鯣烏賊 / 第6話

殺し屋、娑婆へ舞い戻る その4

スターダストの名を冠した事務所は、その看板がデカデカと飾られている古い雑居ビルの2階だった。 触ると金属のニオイが手に染みそうな手すりのついた階段を登り、事務所のドアの前に立つ。 ここは少しペンキなどが舗装されていた。 ミクロさんがドアのセンサーにカードキーをかざすと、鍵が空いて、ぎいいいい、と音を鳴らしてドアが開く。 「リン、アロ、いる?」 三世代ほど前の旧型ドアはかなり音が鳴る。 だってコスモ技術あるの鍵だけだもん。 その音を聞きつけたのか、だいぶ時間をおいて中から不機嫌そうに女の人が顔を出した。 「ようやくお帰りですか。」 背丈は同じくらい、年は..................................これも同じくらいかな?たぶん。 髪を赤く染めていて、丸渕のメガネをつけていた。 ミクロさんいわく「面(ツラ)がいい」らしいけど、その辺の判定は俺にはできないな。 たしかに外見をいじってるからわかりにくいけど..............................顔立ちや立ち居振る舞いはミクロさんと通ずるものがある。 言われてみればアジア系、って感じだ。ジパングの人らしくは..............................ないかな。 体型は...............................太ってもないし痩せてもいない平均的な体型だ。 でも脂肪がついているようにも見えない。 服に関しては、寝間着。という言葉が適切だと思う。 今から寝ます!と俺たちに向けて高らかに宣言しているような格好だ。 (そりゃ、不機嫌になるよね.......................) 気にしていなかったが、現在は夜だ。それも寝始める人がいてもおかしくないような。 女性はミクロさんを「よくも起こしてくれたな」と言いそうな目で睨みつける、 今すぐにでもミクロさんと口喧嘩を始めんといった表情の女性は、俺を見つけると思い出したように話し始めた。 「そういえばそういう訳だったわね........................................リンです、これからよろしく」 「.......あぁベロキです、よろしく」 挨拶なんざ碌にしたことない上、ここ最近はずっと監獄生活だった。 ので、少し戸惑ってしまったものの、挨拶を返した俺はリンという名の女性からひとまず第一印象としての好印象を手に入れることに成功した。 「アロは寝ちゃった?」 「..............................?ええ、ついさっき。」 アロというのは、ミクロさんが言っていたもう1人の従業員のことだろう。 今日会うことはできなさそうだね。 「早速だけどベロキに事務所の案内してくんない?僕もう疲れちゃった」 「それはあたしもですけど........................................あーはいはい、眠いんですねわかりましたよ。」 「じゃ、お願い..............................僕寝る。」 ミクロさんは廊下に消えた。 随分と早寝なメンバーだな。 何もできない俺は、すこし玄関から事務所の中を見渡していた。 この事務所は玄関直通の縦に長い大きな部屋がひとつに、左右にひとつずつ廊下がある。 横には靴箱..............................とは言ってもだれも室内で靴を脱いでいないようで、形骸化しているように見える。 ちょっと開けて中を除くと、すごくゴツゴツした靴がたくさん並んでいた。用途は大体戦闘用かな、と察しがつく。 今いる部屋には、中央に長テーブルがあって、左右にソファがある。 接待用なんだろうけど、テーブルの上には大量の紙やコップ、空のボトルがある。 接待する気はあるんだろうか。 1番奥はカーテンみたいなもので仕切られているけど..............................影のシルエットで大体わかる。 あれはキッチンだ。たぶん。 壁にフライパンや調理器具が掛けられていたり、鍋のシルエットが見える。 廊下らしきものはこれまた簡易的なカーテンで仕切られている。 ちなみにミクロさんが消えていったのは左右のうち、右側の廊下だ。 などと思っていると、リンさんが「こっち」とミクロさんが消えた方とは違う廊下に俺を案内した。つまり左側。 廊下に出ると、右側の壁にはドアがひとつ、左側の壁にはドアがふたつある。 連れられた目の前のドアにあったのは手作り感満載の【ベロキ】の名札だった。 ちなみに、奥には【リン】と書かれたドアがあった。 「ここあんたの部屋ね」 「毎日ここで寝泊まりする感じですか?」 扉を開けると..............................当然、部屋が見えた。 まだ何も入っていない棚に、それなりのベッド、そして机がひとつ。 奥には小さな窓なひとつ。 俺からしたらいい部屋だ。 まあめちゃくちゃ狭いけどねとボヤきながら、リンさんは俺を次の場所に案内していく。 「あ、そうそう」 「?」 「敬語は要らないし呼び捨てでいいよ」 「じゃあ、そうさせてもらうよ」 その後もリンさんについて行くと、次に行ったのはトイレ。 俺の部屋の隣にリンさんの部屋があり、その向かい側に設置されていた。 感想..............................? ボロい。 そして逆方向の廊下に出る。 逆方向の廊下にはミクロさんの部屋、たぶんアロさん(君かもしれないけど)の部屋と思われる部屋、そして【くんれん】と書かれた札がかけられた部屋があった。 これから寝ようか、どうしようか、そう考えていると。 リンさんが少しのお金渡すと共にこう伝えてきた。 「ここ、お風呂ないからこれで近くの銭湯入って来てね。 場所は左側に行って100メートルくらいね。」 ----- 「ほおーーっ。」 立ちのぼる湯気、はちゃめちゃに蒸し暑い室内、あばら骨のように立ち並ぶシャワーたち、奥に見える木製のドア。 知識として知っている銭湯そのものだ。 ちょっと感動。 実のところ俺ことベロキ、今や世界中に布教している銭湯(※)に来たことがない。 理由はいくつかあるけど、いちばん大きな理由には、俺の体質がある。 俺は、風呂に入らなくていい。 必要最低限の汗しかかかないし、その汗から発生する「ニオイ」もほとんどゼロと言っていい。理論?俺に聞かないでくれ。 加えて俺の仕事はお金をもった人のところに変装して潜入することが多くて、お金持ちの家には大体、"マイ風呂"がある。 よって俺は大衆向けの銭湯に来たことが無いわけだ。 とはいえ、知識としてマナーくらいは知っている。 おっ、石鹸あるのか気が利くね。 頭と体を洗って、わしゃわしゃにへばりついた石鹸をお湯で洗い流す。 ふう....................。 目の前の鏡を見る。 「..............................痩せた?」 うーん。 自分の姿なんて真面目に見たことないからわかんないな。 脂肪がついてるわけではないから大丈夫か。 さあて....................お待ちかねの。 どぷん! 風呂だ。 お湯が音を立て、風呂のお湯が俺の質量分水位を上げる。 監獄生活で週一しか風呂に入っておらず、床のように硬い椅子兼ベッドに雑魚寝し、半日以上を労働に費やし、なんならウォーミングアップなしブランクありの最悪コンディションで小型怪獣との戦闘を繰り広げた俺の身体は心身共にかなり疲れていたらしく、炭酸湯が皮膚の表面にぴちぴちと気持ちの良い感覚を与える。 時間帯が時間帯だから(21時前)、俺以外にはすごく強面の男の人しかいないけど、みんな静かにお湯に体を埋めている。 「ほわぁぁ。」 ルキ家にいた頃もゆっくり風呂など入ったことなく(気持ちの悪い液体に酸素マスクつけて放り込まれてた物が浴場と名付けられていた)、人生で初めての戸惑いながらのシャワーはなかなかどうして心地よく、髪をガシガシと掻きながら石鹸で体の汚れを洗い流す作業でさえ面白く感じた。 性格に言えば潜入任務等で入ったことはあるらしいが、記憶処理と自己暗示をしてから任務に望むのであんなものノーカンだよノーカン。 そうして入った湯船も極上であり、リンさん曰く「安価な大衆向け浴場」とのことだが、俺にとっては最高級ホテルに置いてある最高級設備の最高級の風呂と大差がないように.....ああ語彙力がどこかに飛んでいく戻ってきてくれ。 「熱っつ」 体温が上がり暑くなったので近くにあったウッドチェアに腰を下ろす。 ああ暑いなあ。 外気温は寒いけど。 「うぉう」 体が冷凍食品のように冷やされてゆく...ああダメだ意識が飛んでいくモドッテコイ...zzzz 俺の記憶はここまで。 俺は見事にのぼせていた。 気がついたら、なんとかして(どうやったんだろ?)俺は事務所に戻ってきていた。 さっきの様子がウソみたいに机の上が片付いていて、ミクロさんが椅子のひとつに座っていた。 ミクロさんは俺を待っていたらしい。 特にお咎めは無かったが、「やっとか」みたいな表情をされたので時計を見ると、出掛けてから二時間以上経っていた。 つまり夜の10時。 そんなに寝てたの、俺。 「寝てたな。」 「はい。」 「さて、何で湯冷めしないのか不思議なくらい長く入浴していたベロキくんに素晴らしいお知らせだ。」 机には、いくつかの柄に小型装置。 「この中から、武器を選んでね」
※ 風呂についてですが、この世界コスモ設備揃えるので経済的にガタがくる家庭が大半なので、ジャパニーズ銭湯とフィンランドサウナを合体させた施設が普及してます

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