鯣烏賊 / 第68話

不倶戴天の不協和音 その8

時は、リンとトケラが合流する10分ほど前。 「チッ、外したか....................。」 「おっとっと、危ない危ない。」 シロの触手が口のように開き、そこから不気味な紫色の光が垂れ出る。 その光の中から吐き出されたのは、文字通り「破壊光線」と呼ぶべきものであった。 俺は咄嗟の反射で体を逸らしてそれを避けた。 その光線は俺の右肩の服と肌をかすめとって、そのまま遥か彼方へと飛び去ってしまった。 あのときに避けることができなかったら、俺は心臓のあたりを綺麗にくり抜かれていただろう。 俺は、シロの手に掴まれていたファルシオンの刃を無理やりふりほどき、距離を離す。 さっきのような「意識の外側を突く」ようなやり方が通じないとなると、この相手への有効打は限られてきそうだ。 かといって、俺本人に有効打が存在するのか? いいや、そんなことは断じてない。 普段のような戦闘ならばまだしも、相手は高い知能を持つ上に、高い再生能力まで有している。 そんなやつ相手に俺が....................。 「あっぶね。」 ヒュン! と、俺の右目あたりを狙った触手が顔の周辺を通り過ぎる。 立て続けに2本、3本と触手が増えてゆき、ついには本体までこちらへ突っ込んでくる。 「まずは貴様からだ!」 接近してくるシロの背中の一部分がボコっと盛り上がり、その部分からさらに多くの「触手」が生える。 「まだ増えるのかぁ....................。」 俺は持っている得物を使って、シロが尖った形の植物へ変化させた両手の攻撃を受け止める。 そして、増えた触手たちは一斉に後ろ向きになり、そのまま....................。 「貴様はベロキの足手まといだな。」 「く、クっ....................。」 ディラン君の手やら足やらを縛り、そのまま向こう側へ投げ飛ばした。 そして、仕事を終えた触手が全て俺の方へ回される。 「ミラーシールド!」 俺の目前に水色の薄い「幕」が張られる。 その幕は迫る何本もの触手たちを一挙に受け止める。 ぐぐぐぐぐ....................と凹んだ幕が、とある一点に達したときにその触手を弾き飛ばす。 しかし。 「仕方の無い選択だったけれど....................。」 当然、攻撃を受け止めるために大きな隙を晒してしまつた俺を本体が仕留めに来る。 俺は覚悟を決めて。 「守《ガード》!!」 「死ねっ!!!」 その一撃を受けた。 「守《ガード》」にて腹のあたりを防御したことで、なんとか胃や肝臓をやつの腕が貫く致命傷は避けることができた。 意外とやるじゃん、「守《ガード》」。 しかし威力そのものの相殺は叶わず、俺もどうっ、と背後へと大きく吹き飛ばされてしまった。 俺とディラン君は、両方とも孤立してしまっている。 本来シロにはどちらを先に殺すかの選択肢が残されている。 やつは俺への殺意を何度も現しているので、たとえディラン君を先に殺そうが、最終的に俺を仕留める結論に変わりはないからだ。 しかし迷わず俺の方へ向かってくるということは、やはり対人戦に慣れている俺から始末するつもりなんだろう。 「鍵《シュリュッセル》....................。」 こうなってしまった次第。 あれを試す他はないだろう。 これを現実(リアル)で使うのは初めての経験である。 が、しかし仮想現実の中での訓練ならば積んできた。 頼むぜ、最新鋭のデジタル・テクノロジー。 俺の感覚を狂わせないでくれよ? 「強《ブースト》。」 俺の体内へコスモの流れを「増強」させるための物質が注入される。 頭がふわんふわんと浮いたような感覚になるのを、頑張って抑える。 感じるのはノスタルジー。 お前に感じるシンパシー。 大波とサーフィンがしたい。 もう自分でも何を考えているのかイマイチよくわかっていないが、それでもやるべき行動だけはカッチリと進めてゆく。 そう、もう終わっているんだ。 「俺ひとりだと思って突進してくるその短気さが仇になったねーーーっ!!!!!!」 「何っ?!」 やつの周りに漂う、無数の小さな瓦礫。 それは俺をこの壁に打ち付けた時に舞い上がったものだ。 「自分で自分を追い詰めているんだぜ..........!!」 今回はなにも「まとめて」なんていない。 ただ単純に、「強《ブースト》」の効果で最大個数を25個から50個増やされたそれを、親切丁寧にその粉微塵のような瓦礫たちの一部にそれぞれ入れ込んであげただけだ。 君のその、触手を使った大雑把な攻撃なんかでは、絶対に正面からの回避できない。 そのままダメージを享受するか、その触手たちをわざわざ さあ、食らうんだ。正面からっ!!! 「爆+強《ボンベ・ブースト》!!!」 シロのまわりで、全部で50の小さな爆発が巻き起こる。 その爆発一つ一つは極めて小さくて、せいぜいコンクリートをすこし抉る程度の威力。 でもそれが50も襲ってくるんだから、アイツは焦って全ての触手を防御へ回す。 そんなことは見るよりも明らかなことである。 だから、アイツの触手がダメージを受けきって、警戒を解くその瞬間こそが大きなチャンスとなる。 「爆《ボンベ》」はそのために使ったのだから。 「貴様....................!!!!」 「わかってないな、おまえ。」 シロは目の前の俺を仕留めようと触手を動かすが、威力をつけるために大きく動かそうとしてしまうから、壁やら天井やらに当たりまくる。 当然だけどそんなところに触手を当てまくっていては、その次に俺を殺しにくるその一撃の着弾タイミングは、ワンテンポもツーテンポも遅れてしまうこととなる。 「しまった..........!!」 そしてそれを悟ったシロは、次に体内から心臓と脳を守ろうとするだろう。 さっき俺がやつの心臓を刺した時にやつが動けなくなってしまったことから、「心臓」などの重要な臓器や組織を破壊されるとやつの体は「再生」のために激しく動けなくなることがわかる。 それを俺が"把握していること"を"把握"しているシロは、俺がヒトガタの弱点たる心臓か脳を攻撃しに来ると読んでいるはずだ。 手に取るようにわかる。 うん、完璧な思考だ。 ふっ。 かかったな、馬鹿め。 「レバァーーーーー!!!!!!」 俺は手に構えたファルシオンを、心臓よりさらに下の胃....................よりも下にある肝臓へと差し込む。 意識の中枢たる「脳」と、血液を全身へ供給する「心臓」の2つは文字通り即死へ繋がる重要な場所だ。 しかし、大事だ器官という目で見るならば、「肝臓」も捨て難い。 200以上ものはたらきをもつと言われているその肝臓が、中央からパックリ避けてしまうような傷をいきなり負うと、おまえの体はどうなるんだろうか? 「な、何....................?!」 当然、動かなくなる。 なんたって肝臓は、俺が殺し屋をしていたときに攻撃を食らわないようにしていた臓器ランキングナンバーワンだ。 俺はやつのように「再生」をするために体の動きが止まるようなことはないが、それでも肝臓を傷を負うと全身を気持ちの悪い違和感が駆け巡るのだ。 そんな場所を鋭利な刃で「貫通」させたんだ。 そりゃ、体の動きくらい止まってもらわないと困る。 「再生能力が仇になってるよ、大丈夫?」 「き、貴様....................。」 やつは背後から心臓を刺したあのときとは違い、俺の位置をしっかりと知覚している。 やつも俺がこの肝臓を刺すポジションから離れるわけにいかないことくらい承知しているんだろう。 速さは先程よりも数段劣るものの、背中からの細い触手たちを俺の方へ伸ばしてくる。 確かに的確な攻撃だけど。 「ほんとに、わかってないな。」 「何を言っている....................?!」 「ディラン君、君の要求には添えたかな?」 シロがギョッとして背後へ視線を向ける。 そこには、「壁」をミシミシと言わせながら踏みしめるディラン君の姿。 俺は肝臓から刃を抜き、攻撃の延長線上へ入らないように軌道から離れる。 「ああ、最高だ。」 ディラン君がそこから発進する。 さながらダンプカーのように。 そして、やつに攻撃が着弾する直前。 ....................俺だってディラン君だって、油断なんかしていなかったんだ。 まさかあそこから全ての状況をひっくり返す「ジョーカー」のような手札を持っているなんて、誰も思わなかったんだから。 そう。 やつの背中に桃色に光る一輪の薔薇が現れたことに、俺は気づきもしなかった。 「ぐおおおおおおおおおおっ!!!!!」 刃と棘。 触れるものを拒絶する桃色の薔薇は、辺り全てを切り刻む。 本体のシロはその場へうずくまり、背中の薔薇を点に向けて嗚咽している。 まるで自意識を失ってしまったように。 自我以外のなにかに支配されてしまったように。 宿敵を目の前に。
【あとがき】 鍵《シュリュッセル》の機能がひとつ「強《ブースト》」について 最ッッ高にHigh!!!になる物質を人間の体内に投入する機能。 それに伴って使用者のテンションがおかしくなる。 体内へめぐるコスモの流れの「速さ」を促進する効果を持つ。 よって結果的にコスモ制御装置を経由する出力や性能が向上することとなる。 効果時間は3分。 なお、「鍵《シュリュッセル》」に付属した機能であるゆえ、「鍵《シュリュッセル《ヘラクレス》」本体への強化倍率は他の武装より高いものとなっている。

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