鯣烏賊 / 第69話

不倶戴天の不協和音 その9

雪山の地域へ積もる白い粉雪と、そこから姿を覗かせてくる、ブルーブラック色の岩肌。 そんな環境に適応するために白と黒みがかった青い体毛を持つ、極めて巨大なゾウ種こそが、テトラファントである。 ゾウといえば温厚で温和な草食生物。 こちら側から危害を加えるような手を出さなければ、人類へはどんな害も発生しない草食動物である。 事実として、今だ現存している種でもある、彼らの祖先「ガネーシャ」は極めて温和な性格の生物であった。 だが、テトラファントの祖先たる「ガネーシャ」には明確な「天敵」が存在した。 暴食の竜、バットレックス。 もともとこの2種は同じ地域に生息している訳ではなかった。 しかし、エサ不足を理由に集団移動を行い、住処を移動したバットレックスとガネーシャは、偶然にも鉢合わせてしまったのである。知能が高く凶暴なこの肉食コウモリの群れは、格好の獲物であるガネーシャを執拗にエサとしていった。 体が頑丈な訳でもなく、反撃の手段を持たない。 そのくせ10メートルを超す大型であり、1頭狩れば大量の食物を得ることができる。 そのバットレックスたちの移動地点へ住んでいたガネーシャは住処を追いやられた。 古来よりもともとの住処であった森林を後にし、バットレックスが耐えられない北部へ、北部へ、北部へと。 そこにあったのは、重苦しい雪のみが降り注ぐ、極寒で不毛の地。 ガネーシャはそこへ適応していった。 落盤や落石、雪崩の多い地で生存するために、皮は分厚く頑丈に、毛は鋼鉄の針のように硬質化して行った。 短く脆かった牙は、職人の仕立て上げた名器の槍のように。 体躯はみるみる肥大化してゆき、平均15メートルほどであった全高は平均30メートルへ。 全長も25メートルを越す、正真正銘の大型生物へ成った。 そして、バットレックスという明確な天敵に追いやられた際のトラウマは遺伝子レベルで後世に伝えられて行った。 ガネーシャがテトラファントになったそのとき、テトラファントは外敵を容赦なく蹴散らす気性の荒い生命体になった。 そしてテトラファントは、とある武器をひとつ身につけた。 「咆哮」である。 テトラファントは他生物と比べて恵まれた体躯を持ち合わせた生物であるが、それでも元々の種は温和な生物である。鋭利な部位や強力ななにかの手段を持ち合わせている訳ではない。 攻撃手段といえば、せいぜいのところ突進する程度のものである。 そんなテトラファントの声帯は異様な発達を始めた。 もともとこの特殊な周波数の声は、ただ同種の個体とコミュニケーションをとるためのものだった。 しかし1個体が強力な生物になってゆくとコミュニケーションの必要性は消え失せてゆき、その声帯の役割は終わった。 しかしここにきてテトラファントの声帯は、「攻撃性」を帯びるような進化を開始した。 その声は生物の耳に異常をきたす咆哮となり、そして、もうひとつの特異性を手に入れた。 それは本来、ただの副産物。 しかし後に台頭した「人類」という生物に対しては偶然であるが、ある意味特効的なものとも言える。 生物の耳をキンキンと切り裂くように痛めつけるその咆哮は、人間の耳に対しての効力は薄い。 だがしかし、人間に対しては、それ以外の部分から優位をとれるようになってしまった。 それは、電子機器類を破損させる声である。 「よりにもよって、なんでテトラファント?!」 テトラファントはその能力から警戒度が高く設定されている怪獣の1種であるが、普段は雪山地帯からほとんど降りてくることはない。 稀に降りてきたとしても、しっかりした人数で適切な対処をすれば、容易ではないにしろ撃退は十分可能である。 「通信障害の正体はコイツだったのね....................!!」 そこにいる怪獣は、テトラファントのみではなかった。 地上には、数百体単位で存在する蟻型の小型怪獣の群れ。 一体一体はなんてことない生物であるが、ここまでたくさんの群れを成すことはほとんどない。 そしてその中に数十体見える、直立している虫型怪獣。 遠目なので種類がよくわからないが、近接格闘に秀でたシャコ型の怪獣だろう。 上空には、最も身近な大型怪獣と言っても過言ではないトンボ型の大型怪獣、リリパット・バタフライが複数体、点在している。 「種類はそこまでなのね。」 この怪獣の群れの特徴は、その寮の大きさに反した内部の生物の種類の差だろう。 群れというのは普通、1種類の生物が想像を絶する物量で押しかけるか、多種多様な生物がなにかから「逃げる」ためにやってくるものである。 後半の群れに関しては大方、アイランゲェのような「大地の血管」からやってくる超大型怪獣の出現の兆候となることが多いため、有難く見られることもあるのだが....................。 「4種類。しかも、テトラファントに関しては一体だけなのね......................。 "はかられた"みたいで気味が悪いわ。」 テトラファントが何をするでもなくただそこに佇み、呼吸だけを繰り返していることも、リンの恐怖心を煽った。 リン本人はテトラファントとの接敵経験はないものの、テトラファントが目につくもの全てを排除しようとするほどにまで凶暴な怪獣であることは認知していた。 そんなテトラファントが1歩も動かず、こちらに敵意を向けようともしないことは、リンにとって異質であり、ホラー的要素であり、違和感そのものであった。 「確実にいるわね。もう一体....................。」 テトラファントは、テキサスという砂漠的な地域に生息できるような種の生物ではない。 ここにテトラファントが現れている時点で、あの生物はヒトガタたちが連れてきたものであると考えるのが自然である。 リンは屋上の柵から下の方向を見下ろす。 おそらくこの試験の受験者であろう、まだ少年少女と呼べる年齢の者も混じっているものたちが、一心不乱に武器を振るって目の前の怪獣に必死な様子である。 ごく当然のことであるが、テトラファントの能力により一体全ての電子機器が動作不純を起こしているとみていい。 仮に、テトラファントのような怪獣の手網を握ることができるような能力を持つヒトガタがいるとしたら。 たったの咆哮ひとつでここまで大勢を混乱に導き、ベロキやミクロのような"個"としての力を持つ人物たちの合流を防ぐことができると考えてみる。 そうすると、テトラファントは生物兵器としてこの上ない性能を持っている、自然から生まれた「巨大ダンプカー」だろう。 だが、乱発してこないことを考える。 「やつらも、困るのかしら....................?」 トケラの言っていた"リンにしか頼めない願い"とは、九分九厘、テトラファントの討伐だろう。 先程の通り、テトラファントとの接敵経験は皆無であるリンだが、彼女は腐っても高火力遠距離使いである。 相性の悪いアオのような相手ではなく、あのような大型怪獣こそ、彼女の専門分野である。 「あの子....................。」 リンは、自分とはごく離れた位置であるが、そこで立ち回っている弓使いの少年を目にした。 彼女の目から見ても高い実力を持った討伐者であることは日の目を見るよりも明らかである。 ホバーボードに乗りながらも適切に行動しているように見える彼は、一体のリリパット・バタフライに追われていた。 「さ〜て....................。」 リンの両手に、先程まで収納されていたバズーカが現れる。 しかし、バズーカにつけられているマガジンは、普段使用しているものとは違うものであった。 「久しぶりの大一番ね。」 照準は既に、向けられている。

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