鯣烏賊 / 第114話

少年、借り物の靴を脱ぐ その13

あのあとは散々だった。 調子に乗ってやりすぎた俺は、とてもお怒りのヒュドラの背中から振り落とされた。 そりゃもう、すごい揺れ方だった。 俺だって精一杯捕まっていたのに、それでも力一本通しで振り落とされてしまった。 俺は追撃を覚悟したが、ヒュドラはあっさりとその場から撤退をはじめた。 俺たちに興味なんてなかったみたいに後ろを振り向いて、のっしのっしと足音を立てながらはるか向こうへ歩いてゆく。 しかし、どこかへ行こうと足を踏み出したヒュドラの首が、1本だけこちらを向いたときのあの視線は忘れない。 セリフまで想像がつく。 どうせ、 「テメェ、次会ったら絶対にブチ殺してやるからな。体に塩コショウかけて待ってろよ。」 って感じだ。 爬虫類であるヒュドラにそんな記憶力があるのかはわからないけど、怖かったね。 本当に。 そしてやつは、産み落とした卵をいとも簡単に見捨てた。 そのおかげで、俺たちはやつが守っていた卵を難なく破壊することができた。 いや、難なくではない。 卵の殻は、鉄でも殴っているんじゃないかってくらい頑丈だった。 ちなみに卵を見捨てた理由は至極単純らしい。 ヒュドラ種のような巨大生物は寿命が長いから、生涯で何度も卵を産むことができる。 そのうえで爬虫類に分類される生物だから、「後に遺すべき子孫」としての意識はあれど親子としての「愛情」はなかったのだろう、とのことだ。 ともかく、ちょっと心苦しいけど、俺たちは卵を壊して、その中身を炎で炙った。 これで、ここから生命が生まれることはない。 きっと、ない。 ところでヴィレ君は、リンさんに頼んで保護をしてもらった。 どうやら、戦闘地帯から500メートルくらい離れた位置に、1本の剣を持って震えていたとのことだ。 それをリンさんに連れてきてもらった。 可哀想なことだけど、一人にしておくわけにもいかないから、仕方がない。 戦闘していた場所なら、ヒュドラを恐れた他生物が離れて行っていて、近づいてこないからね。 ヴィレ君の顔色は悪かった。 これは何を考えているんだろう。 後悔なのか、恐れなのか。 ポジディヴなことを考えていないことは、火を見るよりも明らかだ。 お父さんが死んだんだから、当然だろう。 そう。 フォーザッツさんは死んだ。 ヴィレ君を守るために彼を蹴飛ばし、そして身代わりになって尻尾に吹き飛ばされ、そして大木の幹に叩きつけられた。 即死だっただろう。 後日お世話になったお医者さんから伝えられた死因は、胸部周りの骨が歪み、それが心臓に刺さってしまったことらしい。 写真を見るかと問われ、俺は見た。 すごく刺激の強い、痛々しい写真だったから、ヴィレ君には見せないことにした。 たぶん、人によっては吐く。 フォーザッツさんの死は、監督者のステゴさんが彼の妻に電話で伝えた。 取り乱されるかと思ったが、奥さんは冷静に彼の死を受け止めた。 お骨は数日後に荼毘に付すことになった。 俺はお葬式に参加出来ないけれど、小規模ながらお別れ会を1ヶ月後に行うらしい。 それには是非、参加したいものだ。 さて。 当然、ヴィレ君のこともステゴさんから彼のお母さんに伝えられた。 彼のお母さんはこの日、帰りが遅かったらしく、ヴィレ君が出ていったことを知らなかった。 顔を出さないのは、寝ているからだと思っていたそうだ。 ヴィレ君はドアを開けただけでも目覚めてしまうから、配慮して確認しなかったと。 お母さんはそれを聞いて寝室の確認に向かった。 そして、ヴィレ君が寝室にいないことに気がつくと激昂し、すぐに息子に変わるようにステゴさんへ要求した。 「ヴィレは怪我してっから、今風呂に入れてる。アンタも一旦頭ァ冷やして、明日またゆっくり話せ。」 嘘だ。 ヴィレ君は俺の隣に立っている。 全身が葉っぱの切り傷だらけで、血が出ている箇所もあるが、風呂には入っていない。 しかしステゴさんは、俺の方に振り向いて「シーー」のジェスチャーをとった。 俺はそれに従った。 ステゴさんはさすがの話術で彼の母をなだめ、電話を切った。 素晴らしい仲裁能力。 さすがは年の功。 そうおだてると、殴られた。 ひどい。 俺はその後、今度は本当に彼と入浴し、上がって傷の手当をしてあげた。 そこまで終わると疲労がかさばったのか、彼のまぶたがタレ落ちそうになった。 寝ていいよと伝えると、彼は、 「[ご迷惑をかけて、申し訳ありませんでした。]」 と言って眠った。 俺は敬語をマスターしていないからイマイチ何を言われたかを理解できなかったが、その申し訳なさそうな表情からは色々と察するものがあった。 俺は眠った彼を置いて部屋を出て、自分の部屋に、自分たちの部屋に戻る。 そして「煌熱火薬《フレアニトロ》」使用していた武装のメンテナンスをしているリンさんに挨拶し、俺自身もベッドに横たわった。 そして、眠るつもりはなかったけれど、気絶するように眠ってしまった。 ----- 周りが黒い。 光のない箱の中に閉じ込められたようだ。 もう三度目になると、なんだか、もう、慣れてしまった。 ここに来た時点でもう、アイツがとことこ歩いてくるというのがわかるんだから。 そう。 やっぱり、いる。 今回は後ろに立っているらしい。 きっと仮面の下には、いやらしい笑顔を貼り付けているんだろう。 俺はゆっくり、後ろへ振り向いてやった。 「ほーら、ワタシの言ったとおりになっただろ?」 「ああ、なったね。」 心底、嬉しそうな声色だった。 フォローザッツさんが死亡したことがそんなにも嬉しかったのだろうか。 彼になにか恨みでもあるのか? ....................いや、彼はそんなに恨まれるようなひとではない。 たしかに、やや喧嘩っ早いところもあるし、なんだかんだで心は開いてくれない。 気難しいひとだけど、悪いひとじゃない。 むしろ本質を理解してからコミュニケーションしてみると、ただ不器用なだけにも見えてくる。 「やけに冷静だね?人が死んだっていうのに。」 「人が死ぬところなんて何回も見てきた。 ....................俺だって、片手じゃ収まりきらないくらい殺してきた。」 「そうか、それもそうだね。」 フォーザッツさんが死んだことは、普通に受け止めよう。 このことで悲しんだり、悩んだりするのは、彼の家族の役目だ。 たしかに彼とは何週間かくらい、行動を共にしてきたけれど。 所詮はそのくらいだ。 きっと明日からは、なんとも言い難い「これじゃない」感が俺を取り巻くだろうが、それは仕方のないことだ。 ヴィレ君が明日家に帰ったら、きっとお母さんに怒られる。 そして、悲しみをその後に分かち合う。 の、かもしれない。 きっと俺はそこにいない。いるべきじゃない。 「ところで、なんで俺が行ったから彼が死ぬっていう予言をしたんだ。 どちらかといえば、ヴィレ君を庇ったのが彼の死因だろうが。」 「予言にも精度ってもんがあるんだよ。 ....................こんなことを聞くなんて、ひょっとして悲しいのかい?」 「そうだよ。」 「ふふん、やっぱり悲しいじゃないか、キミも。」 俺だって悲しい。 でも、俺の役目は彼の死に立ち止まることじゃないんだ。 フォーザッツさんも、ウジウジ悲しんでいる俺を見たいわけではないはずだ。 「さて。」 俺は目の前の、自称カミサマに向き直った。 さっきまでは寝そべりの姿勢だったけど、俺を起こして地べたに座る。 断じてふざけてはいない。 真面目だ。 「どうしたんだい?急に改まって。」 こいつの予言には利用価値がある。 俺はこいつが嫌いだ。 俺のことなんて微塵も良く考えていないことが伝わってくるし、行動と言動からは私利私欲が溢れ出ている。 フォーザッツさんが死ぬとはいいつつ、彼を助ける方法は教えてくれない。 たぶん、こいつが言うお告げは、俺の行動程度では覆せない。 嘘はつくし、隠し事だらけ。 言っていたことと実際に起こったことの辻褄が合わないなんてザラにある。 とくに、奴が言った予言の結論へ向かう時の過程なんかはむちゃくちゃだ。 しかし、この結論。 これだけは、この部分だけは信用に値するということが、フォーザッツさんの死を通して証明されてしまった。 不快なことだが、事実は事実。 1度目は、俺が戦闘に参加することで、フォーザッツさんに認めてもらえるというお告げ。 これは最終的に俺自身が選んだ行動だが、事実としてその通りになった。 "ヴィレ君を守れ"という意味の分からない指示もあった。 やつの言うお告げが"結論"以外にブレがあると捉えるなら、説明がつく。 そして2度目。 フォーザッツさんが死ぬというお告げ。 俺が行くことにより、フォーザッツさんが死ぬと。 今になってみれば「俺が行くことが原因である」というあの言い草は、まるで俺を行かせたくないという気持ちの現れとも考えられる。 こいつはひょっとして、ヒュドラをあそこにとどめたかったんじゃないだろうか。 と、俺はそう考えている。 俺がいなかったとして、フォーザッツさんが死ぬという結末は変わらないと仮定しよう。 なぜなら、俺がいようがいまいがきっと、ヴィレ君はあそこに行くのだから。 戦場に現れるヴィレ君はきっと同じように咆哮で動けなくなる。 そんなヴィレ君を、フォーザッツさんは身を挺して助けようとするだろう。 そして、同じ歴史をたどる。 ここで俺がいなかったら。 ヒュドラの背中に飛び乗れる機動力を持つ人間は一人もいなくなる。 リンさんが狙撃しようにも、あの逆鱗は俺の手のひらほどの大きさだった。 あの逆鱗を狙撃するには、また別のやり方が必要だろう。 そうすると、チームは撤退。 ヒュドラはあそこに留まることになる。 そして、新たなチームが組まれるだろう。 でも、ヒュドラをそこに留めたところで、なんのメリットがあるっていうんだろう。 いや、目的はヒュドラを留めることではなくて、ステゴさんたちの撤退....................? 新しいチームが組まれるとしたら、誰が来るだろう。 こいつはフォーザッツさんの死で喜ぶような外道だ。 フォーザッツさんがこいつに不利益な存在だったと仮定するなら....................。 「もしかしておまえ、俺に死んで欲しいのか?」 「まさか。それならキミに協力なんてしないさ。」 だよな。 そんなわけがあってたまるか。 けど、こいつは今、失言をした。 "それなら"と言ったのだ。 まるで、他の人にもこうやって近づいて、たぶらかしているような発言をしたのだ。 やっぱり、不利益な人間を排除しようとしている。 そうとしか思えなくなってきた。 こいつに不利益そうな人間、か。 たとえばだれがいるだろう。 ミクロさん....................とか? 「そ〜んな難しそうな顔をしないで、ほらほら笑ってこう?」 熟考していると、やつが俺の肩に手を当ててそう言ってくる。 ああ、うるさいな。 わざわざおまえのことを考えているんだぞ。 それなんだ、笑っていこうとか。 俺は今、死んだ人のことを無駄にしないように頑張ろうとしているんだぞ。 こいつ。 一発ぶん殴ってやろうか。 「そんなに悩みを話して欲しいなら、俺の心でも読んでみればいいじゃないか。カミサマなんだろ?」 「それはできないさ。」 「はぁ。」 平行線だ。 ここでいろいろごちゃごちゃやっても、結論は出ない気がする。 目の前にこいつがいたら、いろいろとやりにくいしな。 「さあ、早く言えよ。言いに来たんだろ、お告げを。」 カミサマがお告げを与えてくるにはスパンが短すぎるとも思わないでもないが、そこは突っ込まないであげた。 こいつはカミサマじゃないけど、カミサマのフリをしているんだ。 突っ込むのは野暮ってやつだろう。 「そうしたかったんだけどね。」 その瞬間、視界が割れた。 「は?」 想定外のことに、少しだけ焦った。 まさかお告げをせずにこの場から消えるとは思わなかったのだ。 黒いものが視界から消えてゆく。 この漆黒の世界から追い出されようとしているのだ。 「待てよ..........!」 「キミに助言を言ってあげたかったんだけどね。もう、時間がないんだ。」 それだけ残して、視界が消える。 そして、過去2回とは比べ物にならないくらい長い時間をかけて、視界を覆う黒が破壊されてゆく。 割れた陶器のような黒の隙間から、白いなにかが現れてくる。 黒が俺の周りから消えてゆくと、次には白が現れる。 黒と同じような、色という概念が存在しないような純白。 黒との入れ替わりで、クォーツのようなそれが俺の視界を被ってゆく。 そして、遠くでボッと、一瞬だけ火がついたように見えて。 その火もすぐに儚く散ってしまって。 俺の意識はレム睡眠に乗っ取られた。 ----- そして、翌朝がやってきた。

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