鯣烏賊 / 第104話

少年、借り物の靴を脱ぐ その3

「ハハハッ、まさかチェンソーの準備の遅さがこんな形で浮き彫りになるたぁな。」 「むぅ....................。」 目の前には魚の死体が転がっている。 処理されていない内臓が独特なにおいを発して鎮座していることを除けば、おさしみに見えないこともない。 そういえば食べたことないな、おさしみ。お寿司もだ。 今度ペラルさんにお願いしてみようかしら....................。 あの人は俺たちを食事に連れ回すのが好きみたいだから、案外連れて行ってくれそうだな。 「はぁ。」 俺はなんとも言えない気持ちでピザカッターを収納した。 起動させていたカウンターの電源もオフにさせ、その場に立ち上がる。 まあ、戦闘が終わったならそれでいい。 俺は生死の絡む戦いを求めるようなバトルジャンキーじゃない。 別にこれでお給金が変わるようなこともないし、手柄なんて譲ってやればいいだろう。 「いやー、すみませんベロキ殿。体が勝手に!」 うん。フォーザッツさんはあれだ。 ステゴさんとかペラルさんと同じタイプの人間だ。 戦闘は終わっているけど、収めかねている興奮がそこにあるのを感じる。 剣を収めて俺に駆け寄っているが、本質的な心の中はどうせ、戦闘後の快楽や余韻に浸っていて考えていないんだろう。 そういう人は見たことがある。 全力で俺のことを殴っておきながら、上辺だけの心配をして、俺の返答にさらに目を輝かせるようなどこかのお爺ちゃん。 ....................あの師あってこの弟子があると言うべきか、なんというか。 「あはは、俺は大丈夫ですよ。気にしないでください。」 上手く言えていただろうか。 かなり呆れてしまっているから、乾いた声で言うことになっていたかももしれない。 いやまあ、それでも気づかれなさそうだけど。 ちなみに、今の一瞬しか見ていないけれど、フォーザッツさんはかなり強いと思う。 今の一閃は、基礎的な身体能力と、技術によるものだ。 使っている武装は一般的なものと大差なかった。 ちなみに見た感じでは、戦法も至って単純。 やや大型の両刃剣と、小型の剣を使った二刀流。 火力と小回りで細分化できているし、どんな状況でも対応してくれそうだ。 彼の純粋な実力が、あれなのだ。 ミクロさんほど....................ではないかもしれない。 けれど、素の力だったらペラルさんより強いんじゃなかろうか。 頼りになる人だ。 ....................それよりも。 興奮して我を忘れている人がもうひとり。 「〇●〇!〇●〇●〇〇〇〇〇〇!」 ヴィレ君だ。 俺はジパング語を知らないから何を言っているのかサッパリだけど、とにかくテンションが高いのはわかる。 戦闘が終わったフォーザッツさんに駆け寄って、キャッキャいいながら喜んでいる。 フォーザッツさんは大して気にしていないようにも見えるけど。 でもとにかく、喜んでいる..........のか? あのくらいの子供っていうのはあんな感じなんだろうか。 俺が12歳のとき....................? 思い出したくないな。 体が幼い子供だってことを利用されて、それでたとえば...................。 いや、よくない。 この話題はやめておこう。 「ヴィレ、恥ずかしいからやめてくれ。」 「〇〜、〇〇●〇〇。」 ふたりが親子漫才を繰り広げるなか、俺はペラルさんのところへ向かった。 彼女の足元には、また俺とは違った形で死に至らされたピラニアの死体があった。 切られて血が飛び散っているわけではない。 これは....................心臓のあたりをひとつき、ぶすりと突き刺されているのだ。 気持ちのいいくらい綺麗に、体へトンネルが通されている。 「終わってますね。」 「このくらいらくしょーだよ。」 手には、宝石のつけられた杖を持っていた。 黄金の、透き通った石。 大きなコハクみたいに綺麗だ。 さっき『バインド』と叫び、それを起点に魔法陣のようなものが作られていた。 詳しい過程は見ていないけれど、固有武装《オンリーウエポン》なのは間違いないなさそうだ。 そして、おそらく音声認識。 「おーい、注目注目。」 ステゴさんが手を叩きながらそう言った。 その声に、俺たちは自然と注目する。 数秒経って視線が集まったことを確認したステゴさんは、中断されていた説明を再開した。 「例年なら次の凶暴期....................まあ索餌期なんだがよ、これが9月に入ってから始まるもんだってのは、知ってるだろ?」 知らないが、話の腰を折る訳にもいくまい。 ウツボ種怪獣の話をしているのはわかるので、ある程度は中身を予測しながら聞くことにする。 「んでよ、今は8月の終いだあな? ウツボの目撃情報の増加は始まってる。 それも、割合が多いのはタイタンウツボだ。」 タイタンウツボ。 知らない名前が出てきた。 「ペラルさん、タイタンウツボってなんです?」 俺は隣にいる、いかにも物知りそうな女の人に教えを乞うことにした。 ペラルさんはここの出身らしいし、色々と知っていることもあるだろう。 「ウツボ種の中でいちばん大きい種類。 10メートルは確実に越えてて、固体によっては20メートル以上のこともあるよ。」 「なるほど。」 俺は凶暴期とやらの規模感を知らない。 けど、海にそんな体躯の怪獣が大量発生すると考えれば、想像くらいはつく。 その群れの割合に、大型種が多い。 しかも、20メートルに達することもあるほどの。 処理は大変だろうな。 「そんでまだ8月だから、大手事務所とかW.M.S.Fの退院が足りてねえんだ。 そりゃ、トンボ帰りしてくるヤツもいるだろうが、遠征に行ってるやつの中断はできねえだろ? それでヒマしてたオイラたちに白羽の矢が立ったってワケだ。」 タイタンウツボ。 海の方を見てみるけれど、それらしい姿は見当たらない。 「さて。ウツボの出現範囲外で合流したが、今からウツボの出現範囲に向かうぜ。 準備は出来てるか?」 ----- 暇だ。 ウツボが出ない日だって存在する。 しかし、来ようが来まいが俺たちは待機している必要がある。 ステゴさんと、ペラルさん、そしてフォーザッツさんは「庭《テイ》」ができるらしく、港の先の辺りにいる。 座っていたり立っていたりだけど。 お互いの範囲の外になるように、ステゴさんを中心にしているらしいが、ステゴさんのところからペラルさんのところまでは、だいたい200メートルくらいある。 つまり半径200メートル、直径400メートルの索敵ができて、それを維持し続けているということだ。 せいぜい数メートルが限界の俺からしてみれば、化け物の所業としかいえない。 ちなみに俺も、港からやや離れた階段に待機している。 特に何もしなくていいと言われているけれど、訓練ついでに呼魔《コマ》の維持をしている。 これさえあれば、俺の視界に入ってきた殺気を全て感知できるからね。 人が多くなってきた、ここのようなところでやるのは大変だ。 筋トレだと思って負荷をかけよう。 ちなみに、俺が呼魔《コマ》をしているのにはもうひとつ理由がある。 気まずいのだ。 俺以外にも庭《テイ》ができない人間が、ここにもうひとりいたのだ。 ヴィレ君である。 庭《テイ》どころか呼魔《コマ》もできない彼は、フォーザッツさんに諭されて引き剥がされた。 そして、必然的に彼と俺はふたりきりになる。 「....................。」 「....................。」 彼はたしかに人見知りかもしれない。 けれど、それ以上に言語という壁は大きい。 どうやら、彼は英語のリスニングは少しできているらしいが、どうも完璧ではない。 対する俺は、こちらの言葉はリスニングすらできない。 でも、言語の壁があるなら、それは彼がコミュニケーション不全というわけじゃない。 やっぱり、おしゃべりはしたい。 筆談してもいいのだけれど、微妙だ。 まず、紙とペンを持っていない。 古典的な遊びみたいに、チョークみたいな石で地面に書いてもいいんだけれど、ここの怖い漁師さんたちに怒られてしまいそうだ。 他にアイディアはないだろうか、と暇を持て余した俺の脳が回転を続けていると、ヴィレ君がスマートフォンの画面を見せてきた。 «こんにちは。» その手があったか!と俺は舌を巻いた。 俺も急いでスマートフォンを取り出し、ブラウザの翻訳機能を開く。 「英語→日本語」を選択し、会話をはじめた。 «こんにちは。» «さっきは無視してごめんなさい。おれ、英語があんまりわからなくて。» «俺も日本語はわからないから、大丈夫だよ。» その後、色んなことを聞いた。 いや、読んだ。 質問の意図が伝わっていなかったり、そもそもの価値観の違いで戸惑うこともあったけれど、やっぱり話せて良かったと思う。 ヴィレ君は、お父さんとお母さんとお兄さんを含めた4人家族。 お兄さんは最近に15歳となり、W.M.S.Fに入隊したらしい。 そして自分も彼のあとを追いたく、最近になってお父さんであるフォーザッツさんと、近所のお爺ちゃんのような立場だったステゴさんに弟子入りしたらしい。 ふたりの指導はわかりやすく、まだ資格を持っていないから戦えないにしろ、それでもやれることをやってくれているらしい。 レッスンは見学方式らしい。 理にかなっていると思う。 仮に戦えない立場でも、見学をするには近い位置まで接近する必要がある。 しかも、接近しながら敵の攻撃を避け、師の姿を目で追い続けるのだ。 きっと、技術的なこと以外にもたくさんのものが手に入る。 ヴィレ君は最近になって、呼魔《コマ》たちを習い始めたらしい。 が、あまりにもスピリチュアルなことだから、実在するのかすら疑っているそうだ。 だから、俺がいくらか実践してみせた。 そうすると信じた様子で、鍛錬に励むと宣言していた。 それにしても、俺はヴィレ君のような人種を見たことがあるな、と思った。 それはコスモスさんだ。 たった数十分しか会話したことがない彼女だけど、彼女はヴィレ君の年齢を無理やり引き上げたみたいなんだ。 俺は話を聞きっぱなしで申し訳なかったけれど、何を話していいのかわからなかった。 コスモ系統とかのことを教えることもできたのだけど、教育に影響が出るのも良くない。 しかし、途中から彼が悩みを俺に打ち明けてきたことで、俺たちの翻訳アプリおしゃべり会は、翻訳アプリお悩み相談会になった。 しかし、大した悩みじゃなかった。 まだ俺にそんなことを打ち明けるフェーズではなかったんだろう。 しかし、人のどうでもよい悩みに答えて会話するのはとても楽しい。 永遠にやってられる。 しかし、時間はすぎてゆく。 結局この日は、俺たちの持ち場にタイタンウツボはおろか、怪獣一匹現れなかった。 「出てこなかったから、仕方ねぇな。また明日もよろしく頼むぜ。」 こうして、今日は終わった。

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