鯣烏賊 / 第32話

夜闇を覆うは漆黒の霞、現るは歯車を廻す皓き者 その10

「おーい!俺はこっちだぞー!」 びゅんっ! 触手を避ける。 「本当に攻撃当てる気あるのかー!?このエセ水タコー!」 ぐわっ! 再び触手を避ける。 「そんな遅っそい攻撃、当たる気がしないねー!」 びゅんっ! 「危なっ!」 またまた触手を避けて....................いや、こんなことやってたらキリがない。 けれど、生半可な攻撃を繰り返す程度のことでは、攻撃が効いているのかわからない。 それに、どの程度の耐久力を持つのか分からない未知の敵を相手に、耐久力勝負という究極の泥仕合を持ちかけたとしても、とても決着がつくとは思えない。 作戦の前提の部分として、俺がトドメを刺す役ではないのではあるが、それにしてももっとこう、もう少し....................こう、できることはあるはずでしょ。 「おっと危ない。」 しまった。 これでは後ろに行き過ぎだ。 これ以上後ろへ後退してしまうと、俺の本来の役目を果たせなくなってしまう。 俺を執拗に狙って矢継ぎ早に繰り出される触手攻撃たちを避けながら接近するように回り込み、注意を別方向....................今は横向きに逸らそうと努力する。 タランチュラを伸ばして木々を伝ってゆけばほら、すぐ横に回り込め....................。 「っ!!!」 危ない。 本当に危なかった。 さっきよりも触手攻撃の速度がはるかに上がっていた。 タランチュラが光を帯びているから、逃げた方向へ追われることは重々承知だったけれど、ここまで先回られるとは思っていなかった。 相当、俺のことが鬱陶しいんだろう。 じゃあもっともっと面倒臭いことしてやるよ....................! 今度は攻撃を避けるときに、俺の横を掠める触手を、すれ違い様に切りつける。 ....................もとい、その液体の弾性を活かして刺す。 液体であるとはいえ、それなりの弾力と耐久性を持つやつの触手にファルシオンの刃を突き立て、それにしがみつく形で、やつの体へ張り付く。 俺のこの行動は撹乱と検証というふたつの意図を孕んでいて....................わあ、やめろやめろ!俺を振りほどこうととするな!ジタバタ暴れるんじゃない!! えーっと、さっきまで使っていた「速(ラピッド)」の機能を切ってダイヤルを回して....................。 機能決定! 「鍵《シュリュッセル》:衝《ストライク》!」 俺は握っているファルシオンの持ち手を通じて、「衝《ストライク》」を発散するためのエネルギーを刃へと纏わせる。 「発散!」 刃部分に纏わりついたエネルギーが、力を溜め込んだゴムのピストルのように一気に発散される。 目の前のどす黒い黒い液体は空中で木っ端微塵に分解され、さっきまで俺を振りほどこうとしていたあのとてつもない力がフッ、と消える。 今はとにかく、相手の注意を俺に引き付けなければならない。 そのためには、たとえ十数秒ていどで回復されることがわかっていても、やらねばならないのだ 空中に放り出された俺は、更に「鍵《シュリュッセル》」のダイヤルを回す。 そこにある文字は「守《ガード》」。 俺はその機能を起動する。 「守《ガード》」はその名の通り、俺自身のまわりに、大きさの自由が効く板状のシールドを生成する機能だ。 だがしかし、シールド自体の形が板状に固定されてしまうので形状的な汎用性に欠ける上、耐久性が心もとない(マグナムのピストルをギリギリ防げる程度)という期待はずれの残念仕様。 正直、盾として使うなら一般の業者が販売している「シールド」と呼ばれる区分の武装の方が何倍も優れている。 実際、俺も今まで、「守《ガード》」は防御目的で使ったことはほとんどない。 じゃあなんで今使うのかって? この固有武装の作り手も、多機能の武装にする上でひとつひとつの機能の性能が弱いものになってしまうのは重々承知だったはずだ。 むしろこの「守《ガード》」に関しては、意図的に盾としての性能を下げられていると言ってもいい。 強度が弱いということは、結晶コスモの圧縮に時間がかからない、ということである。 市販の武装は強度を重視しているがゆえに、1度完全に破損してしまうともう一度使用できるまで平均数十秒の「再使用時間《リキャストタイム》」が設けられている。 さて、耐久性に難のあるこの「守《ガード》」の再使用時間に目を向けてみよう。 なんとら説明書のどこにも記載がない。 つまり、再使用時間を必要としない、間をおかずに連続して使えるということだ。 現在の状況を例に使用方法挙げてみよう。 さっきまでしがみついていた触手が無くなった今、俺はどうなると思う?............当然、空中に放り出される訳だ。 そこで役に立つのがこの「守《ガード》」。 自身のまわりに盾を生成するのだが、これが盾は盾ではなく「足場」としてかなり便利。 いくら脆いと言っても、それは怪獣と戦っている場合の話だ。 人間1人分の体重を支えることなど容易である。 さて、足場として使用した「守《ガード》」で作った足場の上に着地する。 その瞬間、さっき吹き飛ばした触手ではない、もう一本の触手が俺を狙って動く。 「あっ....................ぶないんだよ!」 しかし、この「守《ガード》」には再使用時間がない。 さっき使ってから5秒も経っていないタイミングでも、さっきと同じ強度の足場を生成し、空中に着地。 そのまま近くの木の枝にに飛び降りた。 俺は即座に「速《ラピッド》」などは使わずに、己の体のみでその場から離れる。 木々たちを足場に使ってゆき、一旦、森の中の深い場所へと避難した。 背後から木々が折られる音が聞こえる。 距離にして30メートル、というところだろうか。 あいつの心ははだいぶ荒れてるけど....................俺は一旦休憩。 うわ、視界が歪む。 俺はここら辺で一息つくことにする。 5分間くらい間隔を開けずに「速《ラピッド》」を使い続けてたら流石に酔う.........! 俺は周りの空気を思いっきり吸う。 深呼吸! .............よし、身も心もある程度は落ち着いた。 よし、せっかく休憩できて、尚且つ、やつから離れている。 光が出せる今にやらないといけないことは....................。 「ん?」 この俺の頬についているものはなんだ? 俺は指で軽く"それ"を拭う。 そこにあったものは。 「まずい!」 気がついた時にはもう遅かった。 俺の目の前にはあの黒い液体が大量に漂っており、俺を囲むように動いている。 その場を離れようとする俺だったが、既に俺の足にはその触手の一部が接していた。 あっという間に手足を拘束され、俺は黒い液体の中へと勢いよくぶち込まれる。 「がぽっ....................ごぽぽぽ..........!!」 しかし案外、普通の水である。 どす黒く、やや粘土が高いことと....................それと。 「|ごべば《これは》....................???」 普通の人よりも優れた視力を持つ俺の目だから見えるのだろうか? この、黒い液体の中を泳いでいる無数の、淡い黄色に光る生命体たちが....................。 ----- 「まったく、あのクソ上司は人使いが荒すぎるのよ....................!」 リンはこう毒を吐きつつも、バズーカの冷却装置の部分に開けられている穴のような部分に、手のひらサイズの瓶に入れられている水をはめる。 「凸」と「凹」がうまくハマるように、この瓶かはめられると、水入り瓶はバズーカの内側へと入れられてゆく。 この水はメーカー独自設計のカートリッジに入っているものであり、バズーカの冷却装置周辺に開けられた「スロット」にはめることで、冷却を促すためのものである。 水を装填したことで冷却装置をブーストさせる機能が作動し、小さな照準兼モニタに表示されている再使用時間の減りがみるみる早くなってゆく。 今は弾が入っていないバズーカを空のままリロードすると、さきほど入れた水入り瓶がコロン、と落ちてきた。 このバズーカには、定められた威力の上限はないものの、リンの持ちうる限りのコスモを詰め込んだ最大火力を出してしまうと、まるでオーバーヒートしたかのような現象を巻き起こしてしまう。 こうなると、それ相応の再使用時間が発生する。 その時間は約3分。 込めるコスモの量によって威力が変動するこのバズーカも、リンのつぎ込むコスモは途方もない量なので、相当な負荷がかかる。 この「擬似的オーバーヒート」とも言える状態で無理をしてしまうと、武装が致命的な故障をしてしまう。 万が一壊してしまったら....................と今までに何度考えたことだろうか、とリンは思いを馳せた。 そして冷却を確認すると、ポーチから約20センチもある巨大な弾丸を取り出し、今度こそ本当に弾をリロードした。 ミクロは先程、リンに通話で作戦の必要事項を伝えたあと「あとは僕がやるべき事をやるから」とでも考えているかのような速さで、通話を、まるで柵取りされたマグロを刺身にするかのようにぶつ切りした。 ミクロの提示した作戦は至って簡単。 ①ベロキが相手の注意を引き続ける ②リンが最大威力の攻撃をぶつける ③あとは僕がなんとかする この3ステップだ。 一見簡単に見えるこれも、難易度でいえばかなり高い....................否、これは難易度の問題ではない。 むしろ、多分に運の要素を含む。 それは「相手の注意を引き続ける」こと。 ベロキがどれだけ上手く陽動を続けても、鬱陶しい行動を続けても、相手の気分次第ではその行動たちが全く無意味な行動になってしまうこともある。 この作戦は、「相手の気分」という最大の"運"の要素を考慮しない前提ならば、誰でもできるといってもいい。 失敗してしまっては相当、面倒なことになってしまうが....................。 いや、たとえ失敗しても何とかできる....................。 リンは途中まではこのように思考したが、あえて失敗のケースは考えないことにした。 萎縮して失敗してしまうと元も子もない、リンはそう考えていた。 «リン、まだ撃てねぇのか?» ミクロが急かしてくる。 バズーカに取り付けられているモニタを見ると、再使用時間は残り10秒に満たないほどにまで短縮されていた。 (カートリッジの冷却様々よ....................。) リンはコソコソと隠れていた岩の裏から出る。 そして、ベロキと血気盛んにじゃれあって....................じゃれあいながら周りの物をすべて破壊してしまっている液体蛸のあの「肉塊」を狙えるような位置まで移動する。 リンは生物学について、それなりの知識を持っている人間だ。 ここ数十分戦闘を繰り広げている目の前の生物の生態も、おおよその予測はついていた。 あの黒い水は、正真正銘、水である。 なぜあのようにコスモが圧縮されるまでになったのかは定かではない。 しかし、あの水を操っているのは「動物性プランクトン」の1種である。 そうリンは睨んでいた。 必死に隠している肉塊....................か仮にあの肉塊を跡形もなく吹き飛ばしたとしたら。 仮に、プランクトンたちがあの肉塊から栄養を吸収して動いている生物だとしたら。 (ま、ミクロさんもアロも同じことを考えているわね、多分....................。) リンは位置についた。 そして、 «もうすぐ撃てます» と手短に返事をし、さっきのお返しだと言わんばかりにミクロとの通話をブツ切りにする。 リンはいよいよ本格的に、最後の攻撃の準備を始めた。 ----- 『ねえミクロ、ほんとに貸さなくていいの?』 「ああ、大丈夫だ。」 ミクロは首についたチョーカーに指を触れさせる。 そのチョーカーは一見、黒い皮で作られた一般的なものに見える。 しかし、おおよそミクロの"のどぼとけ"のあたりには天然とも人工とも取れないような、赤く光を反射する石のようなものがついている。 「本当はこれでもダメなんだよなぁ...............................はぁ。 こりゃ今度、レスパに怒られるなぁ。」 チョーカーについた赤い石に指を触れ、こう呟く。 「|過去の遺物《レガシーウエポン》:|音の舞う舞台《オルケストラ》....................起動。」

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