鯣烏賊 / 第64話

不倶戴天の不協和音 その4

「ベロキ。やつを一旦、ここから引き剥がさねば。」 「わかっているよ。アテはある。 それよりほら、あれをなんとかしないと。」 シロの背中から生えている触手が、「グググググ....................」と音を立てながら、その場に留まっている。 当然のことだけど、ただそこに留まっているのみであるわけがない。 ここから見ても、あの触手がすごく力んでいるのがわかるくらいだ。 「来るよ。」 「ああ。」 俺は「速《ラピッド》」へとダイヤル表示を合わせ、「鍵《シュリュッセル》」を起動させる。 俺の足に青白いオーラが現れ、パチパチと線香花火のように音を発し始める。 そして俺が姿勢を少しだけで変えた瞬間に、間髪入れず。 「では、死ね。」 輪ゴム鉄砲から発射される前の輪ゴムのように圧縮されていた触手が、しがらみから解放される。 おそらく、弾丸より数段速い速度で「俺」に向かって迫ってきた。 俺はそれを見て、咄嗟の判断から右側へ回避した。 ギィィィィン!!!! 先端が鋭い針やレイピアのように鋭利なその触手たちが俺の後ろ側で接触し、黒板を爪で引っ掻いたようなやかましい音を立てる。 「なるほど、貴様の利き手は右か。」 しかし、速度ならば俺だって負けていない。 右側に1歩進んだついさっきに、既になんの効果もない「1段目」は消費している。 だから次踏み出すときは..............................。 「2段目..........!!!」 「ッ!!!!!!」 そして瞬時に3歩目を踏み込んだときに、俺はもう、手を伸ばせばシロの体が届く位置へと迫っていた。 そして俺は手に持っていたファルシオンを..............................しまう。 「な、何ィッ?!?!」 予想外の行動だよね。知ってる知ってる。 普通だったら、手を伸ばせば届く位置にある場所へと適当な攻撃をするものだ。 目前に敵がいたら、誰だって心臓や肝臓にぶすりと刃を突き立てたくなる。 しかし俺はそこをグッと我慢し、足に力を込める。 「速《ラピッド》+跳《トランポリン》!!!」 そして下から上に振り上げられる俺の蹴りを、防御体勢に入って凝り固まってしまったおまえは、避けられない。 俺の刃を防御するために、わざわざ硬質化まで施して構えていたその両手を、下から上に蹴り上げるのは簡単だ。 そしてその足には、「跳《トランポリン》」が施されている。 威力を持った蹴りが飛んでくると思っているのか? ....................残念! 「飛んでけーーーーーーっ!!!!!」 俺の足とやつの体が接触する直前に....................「跳《トランポリン》」にぶつかった威力がそのまま反対向きに返される。 その反対側にはシロの体があるから....................?? 俺とはキレイに真逆の方向へと、やつがぶっ飛んでゆく。 そりゃ、「速《ラピッド》」の3段目の速度をそのままぶつけたんだ。 速さは重さ。 多分このままだと、やつは体育館の屋上部分へと飛ばされることだろう。 俺はさらに踏み出し、4段目と5段目の強化を得て走る。 そして、俺が体育館の屋上に立つのと、シロがそこに至るのはほとんど同時のタイミングだった。 背中の触手たちが一斉に動き、それぞれが独立した動きで俺を襲ってくる。 それらをファルシオンの刃で受け流し、シロ本体の腕をはじき返す。 空中に浮いているシロに追撃を加えようと試みたが、やつが視界から消えた。 気配のする後ろ側へ振り向く。 そこには、屋根の出っ張りを触手で掴んで、無理やり空中移動をして回り込んだやつの姿が見えた。 「おいおいまじかっ....................。」 しかし、俺は防御へ徹する。 目の前の攻撃を回避し、できるだけシロとの距離を離すよう行動する。 全ては、次の一手のために。 俺は離れた状態からさらにもう一度近づく行動をとることで、やつに混乱をもたらす努力をする。 手にはしっかりと刃物を持ち、俺のことを警戒せざるを得ないようにことを運ぶ。 (やれ....................!!!!) 俺に視線を注ぐシロの真反対方向。 背後から、十分に「|闘い求む拳《ヘラクレス》」の強化を得たディランくんが現れる。 そして、その拳をやつへ..............................。 「全く。」 シロの触手が変わった挙動をしたと思うと、持ちうる全ての触手を背後へ回し、ディラン君の攻撃を防御した。 そして、俺の得物も手で止めてしまう。 「私が気づいていないとでも思っていたのか?」 十分な威力を持っているとはいえ、一撃必殺には程遠い段階までしか強化を得られていないディラン君は、そこで動きを阻止されてしまう。 俺も、ファルシオンの刃をがっしりと掴まれて、動けないわけではないけれど、次の行動までがワンテンポ遅れてしまう。 そして触手のうちの1本が俺の方へ向き....................その先端がまるで口のようにパックリと開く。 「まずは面倒な貴様からだ。」 そして、その穴から紫水晶のような不気味な光が垂れ出て..............................。 ----- 「はっ、はっ、はっ....................!!!」 「おーい待てや。まさか逃げるんじゃねえだろうな?」 ヒュン! と風切音がなったかと思うと、アカの右手が吹き飛ぶ。 そして、吹き飛んだ延長線上に、大怪獣が引っ掻いたかのような刃の跡がつく。 「ぐ..............................。」 切り落とされた右手の断面から無数の「糸」が現れて、それが段々と手の形をなしてゆく。 ものの数秒して手は再生したが、彼女は歩みを止めない。 「逃げても無駄じゃねえか〜〜?」 間髪入れず、次が飛んでくる。 上半身左に大きな傷を負ったが、それを無理矢理に修復しながら先へ進む。 「ここは互いによぉ、建設的にいこうぜ?」 次も飛んでくる。 右首に深い傷を負うが、そんなものには構わず先へ進む。 後ろは振り返らない。 「カッ、カッ、カッ....................」という足音から、敵がゆっくりと歩いて迫ってきていることは歴然であった。 しかし全身の傷を再生しながら行動しているからか、その差が広がることは一向にない。 5秒に1度位程度襲ってくる不可視の斬撃による遠距離攻撃を警戒しながらひたすら進む。 これ以外の選択肢が、アカには与えられていなかった。 敵は得物を携えており、その刀から攻撃が発されていることは判明していた。 しかし、敵とアカの間にはあまりにも歴然な実力差がある。 ただでさえ本気で相手をされていないのだから、正面戦闘など挑めるわけがない。 その一心から、アカは逃げ続けている。 この行動には意味が無い。 敵の策略によりアオやシロ、テトラファントたちの軍勢から距離を離されていることも、アカは理解している。 ただ逃げ続けるのは、「死にたくない」「まだ生きていたい」「せめて自分だけは生き延びたい」という、利己的な生存欲求。 「んま、こんな行動をとんならプログラムは失敗ってわけだな。」 アカと相対する敵....................ミクロはふとそんなことを考えていた。 ただ命ぜられるままに、ここに来たヒトガタ。 「楽園《シャングリラ》」の名を出した時に測ったアカの心音の変化から、アカがこの事について何も知らないのは明白である。 (こいつはただの下っ端。色々と知ってんのはシロだけってとこか.....................?) 矢継ぎ早に攻撃を繰り出し、後方からアカを追随する。 負った傷を修復しながら進んでゆくアカとミクロの距離は、自然に近づいてゆく。 (アオが行った方向的にリンが心配だが....................まぁ、あそこには近くにいるトケラ行くだろうな。心配なし。 あの様子だとシロとやり合うのはディランとベロキになりそうだな。) 足に深い一撃が入ったアカは転ぶが、それでも前方へ逃げてゆく。 繰り出される厄介な攻撃たち以外にも、ミクロから発されるドス黒い殺気も原因の一つである。 (さーて、随分と時間を使っちまったな。 アッチの方に行かねえと。) 実のところ、ミクロがアカに攻撃を始めたのはここ2分程度のところである。 ミクロに勝てないと察したアカはそうそうに身を隠し、そのまま逃げおおせようとしていたのだった。 それをミクロが発見し、今に至る。 「おーいおい。隠れんぼとオニごっこは終わりだぜ。」 ミクロは急に立ち止まったかと思うと、おもむろにその場にしゃがみ込む。 そして、左の腰にかけていた「打首刀」の柄に手をかける。 ふうーっ、と息を吐き。 「|クレッシェンド《だんだん強く》、ツフォルツァンド《極度に強調し》、プレスト《急速に》。」 「はっ、はっ、はっ..............................」。 逃げるアカの背中を見つめ、少しだけ鞘から刀を露出させる。 黄色より少し圧縮の具合が強い、青く光るコスモの結晶が現れる。 「チッ」という鉄器に似た音がほとばしった直後。 ズアッ!!!!! 「はっ..............................???!?!」 アカの目前数十メートルにあった壁が、切れた。 アカの左側の地面から、斜め上にかけて。 まるで紙を切るハサミのように、サッと、強度なんてなかったかのように。 別の方向から見れば、半減型の衝撃波が建物を両断したように見えるだろう。 そしてその斬撃は、アカの左の腰から心臓、脳味噌を通りに道にしていた。 「おーぅ、てめぇの身体の向こう側が見えること見えること。」 アカは下半身と上半身に別れるように両断され、その場に落下した。 切られていない左手で前進を試みるが、だんだんとそこに込めていた力も抜けてゆく。 そして、1分も経たずに動きを止めた。 「..............................。」 ミクロは刀を鞘へ収納し、立ち上がる。 ズボンについていた土を振り払い、アカへ近づいてゆく。 そしてアカの体に触れ、脈を確認した。 「うっせぇな。」 どこからか聴こえる象の鳴き声のような音にうるささを感じながらも、生死確認を終了した。 そして持っていたナイフで肉片を剥ぎ取り、試験管のようなケースへ入れる。 作業を完了させたミクロは、何事も無かったかのように後ろ側へ振り向き、耳につけていたイヤーカフを操作する。 「もしもし、トケラか。 えーとだな..............................。」 そして、とある人物との通話を試みたその瞬間。 パオオオオオオオオオン!!!!! と、遠方から象の咆哮のようなものがミクロの耳に聴こえた。 その瞬間、耳に悪そうな「ブチッ!」という音が鳴り、通話が強制的に切断される。 「....................はぁ?」 そして耳元のイヤーカフからは «サーバに接続できませんでした。» という単調で無機質な機械音声が流れるのみであった。

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