鯣烏賊 / 第67話

不倶戴天の不協和音 その7

(冗談じゃあねえぜ....................あんなバケモノの相手をして死んでられるかボケナス。 俺はこのまま、ひとりだけでも逃げさせてもらうぜッ....................!!!) 逃げる、逃げる、逃げる。 アオは黒い毛をたなびかせながら、ひたすら向こう側へ走り続ける。 その脚を前に前にがむしゃらに、スピードを速めながら持ち運んでゆく。 いや、走ったつもりでいた。 アオはオオカミらしいすぐれた脚力で1歩目を大きく踏み出し、自身の背後にあった割れかけの壁を肩で突破した。 そして向こう側へ走ろうとした。 「ガントレット:バースト。」 声のした方向へ....................すなわち上側へ振り向くと、そこにあったのは青い装甲で覆われた拳であった。 その拳がアオの頬に触れ、下に向けて貫こうとする....................!! この時点で、追いつかれた。 「な、何ィ〜〜〜ッぐぶべらっ!!!」 頬を拳で撃ち抜かれたアオは、地面へ向かい自由落下を開始する。 ドンと地面に押し付けられた胸を起点に、全身へ痛みが広がる。 手を使って立ち上がろうにもダメージは依然として残っており、そのままガクッと崩れ落ちてしまう。 (クソ、クソ、クソ、クソ....................!!) 自分の方へコツコツと足音を立てながら向かってくるあまりにも大きすぎるその影に対し、アオの憎悪の気持ちは大きく膨れがある。 (オイオイ。この警戒度ランクダントツトップのカスの相手はシロの役目だったハズだろ....................ッ!!) 無気質な表情でアオのことを見下ろしながら、トケラが接近する。 腕のシャフトから再び煙が吹き出したことが、彼の戦闘再開準備が完了したことを意味している。 「ち、ち、ち、ちょっと待て....................話を、話を、頼むから聞いてくれよォ。」 なんとか上半身だけでも立ち上がったアオは 脚に続く痺れがなんとか無くなってくれるまでの時間を、言葉で繋ごうとする。 「何を聞くというのだ。」 「そ、そりゃあなァ、いろいろだぜ....................。」 それでも歩みを止めないトケラに対して非常にイラついているアオであるが、その手は確実に....................しかしバレないようこっそりと、自身の体をトケラから少しでも引き剥がそうと努力をしている。 (来たッ!!!!) 脚の痺れが引いた瞬間に、アオは全身に力を込める。 そして次の攻撃の方向を全力で見つめる。 「貴様から聞く話などない!」 そして、あえてそれを、正面から受けた。 「はっはー、この大馬鹿めがッ!!!!」 トケラの一撃を正面からもらったアオは、数十メートル先の方向へ勢いよく飛ばされる。 そこにあった寮棟の壁に激突したせいで勢いは止まってしまったが、「バースト」の再使用時間《リキャストタイム)》を経ないと距離を詰める手段がないトケラにとっては、あまりにも長すぎる距離である。 (クッソ、痛え....................。) しかし、当然ながらダメージはある。 外傷の再生ができるアオであるが、内部からズキズキと這い上がってくる痛みには手を出すことができない。 しかし、トケラはアオのいるところまでは足を使って歩いてくるほかないので、時間的余裕が与えられていた。 数秒の時間をかけて起き上がり、そのまま早々にトケラの死角となる場所へと潜った。 「これは、ガントレットだけで押し切るのは少々厳しそうだな。」 目測でおおよそ40メートルほどの距離を自ら離してしまったトケラの気持ちは一定の後悔の念に駆られていた。 「はぁ、仕方がないな。 ....................念の為に使用許可をとっていて良かったと言うべきか。」 トケラは、首元にかけていたネックレスに触れる。 「レスパ、申し訳ないな。俺は深夜帯に、お前に巡る厄介事を起こす。」 ネックレスの重しの部分には、黄金に彫刻された小さな「矢じり」があった。 その矢じりを左手で握り、右手をパーの形に開いて待機する。 矢じりを握った左手を勢いよく下に下ろすと、その矢じりがトケラの左手を傷つける。 地面にポタポタと、まだ赤い紅色の血が滴り落ちる。 「|過去の遺物《レガシーウエポン》:|英傑の為の槍《オーディン》。」 血が数滴トケラの手から離れる。 そうすると、トケラの吐いた吐息が、金色に染まってゆく。 それだけにあらず、彼の身体中からその金色の気体が溢れ出る。 そして、その黄金は彼の体だけでなく、彼の周りにも大量に漂い始める。 そしてその内の1部が、トケラの右手へ集約されてゆく。 「なあに、怖がることはない。」 そしてその黄金は圧縮され、圧縮され、圧縮され..............................。 「一瞬だ。」 トケラの右手に、黄金の槍ができあがる。 それは、よく目を凝らして見れば、一般的な刃武装の刃部分のそれに近い。 コスモは、刃武装のような黄色の状態から、さらに圧縮することができる。 その圧縮が最高潮に達した時に現れるのが、この黄金。 これは、「黄金コスモ」と呼ばれる結晶物質である。 この黄金の物質は、通常のコスモ結晶のそれとは比にならないほど硬い。 この黄金のコスモは、莫大な費用をかければ人工的に生産することも可能である。 しかしこの「矢じり」から産み落とされる黄金は、そこらの硬いだけの代物ではない。 この黄金の中には、原子力発電などは足元に及ばないほどのエネルギーが詰まっている。 このエネルギーは反発し合い、本来のコスモの効力である「なにかの運動を促進させる」効果を過剰に引き起こす。 「さあ、存分に味わうが良い。」 トケラはその黄金の槍を、まるで一流の矢じり投げ選手のように構える。 膝を高く上にあげ、右手を後ろへ。 左手をピストルの照準のように使い、狙いを定める。 「|白金の矢《グングニル》。」 ヒュン! と、風切り音を立てる。 暗闇の中、たった一つの光が煌々と輝き、そして壁に激突させられる。 トケラとアオを遮っていた壁が積み木のようにガラガラと崩れ落ち....................。 「もう、反応は始まっている。」 アオの目に写ったものは、視界を灼き尽くすほどに輝くその白金。 それ自体は何の音も立てていない。 しかし、外から見てはっきりとわかるほどに、形を歪ませながら震えている。 すでに壁に当たった「衝撃」を吸収している黄金コスモは、その「衝撃」を過剰に助長させる。 ドッパーン!!! と、付近を全て瓦礫に変えてしまう爆散に巻き込まれてしまったのは、アオの心臓と脳であった。 「こ、この....................クソッタレ....................が..........ッ。」 「果たして貴様がなんの能力を持っていたかはわからないが。 ....................約束は果たしたぞ。ミクロ。」 ----- 「エアウォーク!」 リンは空中に生み出されてゆく足場を伝い、それ、を階段のようにして、寮棟2号館の外壁を上へ上へと登ってゆく。 未だ戦闘地点とされていないこの寮棟2号館の1号館側の外壁であるが、その寮棟2号館越しに聴こえてくる物音が、裏の戦場の激しさを物語っている。 「まったくこの電波障害....................一体何がいるってのよ!!」 現在は"がらくた"同然となってしまっている耳元のイヤーカフを邪魔物と判断したリンは、それを頭から外して収納する。 そして、最後の一歩を踏み出す。 「エアウォーク!」 寮棟2号館の屋上へ向けて飛び上がってきたリンの目に飛び込んできたのは、まさに「地獄絵図」とでも呼ぶのが最適である状況であった。 無数に存在している蟻やカマキリの形をした小型怪獣たち。 上空を飛び回るトンボ型怪獣3体。 そこらじゅうに何体か点在している、近接格闘能力が高いシャコと同系統の怪獣。 そして。 「テトラ..........ファント....................。」 過去に未曾有の大災害とも評された極めて大型の大怪獣が、1体。 それらと戦闘を繰り広げているのは、約300人の受験者たちであった。 「私も行かないと..........っ。」 収納していた愛用のバズーカを再び取り出し、テトラファントをじっと見つめるリン。 テトラファントが再び咆哮すると、周囲の電波塔や、リン自身のコスモ制御装置に、ジリリと火花が走る。 テトラファントの咆哮には、周囲の電子機器の運動を狂わせる効果がある。 最初は、小型で複雑な構造を持つイヤーカフのような通信機器が破損した。 しかし、何度も何度もまともにこの咆哮を食らっていては、そのうちコスモ制御装置でさえ破損しかねない。 この戦闘はなるだけ早く決着をつけなければ、被害者の人数が何百人も増えてしまう。 そう、テトラファントに集中していたリンは、背後に佇む世にも美しき破壊者に気が付かず。 巨大で桃色の花弁が月光に照らされたその"薔薇"が、そこにただ、存在しているのみ。

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