鯣烏賊 / 第16話

元殺し屋と初心な新人 その1

時刻にして午前5時。 早起きが体に染み付ている俺は、朝日に目を灼かれて目を覚ました。 「ん〜....................っ。」 俺は今四方八方を、凶悪な悪魔によって攻撃されている。 その名も、「布団」。 俺は人間をダメにする悪魔の道具..............................敷き布団だから、床のせいでちょっと硬く感じられるけれど、とてもよーく体に馴染む。 体の熱が移動して暖かくなった掛け布団に、ジャラジャラしたちょうど良い大きさの石みたいな物が大量に入った枕を組み合わせた布団。 この枕はジパング特有のものだってミクロさんが言ってたっけ....................。 「ギ....................」 横に手を伸ばしても何もいない。 「そういえばそうだった....................な。」 俺は目の前の現実を見て、断腸の思いで体を起こした。 くよくよしていても仕方ない。 本当のところはずっと寝ていたい..............................のだが、朝日は俺の目に容赦なく差し込むし、しっかりと過去の癖が染み付いた俺の優秀な脳みそは睡眠をやめようとする。 その上、極めつけに、隣の隣接している隣の建物の部屋からの「チリリリリリリリリリ!!!」というやかましい目覚まし時計の音が、俺の睡眠を妨害してくる。 みんなは気にならないの....................これ。 シチューの最後の一口を食べる時のような気持ちで掛け布団を剥ぎ取り、床に投げ捨て、二度寝に体の主導権を奪われないように、体をむりやり起こす。 昨夜近くに置いておいた着替えの服を手に取り、パジャマを脱ぎ捨てて着替える。 放り出したパジャマをなるだけ綺麗にたたみ、自分の部屋を出て、「生活のために必要なものがだいたい揃っている部屋」こと応接室へと向かう。 この事務所、どういうわけかマトモな依頼がほとんど舞い込んでこず、何かあった時に緊急の電話がかかって来るのみなので、応接室がこれでもかと言うほどに散らかっている。 まあつまり、「応接室」と銘打っているだけで、一般的な住居でいうリビングのような感覚になっているわけだ。 そんな状況の応接室の古き良き(?)旧モデルの固定電話の上の壁にはとある事が書かれたカレンダーが括り付けられている。 それは、事務所メンバーのオフの日を記入しているカレンダーで、休日が1週間に1回程度、回ってくる。 ミクロさんが黒文字、リンさんが赤文字、そして俺が青文字だ。 まあ怪獣が出てくると休日なんていうものは無かったことにされてしまい、戦闘になるので、自由な行動範囲は完全に制限されているわけだが。 十分だよね。 「今日は俺なのか。」 殺し屋をしていた頃は本家から貸出されていた趣のある(褒めてない)アパートに1人で(途中からは1人と1羽で)住んでいたし、いつ誰がノックもせずにやってくるかも分からなかったから、気が抜けなかった。 だから、仕事の依頼がない日も自宅待機。 一度の仕事で余裕で二、三ヶ月帰ってこないことも多々あった。 そんなときに帰ってくれば尊い俺の住処は、忌々しい蝿や蜘蛛や蛆虫たちの好き放題な住処へと変貌していて。 帰ってきた直後は蛆虫とカビの退治に追われていたときも結構あった。 洗脳なのか何なのか当時は何ともおもっていなかっけど..............................今ではすっかり思い出したくない呪われた時間だった。 ああ、この呪われた記憶に鍵をかけたい。 俺は、固定電話の近くに置いてあった束になったメモ用紙を引きちぎって、今日は近くに外出してくることを記す。 そのメモ用紙をミクロさんの机に無造作に起き、ヒガンバナ(なんで毒のある花を飾っているの....................???)が飾ってあるそれなりに大きな花瓶を、重りがわりにして飛んでいかないように固定した。 俺は、この間ミクロさんに小遣いとして貰ったお金が、端末のアプリにしっかりと入金されていることを確認。 200$。よし、足りる。 今日買いたいものは120$するから....................80$も余るのか。 やったね。 俺はポケットに通信端末と何かあったときのための武装を突っ込む。 そして、自由へ向けて玄関のドアを開けた。 ここに就職してから1週間くらい。 俺史上実質、初めての休日である。 「あそこにはいくとして...........今日はどこに行こうかなー。」 完全に予定のない休日に、まるで30日の休みでも貰ったかのようなワクワクした気持ちで予定を考える俺。 だがしかし、現在は時刻にして午前5時半。俺がまだどの店もやっていない事に気づくのは、もう30分くらい後の話だ。 ----- 時刻にして午後2時半。 さびた金属を引っ掻いたような不快なチャイムの音が、スターダスト事務所の応接室に響き渡る。 ヘッドフォン等で直接聴いたとしたら、絶対に耳には良くない音だが、リンはもはや慣れている。 応対などしたくないリンは、周りを見渡す。 ベロキは外に出ているからどこにいるかわからない。 ミクロとアロは応接室にいない。どうせ呼んでも来ない。 現状、客への応対ができるのが自分しかいないことをようやく理解したリンは、怪獣によって手足を砕かれて、長らく入院生活をしている母親とのチャットを取りやめ、深いため息をつきながら重い腰を上げた。 この調子では今日は面倒なことは何もなさそうだと思っていたのにな、少し残念な気持ちになったリンだったが、こんな態度ではいけないと意識を切り替える。 今のリンはバリバリ仕事モード(自称)だ。 精一杯の作り笑顔を完成させ、背筋を過剰な程にピンと伸ばし、前髪を数秒で整える。 そして声帯を少しあげ、来客が来た時のためにわざわざ練習したオクターヴ高い声の準備をする。 鍵を上げ、ドアノブに手をかける。 「はーい、今出ますー。」 現在ではカードキー、指紋、顔や声で鍵が開く前タイプのキーが一般的であるが、この事務所は信じ難いことに旧式の手動キータイプのドアである。 一応、外側から開け閉めする時のみカードキーを用いるが、内側から閉めたり開けたり時は手動だ。 「いらっしゃいまぁー....................せ..........。」 ドアの先には、丸太のような手足をしている格闘家かと見紛うような体格の男が2人と、30手前程に見える落ち着いた風貌と態度をした女性がいた。 今は暑い季節だと言うのに、3人とも4枚は重ねているように見える厚着のスーツ。 男二人はサングラスで目元が確認できないし、女性は女性で、長い緑色の前髪が顔を隠している。 そのうえ3人とも微動だにせず、蝋人形なのでは、と思ってしまうほどに無表情だ。 (いや怖....................!!!!!) 何を話していいか分からず、リンだけが気まずい気分になる。 蛇に睨まれた蛙..........という言葉がピッタリである。 とってもかよわいおんなのこ(自称)であるリンは「しゃぁぁぁ!」と威嚇する猫のような眼差しで女性たちを警戒する。 無言の空間が、1分ほど流れた。 「あのぉ..........ご要件は?」 静寂を破ったのはリンだった。 リンとしては、警戒するしない以前に、彼女らに要件を言ってもらわないと、中に入れることが出来ないのだ。 リンの質問に返答する形で、ようやく女性が、肉声なのか、巧妙な合成音声とも取れないような声で話し始めた。 「レスパ長官の指示により、ミクロ・オトズナ様へお届け物に参上しました。」 (差出人の名前が偉すぎる....................っ!) レスパというのは、公営の怪獣討伐隊.................... つまりW.M.S.F.の最高幹部のひとりの名前だ。 なにかの謝罪会見をするときによくメディアに露出する人...........リンはそういう印象を抱いている。 なんの前触れもなく出された公営の討伐隊の長官の名に、リンは驚いた。 この業界に関わったことがあるのなら一度は名前を聞いたことがあるはずの名だ。 「....................ああ、どうぞ入ってください。」 リンは3人を室内に招く。 そして、機械のような動きで歩く3人を応対用の机前にある長椅子に座らせる。 まともに使用するのが数ヶ月ぶりの机に散乱した資料や書類をひとまとめにして、適当にミクロの机に置く。 そして冷蔵庫から簡単な飲み物を出し、3人に振舞った。 女性はリンが座った後、うしろに立っている男に合図する。 男らはいかにも頑丈そうな箱を大きな鞄から取り出し、机の上に置く。 そしてスイッチを押すと、リンの方向のみの箱の壁が透けて見えた。 「お間違いありませんでしょうか。」 そこにあるのは、真っ黒な腕輪だった。 本当に黒すぎて、リンはこれ以上の感想を抱くことが出来なかった。 お偉いさんからの派遣でも言い文句は配達業者と変わらないのか、と変な思考に陥ったリンだが、相手への返事には心底困った。 なにせ、何かを受け取る用事もなかった上に記入されている品名が理解できない。 困っているリンに、女性は紙を手渡した。 紙にはただ1つ 【固有武装《オンリーウエポン》:鍵《シュリュッセル》】 所有者:ベロキ と記されていた。 固有武装《オンリーウエポン》。 高度な技術を持つ職人が作った一点物の武装や、通常武装に過剰に機能を詰め込みすぎたものなどに与えられる名。 唯一無二で強力、そして独特な性能を持ち、複製することがほとんど不可能である事で広く知られている。 固有武装の中には使用者や周りの人にまで危険が及ぶ可能性もあることから、【危険武装《デンジャーウエポン》】と呼ばれる武装たちもある。 リンはキョトン、と首を傾げた。 リンは自分以外、近郊で固有武装を所持している人を知らないし、聞いたこともない。 そもそも固有武装というものは、易々と見れるような代物ではない。 使用するにはそれ相応のライセンスや財力、知名度や実力もしくは実績が必要だ。 それこそ、大きな活躍を納めてメディアに露出するような隊員や討伐者が持っているものだ。 「あー、お勤めご苦労さん。 ....................ってブルー。てめぇリンをおちょくって遊んでやがるな。」 リンが一生懸命、"なぜこんなにも貴重なものがここに届いたんだ?"と深く考えていると、背後から気の抜けすぎたミクロの声が聞こえた。 リンがミクロがこんな面倒な応対に首を突っ込むなんて珍しいな、なんて思っていると、ミクロは首にかけていたチョーカーを外した。 「だってミクロくんをびっくりさせたくて〜。 この子もかわいいじゃん。」 「チャイニーズは美女揃いなんだよ。 ....................こいつが良いのは面ァだけだ。要件済ましたら帰れ。」 (え?え?え?) なにかスキャンする機械のようなもので読み込みをさせた。 「あざしたー」 「....................なんですか?ソレ ....................それより誰ですか?あの人。」 リンはミクロが持っている腕輪の様なものを指さして、ミクロに質問した。 遠目で見ると、ただの黒い腕輪だ。 しかし、注意深く観察してみると、なにやら赤色の細かい紋様や文字が書かれていることを確認できる。 文字はそれぞれ「衝」「速」「守」「滑」「爆」「透」「跳」「強」と掘られている。 恐らく手書きの上からなにかのレーザーで灼いて記されたものだろう。 「ああ、これか。ベロキが帰ってきたら渡しといて。 あいつぁ....................また会うことになるかもしれねえな。僕の友人だ。」 「え....................終わり?」 ミクロは腕輪をコトンと応接室の応対用の机に置いた。 「話せねえ。いいな?」 「..............................。」 改めて見てみると、かなり細かい造形だ、という印象をリンは受けた。 持ってみると、思っていたよりは重たくはない。 世間の腕輪で考えるともちろん軽いわけではないのだが、その質感と造形、そして複雑な機械が入っていることからはとても考えられない軽量級だ。 黒が基調になっているのだが、書かれている文字をよく見ると、赤ともオレンジとも言えない色の線が伸びている。 それが腕輪の側面の中間部にたどり着いたあたりで件の文字が記されているのだ。 腕輪の内側には1つだけ小さな穴が空いていた。 腕輪の向きはわからないが、恐らく手首のどこかにこの穴が接することになる。 線は、その穴に向けて集中して伸びていた。 (なにかの....................エネルギーを送る装置なのかしら?) その後、数十分考えてみたリンだったが、"複雑だからベロキに説明してもーらお♪"という、楽観的な結論に至った。 そしてリンはそのまま本来の業務に戻り、二度と腕輪のことを思い出すことはなかった。 結果、この腕輪はベロキが帰ってくるまでの数時間、誰からも忘れ去られた存在に成り果てたのである。 ----- 午後8時。 俺はとある大きな荷物を持って帰宅した。 まず俺は、朝早くにはどのお店も営業していないことを自覚した。 近くの公園の近くにある建物の屋上で3時間ほど睡眠をとった。 5時半から3時間、つまり起床した時間は8時半。 目当ての場所....................武装の取り扱い店は9時からの営業だった。 目当ての製品は、ホバーボード。 リンさんのエアウォークを見て「空を飛びたいっ!」と思った俺は、ひとまずエアウォークを試してみた。 感想は、「合わない」。 単純に、俺とエアウォークの相性が良くなかった。 せっせこせっせこ移動したい気持ちが大きい俺と、しっかりと踏みしめながら移動しなければならないエアウォークは、性格的にも身体的にも相性が悪かった。 そして役に立ったのが、読み途中だった例のカタログ。 何もすることがない人間は本を読むというが、その法則は俺にも当てはまっていた。 「刃武装」を読んで選択肢の広さに感嘆し、「銃武装」を読んでみたものの自分はハンドガンしか使えないことを思い出し、「爆破武装」を読んで自らのコスモ耐性の低さに絶望した。 そして「補助武装」。 ここには、ちょっとしたミニアイテムが沢山書かれていた。 怪獣討伐のための専用スーツ(そういえばこの事務所にそんなものはないなぁ)、多機能なゴーグルやインカム、例の「エアウォーク」や、索敵のための装置。 そして見つけたのが「ホバーボード」だ。 ホバーボードは、全長1メートル、厚さ10センチくらいの武装。 武装にしては珍しく、「コスモを込めなくていい」武装だ。 「どうしようかなぁ....................。」 ホバーボードには、平均的な速度を出せる「コモンタイプ」と、最高速度まで加速すればちょっとした飛行機の並走できる速度が出る「ブーストタイプ」がある。 コモンタイプは120$。 ブーストタイプは180$。 お金がカツカツになるという代償のもと、ブーストタイプも買えてしまうのだ。 この2種類があることは全く知らなかったので、それはそれは迷った。 VRを用いたお試しもしたが、どちらのモデルもそれはそれは魅力的。 1時間近く睨み合って眺めている中で、店員さんが最後の後押しをしてくれた。 「コモンタイプなら、後付けでブーストタイプにカスタムできますよ....................少しお高くなりますけど。」 こうしてコモンタイプのホバーボードを手に入れた俺は、悩みから開放された。 そして、ふたたびこの間行ったお風呂に行き、残りの時間を全てそこで過ごした。 お昼も、そこの中で営業しているご飯屋さんで食べた。人生で初めて食べたよ、オムライス。 ちなみに、お風呂に浸かっていた時間は数えていないが、星が見え始めたあたりで出たことだけは覚えている。 改めて考えたら信じられない時間をお湯の中で過ごしていたが、俺なりに楽しかったからそれでいいんだ。 ..............................たぶん。 事務所に帰ってきた俺は家を出たときよりかは遥かに綺麗になった(便宜上)応対用机に驚いた。 だって、ここに来たその日から1度たりとも片付いているところを見たことがないから。 でも、驚いたところはそこじゃない。 俺はその応対用机上に見慣れた腕輪..............................「鍵《シュリュッセル》」が置いてあるのを見つけた。 え?誰も見張ってないの。 これ結構貴重らしいんだけど..........。 俺は無造作に置いてあった「鍵《シュリュッセル》」を持ち上げて、腕につける。 少しカシャカシャと動かして動作確認、腕輪内側に空いた穴から、細い針が出てくる感覚もある。 「久しぶり、俺のメインウエポン」 うーん、どうだろう。 大体7ヶ月ぶりの再会だ。

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