鯣烏賊 / 第77話

不倶戴天の不協和音 その17

その矢はヒュルヒュルと口笛のような音を立て、上空へ震えながらゆっくり飛び上がる。 段々とスピードが落ちてゆき、高度が50メートルほど上昇したあたりで停止。 どーん!!!!! 「たまやー!」 真紅の光を中心に据え、周囲に広がった。 煙は出ていないが、それでも風情ある音と光が戦場の夜空へ広がる。 「こっち見るなー!!おまえたちはそっちに集中しろ!!」 階下で大量の昆虫型怪獣たちと戦闘している一般隊員たちが一斉に上空を見上げて集中が途切れているのを見て、パキケは彼ら彼女らを怒鳴り叱った。 (も〜、なんで戦える大人がトケラしかいないんだよ〜....................。) パキケは心の中でそう毒を吐いた。 しかしその気持ちはグッと押さえ込み、自分の方に意識を向ける。 ハッとして彼ら彼女らが目の前の戦闘に戻ったことを確認すると、パキケは耳に入り込んでくる音に気がついた。 その音の方向へ首を向けると、黄金に輝く光の塊が接近してくるのが見えた。 「離れろ、ホバーボード!」 パキケは乗っているホバーボードの重心を後ろに傾け、大きく後退する。 残された時間で、出来るだけの距離を保ち、それで....................。 ジュドーン!! 数秒経たないうちに、多量のエネルギーを含んだ光の塊が、パキケと黄色い衣の人物のふたりの間に着弾した。 煙を伴わない爆発のようなものがぶわりと巻き起こり、そしてふたたび空気が動く。 気流によってホバーボードが傾かされ、テトラファントの背にも暴風が吹き荒れる。 この中でただひとり、テトラファントのみが何にも動じずにそこに立っていた。 「うおっ!」 「キャッ!!」 轟音とともに衝撃波がほとばしり、まるで小さな竜巻のように周囲の空気を巻き上げる。 目を開けたら水分が一瞬で奪われてしまいそうなくらいに強い風である。 パキケはリンに会ったことがなかったため、彼女の砲撃の威力を見誤ってしまった。 本来ならば、少し離れた場所から眺めるのが正解なのだが、パキケはほんの5メートルほどの場所に着弾させてしまったのである。 「すごい.....................こんなの王手事務所にもなかなかいない!!」 むしろ、これほどの威力を誇る砲撃に"慣れている"ということ自体が稀有な事象であるのだが、慣れている側のベロキやミクロは全くの無意識である。 依然として暴風は吹き荒れたが、それは数秒で空気の動きごと止み、目を開けて前を向いても問題ないような環境が作られる。 感覚器官の反射により思わず視界を閉じていたパキケはゆっくりと目を開け、その後の周囲の景色を目にした。 さきほど目を合わせた黄色いマントの人物の姿が先刻よりもしっかりと、パキケの目に映った。 爆破による衝撃の余波により、ごくか弱いものであるのだが、未だに彼の顔やら髪やらに風が吹きかかるのを感じていた。 チャックを閉めていなかった彼の上着や、やや伸びた頭髪が風になびく。 「女..........??」 黄色いフードの下からは、まだ年齢が14、15程度に推定される女の顔が現れた。 無論、パキケは見たことがなかったが、それでもテトラファントの背に乗っている不気味な存在がこの程度の幼女であることはパキケにとって驚きであった。 さきほど、パキケと黄マントの人影の間には、厚さ10センチ程度に思われる、黒いガラスのような壁が作られていた。 しかし此度は、先刻のそれとは比にならないほどに分厚く頑丈な黒い板のようなものが、リンの攻撃が着弾した箇所に....................つまり、パキケからヒトガタを見て向かって右側に作られていた。 黄色い女がとくに特別な何かをしたようなようにも見えず、ただ単純に、プログラムとして作り出されたかなような雰囲気を醸し出していた。 パキケは次の判断に困った。 というのも、リンがパキケに与えた指示は極めて単純であり、簡単なものであった。 "バリアの原因らしいものを見つけたら、離れた場所にいるあたしにも見えるようにサインして" 実際のところ、これは整合性の取れている優れた指示であるとパキケは評価している。 特に複雑な解説を受けなかったパキケでさえ、以下のような戦術的利点が明確に思い浮かぶ。 まず、パキケがサインを発することで、リンはほとんど確実に敵の「位置」を補足し、そこに向けて攻撃をすることが可能になる。 攻撃の効果があれどなかれど、とにかく相手に被弾させるのは大切なことである。 リンがどのようなカラクリで確定的な命中率の狙撃をしているのかはパキケには予想もつかないが、そんなことを今知る必要性は無いと、パキケは考えていた。 いずれ知っている必要はあるが。 そして、敵の最も近くに配置されたパキケが次の一手を確定させることができる。 たとえば相手がリンとパキケのふたりでは手に負えない強敵だったとする。 そのようなときに素早く撤退することができれば、少なくともふたりの間に死人は出ない。 何度か攻撃をすれば敵の能力を見破れるような盤面ならば、パキケの指示で連撃ができる。 バリアの無効化が確認できれば、それ相応の合図をすればいい。 攻撃の合図は「赤の花火」、撤退の合図は「橙の花火」、完了の合図は「緑の花火」とパキケは決めていた。 さきほど打ち上げたものは赤の花火である。 この花火は不定形火薬《フリーニトロ》の色のみを変えたものであり、爆発力は破壊力は皆無に等しい。 しかし、時計の針がてっぺんを回ったこの時刻の夜空でも、闇に紛れないほどに煌々と光るような設定にしている。 これならば、リンがどこにいたとしても見逃すことはないだろう。 攻撃の合図も完了の合図もパキケ依存。 つまりこれは、パキケがいかに敵の能力を的確に見破って対処し、完了の合図を送らなければならない。 パキケがしっかりと合図を出せば理論上、全てが上手くいく。 などと、パキケの行動に依存はしているが、それでも即興にしては凄くよく練られている戦術である。 パキケが裏切る、などということがあれば前提が変化してしまうが、そんなことは戦闘のさなかに考えるべきではない。 しかし。 「おまえはオートガードだったか..........。」 状況からして、偶然出会った目の前のヒトガタがバリアの正体であることを察知したパキケであるが、それでいてさらに前提が変わった。 女のヒトガタはなんの構えをする素振りもなかったはずであるのに、さきほどと防御能力の変わらないシールドを展開されてしまった。 リンの策にはパキケが先に顔を出すことで相手のガードまでの反応速度を遅める効果もあったのだが、それが無意味であった。 あの速さで行われる速攻であるならば、反応されたとしても多少のタイムラグのようなはずである、とパキケは考えていた。 (あの目は、おれに注意が向いていたはず....................) 次の判断は、1度合図を待つか、「赤」で攻撃をさせるか。 パキケの視点からして、逃げる選択肢は現在、ない。 しかしもう一度攻撃をさせてよいものか、と考えていた。 相手のヒトガタが攻撃の能力を持っていないことが予想される以上、ヒトガタ本体からの反撃はないと予測できる。 しかしパキケは、黄色い女のヒトガタの伸びている手の爪が何であるかを知っていた。 その爪は「固有武装《オンリーウエポン》」に近いものである。 効果は、これを刺した生物の体内に特殊なコスモを注入し、他生物を操ること。 テトラファントが何もせずにただ止まっているのは、かの爪を通じてそう命じられているからである。 ここであの爪に悪さをされて、電磁波を妨害する咆哮をされるのは非常にまずい、とパキケは考えていた。 このままパキケが何にも干渉しなかった場合、行動はヒトガタの気まぐれに委ねることとなる。 そうなると、ふたたびあの咆哮を使われる確率が跳ね上がる。 それならば、もう一度驚かせて隙を与えない判断の方が良い。 きっとその方がヒトとして"自然"な考え方である。 と、パキケは判断した。 断腸の思いで、パキケはもう一度「赤」を放った。 そしてその女ヒトガタへ向けて急接近し....................。 ----- 夜闇へ1発、赤。 リンはそれを見て、迷いなく握っていた引き金をひいた。 「あのバリアがなければ楽勝なのよ..........!」 紐のように整形した不定形火薬《フリーニトロ》をグッと収縮させ、それによって握りつぶされてしまった手を動かす。 カチッと心地の良い音とともに引き金が押され、リンの腕に反動がかかる。 最大出力である。 リンは自身の背後にパワーシールドを大きく展開させ、体を背後へ飛ばしてしまわないよう配慮する。 そして壁のようなシールドに背を打ち付けないために、姿勢の重心を後ろ側に傾け、体重をあずける。 「2発目行くわよ....................!!」 後ろ向きにかかる反動とともに銃口が光り輝き、光弾が発射される。 その光弾は空気を突き破りながら真っ直ぐに進んでゆき、縦方向にいくつかの衝撃波を放出する。 ものの数秒も立たないうちに光弾はテトラファントのすぐ横あたりに到達してしまう。 刹那、光弾は急激に減速し、その場で素早く右側に方向転換する。 弾をまとっていた黄金の光が少しずつ消えてゆき、その中からしっかりと、正真正銘「弾丸」そっくりの姿形を見せたそのとき。 「|美しく描く弧《パラベル》。」 現れた弾丸は着弾し、爆発を巻き起こした。 先に光が数刻早く明るく照らし、、その次に爆音が湧き上がる。 それらが静まった先に、「緑」が光った。

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