鯣烏賊 / 第76話

不倶戴天の不協和音 その16

シロに異変が起こったのと、ほぼ同時刻。 狙撃手、死の薔薇に気づかず。 ----- すうーっ、と大きく息を吸いこんだリンは、その1メートル50センチの小柄な身体からは想像もつかないような大声で叫んだ。 「ホバーボードに乗ってるそこのあなたーーーー!!!!下に降りなさーーーーい!!!!」 声はホバーボードの使用者....................パキケへ・レイの耳へしっかりと届いた。 聞いたこともない声で背後から呼び止められ、なおかつ「下に降りろ」という戦術的な指示を与えられたことに一抹の不安と困惑を覚えたパキケであったが、指示通りにバタフライ・リリパットの隙を見てホバーボードを急降下させた。 背後数メートルに迫る殺気を振り切り、ホバーボードの先端をやや下に向ける。 極めてコンパクトな動作でホバーボードは下降の構えを示し、流されるようにパキケの体も斜め下方向へ傾く。 ほんの2メートルか3メートル降下したその瞬間に、ズアッ、という、どのような音ともとれない爆発的な衝撃の塊とともに、それが空気をまとって吹き荒れ、余波によりパキケはさらに下方向へ吹き飛ばされた。 何気ない戦況の一瞬に自分へ差し迫った自らの命への危険に恐怖し、心音がドクンドクンと肥大化してゆくのを感じながら、パキケは恐る恐る首を上に傾ける。 ゾゾゾゾ、と背中をいやらしく撫でてくる不安を振り切り、パキケは上方向を見た。 そこにあったのはリリパット・バタフライの死体であった。 しかし、それはただの死体にあらず。 「え....................????」 尾の先端から顎まで、そこだけを何かが貫き通したように空洞になっている。 硬いが、それに見合わぬ軽量な甲殻は空中にプカプカと浮き、そこにただ存在していた過去のみをパキケの目に映す。 そのあまりに特異な光景を脳が処理することに数秒の時間を要したが、いざそれを理解してみると、パキケの脳内に、たった一つの鮮明な結論が浮かび上がった。 「ビーム....................??」 さきほどのその凄まじい衝撃の正体は、ビームであった。 見たこともないくらいに太く、高威力なビーム攻撃が自身の背後に迫っていたリリパット・バタフライの体を貫通した"痕跡"のみが、深夜の暗闇に遺されていたのである。 鋼鉄のように硬く頑丈な甲殻たちが、まるでハサミで切られた厚紙のように粉々に砕け散り、不気味で不快な色味の虫の体液があたりの空中に飛び散っている。 絶命の瞬間を迎えて空中から落下してくるそれらの"元"生物であったもの達が落下してくるのを避けながら、パキケはビームの発射元と思われる場所へと視線を向ける。 「誰....................あのひと。」 寮棟2号館の屋上のフェンスの一部に、まるで焼け切れたようなな穴が開けられている。 そしてそのフェンスの先あたりに、赤い髪をした人影が、夜風に頭髪をたなびかせながら立っているのが見えた。 パキケの認知している限りの範囲の、この試験の受験者を初めとした関係者で中ではこのような規模や威力の攻撃を行い、リリパット・バタフライをいとも容易く撃破できるような人物はいない。 ましてや、あのような独特な容姿をした人物すらもいないはずであった。 その人物....................これはすなわちリンのことなのだが....................そのリンは、遠くにいるパキケに向けて何やらハンドサインを行っているようであった。 一般人からすれば、何やら手をゴニョゴニョと動かすだけの変な動作。 しかし、業界人ならばこの意味がわかる。 "こっちに来い" 「こっちに来い....................か。」 パキケはリリパット・バタフライの迎撃のために、ホバーボードでの飛行バランスをある程度崩してまで手にしていた「|蒼く光る尾《アステロイド》」を収納。 そして逆向きの方向へ大きく方向転換をする。 そしてブースター起動のためにエンジンをふかし....................。 「ま、従っておきますか。」 かくして2人はこの瞬間に、初の邂逅の瞬間を迎えた。 「あら、小さい子なのね。何歳?」 「失礼な!....................14歳だよ。」 「まあまあ、そんなにふてくされなくてもいいでしょ?」 「ふん!」 リンは遠目ではあったものの、パキケの操る弓の武器を見て、彼が「固有武装」使いであることに気づいていた。 パキケもそれは同じであった。 バタフライ・リリパットの強靭な甲殻をたやすく貫通させられるような人物はなかなかいない。 確かに強力な戦力なのだが....................。 「お姉さんじゃ無理だと、思う。」 「え?」 リンは、急に「お姉さん」呼ばわりされたことと、「無理だと思う」と宣言されてしまったことに心底驚いた。 なにせリンは、かっこよく登場してそのまま大逆転!あわや給与アップ!という結末を望んでいたのだから。 そんな思考をしているさなかで、半ば戦闘を放棄するような発言をされたことに驚愕したのだ。 「無理って、なんで?」 「バリアだよ。」 パキケはぽつぽつと、暗い雰囲気の声でリンに語り始めた。 自分が戦闘している時、テトラファントに矢が命中すると必ず何かしらの要因で本体まで届かないこと。 「|追う矢《アルテミス》」では威力不十分だと感じて「|貫く矢《オーディン》」を使ってみたところ、夜闇に紛れていたが、微かに黒い何かが矢を防いでいるのが見えたこと。 あえてリリパット・バタフライをテトラファントにぶつけたときに、そのバリアが大きく実態化したこと。 リンがその直後に自分を助けてくれたこと。 「テトラファントにあんな能力ないはずなのに....................。」 しかし、リンには心当たりがあった。 ここまで統率された群れは、きっと自然なものではない。 必ずこの群れのどこかには、報告になかったヒトガタが紛れ込んでいる。 リンは先程、そう結論付けていた。 つまりそのバリアとやらは、そのヒトガタの持つ能力だと考えるのが自然である。 つまりそのヒトガタを取り除けば、バリアを消すことができ、テトラファントに攻撃することができる。 しかし、リンはそれをパキケに言えなかった。 ミクロより事前に、この戦いにおけるヒトガタの存在自体を一部の人物以外に言わないよう、口止めされてるのだ。 リンにその理由はわからないが、「|音の舞う舞台《オルケストラ》」の能力により、秘密にまつわる彼女の行動は制限されている。 (わたしひとりで何とかするしかないわね....................。) リンは不定形火薬《フリーニトロ》を取り出し、それを紐のように加工する。 アオに万力の握力で握りつぶされてしまった手にそれを巻き付け、何とか手として使えるように整形してゆく。 「あなた、名前は?」 「おれ?パキケ。」 「そう。パキケ。折り入ってお願いがあるの。」 「?」 手を治し終わったリンは、無理やり使える状態に移行させた右手を握っては離し、握っては離し、と準備運動のようなものをする。 関節に不備があるのか、動かす際の音にやや雑音が混じっているが、それは大した問題ではない。 この程度の傷は、後でどうにでもなる。 リンにとっての右手とは、ただ銃の引き金を押すためのものである。 その他の器官や部位の動きを邪魔せずに、たった1発を狙いすまし、それを命中させる。 ただそれが出来れば、彼女にとって今の"右手"は、十分すぎるほどの存在であった。 「今から頼むこと、お願いね!」 ----- パキケはふたたびホバーボードに跨り、テトラファントへ向けて接近する。 ブーストエンジンが詰め込まれたそのホバーボードは10秒経たないほどの速さでテトラファントのもとへ到着した。 「これは..........!!!!」 パキケは、とある男と目が合った。 その男はテトラファントの首のあたりに乗っており、なにやら手の爪をテトラファントに刺しているように見える。 不気味なほどに真っ黄色なフードつきのマントを被り、その象の背に乗っている。 パキケに気がついたその顔は驚愕の声に満ちているが、すぐに冷静な表情に戻ると、片手の手のひらをパキケの方に差し出した。 パキケは確信した。 この男....................推定ヒトガタであろうこの男がバリアの能力の正体であると。 こいつを倒せば、バリアは解除されるのだと。 それを悟ったパキケは弓矢をひき、紐に力が最大限に溜まった瞬間に、それを上に向ける。 迷いなく夜空に放たれたその矢は上空へ飛び上がり....................。 「たまやー!!!」 どーん!!!と、花火が光を放つ。

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