鯣烏賊 / 第18話

元殺し屋と初心な新人 その3

青年の眼鏡はブルーライトを反射し、白く光っている。 薄暗い部屋の中、ただ一つの光源。 仮にここに眼科の医師がいたとしたら、絶叫して壁を壊し、無理やり太陽光を取り込もうとしてしまうような空間だ。 光源となっているモニターの画面には、大量の文字が書かれている。 この星のどこにも存在していない文字で作られた、未知の言語。 それが、綺麗な長方形のような形に並ぶよう書かれたものが、モニタに映されている。 青年はその文字を見ながら、傍らに置いたタブレットにタッチペンで何かを書き込みながら、ブツブツと独り言を呟いている。 室内には、今や珍しい紙の本や資料、アナログのビデオテープ、録音が収録されたカセットテープが散乱している。 彼ただ1人が黙々と作業を続ける中、扉の前に人影が現れる。 身長は190センチ弱程度の、男の人影。 その人影は扉の前に立ち止まると、片手をすこし上に持ち上げ、 "ゴンゴン" と、部屋の扉をノックする。 「どうだアロ....................「よっつめ」の石版の解読は進んでっか....................??」 ドアの向こう側には、ミクロが立っている。 トレイの上に、その日の食事をよそったものを持ちながら。 "アロ"と呼ばれたその青年は、無我夢中に進めていた作業を一旦止め、タッチペンを置いた。 「..........ドアで声が聴こえにくいです。入っていいですよ。」 「んじゃ遠慮なく入るぜ。」 そして扉は開けられる....................。 「今さっき、ひっさしぶりに舞い込んできたぜ。デッカイ依頼がよ。」 ----- 「お昼ご飯!ご一緒してもいいですか?」 「....................は、はぁ..........。」 トレイに山盛りのスパゲティを持った女の子は、俺に向かってそう言った。 身長は俺と同じくらい....................年齢もかなり近そうだ。 青の髪の毛を短く切りそろえている。 そして、目は翡翠みたいな翠色だ。 そしてなにより腰につけているものは..............................。 「コスモ制御装置..........?」 「えっ、ひょっとして同業ですか?!」 彼女はトレイをテーブルに置いて、自分も俺の目の前の椅子に座る。 ちょこん、という音が聞こえてきそうな、そんな動きだ。 「ここのパスタ、美味しいですよね〜!」 「あ、いや、食べたことないからわからない....................。」 「あ、そうでしたか!なんかすみません。」 「えいや、全然いいんだけど..........。」 彼女のテンションは、高い。 ただ会話しているだけなのに、圧倒されてしまう。 リンさんのことを"テンションの高い人間"であると思っていた俺にとっては衝撃だ。 リンさんが陰気な人だとは言わないけれど、目の前の彼女はさらに明るい。 声のトーンも明るいけど、それ以前に、性格そのものが明るい人なんだろう。 うちの事務所にそんな心から明るい人はいない気がするし、これまでの人生でこの類の人種には会ったことがない。 彼女は、俺の知らない話ばかりしてくる。 だから返答に困り続けている。 多分だけど、俺を公営の討伐隊員もしくは、ここの職員だと勘違いしているんだろう。 どこかでこの勘違いを正さなければ....................! 「あっ、そうだ!まだあなたのお名前を聞いてなかったです。 すみません....................!」 あぁ。 ようやく、俺がまともに返答できる内容の話が来た。 「ベロキだよ。 ....................あなたの名前は?」 「わたしの名前ですか?コスモスです!15歳です!」 コスモス。 コスモスさんか、覚えた。 ....................15歳、15歳か。 と、いうことは。 「あっ、年下なのか。」 「えっ、ベロキさんはおいくつですか?」 コスモスさんは、俺が言った「年下」という言葉にえらく噛みついてくる。 ....................ただ年齢が違うだけじゃん。 "先輩"と"後輩"の関係ってやつだろうか。 「17歳だよ。」 「じゃあ、わたしより2歳も年上ですね!」 「そうだね。」 「先輩って呼んでもいいですか?!」 「まあ..........うん。構わないよ。」 ..........それにしても。 本当に明るい人だ。 こちらにいい印象を抱かせるために、貼り付けたような笑顔をする人は沢山見てきた。 けど、コスモスさんからそんな感じはしない(一般人から殺し屋の雰囲気が漂っていたらそれはそれで大問題だけれど..........)。 純粋に、心底楽しそうに、ずっと笑顔だ。 表情豊かだし、うん。   「先輩も、ここで働いてらっしゃるんですか?」 「いや、俺は街はずれの方の個人事務所で働いてるんだ。」 「そうなんですね! ....................なんていう所なんですか?」 「スターダストだよ。」 「わあ、聞いたことあります!」 コスモスさんは俺と喋りながらも、食べるスピードを落とさない。 俺がゆっくりと2つ目サンドイッチを食べはじめたところなのに、コスモスさんはもう大盛りのスパゲティを半分以上食べている。 「....................??」 「どうしたの?」 コスモスさんはふと、食べ進める手の動きを止めた。 そして、俺の腕についている"腕輪"をじっと見つめる。 「その腕輪、カッコイイですね..........ゴツゴツしてて。」 「それ褒めてる?」 「ああいや、決してそんな意味ではなくて! ....................ひょっとしてそれ、なにかの武装ですか?」 うわあああああああああっ!!!!! 「「何!?」」 ガッシャーン!!、という音とともに、食堂に設置されている大きな窓ガラスに亀裂が入る。 衝撃に強いガラスなので割れることはなかったものの、ガラスで見える空間が歪んで見えるほどのその大きな亀裂とその時になった音は、ここにいる人たちを恐怖の底に陥れるには十分なものだった。 調理場にいた人たちや一般職員は非常口から外に出ていこうと団子になり、扉をあけると外から聞こえる怪獣の鳴き声や人々の叫び声に恐怖を抱くような表情をしている。 バサァ..........ッ 割れた窓ガラスの隙間から聞こえてくる羽音とともに、途方もない大きさの鳥が現れる。 外見は鷲や鷹に似ている。 「あれは....................オニドリ!!!」 「オニドリ?!」 「知らないんですか、先輩?! 温暖な地域に住むために大陸間飛行をする大型の鷲です! 普段は群れを作るんですけど..........たまにはぐれた個体がああやって食料を求めて暴れるんです! わたしも初めて見ました..........はぐれ個体!」 パリーーンッ!!! 爆音とともにオニドリが窓ガラスを蹴り破り、俺たちのいる食堂へ侵入してくる。 この食堂は天井まで5メートルくらいあるけど、オニドリの頭が天井につきそうだ。 全高は4メートルより大きいだろう。 「特殊能力は?」 「特にありません!純粋に力が強いです!」 俺は腕につけた「鍵《シュリュッセル》」のダイヤル部分に触れ、左向きに回す。 そして起動スイッチの上に親指をあてる。 「それならバクなんかより何倍もましだね。 ....................固有!」 「待って!」 コスモスさんはオニドリに向かおうとする俺を静止した。 そして腰に装備した制御装置を起動し、彼女自身が前に進む。 「先輩がオニドリをご存知ないならわたしがやります! ....................先輩は皆さんの避難を!」 「ひとりで大丈夫?!」 「群れの対処なら参加したことがあります!」 「....................わかった。」 俺はオニドリへ向かおうとしていた足を逆方向へ曲げる。 後ろを振り向くと、非常口から出ようとしている10数人の人達が見える。 「コスモスさん。1番近い避難所はどこ?」 「ここの地下シェルターです!」 俺は非常口の方向へと走り出す。 正直、心配である。 彼女よりも俺の方が強い、なんていう事実はどこにもないし、証明もできない。 けれども、コスモスさんがオニドリとの戦闘経験を持っているのなら、一旦は安心して任せられるだろう。 「無理しないで!」 「はい!」 5分だ。 せめて5分で、非常口にいる人たちを安全な場所へと誘導する。 俺はそう心に誓った。

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