鯣烏賊 / 第132話
最下層:ウッドバレー その6
アロ君から電話でいろいろ聞いた翌朝、俺はラフラさんに、該当の生物がバットレックスであることを教えてあげた。
彼女も当然、バットレックスは知っていた。
しかし案の定、今回の個体とみられる「爆鱗種」の存在は知らなかった。
当然だ。
通暁個体のバットレックスの活動範囲内である、スターダスト事務所で生活している俺でさえ、知らない種類だったのだから。
もう少し、詳しく勉強しておけば良かったな。
と、いうことで。
俺たちはアロ君に教えてもらったその怪獣資料サイトから、バットレックス・爆鱗種とやらの情報をかき集めることにした。
あのサイトは正規の免許がなければ閲覧することができなかったので、正規免許を保有しているペラルさんも巻き込んで、彼女の免許を使わせていただくことにした。
条件は、ペラルさんも一緒に、その資料を見ること。
なんともお安く留まったお礼である。
「わたしも知らないんだよね〜、ソイツ。」
俺より歴も年齢も高いペラルさんも知らないなんて、なんとマイナーな生物だろう。
そう思いながらその資料を見ると、書いてあることが驚くほど少なかった。
免許を持たない俺は他の怪獣資料を見たことがないが、ペラルさんいわく、分量が半分以下であるそうだ。
やはり、マイナーな怪獣なのだろう。
奔走飛地竜《バットレックス》・爆鱗種。
全長15メートルから20メートル前後の、飛地竜《ドラゴン》と呼ばれるカテゴリーに含まれる怪獣。
飛地竜《ドラゴン》というのは、竜型怪獣の種類の名前だ。
空中を主な行動範囲とする飛竜《ワイバーン》と、一切の飛行能力を持たない地竜《ナーガ》の間を取ったような生態を持つ、竜型怪獣のカテゴリー。
地上と空中、どちらにおいても高い機動力や攻撃力を発揮することができる種だ。
そのぶん器用貧乏になるそうだが、総じて強力な種が多いらしい。
通常種のバットレックスだってそのうちの一種だ。
一端の人間が軽い気持ちで戦いを挑めば、簡単にひねりつぶされてしまうだろう。
ちなみに、飛竜《ワイバーン》にカテゴリーされる生物種は、そこまで多くない。
俺の戦ったことのある種は、群怪鳥《オニドリ》だけだ。
地竜《ナーガ》とは2回の戦闘経験がある。
轟蒼鱗増頭地竜《マリンヒュドラ》や巨躯極氷地竜《アイランゲェ》のようなやつらだ。
....................この2体が極端な例だと言うことには、ぜひとも目をつむって欲しい。
そして、これらの両方の性質をあわせ持つのが、飛地竜《ドラゴン》。
竜型怪獣の個体数が少ないこともあり、俺は戦ったことはおろか、会ったことすらないが、こいつらはすべての竜型怪獣の中でも最も豊富な種類と、最も多い個体数を持つ。
それの中の代表的な一種が、バットレックスだ。
非常に貪欲な食欲を持ち、目についたものの中で"食物"と判断できるものを全て捕食するほどに凶暴な竜型怪獣。
また、たとえ大型生物相手でさえ、自身へ一定以内の距離を詰めたら、即座に戦闘へと移行してしまうほどに好戦的な生物だ。
人的被害以外にも、農作物などの生産品へ甚大な被害をもたらすことから、人の活動範囲付近に発見された際は、極めて迅速な対処が求められる怪獣でもある。
住処を一定の場所に拘らないほか、熱い環境にも寒い環境にも適応できる生存力を持っていることから、比較的どんな地域にも姿をあらわす。
しかし、ウッドバレー周辺にはバットレックスの巨体を維持することのできるほどに栄養のある食物があまり存在していないから、出現が確認されていない。
....................はず、だったのだ。
しかし、やって来た。
たとえそれが個体数の少ないマイナーな特殊種だとしても。
やってきたことに変わりはないのだ。
「やっぱり外来生物だったのね。」
例の、外からやってきた怪獣というやつが、これだ。
それに、今宵のターゲットはバットレックス。
時間が経てば経つほど、非常にマズイだろう。
長時間何もせずに放っておいてしまえば、周囲の生態系の均衡を崩すほどの規模でその食欲を発揮しかねない。
「早急に目撃情報を募るわ。
アタシたちも探し続けるけど、微細なことでも情報があればそこに向かうようにしましょう。」
「わかった。」
バットレックスの本来の鱗は、黄色だ。
俺たちの探している怪獣の鱗が赤色だったことで、俺の持ちえる知識だけで特定することができなかった。
そうなるとこのように、なにか特殊で、しかしとても大切なものを見落としている可能性も十分に考えられるだろう。
「俺は慣れていないもので、手伝って貰えますか?」
「もち、シクヨロ!」
ペラルさんの助けを借りつつでいい。
今日帰ってきてからの一晩をかけて、このサイトを、もう少し詳しく見ることにしよう。
そうして昨日と同じように、俺たちふたりは外へ出かけた。
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そして、俺がウッドバレーへ来てから、3日の月日が経った。
それまで、バットレックスに関する進展はあまりなかった。
毎日ルートを大きく変えて森の中を練り歩いても、足痕の痕跡や爪痕の痕跡はおろか、鱗の1枚すら見つからない。
その3日間、俺たちはほぼ一日中、森を歩き回る生活を送っていたのだ。
覚えているのは、2日目に通り過ぎた沼が他に類を見ないほどに、凄く綺麗だったこと。
あとは、毎日のお昼ご飯の他に、ピクルスがとても美味しかったことだろう。
ラフラさんはカバンの中にピクルスをひと瓶持ち歩いていて、ときおりそれを食べるのだ。
熱中症対策だね。
そのピクルスは、彼女のお手製だという。
春から夏に変わるときに、一度に大量の野菜を買い込んで、それをまるまるすべて漬けてしまうらしい。
それをひと夏かけて、森の中で食べるそうだ。
それが、とても美味しかった。
森の中に入るのは凄く楽しい体験だったけど、特に何があるわけでもない。
もちろん、何もないのがいちばん良いことだ。
しかし、長く大変なのに何もないと、霞でも食べているような気分になる。
ラフラさんはこれを毎日やってもケロッとしているが、俺は一日が終わる度に疲れてしまう。
きっと、俺はこの仕事に向いていない。
それと一応、毎晩、ブルーさんに経過報告をしていた。
わざわざ家から離れて、森の中で電話をかけないといけないのが面倒だけど、仕方がない。
爆鱗種とやらをブルーさんに聞いてみても、手応えのある返事は帰ってこなかった。
存在は把握しているようだったが、実際に対峙したことはないらしい。
ここまでくると、もはや実体験の類を求めるのは現実的ではなさそうだ。
ブルーさんは、通常のバットレックス相手の立ち回り方を少し教えてくれた。
しかし、最後に「ボクが今言ったことが、爆鱗種相手に信頼できるかも怪しいから、頭の片隅に置いておくくらいにしておいてね。」と言われてしまった。
そして、手強い相手だろうけど、頑張ってくれと激励をもらった。
死ぬようなことは....................ないんじゃないかな、と思いたい。
それと、リンさんに例の木の実の話をしてみた。
この木の実は、サンライズバレーの食料品店でも売っているようだったが、リンさんの話に聞いた"ソレ"と俺の食べた"アレ"では、こちらのほうが大きさや中の密度が比較にならないほどに良いことがわかる。
持って帰ると行ったら、楽しみにしていると返された。
サンライズバレーへ戻る前日あたりに、ラフラさんに案内してもらって、何個か取って帰ることにしよう。
そして、3日間森に潜って。
4回目の夜を越した朝....................いや、夜中に事態は大きく動いた。
深夜の2時のことだった。
ペラルさんの元に一報が届いたのだ。
それも、人的被害を伴うという、最悪の形で。
間に合わなかったのだ。
いくら森林内の捜索が困難であるとはいえ、これは俺たちの落ち度だ。
「ベロキ、今から車出すわよ!」
「うん!」
俺たちは深夜に車のエンジンをふかし、夜にも珍しい地上道路を通って、一報のあった場所へと向かうのだ。
大事をとって、ペラルさんも連れていく。
深夜であることなんか関係ない。
どれだけ眠くても、付いてきてもらう。
最初は赤子よりも酷い態度で行くことを渋っていたが、寝ボケが収まって自体を把握すると、落ち着いた態度で準備を始めた。
一報が届いて30分くらい。
ラフラさんが車のアクセルを踏んだ。
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向かった先は、ラフラさんの家から車で1時間くらい離れた、集落のひとつだ。
第5エレベーターから徒歩で向かおうとすれば、3時間はかかる距離だ。
狙われたのは、ラフラさんたち一家もよく利用しているという酒造屋さんだった。
辺境の地の地価が安いことを利用して農場まで作り、すべて自家製でワインやチーズのようなおつまみを作っているのだそう。
もちろん、狙われたのはワインではない。
そこで栽培されているブドウ。
そして、チーズのための牛乳をとるために飼っている、家畜の牛。
狙われたのはここのふたつだそう。
「ここですか。」
そこには、人間4人の残骸が転がっていた。
こういうのは見慣れているけれど、ラフラさんは一瞬ギョッとしていた。
骨なんて存在していないかのように噛みちぎられ、乱雑に放り投げられている。
顔だけが残っているご遺体もあり、その表情からは当時の様子が見て取れる。
「主の安らかなお眠りを....................お祈り申し上げます。」
ラフラさんは、キリスト教式の追悼をその場で行っていた。
映画とかでよく見る、指をシャッシャっとやって祈りの動作をするアレだ。
ナマでは初めて見た。
そして、慌てて俺とペラルさんも、それを真似して行う。
「べつに、無理しなくていいわよ。」
彼女は苦笑しながらそう言ってくれた。
十字架みたいなものが見当たらなかったせいで気づかなかったけど、彼女の一家はメシアの教徒ではなさそうだ。
あのやりかたは、ブルーさんから教えてもらったメシア教流のものではない。
「ひとまず敵ではないことがわかった、ケド。
ベロキくん、ラフラちゃんたちには"あのコト"、言わない方がいいよね?」
「ええ、そうですね。」
言わない方がいいだろう。
彼女と敵対する可能性がほぼゼロになった、というだけだ。
イェーガー家に厄介事を持ち込んで、あの4人を危険に晒す、なんていうことは絶対にしたくない。
俺たちのやることなすことは、俺たちのチームの中に留めておくべきなのだ。
ラフラさんは、神への祈りを終えたらしい。
近くに立っていた目撃者らしき人に、話を伺い始めた。
ペラルさんもそちらへ合流している。
そういえば、神か。
神様を自称するアイツは、ここ最近夢には現れない。
やつと会わない時間が増えれば増えるほどに、俺の精神が幸せになるのは間違いないのだが。
ここまで出てこないのも不気味である。
やつはいきなり現れて、俺に対してあまりにも重要なアドバイスを行ってくる。
選択の自由は与えられているようだが、俺が判断を間違えれば、人が死にかねない。
今の俺のまわりに、人の死が関連する事象が存在していないだけなのだろうか。
宗教団体と争うなど、いかにもそのようなものが関連してきそうなトピックだが。
まあ、いい。
次にやつが現れても、指示を全て聞くつもりは毛頭ない。
指示は聞かずに....................しかし、俺なりに結末を予想して、ハッピーエンドになるように持って行く。
これでいいだろう。
それに、やつの予言とやらには穴があることもある。
さも正しいことかのように言っているが、蓋を開ければ「俺の思考ルーチンに沿った行動を指示してくる」だけのこともある。
やつの言うことの中で唯一信憑性のありそうな「結末」のことも、そんなに信用して良いかもわからないしね。
「ベロキ、何ボケっとしてるの。
大事な話を聞いているんだから、こっちに来てちょうだい。」
「ああ、ごめん。」
俺はラフラさんにちょっと怒られた。
まあ、道のど真ん中で関係のない思考をし、時間を浪費していたのは間違いない。
俺が悪かった。
そして、ラフラさんが聞いていたバットレックスの目撃談を、俺も把握することになった。
それは思ったよりも、酷い話だった。
こういうものに慣れていないであろうラフラさんなんか、少し吐き気を催していたように見える。
一生懸命、我慢していたけど。
バットレックスは雑食だ。
やつはブドウを跡形もなくなるほどに食い荒らし、そのまま牛にまで手をかけようとした。
しかしそこでブドウの咀嚼音を聞いて、その怪音を不気味だと感じた近隣の住民が、バットレックスを発見した。
そのひとはすぐに叫び声をあげ、それに呼応したバットレックスの咆哮により、近隣の人たち全員がその存在に気がついた。
しかし、とくに抵抗する術を持っていなかったため、為す術もなく数人が食い殺された。
苦し紛れに放った、猛獣を追い払うための閃光弾《スタングレネード》が意外にも絶大な効果をもたらし、閃光で目を灼かれたやつは、一目散に退散して行ったのだという。
逃げていった方向はわかるが、詳しい距離や場所などはわからないらしい。
「どうする?追う?」
ラフラさんはそう提案してきた。
その選択も、大いにアリだ。
実際の被害が出てから俺たちがここへ到着するまで、2時間もかかっていない。
いくらやつが巨体を持っていたとしても、移動できる距離もたかが知れている。
足跡や鱗などの痕跡を追えばきっとやつを発見することができるだろう。
「いいや、俺は追うべきじゃないと思う。」
しかし、俺は反対だ。
最悪のパターンは、やつと俺たちがどこかですれ違ってしまうこと。
バットレックスはきっと、食べ損ねた家畜を食べに帰ってくる。
一度通用した閃光だって、二度目があるかはわからない。
やつが怯まなかった場合、ジ・エンド。
そこで完全に終了だ。
やつをここへ近づけてはならない。
他の人たちを逃がすにしても、まずは俺たちが相手取ることが前提条件だ。
でなければ、時間を稼げることすらできやしない。
不明点は多い。
議論してしまえばきりがない。
どうせ、水掛け論になるだけだ。
本当にやつはここへ来るのか?
やつはどれくらいかかる強いのか?
ラフラさんはどの程度戦えるのか?
最後くらいは、あとでラフラさんに聞けばよいだろう。
唯一わかっているのは、彼女のもつ固有武装《オンリーウエポン》は、瞬時に使えるような機能のものではないということだ。
しかし、怪獣を倒せる攻撃力などは持っているはず。
現状は怪獣の気配もしないし、最低でも1時間弱くらいのヒマは与えられているだろう。
そらなら、じっくりとこれからのことを話し合えそうだ。
「決まりね。」
「ああ。」
「おっけー。」
俺たちは、やつが来るまで、座してここで待つ。