鯣烏賊 / 第124話

グランド・キャニオンへ その3

活き活きとした大地の生命力をこれでもかと主張する岩肌。 太古のゴミが積もっただけだと言うのに、その数種類の赤褐色が美しいグラデーションとなるその地層。 そして、俺の視界のはるか向こう側にて、もうすぐ沈みそうになる橙色の太陽。 呼応するように少しずつ電気が点いてゆく、岩肌に作られた集団住居たち。 「おおー!!!!!」 俺は目の前の景色に対するあまりの感動に、駅のホームにて歓声をあげた。 目の前の光景は、まさしく自然の神秘そのものだった。 一面が、谷、谷、谷! まるで高級な塗料で塗りたくられたレンガの壁のような崖肌が、俺たちを出迎える。 目の前に広がる大渓谷に感動しているのは俺だけではない。 リンさんは特に顕著だ。 俺以上にキャッキャキャッキャして騒いでいる。 特急の中では"べつに興味なんてないし"とスカしていたペラルさんも、目を輝かせて目前の景色を堪能していた。 パキケ君は....................よくわからない。 俺たちが乗ってきた特急列車の扉が閉まり、終点のラスベガスへ向けて走り去ってゆく。 俺たち4人は、グランド・キャニオンに足を踏み入れたのだ。 「気に入ったかい?ベロキ。」 「そうですね。圧巻です。」 ここまでの移動は、半日くらいで済んだ。 現代技術が産み落としたリニア・モーターカーという素晴らしい乗り物が、俺たちをルイジアナ州の田舎町からアリゾナ州の大渓谷まで引き連れてきた。 道中は平和そのものだった。 特急に乗り換える駅でお弁当を買い、それを列車の中で食べる。 本当に、それだけだった。 誰かさんみたいに、安物のせいで席がガタガタの飛行機を予約するようなことはなかったみたいだ。 誰かさんにも見習ってほしいところだ。 用意された席は、個室の席だった。 人数が5人だから、4人席ではひとりだけが仲間はずれになってしまうことを嫌がったブルーさんによる配慮だ。 お値段は結構張るらしいけど、本部との交渉の末、必要経費で落とすことになったらしい。 まるで魔法の言葉だ。 外の景色は大して変わり映えしてくれないので、眺めてもつまらなかった。 ビルが過ぎると、またビルが現れるだけの、退屈な景色。 それを黙って眺めるくらいなら、皆で喋りながらご飯を食べていたほうが楽しかったのだ。 パキケ君といろいろ話してみたい気持ちがあったけれど、彼はあまり積極的に喋りかけてはくれなかった。 残念だけど、また次の機会が訪れるだろうから、それを待つことにしよう。 そうだな....................そうだ、男は俺たちふたりだけだから、十中八九、ホテルの部屋は同室になるだろう。 そこで話してみようではないか。 さて、ブルーさんの話をしよう。 本名は、コチョウ・ラピスラズリ。 話を聞いてみると、彼女は正真正銘、コスモスさんのお姉さんだった。 ブルーさんが23歳で、コスモスさんが15歳。 実に歳の差8歳の姉妹だ。 今でも、たまに会うそうだ。 ブルーさんが忙しいので、会うことができる頻度は何ヶ月かに1度らしいけど。 それでも、仲の良い姉妹だそうだ。 俺からも、ほんの少ししかないけれど、コスモスさんの話をした。 仕事をしているときの彼女がどんな感じなのか、ブルーさんは知らないらしかったから。 このように、コスモスさんの話題にふたりで盛り上がっていると、リンさんとペラルさんが横槍を入れてきた。 なんとコスモスさんは、俺が試験や日本滞在で事務所にいない間に、何度かスターダスト事務所を尋ねてきたそうなんだ。 だからリンさんは姉妹関係にも気づいていたようで、俺が姉妹関係のことを尋ねたときに、「いまさら?!」と思ったそうだ。 いわく、コスモスさんは、どうしても俺に会ってあの日のお礼がしたいらしい。 そのために何度も何度も事務所の戸を叩いてくれたそうだ。 それはすごくありがたいことだけれど、ちょっとくすぐったい気持ちだ。 リンさんは、コスモスさんがどんなにいい子で、可愛い後輩であるかを熱弁していた。 たしかに彼女は素直だし、愚かなくらい真面目な印象がある。 事務所に上げて、お茶やお菓子を振る舞うと、それはそれは美味しそうに食べるらしい。 それに彼女は、リンさんがバイブルとするファンタジー作品のファンであるらしく、話が合うそうだ。 どうやら俺の知らぬ場所で、ふたりはすごく仲良くなっていたらしい。 ....................コミュニケーション能力を具現化したような存在だ。 ちなみに、彼女の姉であるブルーさんも、コミュニケーションが得意であるオーラが溢れ出ている人だ。 困ったときに、とりあえずブルーさんに話を振っておけば、場が和やかになってくれる。 それに、彼女の方からどんどん話題を振ってくれるから、会話が途切れない。 パキケ君も巻き込んで、飽きずに半日も雑談大会を決行できたのは、間違いなくブルーさんとリンさんのおかげだ。 ペラルさん? 彼女はコミュニケーションが得意そうなツラをしているが、得意じゃないらしい。 雑談大会の中では、俺やパキケ君のように、常に話題を"振られる"側の人間だった。 コミュニケーションが得意そうな顔をしながら得意ではないのに、プライドが高くて言い出せないというところから、金髪で背の高い日本人の影がちらついてしまう。 けれど、そこはあえて指摘しないのが紳士ってやつだ。 指摘すると鼻を曲げてしまうからね。 さっきからブルーさんブルーさんと連呼しているが、彼女は渾名で呼ばれることを好む。 なにせ、雑談大会の最初に彼女はこう宣言していたのだから。 「みんな、ボクのことは、愛と尊敬の念を込めて"ブルーさん"と呼んでね!」 なお、ペラルさんだけがただひとり、ブルーさんのことを「ブルーちゃん」と呼ぶ。 同い年であることを、ここでも執拗にアピールしているのだ。 さりげなく問うてみると、なんと未だに、少女扱いされたことが気に食わないらしい。 まるでエベレストのようなプライドだ。 と、まあ。 ここに来るまでのことは、大体こんな感じだった。 特筆すべきことがあったわけではないので、これ以上のことはなかった。 雑談大会も、誰かの持ち寄るくだらないトピックの内容を無駄に膨らませてゆくだけの無駄な遊びでしかなかった。 めちゃくちゃ楽しかったけど。 「じゃあ、行こうか。 今日はもう遅いから、宿に行こうか。」 俺たちは駅から出て、街へと繰り出した。 ----- 大渓谷の景観は守られている。 街に来てみて、最初に抱いた印象はこれだ。 中央の大渓谷は、全くの手付かず。 感動モノの景色が保存されている。 そして、その大渓谷を周囲を囲うように、グランド・キャニオンの居住区が造られている。 グランド・キャニオン居住区は、高さにより地区が分けられているのが大きな特徴だ。 これは、大きく3層に分けられる。 最下層が、ウッドバレー。 人口の森林が広がる土地であり、グランド・キャニオンで唯一、第一次産業と第二次産業が行われている地区だ。 谷底をコロラド川という川が流れていて、それが糧を糧として生活しているらしい。 ここにはあまり人が住んでおらず、上の層から仕事をしに"降りてくる"場合が多いらしい。 彼ら彼女らは、林業や農業、狩猟などの日の目を浴びない職について生活している人たちと、ここにある工房や工場でモノを生産している人に分けられる。 いわば、ここグランド・キャニオン全体の生活基盤だ。 最大深度は1800メートル。 平均深度は1200メートル。 上の層からウッドバレーに降りるためには、最大で5分程度の時間がかかる特殊なエレベーターを使うか、途方もない時間をかけて階段を下りなければならない。 俺としては想像もできない生活だ。 そして、中盤の層が、シティバレー。 断崖絶壁の層だ。 そのウッドバレーへと続く谷の断崖絶壁には、隙間や出っ張りのようなものがある。 規模の大きい隙間や出っ張りたちちは、建物が造られている。 壁に張り付くようにして建物が無理やり造られている場合もある。 これらはほとんどが住居であり、その他は現地民向けの商業施設らしい。 谷に無数の橋がかけられていて、徒歩で移動するためにはそれを使うそうだ。 グランド・キャニオン居住区内で、最も人口の多い地区でもある。 そして、今の俺たちがいる地上。 ここは観光客や一部の現地民のための都市街。 都会、と言って差し支えないだろう。 最上層のサンライズバレーだ。 高層ビルや大規模商業施設などの、他の街にもあるようなものがたくさんある。 それに、観光客向けの飲食店や体験型施設、大型の宿なども多い。 スターダスト事務所がある場所より、都会だろう。 ちょうど、日本で空港からヨコハマへ向かう時に通り過ぎた、トーキョーという街がこのくらいの規模だった。 けど。 ここは確かに都会なのだけれど、雰囲気が少し異様だのだ。 "舞台装置として作られた都会"とでも表現するのが良いだろうか。 どうにも言葉で表しにくい嫌悪感がする。 俺は前職の関係上、このグランド・キャニオンのさらに先のラスベガスに行くことが多くあった。 ラスベガスは、都会を夢見た田舎の若者の幻想をぶち壊すような、醜い都会だった。 キラキラしたカジノの裏では、違法な麻薬や中毒薬物が吸われていたり。 適当な若者を対象にしたカツアゲが日常茶飯事だったり。 いや、むしろそういうものなんだ。 都会という環境は、案外と危険なものであり、醜く汚いものであるはずだ。 俺はそういうイメージを持っている。 ここはすごく綺麗な街だ。 これはとても良いことなんだけど、どうしても俺の持つ都会のイメージと乖離している部分が多すぎる。 立ち並ぶ高層ビルも、大きな商業施設たちも、子供が遊ぶ公園も。 こうして歩いているだけで遭遇するこれらのオブジェクトが全て、怖いくらいに整っている。 ものだけじゃない。 人もだ。 道行く人がみな、聖人であるかのように感じられてしまう。 落ち着かない。 ソワソワしてしまう。 このくらい大きな街なら、路地裏からカツアゲの声が聞こえてきたり、明らかに"ダメなもの"を対価にした賭け事のひとつやふたつくらい、行われているイメージがあるのに。 そういう汚い部分が、全く見えないんだ。 なぜだろう。 「大丈夫かい?なんだかソワソワしているけど。」 「すみません。 ....................なんだかここ、怖くて。」 本当に、なんでなんだろう。 建物だって普通だ。 道行く人に悪い人がいるようにも見えない。 ただ、都会の汚い部分が見えないだけなのに、なんでこんなにも怖がっているんだろう。 きっとほかの街で同じ状況になっても、怖がることはないだろう? 別に怖がることじゃない。 何もビビることはないじゃないか。 この街の治安が、とても良いだけ。 それでいいはずなのに。 俺の感覚は、なんでこんなにも危険信号を発しているのだ。 ----- 一面、黒。 絶対に光を通さないヴェールでつくられたような部屋。 影に包まれるようなこの感覚。 「やあ。久っさしぶりだねぇ。」 「なんで来た、」 こいつとはあまり関わりたくない。 べらべら喋ってくる予言が正しいとしても、それらはろくな事じゃない。 それなら、聞きたくないんだ、こんなもの。 「また予言か、お告げか?」 こいつの言う未来はたぶん、俺の行動程度ではなかなか変わらない。 俺の行動で未来が変わった!みたいに説明してくるけど、本当にそうかはわからない。 俺はそうだと思っていない。 そもそも、こいつは俺のことを助けようなんてしていないんじゃないか、とさえ思っている。 1度目のお告げは、フォーザッツさんと仲良くなるためのものだった。 2度目はヤツの言動に不快感を覚えてしまったから、追い払った。 3度目はよくわからない理由で、コイツの方から消えていった。 そう。 こいつが俺を助けたいなら、無理やりにでも俺にお告げをするべきなのだ。 けど、追い払われたら普通に消えてしまう。 これではまるで、本当はお告げをする気なんてないと言っているようなものだ。 「この町、怖いねぇ〜〜。」 「なんだ、俺の考えを小説にでもして読んでいるのか?」 「そんなことないさぁ、本心だよ?」 不気味だ。 本心?本心なのか? 思考を読み取っていないとして、なぜわざわざこれを言う必要がある? くそっ。 考えても分からない。 「ミクロさんに相談してみるか..........。」 俺はそう、ボソッと言った。 別になんの意識もしていない、ただのつぶやきだった。 しかし目の前のカミサマは、このぼやきに対して、釣り針にかかった魚のように食いついてきた。 「ミクロはダメだよ。彼は信用できない。」 「少なくとも、おまえよりは信用できると思うけど?」 「酷いなあ。 ....................全く、今のキミには、他に相談すべき人がいるだろ?」 ..........こいつは何を言っているのだ。 言動や言葉の内容に違和感を覚え、会話を遡ってみる。 こいつは、俺が街を怖がっていることを知っている。 そして、ミクロさんに相談するというつぶやきの内容を誤解し、おそらくはブルーさんに相談するよう仕向けようとしている。 内容の乖離はわかる。 俺の思考の中で完結し、それの〆として無意識に行ったのが、あのつぶやきだ。 けど、なんでここまでミクロさんと敵対しようとしたんだ。 胡散臭い人だけど、彼はきっと悪人ではないんだ。 それなのに....................。 「コホン!キミにアドバイスだ。」 「勝手に言え。」 「街が怖い原因は、すぐにわかります。 その後は、ウッドバレーへ向かうことになります。 そこに、ペラルと向かうのです。 さすれば、キミの望む結末がぐんと近づくことでしょう....................。」 視界が、割れた。

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