど、何かを見たんだ。 なんだったか....................。 自意識が芽生える直前くらいまでは思い出せるんだけれど。 「はぁ、最悪の気分だ。」 翌日の朝は、すごく複雑な心境で朝を迎えることになった。 あんな夢を見させられて目を覚ますと、次は昨日のことがフラッシュバックするのだ。 手はず通りにやったおかげで、何か危なげのある戦闘へ発展した訳ではなかった。 フォーザッツさんの脱落があっても、最後の最後の一手だけは、俺でもかわりを務めることができた。 それでも、フォーザッツさんがヒュドラの尻尾に飛ばされて、木の幹に体を打ち付けるシーンだけは、思い出したくない。 なんというか、精神的にツラいものがあるんだ。 「リンさんは....................。」 ふと向こうの壁ほうを見ると、空っぽのベッドが鎮座していた。 掛け布団が綺麗に畳まれているので、普段から家事をしている人間の仕業であることがわかる。 どこか行っているのだろうか。 そう思って付近に意識を向けると、なかなかに欲望を刺激する匂いが漂ってくる。 ああ、そうだ。 ヨダレがツーッと落ちてきて、お腹がぐぅーっと音を鳴らしてしまいそうな。 朝ごはんの匂いだ。 俺は急いで時計を確認。 時刻が8時前であることを認識すると、急いで寝間着を脱ぎ去って着替える。 そして、急いで食堂へ行った。 「おはようございます。」 「おはよう。」 ステゴさんの家に滞在していると、全員が集まって朝ごはんを食べるのが通例になってくる。 ステゴさん、そういうのが好きなのだ。 ワイワイとはいかなくても、みんなで食卓を囲むのが好きなのだそうだ。 今日に限って、いつもよりも人数が多いから、俺とリンさんとペラルのうちで、ダイニングテーブルを使えない人が出てくる。 突如、俺たち3人の間に閃光が走る。 何を言うでもなく、俺たちは拳を構え、そして....................。 厳正なるジャンケン勝負に屈辱的な敗北を喫したリンさんがテーブルから追い出され、同じ部屋の中にある長椅子のソファで食べる羽目となった。 無事、俺とペラルさんはダイニングテーブルを使用する権利を得たため、その権利を哀れなリンさんに見せびらかした。 リンさんは中指を立ててきた。 哀れ、リン・シォンガイ。 こうやって負け惜しみをするしかやることがないとは。 可哀想な存在だ。 平和な世の中が到来したかと思われたが、その平穏はものの数秒で崩れ去った。 その平穏は、カゲロウのように短く儚い生涯であった。 ヴィレ君は傷心だろうから、テーブルを使わせてやろうということになったのだ。 前夜に父親を亡くした子を引っ張り出して、ソファで食べろというのも酷な話である。 俺とペラルさんは、ふたたび、ズルなしの神聖なるジャンケン勝負を繰り広げた。 歴史に残る名勝負だった。 俺たちは持ちうる反射神経を全て駆使し、手を振り下ろして最終的な手を出すまでのその間に、互いにフェイントの手を掛け合った。 結果、俺が負けた。 ペラルさんは素晴らしい判断だった。 チョキを出すふりを少しだけ長く続けることにより、対戦相手である俺の思考を混乱させ、緊張した俺にパーを出させたのだ。 天晴である。 褒めてやろう。 と、言いたいところだが、ペラルさんは座りやすそうな椅子に足を組んで腰掛け、ドヤ顔で俺たちを一瞥してきた。 そう、ダイニングテーブルの使用権を俺とリンさんへ自慢気に見せびらかしてきたのだ。 煽っている。 ヤツは自分の勝利に浸っているのだ。 この悪党め、滅さねばならぬ。 「この悪女め、絶対に許さん!」 「地獄の果てまで追ってやるから、覚えてろよ!」 俺とリンさんは子悪党みたいなセリフを言って、仲良く彼女に中指を立てた。 あとで蹴飛ばす。 缶蹴りの缶みたいにしてやる。 ともかく、朝食の席順は決まった。 しかしここで、みんな気がついたのだ。 「フォーザッツのガキはどこにいやがる。」 この場に、ヴィレ君がいないのだ。 今はそう早すぎる時間帯ではない。 朝の8時くらいだから、みんな起きてきていると思っていたのだ。 しかし、彼は部屋から出てこない。 いいや、出てこれないというのが正しいのだろう。 普通の人間なら、肉親を亡くして明るく振る舞うなんて不可能なのかもしれない。 「ベロキ、アイツを呼んできてくれねぇか。」 「了解です!」 俺は食事の準備をしている使用人さんのかわりに顎で使われ、ヴィレ君を寝室から呼びにゆくことになった。 俺は「ヘイ、親分」って感じの返事をして、ヴィレ君が昨日寝泊まりした寝室へ向かった。 そして、フスマを開けようとして、少しためらった。 ヴィレ君はこの中で寝ているだけだと信じたいけれど、ひょっとしたら気が滅入ってしまって引きこもっているのかもしれない。 正直なところ、フォーザッツさんの死はヴィレ君も大きく関わっている。 彼はそこに責任を感じていそうだ。感じるような人間だから。 そんな人への声のかけ方を、俺はよく知らない。 どうしたものか、よくわからないんだ。 「..............................。」 でも、このまま放置するのもダメだろ、と思う。 彼はどちらにせよ、今日のどこかでこの家を出て、自宅へ帰らなければならないのだ。 そこでお母さんと色々話して、話して。 何をするんだろう。 いいや、俺が考えるべきはそこではない。 まずは彼をここから連れ出すのが先決。 ....................なのかな? ひとまずは、信じることとしよう。 ヤツの予言無しでも、俺は行動しなければならないんだ。 そらによく考えると、言いなりの傀儡人形のようちなるのはごめんだ。 自分の意思で行動してやろうじゃないの。 俺はフスマに手をかけた。 そして、布団の隙間から除く彼の顔を見て絶句した。 生きる気力を失ったみたいな顔。 見ているこっちにもキツイものがある。 近寄るなというオーラを発しているようだ。 「行こう、ご飯だけでも食べよ?」 俺が約10分かけてヴィレ君を食堂まで連れて行って、ステゴさんにとあるお願いをするのは、これから少しあとの話だ。 ----- 「[....................ここは?]」 「[オンセンだぜ。]」 俺たちは、とある温泉ホテルの出入口に立っていた。 場所は、オトズナ邸から徒歩で15分くらい。 話によれば、ヴィレ君の実家はこのすぐ近くだそうだ。 徒歩5分、とか言っていただろうか。 建物のあちこちから立ち込めるそれが、ここが温泉地であることを俺に知らせてくる。 もくもくと煙突から湯気が出ている。 すごい熱が生み出されているんだろう。 ときおり出てくる人は、顔が耳まで真っ赤に染まっているのがわかる。 きっと、相当熱いんだろう。この中は。 「[あの、どうしてここに?]」 「[その身体中の切り傷を癒さなきゃなんねえだろ。ヘンに消毒だのなんだのするくらいなら、1回こういういい湯に浸かっとけって話しだ。]」 俺はネイティブジャパニーズではない。 さっきからヴィレ君と会話してくれているのは、ステゴさんだ。 流暢な日本語で何かを言っている。 正直、言っていることは全然わからない。 ステゴさんには、ここに来たことの理由付けを上手くしてもらっているのだ。 俺はステゴさんに、とあるお願いをした。 それは、「別れる前に、30分だけでもヴィレ君と話す機会をくれないか」というものだ。 ひょっとしたら、今日彼を送り届けてしまったら、俺は二度とヴィレ君に会うことはないかもしれない。 それは嫌だ。 俺にはまだあるんだ。 彼に言いたいこと、ぶつけたいこと。 沢山あるんだ。 と、頼み込んでみたら、許しをもらえた。 いい感じのシチュエーションを作ってやるから、お前が頑張るのはその後でいいとも言われた。 そして、俺はヴィレ君を実家に送り届ける役目についてきているわけだ。 「[まあなんだ、ふたりで入ってきてくれや。]」 「[ステゴさんは?]」 「[オイラか?オイラぁな。]」 ステゴさんはそういうと、義手を使って足の部分の着物をめくった。 そこに現れたのは、龍の模様をしたいかついタトゥーだった。 「[ってなわけだ。二人で入ってこい。]」 たぶんここに連れてきたのは、ステゴさんが温泉に入ることができないことを利用した配慮なんだろう。 俺が二人で話したいなんて言ったから。 それで彼は、遠慮してこういう判断をしたんだ。 「わかりました。」 「[....................はい。]」 俺とヴィレ君は、温泉の中へ足を踏み入れた。

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