鯣烏賊 / 第17話

元殺し屋と初心な新人 その2

「ベロキ、仕事頼んでもいいかい?」 「ええ、もちろん。」 その一言で、俺は人生初の書類仕事をすることになった。 怪獣と戦闘すれば、当然のことながら被害が生まれる。 もっとも重視されるものは人的被害だ。俺たちの仕事は、できるだけ多くの命を助けながらするもの、らしいからね。 しかし、それ以外にも被害はたくさん出てくる。 その多くが、もともとそこにあったもの....................家や塀、電柱や電線など。 それらが、戦闘の余波で破壊されてしまうことはよくあることらしい。 すこし趣味の悪い話だが..........。 失われた人の命を元に戻すことはできるだろうか? いいや、できない。 そんなことができてしまったら、これまでの人類の進歩を正面から両断して否定することになる。 なにより、俺がやってきた仕事がまるきり無駄であったことになる。 生物が生き返るというのは、ルール違反だからね。 では、「モノ」ならどうだろう。 壊れたプラモデルを接着剤で元に戻せるように、大破した道路や建物などが造られた「モノ」である以上、元通りに直すことができる。 そう、直すことができる。 「要求額、384.615ドル....................??????」 その分のお金があれば、の話だけど。 「粉々に砕け散ったアスファルトの道路....................計34世帯の家屋やアパート....................それに繋がる電線等々。 これ全部を1から直すんだ。」 「ぐ..........戦っているときは全く意識していなかったけど、そうですよね。お金かかりますよね。」 「おまけにあのバクは"消えないタイプ"だ。 だからあのでっかい死体を解体しないといけないね。その請求額ももちろん入っているさ。 腐った肉にむらがるウジ虫と、そっから出てくるウィルスが酷いこと酷いこと....................。」 ミクロさんは、自分が座っているデスクの棚をガサゴソと弄りながらそう話してくる。 ミクロさんのデスクには、椅子を入れるスペースの両側に棚が4つずつと、デスク上に増設したプラスチック製の棚が4段もある。 ....................棚が12個って言えばよかったね。 下から順番に棚の中身を漁っていたミクロさんは、ようやく目当てのものを見つけたらしく、体を起こした。 そして、どこかの棚から取り出したとある1枚の紙を卓上に置いた。 「これは....................?」 「補助金の申請書だよ。 ....................ものすごく簡単に言うと、"壊れた建物や道は僕たちのせいじゃなくて怪獣のせいです。だからお金出してください。"ってお願いしに行くのさ。」 「はあ....................。」 「と、いうわけでベロキ....................。」 ----- 「..........これを申請してきてね、か。」 こういうのはミクロさんが行くべきだ? 俺もそう思う。 実際そう言ってみたけれど、「忙しいから」の一言で俺に丸投げされてしまった。 W.M.S.F.....................公営の怪獣討伐隊。 世界的に見ても、怪獣討伐という市場で見れば「最大手」と取れる巨体組織。 世界中の様々な場所に支部がある....................とは聞いていたけれど。 「まさか徒歩10分のところにあるとは思わないじゃん?」 俺が今まで行ったことのなかった方向に向かって10分ほど歩いたところに、支部の建物はあった。 最初はどれに入ればいいか迷うかと思ったけれど、あそこまでデカデカとした字とロゴが書いてあれば一目瞭然だった。 とてもわかりやすいね、うん。 入口を突破すると、その左手にフロアマップが記載されていた。 1F 一般受付 2F 食堂、資料室 3F 訓練所(原則立入禁止) 4F 遺体安置所(原則立入禁止) 5F 研究室、事務室(原則立入禁止) 屋上 3Fから上は立入禁止なのか..........。 俺が行くべきはきっと、1Fの「一般受付」だろう。 つまりここだ。今いる場所だ。 この建物内が飛び抜けて広いわけではないが、それなりのスペースがある。 ちょっとお高めのマンションのエントランスくらい..........と言えば伝わるだろうか。 右側にはエレベーターがふたつあって、左側にはさっきも言った建物内のフロアマップ。 そして、正面には横10メートル以上はある大きな受付カウンターがあった。 「えーと..........すみませーん。」 「はい、ご要件は。」 俺はカウンターに無言で立っている女性に声をかけた。 「えーっと、ミク..........じゃなくて所長にこの紙を提出するよう言われまして....................。」 「どちら様でしょうか?」 「あっ、スターダスト事務室です。」 「少々お待ちください。」 女性は手元のパソコンをカチャカチャカチャカチャ....................と捜査する。 そしてエンターキーを押して俺に向き直ってきた。 「中型怪獣"大喰らい"との戦闘時に発生した二次被害の被害額384.615ドル。 昨日ミクロ様より補助金の申請がございました。 ....................証明書をご提示ください」 「これで合ってますか?」 「確認いたします。」 女性は俺から証明書を受け取る。 その証明書にはミクロさん直筆のサインと、指紋を移したハンコが押されている。 その証明書を、手元にあるスキャナーの機械に通した。 数秒間の沈黙の末、ピコン、という機械音とともにスキャナーが緑色に光った。 「お間違いございません。お疲れ様でございました」 「..........もう帰っていいんですか?」 「かまいませんよ。」 俺はあっさりと帰された。 時刻は午前11時。 目の前にある階段を上れば、上でお昼ご飯を食べることができる。 常人よりも優れた俺の嗅覚は、調理場からにおってくる料理のいい香りをしっかりととらえている。 ぎゅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜 「お腹すいたなあ....................。」 諸事情により朝ごはんを食べていない俺の体は、勝手に歩みを進める。 階段を1段、2段、3段....................。 踊り場まで到着すると、食堂からカチャカチャとナイフやフォークを動かす音が聞こえる。 ああいい匂い....................。 だんだんと券売機が見えてくる。 俺の財布にはまだまだ大量のお金が入っている。 ああ、まずい。 指が勝手に..........。 おい、財布からお金を出すんじゃあない! このままだと....................。 「お待たせいたしました〜。 サンドウィッチドリンクセットです。」 ....................買ってしまった。 せめて、そこまで値段が高価ではないサンドウィッチセットに注文を収めた俺の脳みそと理性を褒め称えるべきだろう。 だって仕方なかったよね。 お腹減ってたし..........そんな状況でいい匂いがしたら買っちゃうに決まってるじゃん。 はぁ、少し後悔。 でも食べない訳にはいかない。 俺はトレイをもって、近くの手頃な長テーブルに座る。 人が少ないことが唯一の救いかな..........。 隣の空き席に持ってきた荷物たちを置いて、目の前にサンドウィッチとドリンク(サイダー)が乗っているトレイを置く。 よーし。 命に感謝! 「いただきま....................「あっ、すみません!」」 ほへ。 サンドウィッチをほおばろうとしている俺の目の前に、別のトレイが置かれる。 目線をあげると、俺と同じくらいの背丈の女の子がいた。 「ツレがいなくなっちゃって..........お昼ご飯ご一緒してもいいですか..........???」 ----- ぐしゃっ。 血しぶきとともに、倒れている人物の体から刃が引き抜かれる。 「がッ..........はッ..........やめてくれッ。」 「そんな訳にゃぁいかね〜な。侵略者さんよぉ。」 「ひいいっ!!」 剣を携えたミクロが、目下の人物に刃を突き立てる。 首の横に刃を置き、いつでも首を飛ばせるような姿勢だ。 首に刃を突き立てられているのは人間..........ではない。 人間にしては体が大きく、そのうえ、肌ではなく鱗のようなものが全身を覆っている。 腰からは太く長い尻尾が伸び、目はひとつしかない。 そして頭には独特な形状の角が生えている。 "リザードマン" こう形容するのが適切だろう。 「あ、そうそう。テメェに聞いておきたいことがあんだよ.......... ........................................「楽園《シャングリラ》」って知ってるか?」 「そ、そんなこと言える訳..........ぐぁぁぁっ!!!」 リザードマンが答えることを渋る素振りを見せた瞬間。 刹那、彼の首が地面にコトンと落ちた。 「ふぅ..........終わりかぁ?オーサン。」 『もう居ないわよ。』 「全くよぉ..........世界の進みが早いこと早いこと。 ベロキの中の"アイツ"ももうじき目覚めちまうなぁ、この調子じゃ。」 ミクロは、倒れているリザードマンの死体を漁り、着ていた衣服から通信装置のようなものを取り出した。 「逆探知は。」 『無理ね。』 「そうだよなぁ..........。」 ピクリとも動かない死体だが、異様な雰囲気を発している。 この星の生物ではないリザードマンの存在自体が、まるでこの空間の常識を歪めているようである。 ミクロは自分の通信機を取り出す。 「レスパ、殺しといたぜ。 ....................んあ、仮面野郎の情報かぁ?持ってなかったぜ、やはり。 死体の処理はしとく。 ....................あぁ、任せとけ。」 通話を終えたミクロは死体の前にしゃがみ込む。 そして、手をかざした。 「|過去の異物《レガシーウエポン》:|音の舞う舞台《オルケストラ》..........移調《ポジション》。」 刹那、リザードマンの死体がそこから消えた。 リザードマンが消えたことで何の変哲もない空間となったそこで、ミクロはひとりたたずむ。 「ベロキとリンには、任せらんねぇな....................。」

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