鯣烏賊 / 第131話

最下層:ウッドバレー その5

パチパチと、目の前に炎が起こる。 くべられた薪の間から、そのオレンジ色の光が淡く光り出す。 白黒の煙がもくもくとたちこめて、火力を増していく。 俺たちはそこに枝やら落ち葉を投入して、熱の恵みをさらに得ようとするわけだ。 「暑いね。」 「どんなに暑くても火は必要よ。 我慢しなさい。」 目の前に作られた簡易的な焚き火の炎のなかに、アルミホイルに包まれた木の実たちがバシバシ投入されてゆく。 網の上にパンと、つい数分前に水揚げされた魚が乗せられ、香ばしい香りを放つ。 「お肉をとっちゃダメなの、意外だったよ。」 「アタシたちは猟師じゃないからね。 魚はギリギリオーケーなのよ。」 また、パチパチと火の音が鳴らされ、その小魚の薄く脆い鱗に焦げ目がつく。 ラフラさんがそれを裏返すと、見ているだけで食欲のそそられる焼き魚が姿をあらわす。 ....................また半分、生だけど。 俺はてっきり、ハンターは漁師や猟師の仕事も兼ねているものだと思っていた。 山に潜っているときは、お肉をとるために動物を狩るものだと思っていた。 しかし、自らの私欲を満たすために動物を狩ることは絶対に許されないらしい。 殺生の許される生物は、人里へ被害を及ぼしてしまいそうな危険生物か、もしくは、広まってしまっては厄介な感染病を体に宿した生物。 このあたりだけだ。 当然、そいつらは食えない。 「動物の肉が食いたかったら、猟師さんのところに行きなよ。 たぶん、売ってくれるから、たぶん。」 「たぶんってなんでさ。」 「....................あんたが、W.M.S.Fのひとだと誤解されてしまったら、売ってくれないかも。」 また、それだ。 昨日からやたらと、その話題が出てきては、引っ込んでしまっている。 もう3回くらいは聞いたぞ。 俺の前で話しにくいことなのだろうか。 一体なんでだ。 W.M.S.Fがこんなに嫌われる筋合いはない....................はず、なのだが。 別にラフラさんは、批判記事を出して飯を食っている記者でも、インターネットである事ない事をあれこれ主張する活動家でもないだろう。 よほどの理由がありそうである。 知りたい。 「....................なんで、君たちはそんなに彼らを嫌っているの?」 バチバチッ! と、火の音が強くなる。 強めの風がふき、魚の油が火に垂れ落ちてしまったのだ。 もちろん偶然なんだろうが、火の奥に見えるラフラさんの顔色とも合わせられて、それがすごい緊張感をもたらしてくる。 彼女は、しばらく口を開かなかった。 結構、長い時間だったと思う。 そんな無言の時間が過ぎる間に、魚とパンが焼けてしまった。 パンにはこんがり茶色の焼け目がつけられて、魚のお肉はフカフカに焼けている。 食べごろだ。 「じ、じゃあ、黒コゲにならないうちに食べちゃおうか?」 「....................そうね。」 ラフラさんは持ってきていたトングをカバンの中から取り出し、食材たちの様子を見る。 出来に満足がいったのか、彼女はそれらを紙のお皿にのせて、魚に塩をふりかけて俺に渡してくる。 互いになんとなく気まずい雰囲気を感じながら、それにかぶりついたとき、ラフラさんがやっと口を開いた。 「あいつら、分別もしないのよ。」 「と、いうと?」 「見つけた怪獣は、ところ構わず、どんな種類、個体であろうと全部殺す。 こちらから手を出さなければなんの害もない生物のはずなのに、あいつらと出会ってしまった生物は、"怪獣"というだけなのに、等しく命を奪われるの。」 「その言い方だと、まるで"そいつら能動的に殺しに行った"かのように聞こえるんだけど。」 「その通りよ。 それも、弱い怪獣だけ。 純粋な討伐者には、殺した怪獣の数で評価が大きくなるシステムがあるから、それが悪さをしているのね。 そのくせ、扱いが面倒な怪獣や少し強い怪獣が相手になると、アタシたちにまるきり任せるのか、援軍を呼ぶのかの二択。 つまり、点数稼ぎね。」 俺も、そのシステムとやらは知っている。 いつぞやにディラン君が似たようなことを言っていた気がする。 彼は何と言っていたか....................「命を賭ける仕事へのモチベーションを維持するための需要な制度だ。」だったっけ。 そのときは確かにそうだな、良い精度だな、と納得したけれど。 こんな副作用もあるのか。 確かにグランド・キャニオンは、怪獣の出現数が極端に少ないと聞く。 (俺はすぐにウォールロックと戦闘したが、あれはきっと外れ値なんだろう。) そんな場所にいては、たとえ討伐者をしていたとしても、確かに命の安全は保証されるだろう。 しかし、戦闘がなければ評価は上がらない。 給与は勝手に低下することもなければ、上昇することもないのだ。 「悪いシステムじゃ、ないハズなんだけどな....................。」 「ええ、地域によっては凄くよく働く制度だと思うわ。 けど、ここじゃあ別なのよ。 アタシはハンターになって2年とちょっとだけど、その短い間にも"押し付けられた怪獣"との戦闘で亡くなった人を見てきた。」 ラフラさんはギリッと歯ぎしりをし、手に力を込めていた。 パキッという乾いた音とともに、持っていた木のフォークが真っ二つに折れる。 彼女はため息をついてそのフォークを焚き火の中へ放り込むと、防火手ぶくろをつけて、さっき焚き火の中に入れたアルミホイルを取り出した。 これは、ラフラさんが焼いて食べると美味しいと言っていた大きな木の実だ。 丸い形をした、緑色と茶色の混ざったような木の実だった。 アルミホイルからそれを取り出したラフラさんは、その木の実をパックリ割る。 なかはかぼちゃのようになっていた。 それに持ってきていた塩とコショウをこれでもかと振りかけ、俺に渡してきた。 「その、すまなかったわね。 謝るわ。 ....................あんたも一応、そっちの道《・》の人なのに、言葉強く罵倒しちゃって。」 「別にいいよ、地域柄、俺には関係のない話だし。」 俺はラフラさんの真似をして、渡された木の実の片割れにかぶりつく。 なかなか美味しい。 木の実と言えば甘いイメージがあるが、これはなんか....................根菜のような味だ。 うん、とりあえず美味しいのだ。 これをリンさんに食べさせてみたい。 別物みたいに改造した美味しい料理を作ってれそうな期待感がある。 持って帰ってみたいな。 「これ、俺のツレの人たちにも食べさせてみたいから、何個か持って帰りたいんだけど。 問題ないかな?」 「たしかに、これはお店には売ってないわね....................。 木の実くらい、誰でもオーケーよ。 あ、虫食いだけは気をつけてね。」 よし、5個か6個くらい、持って帰ってあげよう。 とりあえずは、みんなと食べてみよう。 あのエレベーターへ同時に乗る人数はかなり多いけれど、この木の実を入れる袋くらいは持って中に入ることができるはずだ。 ん、エレベーターか。 そういえば....................。 気になっていたことがあったんだった。 「そういえばラフラさんってあのとき、サンライズバレーで何をしていたの?」 昨日のお昼あたりに、ラフラさんはサンライズバレーのエレベーターの搭乗口にいた。 今も持っている猟銃を手にあそこへいたはずだ。 ラフラさんの生活を見ている限り、手間とお金をかけてサンライズバレーまで行く必要は無いと思うのだが。 一体、何をしていたんだろうか。 買い物か何かか....................? いや、余計な荷物は何ひとつ持っていなかったように思うけれど。 銃は、ノーカン。 「ああ、あれは宿を取っていたの。 ここでも宿はとれるけど、やっぱり人と話して決めた方が安心かなって思って。」 「宿?」 「ええ、あと1週間でアプルの通ってる学校が長期休みなんだけど。 そのときにアプルが、サンライズバレーに行きたいんだって。」 「行ったことないの?」 「ええ。 でもアプルも今年で10歳。 頑張ってシティバレーを経由させて、自分でサンライズバレーに行ってもらおうと思って。」 可愛い子には旅をさせよってやつだろうか。 それにしても、わざわざシティバレーを経由して旅行に行くとは。 ....................もはや、旅だ。 この辺の、ある種の行事みたいなものなのだろうか? 相当な労力がかかると思うのだけど。 「ラフラさんは行かないの?」 「アタシはもう何度も行ったことがあるし。 ....................たしかに心配だけどさ、だからこそ行かせてあげないと、って思うの。」 そう語るラフラさんの顔は、少し怯えているように見えた。 寂しそうではない。 怯えているように見えたのだ。 彼女は一体、何に怯えていると言うのだろうか? 俺は彼女と出会ってまだ2日目だし、この家族のことをよく知らない。 ようやっとこさ、家族の名前と続柄を把握している程度の、浅い関係だ。 だから、俺から下手なことは言えない。 しかし。 なぜか俺は思ったのだ。 ラフラさんは行くべきだと。 ここからサンライズバレーまで徒歩数日。 彼女は行かなければならないと。 俺達の予定を少し遅らせて、護衛としてついて行くでもいい。 なぜか彼女は行かせなければいけないと。 そう確信したのだ。 「仕事、増えるかもなぁ。」 「なに?どうしたの?」 「なんでもないよ。」 ペラルさんは付き合ってくれるだろうか。 いいや、付き合わせよう。 俺が頼めば....................。 頼めば....................。 なんとかなるか。 ----- あのあとは焚き火を終えて、また森を歩いた。 森を抜けて、隣町と言うところまで行った。 町と言っても、建物が数十棟あるだけのものだったが、大体の商業施設はここにあるようだった。 そして家に帰る頃にはすっかり夜もふけていて。 昨日のようにみんなで夕飯を食べて、順番でお風呂に入って。 そうして寝る直前に。 「えっと、アロくん。忙しかった?」 「いいや、問題ないぞ。 お前から連絡とは珍しいじゃないか。 ええと....................。」 「ベロキです。」 「そうだそうだ、覚えていたとも。 ベロキだろ、ベロキ・ルキ。」 俺は、アロ君に連絡をしていた。 なぜかと言われれば、俺の周りの怪獣に詳しそうな人というのが、彼しかいなかったからだ。 アロ君は悪い人ではない。 べつに、怖い人でもない。 コミュニケーション能力の話をするなら、俺とペラルさんよりも上だろう。 自分から話しかけてくることがないだけの人なのだ。 ただ、部屋から出てこない。 それだけだ。 だが、彼とはまともに話したことがない。 ミクロさんはたまにアロ君と話しているのが聞こえるので、ふたりは仲がいいんだと思う。多分。 俺たちに興味がないだけなのかもしれない。 「カップルのするような長電話はできないが、少しだけならばできるぞ。 何の用だ?」 「ああ、単純な話なんです。 今から言う特徴から、どんな怪獣なのかを予想して欲しくて。」 「なるほど。 とどのつまり、お前の出張先をそいつが困らせている、ということか?」 「まあ、そんなところです。 本題の....................前の、前の、さらに前段階くらいの話ですが。」 「聞こうじゃないか。 述べたまえ。」 俺は、ラフラさんから聞いた怪獣の特徴を述べて行った。 赤い鱗。 鱗粉がある。 大きさは15メートルくらい。 前足が翼のようになっている。 このくらいの断片的なものだが、俺から提供できるのはこれだけだった。 数分間、電話口が無言になった。 たまに「うーん」といううねり声が聞こえる。 「そいつは、緑色のツノを持っていたりしないか?」 「聞いてません。」 「そうか。 3択くらいまで絞れているが。 他になにかないのか?」 俺は思い出す。 ラフラさんが何を言っていたのか。 その正体不明の怪獣についての目撃情報。 他になにか、言っていなかっただろうか? そして思い出した。 話に聞いたわけではなかったから、無意識のうちにこの情報を除外していたのだ。 "あれ"は、俺だって実際にこの目で見たじゃないか。 「そういえば鱗粉を触らせてもらって。」 実はあの後、家に帰ってから、目撃情報にもあった、赤い鱗粉を見せてもらった。 何の変哲もない、普通の赤い粉だったのを覚えている。 しかし、それを触らせてもらったときに。 「爆発したのか?」 「ええ、なぜ分かるのですか。」 そう、俺のときだけ、粉が爆発したのだ。 それも、結構痛い感じで。 俺の体が強くなければ、傷を負ってしまうくらい大きなものだ。 しかし、この粉の爆笑が起こったのは、俺のときだけだった。 ラフラさんやペラルさんが同じことをしてみても、なんの変化も起こらなかった。 お俺の体が、なにか関連しているのだろうか。 「よし、確定だな。 おめでとうベロキ、対戦カードが決まった。 こいつは、だいぶ手強いぞ?」 すると、1件のメッセージが送られてきた。 それには写真とリンクが添付されている。 写真に写っていたのは、教えてもらった条件に合致した、体躯の大きな飛竜種《ワイバーン》.....................いや、地竜種《ナーガ》にも見える。 そして、その添付されていたそのリンクの題名に書かれていたのは。 「奔走飛地竜《バットレックス》・爆鱗種..........?」 俺もよく知る怪獣であるバットレックス。 ....................の、知らない種の名前が書かれた、怪獣資料のリンクだった。

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