鯣烏賊 / 第133話

最下層:ウッドバレー その7

俺たちは、待った。 ただひたすらそこへ居座り、やつの襲来を待ち続けた。 たとえ何分でも、何時間でも。 やつが来るまでは何もしないで、ただひたすらに待ち続ける。 なにかすると言ってもせいぜい、少しだけ水を飲んだり、ものを食べたりするくらい。 トイレへ行ったり、ましてや眠るものなんて、俺たちの中には1人もいなかった。 ラフラさんの本業は"これ"ではないから、最初の方は、人生で初めて見る人間の死体に吐き気を催しているようだった。 それにこの死体たちは、むごい。 殺しの仕事をしていた俺だって、あまり見かけないほどに、無惨に殺されて捨てられている死体だ。 しかし、その吐き気や不快な気持ちもじきに収まり、彼女もそれらに慣れたようだ。 そうして俺たちは待ち続けた。 来たら、きっとわかる。 ペラルさんは瞑想みたいなポーズをしている。 いいなあ、「庭《テイ》」。 俺にも才能があったらなあ。 1時間、2時間と。 なんの異変も起こらず、時間だけが過ぎ去ってゆく。 そして、時刻は朝の10時。 「来たよ、ふたりとも。」 やつはノコノコとやって来た。 ペラルさんがそう言ってくれた直後には、なんの異変も感じなかった。 しかし、木の幹がなぎ倒される音や、小動物の逃げ去る音が聞こてくることから、嫌でもやつの接近を感知できるようになってきた。 森林から現れたそいつは、話に聞いていたものと全く同じ容姿だった。 真っ赤な鱗を持ち、前足が翼のようになっている巨大なトカゲ。 ときおり体から落ちてゆく小さな粉のようなものは、きっと例の鱗粉だろう。 奔走飛地竜《バットレックス》・爆鱗種。 全身が赤い鱗で覆われた、飛地竜《ドラゴン》に分類される中型怪獣。 全高5メートル、全長20メートル程度。 頭部はファンタジー作品に登場するドラゴンそのものだが、その他の部位は、トカゲ生物的な骨格を持つ。 翼のような前足は青く染まっているが、これはやつの静脈が浮き出ているから、だそうだ。 「では、手はず通りに。」 俺たちはバラバラに別れた。 たった3人であることと、俺とぺラルさんの普段の役回りがある種"似ている"ことから、変則的な編成である。 メインアタッカー兼、敵の注意を引いたり逸らしたりする役回りが、俺。 相手の行動を妨害し、足止めを行うのが、ペラルさん。 そして狙撃手として、ラフラさんにトドメを刺してもらう。 ペラルさんがトドメを刺すのはまず、不可能。 彼女には攻撃力が無さすぎるからだ。 そして俺がトドメを刺すのでも、時間がかかるだろう。 最低限でも、「排撃《リジェクト》」だけは溜めたい。 そういう意味では、ラフラさんから聞いた、彼女の使う固有武装《オンリーウエポン》の性能は適任と言えるかもしれない。 多少のギャンブル的要素を含むが、これが最適解なんだから仕方がない。 大丈夫だ。 どうせこのギャンブルには、時間をかければ勝利できるのだから。 そのためにも、まずはバットレックスを森林へ追いやらねばならない。 先手は俺だ。 森からノコノコ姿を表したバットレックスの背中方向へ素早く回り込み、やつの死角となる位置を確保。 ちょうど、やつの頭部の真上である。 大きく飛び上がったそこから、やつの頭部を目がけて直線に急降下。 「衝《ストライク》!!!」 着地と同時に、俺はバットレックスの頭部を踏み抜いた。 俺の視界を赤い鱗粉が覆い....................そして。 ----- 頭頂部から与えられる凄まじい衝撃に、バットレックスの視界が歪まされていた。 打ち付けられた地面のところに、小さなクレーターが作られるほどの威力であった。 体を覆う鱗から分離した、小さく赤い鱗粉が狼煙のように周囲に飛び散る。 気配をほとんど完璧に消していたベロキの接近に、バットレックスは欠片も気づいていかなかった。 頭部への初めの一撃を為す術なく正面から被弾したその地飛竜は、憎しみのこもった目でその人間のことを睨んだ。 前足や上体を滅茶苦茶に振り回して頭部に乗っている人間をそこから落とそうと、必死にもがく。 その巨体とパワーによる抵抗を抑えきれなかったベロキは、馬乗りになっていた頭部から足を下ろした。 状況は、ベロキとバットレックスが、相対するような構図へと変化する。 依然として、周囲を覆っている赤い粉は、なんの障害ももたらさなかった。 ように、見えた。 相対しているベロキは、その粉の動向を警戒し続けていた しかし、異変はすぐに起こった。 バットレックスが、ガリッと歯ぎしりをしたのである。 刀のように鋭く大きなその歯は、周囲の人間へと不快な音を与える。 だが、真の意味はまた違うところにあった。 歯ぎしりの瞬間、頭部の付近を浮遊していたその粉が、爆《・》発《・》した。 その付近へ、またそのさらに付近へ。 数秒もかからないうちにその爆破はあちらこちらへ漂う鱗粉たちへと伝染してゆき、付近の赤い粉全て爆破させた。 火や熱は伴わない。 しかし膨大なエネルギーを持ったなにかが、そこで"破裂"していた。 その大爆発はあたりに風圧と衝撃波をもたらし、サポートに入るべく接近していたペラルの行動を阻害した。 これが、バットレックスの「爆鱗種」の持つ固有能力であった。 鱗粉に熱を加えてしまうと、その鱗粉が内側から破裂し、爆発を起こす能力。 今回の場合は、歯ぎしりによって生まれた小さな火花が着火剤の役割を果たしていたのだ。 その爆破は完全に熱を持たないわけではなく、その微細な熱たちが他の鱗粉へと移って行くことで、誘爆が起こされる。 特に何事もなければ、付近の鱗粉全てが爆発を起こしてしまうほど、誘爆の性能は高い。 獲物は逃がさないが、跡形もなく殺しはしない。 獲物を必ず捕らえるという意思の感じられる、バットレックスの生態が全て詰め込まれたような能力である。 そして接近していたペラルは、バットレックスに発見された。 その竜にとって、人間を含めたた生物とはみな等しい存在である。 "エサ" バットレックスにとって、目の前に姿を表した生物は、たとえ何者であろうと餌である、 ときには同族すら食すことがあるのだ。 そんな食欲旺盛な生物にとって、他生物の個体識別など二の次、三の次。 ベロキやペラルなどの人間個体識別などできておらず、そこにはただ等しく、"獲物"が現れただけだったのだ。 「グルシャァ....................。」 バットレックスは、ペラルを見つめる。 開いた口にはヨダレが見られ、ペラルにはその吐かれる吐息が生暖かく感じられていた。 ベロキたちの予想通り舞い戻ったきたこの個体は、家畜の肉が食べられなかったことにより、空腹だったのである。 レックスは左前脚だけを地面につけながら、大きく上体を持ち上げる。 大それた構えだが、想像を絶する力が込められていることが見て取れる動きだ。 その狙いは、目の前に立っているちっぽけな人間ただひとりだった。 その前足を大きく振りかぶり、ペラルのことをぐしゃりと叩き潰そうとしていた。 丸太のような太い腕に万力の力が込められ、今にもベロキへと叩きつけらんというほどに張り詰める。 「あ、やばい..........!」 攻撃能力を持たないペラルは、反撃のすべを持たない。 したがってその攻撃は、回避するか防御するのかを選択せねばならない。 ペラルは防御することを選択した。 自身の周囲へ通常武装のシールドを大きく、そして強固になるよう展開し、その攻撃を正面から受け止めようとした。 しかし、そんなペラルは横から蹴り飛ばされた。 ペラルを蹴り飛ばしたのはベロキであった。 鱗粉の爆発を知識として知っていた彼は、爆発の前兆を目にしたその瞬間に、あの場から離れた場所へと離脱していたのだった。 そして、数秒も経たずに戻ってきたのだ。 振り上げられた右手は、入れ替わるようにやって来たベロキへ向かって一目散に進んでゆく。 バットレックスは、ひとりだったはずの人間がふたりに増殖したことを不思議に思ったが、どちらも殺せばよいとでも吐き捨てるかのように咆哮した。 その目は、付近にいるベロキを狙っていた。 右手による叩きつけ攻撃の起動は、確実に彼の方を向いていた。 そして、それが振り下ろされた。 凄まじい速度と、パワーを持って。 そしてその凶爪が、ベロキの体を切り裂こうと、彼の左腕に激突した。 その右腕はベロキの左手の甲に激突し、「パリン!!」という、ガラスが叩き割れたような衝撃音がほとばしる。 盾武装のカウンターである。 実に見事なタイミングでの防御だった。 ベロキのカウンターで受けられる最大限の威力の攻撃を、最小限のダメージで受け流す。 すでに彼のカウンターは、次の一手へ最大限のリターンをもたらす準備を終えていた。 「オーケー、右だね?カウンター..........!!」 左手で受けたその威力が、彼の次の一手へと反映される。 レックスはお構いなしに、彼に向けて追撃を繰り出した。 しかし、ベロキの合図で、腕の黒い輪が光る。 「跳《トランポリン》!!」 "ヴェール"が、作られた。 相対するヒトと怪獣の間に、ちょうどカーテンが貼られるようにして。 青いヴェールだ。 ベロキを噛み殺そうと口を大きく開けて旧前進した飛地竜は、そのヴェールに行く手を阻まれた。 そのヴェールはゴムの幕のように伸び続け、そして戻ってゆく。 歪みが戻ると同時に、受けた衝撃を逆側へ変換する。 その反転した衝撃は当然、そのヴェールへ触れていたバットレックスへも適用される。 有り体にいえば、飛ばされたのだ。 大きな距離を飛ばされたわけでもない。 しかし、確実にその姿勢は崩された。 普段の安定したその姿勢に戻るためには、その4本の足を使って一生懸命に起き上がらなければならない。 数秒で起き上がることができる。 しかし、それよりもベロキの行動の方が、ほんの少しだけ速かった。 ベロキがレックスの巨体を通り抜ける際、一陣の風がふく。 そして、レックスが起き上がると同時に、数箇所に傷口が作られた。 赤い血が痛覚とともに吹き出し、怪獣の意識をそちらへ奪い取った。 人間であったら数刻で失血死に追い込まれるほどの血液が、大量に流れ出ていた。 「グルルル....................。」 「へへっ、怒ってる怒ってる。」 バットレックスは、自らを傷つけたベロキに猛烈な怒りを覚えていた。 地を蹴り、吹き出す血がどうだと言うのだとでも叫ぶように、突進した。 障害となる木や岩を壊しながら、ベロキを殺すために接近して行く。 突進の途中で変則的に繰り出される、前足や牙による攻撃を捌きながら、ベロキは前後左右に不規則な動きで飛び回る。 まるで、なにかの位置を探すかのように。 どこかに、目指すべき場所があるかのように。 その攻防は、2分前後続いた。 ベロキは物理攻撃を捌きながら、少しだけ反撃を試みているようだった。 しかし踏み込もうとすると、レックスが歯ぎしりをする。 それによって、暴れ回ったことで漂う鱗粉が一斉に爆破されるのだ。 それのお陰で、ベロキは踏み込めていなかった。 しかし、レックスの側も、攻めた行動は全てベロキに捌かれていたのだ。 ペラルは双方に張り付くようにして接近しているが、特に何もしていない。 気配を消していることから、狙われることもなかった。 暴れ狂うバットレックスの攻撃を避けながら、追従しているのみである。 「ここ?了解!」 しかし、ベロキが動きを変えた。 とあるタイミングで放たれた攻撃を、その場で受け止めたのだ。 「カウンター!」 再び、陶器が割られるような破裂音が響き渡る。 それは、鍔迫り合いのようになっていた。 ベロキの右腕と、押し付けられるバットレックスの左腕による左フックのぶつかり合いである。 しかし、その鍔迫り合いの途中、バットレックスが力を弱めた。 まるで目の前のベロキから、今にも逃げ出したいと叫ぶように。 その威圧感の呼んだ一瞬の綻びを、ベロキは見逃さなかった。 「タランチュラ!!」 ベロキの手に作られた2本の光る縄が、バットレックスの首筋と右手に巻きついた。 カウンターで受けたダメージの反映されたその縄は、通常のそれとは比較にならない弾性と強度でその巨体を押さえつけた。 ベロキ本人の怪力も相まって、その締めつけは相当なものであった。 たった2本の紐に、バットレックスは捉えられてしまった。 しかし、その竜が縄の呪縛から逃れられない理由は、もうひとつだけある。 「馬鹿め、出血を気にせず暴れ回るからだよ....................!」 出血だった。 ベロキが的確に切りつけたその体の主要な血管から、すでに決して無視できない量の血液が流れ出てしまっていた。 いくらベロキ本人の馬力と強靭な縄があれど、バットレックスが全力を出せてしまっては、きっと押し負けていただろう。 ベロキは、その竜の獲物を徹底的に狙い続ける生態に、助けられた形である。 「|お前を縛る糸《バインド》!」 ここでペラルが動いた。 無数の魔法陣のようなものが展開され、そこから紫色の糸が現れる。 ベロキのカバーしきれない箇所を適切に縛り付けてゆくその糸たちによって、バットレックスの巨体は完璧な拘束を受けている。 ペラルの手が加えられたことで、レックスは暴れようにも動けないという状況まで追い込まれる。 最後のあがきとして、少しだけ動かせるその口を開く。 そして、歯と歯を打ちつけようとしたそのとき。 刹那、弱い風音とともになにかが飛来した。 それはバットレックスの胸へ吸い込まれるように着弾し。 その心臓の動きが、完全に止まった。 ----- ラフラはいつものように、茂みに身を隠していた。 ベロキたちが戦闘している場所より、200メートル以上離れた場所である。 暴れ回るバットレックスをじっと睨みつけながら、狩猟用ライフルの銃口を向けていた。 「|不確定な未来《アポロン》、アイツの凶の方角教えて。」 《2時ノ方角、デス。》 それを聞いて、ペラルは引き金を引いた。 コスモで作られたその凶弾は、めちゃくちゃに見える起動を通って飛んでゆく。 しかし、最適な場所へ吸い込まれてゆくように、偶然性の塊のような進行方向で飛んでゆく。 ライフルより発射されたその弾は、バットレックスの心臓をくり抜いた。
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