鯣烏賊 / 第134話
最下層:ウッドバレー その8
こもっていた力が抜けたバットレックスの体は、その場にドサリと倒れた。
息はしておらず、目に生気が宿っていなかった。
心臓の鼓動を見ていると、全く動いていないことがわかった。
やつは死んでいた。
俺たちはバットレックスとの戦闘の顛末を、W.M.S.Fのグランド・キャニオン支部へと報告した。
いつ、どこで、何があったのかを明確に。
電話で報告したのはラフラさんだった。
俺は前提として、戦闘が許可されているだけで、まだ無免許。
免許を持っているペラルさんも、完全なる部外者である。
周辺には見られない生物が出現し、人的被害までもたらされた事に、彼らは驚いていた。
そして、"何とかしてその珍しい死体を回収する"と言っていた。
しかし、現れた個体の鱗粉が危険物であることを伝えると、その判断は撤回された。
鱗粉の塊のようなあの死体は、放置しているだけで危険である。
俺たちの手で、その場で死体を処理するように伝達された。
彼らは、危険物を放置してから運ぶことは安全上の観点からどうたらこうたら〜〜....................と、長々と色んなことを弁明していた。
一言でまとめてしまえば、自分たちはそんな危険なものを触りたないということだろう。
それで、近くに俺たちがいた。
その3人は、怪獣に対処した張本人だというではないか。
条件ピッタリな人材である。
俺たちだって、あれには触りたくはない。
さっきの戦闘を経て、あの鱗粉の持つ危険性は十分に承知したつもりだ。
なにせあれは、やつの歯ぎしり程度で簡単に起爆されてしまうくせをして、誘爆能力や威力など、単純な爆発物としての性能すら高水準にまとまっている。
つまりあの死体は、「いつ二次災害を引き起こすか定かではない、即爆式の爆薬の詰まった火薬庫」と同義であるのだ。
面倒くさい存在である。
あの死体を長い距離ぶん運ぼうとしたら、きっとどこかで鱗粉に着火してしまい、起爆し、大惨事になること間違いなし。
これで死人が出るのも後味が悪い。
俺たちの手で処理してしまうのが1番だろう。
俺たちは一応、鱗から鱗粉を少しだけ剥ぎとって小さなボトルへ突っ込み、保存する。
まだ使用していない、空のワインボトルだ。
これを安全に気をつけて持って帰れば、きっと損にはならない。
爆鱗種のバットレックスをしっかりと討伐した証拠にもなる。
疑われることはない....................と、信じたい。
色々悪どいらしいから、ちょっとだけ怖いね。
まあ、きっと大丈夫、だろう。
たぶん。
俺ちはまず、やつの死体を細切れにした。
人の手で無理なく安全に運べるくらいの大きさにだ。
それをなんとかして人が滅多にやってこない、それで木や草むらなどがない開けた場所へと運ぶ。
そこにメガサイズの焚き火を作って、死体を燃やすことにした。
鱗粉の対処について。
やつの体からとった鱗粉で俺が少し実験してみたところ、あの鱗粉は水分へ触れると爆鱗としての機能を失うようだった。
だから、住民の人に大きなホースを借りて、実際に戦闘した場所や、細切れにした死体を運んだ道中など、俺の思い当たるところ全てに大量の水を撒いておいた。
水撒きが終わったあとに俺が指先から少しだけ炎を出して、なんの反応もなければ条件クリア。
そこには鱗粉が存在しないことになる。
俺だって怪我したくはないから、俺の付近で爆発なんてして欲しくないものだ。
しかし、俺の体を持ってすれば、少しの爆発くらいなら問題ないだろう。
鱗粉に水撒きの処理を終えた後には、死体そのものにも滝のように水を浴びせた。
これで、やつの体に付着している鱗粉も、効力を失う。
火薬庫はただの死体になったはずだ。
全ての不安因子を丁寧に潰していった俺たちは、最後にやつの死体を焼却した。
投げおかれた大きな薪へと点火したマッチを放り込み、少し待ったらすぐだった。
巨大な火柱が立ちのぼり、やつの鱗や肉を焼いていく。
こんがり焼いて食べるわけじゃない。
消し炭になるまで焼くのだ。
やつの血肉が跡形もなくなるまで。
数時間、俺たちは交代で見張りをしながら死体を焼いた。
炎が肉を焼き尽くすまで、かなりの時間がかかるようだったから。
交代して裏にいるメンバーは、仮眠を取ったり軽食を食べたりして時間を潰した。
最後の見張り当番は俺だった。
俺の目の前で、死体の肉や皮が全て焼け、白い骨だけが残される。
骨はよく見れば、トカゲをただ大きくしたような形だ。
前足は異常発達しているが。
俺はこんなものと戦っていたのかと実感した。
そして、その死体の頭部には、不思議なものがあった。
たったひとつだけ、燃えていないものがあった。
灼熱の炎に包まれながらも、ほとんどノーダメージで形を保っている"それ"。
なんとなくラフラさんには見せちゃダメな気がしたから、ペラルさんだけにそれを見せた。
ペラルさんは何か心当たりを持っているようだったが、それが何なのかを言語化することは難しい、という感じだった。
俺たちだけで判断できる代物ではないので、ミクロさんに相談してみた。
しかし電話に出てくれなかったので、アロ君にこのことを話してみた。
すると、是非送ってほしいと言われたので、サンライズバレーに着いたら、配送手続きをすることになった。
"モノ"は、易々と片手に収まるサイズだ。
それを封筒に入れて、周りを包むようにさらに大きな紙に入れる。
それはまるで、この世のものではないかのような。
否、俺はこれを見たことがある。
バットレックスの頭蓋骨には、水晶玉のようなサイズの「|黒い琥珀《ブラックジェム》」があったのだ。
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「本当にありがとう!」
謎の怪獣。
すなわち、バットレックス。
ラフラさんがかねてよりターゲットと定めていた怪獣だ。
それを討伐したことで、俺はお役ごめんとなるのだ。
そうだ。
俺は、俺たちふたりがカタコンベを調べ終わるまでここに居座る家賃として、ラフラさんに協力していたのだった。
そのラフラさんが今、力を入れている仕事というのが、バットレックスの討伐。
まあ、ラフラさんと初めてそのことを話したあの時点では、バットレックスが相手であることすらわかっていなかったわけだけど。
「ああ、うん、ラフラちゃん?
そんなにかしこまらなくてもいいんダヨ?」
「けど、あんたは朝早くに叩き起されても文句ひとつ言わずに手伝ってくれたじゃない。
あんなに危険な役回りもさせちゃったし。」
「いや、あのくらい余裕だからね、ほら、そんなにわたしに配慮しなくても....................。」
ペラルさんが責められていた。
別に怒られているわけでも叱られているわけでもない。
ただ、ペラルさんはこのようにされると、タジタジしてしまうタイプの人間なのだ。
俺は、帰り道の車内でずっと、ラフラさんと話していた。
そのときに当然感謝も伝えてもらったし、それを受け取った。
そして、その後は別の話題で貫き通した。
ラフラさんは巻き込んでしまった俺たちのことを本当に申し訳なく思っているようで、なにかと謝罪と礼を言ってくる。
別に巻き込まれたわけではないのだが。
しかし、ペラルさんはそういうことを細かく気にする人となりをしているらしい。
謝罪も感謝も本来ならばありがたいことなのだが、あまりにも言われすぎると、こちらもさすがに鬱陶しくなってきてしまう。
かといって、「お礼なんて言わないでください。鬱陶しいです。」というのは、大変失礼なことだ。
だから俺は車の中で、山や森での生活のことについて話してもらっていたのだ。
ラフラさんは、そらはそれはアツくそれを語ってくれた。
本当に、自然や生き物が大好きなんだろう。
実際、その話は聞いていて面白かったしね。
しかし彼女は最後にこう言ったのだ。
「ペラルにお礼できてないのよね。」
俺は知っている。
ペラルさんは寝たフリをしているのだ。
彼女は彼女の善意で付いてきてくれたが、きっと心のどこかで、ラフラさんとのコミュニティケーションを鬱陶しいと思っている。
アプルちゃんと遊んでいる方が楽しいのだろう。
ペラルさんは車の中での雑談を回避するためだけに、約1時間も寝たフリをしていたのだ。
その結果が、これだ。
車を降りてから、ペラルさんは感謝と謝罪の嵐を食らっている。
ありがたいけど、どう反応して良いのか困っているらしい。
さっきから「えっと」「その」「ううんと」のうちどれかを連呼するだけのbotへと成り下がっていて非常に愉快だ。
ペラルさんがこっちに来た。
どうやらラフラさんをどうにかして振り払ってきたらしい。
「明日、行きましょう。」
「うん、そうだね。」
俺たちは明日、ウッドバレーの大聖堂へと向かうのだ。
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「やぁ!」
「....................。」
そこにいたのは、紛れもなくやつだった。
色がついているのかわからないくらい黒いローブに、高級な木材製品みたいな、白い画面。
まるで自分こそがこの世界の中心かのようなたたずまい。
その口から発される、胡散臭い声。
この黒く不気味な世界になぜか存在している、神様を自称する存在。
やつは、心底期限の良さそうな満面の笑みで....................。
俺たちに画面の下の表情は読めないけれど。
期限の良さが伝わってくる声色だった。
「おめでとう!上手くいったようだね。」
「上手くって、なにがさ。」
「とぼけないでくれよぉ、キミは本当に凄いことをやったんだから。
まさかワタシも、ラフラが生き残るなんて思っていなかったんだよ?」
やつはやはり、バットレックスとのことを話題に出してきた。
なんとなく、次に俺たちが俺と話すのはこのことなんじゃないかと思っていたんだ。
そうだろう、そうだろう。
褒められるのは良い気分である。
我ながら凄くよくやったと思っているぞ。
ほとんどひとりであの苛烈な猛攻を捌ききり、ペラルさんが決定的な拘束を決めるための隙を作り出し、ラフラさんが....................。
彼女か、彼女が。
生き残る、だと?
「ラフラ・イェーガーはね、ワタシの知っている物語では、あそこで死ぬ予定だったんだ。
彼女はあの希少な怪獣と死闘を繰り広げ、刺し違えて命を落とすんだ。」
「ちょっと待て、どういうことだ?」
「どーう言うこともなにも?
ワタシの言った通りさ。
彼女はあそこで死ぬ運命だったのさ。」
そうか、そうなのか。
なんか嬉しいな。
面と向かってお礼を言われるのとは少し違う。
意識していなかったとはいえ、俺は彼女の命を救ったのか。
実感がなかったな。
そういえばラフラさんは、俺たちがいなければひとりでやつと戦って。
....................それで、相打ちとはいえ、倒せるほどの実力を持っているのか。
話に聞いた固有武装《オンリーウエポン》の性能を聞く限り、強いことに変わりはないのだろうが。
それでもあの狩猟用ライフル1本でなんとかしてしまうとは。
すごいな。
「よかったね。」
「ああ、本当によかった。」
「....................。」
会話は、思ったよりも長くは続かなかった。
やつが黙りこくっているのだ。
俺の前ではいつも饒舌に、それはそれはうざったらしい口調であれこれと話してくるはずの"やつ"がだ。
「黙るなんて珍しいじゃないか。」
「ワタシだって驚いているんだから、大目に見てくれよ。
尊い命がひとつだけでも助かったのは喜ばしいことだけど、これは不足の事態なの。」
「まるで、ラフラさんが死ぬべきだったかのような言い草だな。」
「当たり前じゃないか。
本来の歴史では死ぬはずだったんだから。」
さっきからこいつが何を言っているかわからないが、随分と不快なことを言ってくれるものだ。
本来の歴史なんて知ったこっちゃない俺にとっては、ただラフラさんが死ぬべき運命にあったと連呼されているようなものだ。
「あんまりそういうことは言わないで欲しいね。」
「だって仕方ないじゃ....................ああうん、わかったよ。
わかったからその怖い目で見ないでくれ。
ワタシは"纏《テン》"ができないんだ。」
そういってやつは後ろへたじろいだ。
できないとか言いつつ、存在は把握しているようだ。
掴めないやつだ。
「さて、ベロキ・ルキ。
本題に移ってもいいかい?」
やつはそう言い、俺に歩み寄ってきた。
少しずつ、こっちへやって来る。
ダメだ、どうしても。
どうしても、こいつの事を警戒してしまう。
笑顔の横に、なにかがあるのではないかと。
「まあまあ、そんなに警戒しなくてもいいじゃないか」
やつが俺の額に触れた。
その瞬間に、視界が割れた。