鯣烏賊 / 第63話

不倶戴天の不協和音 その3

「畜生め....................!!!」 ディランは、自身の首にまとわりついている細長いものを両手で掴み、引き剥がそうと力をこめる。 触ると薔薇の棘のようなものが手に刺さって痛みが体を襲うが、そんなことは気にせずにがっしりとわし掴みにし、首から引き剥がすように力を込める。 しかし、ちょっとやそっとの力を込めた程度では、それは少しも動いてくれない。 たとえ全力で力を込めて少し動いたとしても、締め付けられる力がさらに強くなり、再び首を絞められてしまうのみである。 「クソッ.....................。」 「やはり、貴様は警戒すべき人材であったな。」 ディランは目の前の男..............................シロに対してキッと鋭い目線を当てる。 ディランから向けられたその殺気を、まるでか弱い猫から向けられた威嚇かのように振り払い、シロは何事もなかったかのようにさらにディランへの締めつけを強くする。 のどぼとけのあたりに強い力がかかってしまうことで呼吸することそのものが困難になり、ディランは呼吸を止めることを強制されてしまう。 腕に全力の力を込めることで首の椎そのものがへし折られることは防いでいるが、この拮抗状態がいつまで続くかは定かではない。 「ふむ。やはり遠隔での締めつけでは大した効果は現れないか。」 先程まで、ディランはシロと戦闘していた。 ..............................客観的に見てもかなり善戦していたと言って差し支えないだろう。 シロは常人とは比べものにならないほどに非常に高い身体能力を持つ上、「|戦い求む拳《ヘラクレス》」の強い段階の攻撃で腕だろうが腹だろうがを吹き飛ばしても、その傷口が植物のような何かで覆われてしまい、再生されてしまう状態であった。 体術的な技量の差、対人戦闘経験の差はシロのほうが数段上手であった。 しかし、それでも基礎的なパワーとスピード、そして機転をくぐり抜ける能力で、シロにこの攻撃を使わせるに至った。 「誇っていい。 単身で私をここまで追い詰めるのは凄いことだ。しかも若い。 ....................極めて優秀な人材だ。」 ヒトガタの再生能力を突破する方法が、「脳味噌」と「心臓」を同時に破壊することを知っていたディランは、たしかに心臓を破壊していたあのときに、脳味噌に攻撃を加えようと前進した。 距離や方向、シロの反応速度を加味しても、ほとんど確実に命中する攻撃であったと言っても過言ではなかった。 しかし、その攻撃を放つことは叶わなかった。 まさに攻撃を繰り出そうとしていたディランの足が、突如として動かなくなったのだ。 踏み出して後ろに伸びる形となった右足に、どこからともなく現れた「つた」が強い力で絡みついたのだ。 慌てたディランは後ろを振り返った。 その瞬間に、死角からもう1本のつたがディランに首にまとわりつき、今の状態へ至る。 (クソッ。首が触れない....................。 効果が止まってしまった「|戦い求む拳》ヘラクレス》」の再起動ができない....................!) 首につけているチョーカーに触れられない以上、現状のディランに打開策はない。 拳につけている篭手も、ディランの使用するモデルは特別な機能が付属していないただのプロテクターに等しい。 「優秀な人材の芽は摘まなければならない。」 1歩ずつ近づいてくるシロが、純白のマントから腕を露出させる。 そしてその腕が緑色に染まってゆき、ものの数秒で薔薇の茎のように変化する。 茎の先の方は銛のように鋭く尖り、周囲の照明の光を反射してキラリと光る。 「さて。死んでもらおうか。」 手を伸ばせばディランが届く距離まで、シロが接近する。 しかし、足と首をがっちりと掴まれて固定され、反撃の手段を持たないディランにとって近距離はなんの旨みもない。 「く、クソッ....................!」 なにか高いの手段はないものか、と周りを見渡すが、付近には人の気配が1つすら感じられない。 声を出せば誰かが来るだろうが、声帯がまともに動かないほど強く締め付けられているため、まともに声を出せない。 万事休すか、と思われた。 シロが手に力を込めることを見て、ディランは目を瞑った。 最後を迎えるその瞬間の痛みに耐えられるよう、覚悟を持って。 そして....................。 そして。 そして。 「ガハッ....................。」 シロの口から、どす黒い血液が飛び出た。 (こ、これは....................。) シロの心臓を、ファルシオンの刃が貫いていた。 音もなく、誰にも気づかれぬうちに。 その刃がするりと抜かれると、シロはその場に膝をついた。 予期していなかった不意の一撃に身体が対応できていないのか、心臓の当たりを手で押えて呼吸を整えている。 シロが怨霊のような目で後ろを振り向いたその先には、まるでノイズが走っているかのように体のあちこちが「ジリジリ....................」と、局所的に点滅しているシルエットがある。 「やっぱり君、人間じゃないでしょ。」 「!!!!!!!」 シロの背中から急速にいくつものツタが生え現れ、触手のように蠢いて素早く、その人影を狙う。 心臓部の再生に気が回っているのが要因か、その狙いは確実ではなかった。 声の主は的確に攻撃を回避し、その触手たちを持っている刀武装ですべて切り落とした。 そして疾風のごとく背後へ回り、ディランを抱えてシロから距離をとった。 そしてその行動が終わる頃にはその男の体を走っていたノイズのようなものは消え去り、姿がはっきりと、どの者の目にもはっきりと映る。 「ベロキ....................??」 血液の付着したファルシオンを手にしているベロキが、そこにはいた。 鍵《シュリュッセル》の機能のひとつである「透《カメレオン》」を用いて隠密行動をとっていたのである。 「透《カメレオン》」は、対象の生物もしくは物質にヴェールのようにバリアを纏わせる機能だ。 しかしこのバリアに防御機能はついていない。 バリアに触れる四方八方からの光の流れが歪み、バリアの中にいるものがまるで見えなくなったような錯覚をさせる。 このバリアの効果は、自分以外のいずれかの生物に「触れる」ことで解除される。 「「透《カメレオン》」....................オフ。」 ファルシオンを通じてシロに「触れた」ことで、なんの効果も持たない凡夫となったそのヴェールを、ベロキは脱ぎ去った。 普段通りの、白く透き通った肌の男がそこに現れた。 「腰ガックガクでしょ。 それらしい神経を全部キレイに切っといたんだから感謝しといてよね。」 ----- 大変だった。 ここに至るまで、本当に大変だった。 俺の2度に渡るやつとの戦闘は、1戦目は敗北、2戦目は不戦勝....................しかし、かなり追い詰められた。 両方とも、俺の意識外から不意にやってくるあの拘束攻撃が直接的な敗因となっている。 そして俺は、それなりの時間をかけて考察した結果、不意をついてくる拘束攻撃のタネを見破た。 そのタネを見破るためのカギはやつの能力の基盤となっているであろう、「土」だ。 恐らくやつの能力は、体を植物に変化させることでも、付近の植物を自由自在に操ることでも、体の欠損部位を自由に再生することでもない。 あの能力の正体は、やつが好きな場所に、任意の種類の「植物」を生やすことができる能力だと思う。 たとえば、薔薇とか、ツル植物とか。 たとえば、土、やつ自身の体。 対象はひとつとは限らないだろう。 難解なわけではないが、単純が故に対応が遅れてしまいそうな厄介極まりない能力だ。 しかし、コンクリートやアスファルト、プラスチックや金属、コスモで作られた物質などに植物は植生できるのか?と俺は考えた。 答えは、絶対にノー。 1度目に会った時は、植木鉢から。 2度目の時は、地中から。 それぞれこのふたつから植物が伸びてきていたのをはっきりと覚えている。 この際、2度目のあのときは考えないことにする。 大事なのは半年以上前の1度目だ。 俺の住んでいた部屋は分厚いコンクリートの壁で防音をしている場所であった。 室内にあった土は、部屋に引っ越す時に他のインテリアとともにルキ家のやつらが運んできた、観葉植物の植木鉢の中のみだ。 もし1度目のときに、コンクリート製の壁にも植生をさせられるなら、俺はもっと強靭な拘束をされていたに違いない。 そう考えると、わざわざ不安定な植木鉢1個で俺に攻撃を仕掛けたということは、コンクリートの類にはなにもすることが出来ないと推察できる。 きっと、アスファルトでも同様のはずだ。 できたとしてもタンポポくらいのもであろう。警戒するに値しない。 だから俺はやつのことを探しながら、この敷地中にある植木鉢、プランター、花壇....................とにかく植物を生やすことができるくらいに安定していそうな「土」たちを全て破壊してきた。 「鍵(シュリュッセル)」の機動力をもってすれば、俺一人でも十分に可能なことだ。 まずは俺がいた寮の1回にあった植木鉢と、出口の花壇を破壊。 向かい側の寮にも同じものがあったので、これも破壊。 そして、体育館周りにある花壇を破壊。 講堂の屋上には家庭菜園があった。 これも非常に心の痛むことであるが、「衝《ストライク》」を使ってバラバラに壊した。 そして....................。 俺は後ろにある花壇を指さす。 そこからは、俺が今さっき両断したツル植物が生えてきていた。 「これが最後のひとつだ。」 「やはり見破られていたか....................。」 心臓を手で抑えて跪いているやつが、恨めしい目で俺のことを睨む。 ディラン君を処理してから俺のところに向かう気だったか、それともさっきリンさんが戦っているのが見えたあいつと合流するつもりだったか? いや、どうでもいいな。 「ベロキ、お前.....................。」 「残念だけど全部説明してる暇はない。 やつの能力は、自分の体と付近の土に好きな種類の植物を生成する能力だ。それを使って再生もできる。 ディラン君がなにかわかったことは?」 「やつは仲間から「シロ」と呼ばれていた。 それと恐らく、他のヒトガタと死亡条件は同じだ。 ....................後でキッカリ、全てを話してくれるな?」 「もちろん。」 喉の痛みが引いたディラン君とともに、俺も立ち上がる。 偶然のように心臓の修復のタイミングが合ったのか、シロも立ち上がる。 そして、邪魔なものを振り払うように、天使のような純白の衣を脱ぎ去った。 その下からは、片目がコンピュータのものに移植されている不気味な顔と、筋骨隆々な肉体が現れる。 「搦手を封じて勝ったつもりか?」 そして、腕が緑色に変色し、刃を帯びる。 手と刀が一体化したようなそれを構える。 そして今度は背中の方から、左右に3本ずつ、その見た目から薔薇の茎を連想させる触手が現れた。 「最後の言葉くらいは聞いておいてやるぞ、愚かで無謀な少年共。」 「遺すべき言葉など無い。俺は、貴様を討伐者として「討伐」する....................!」

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