鯣烏賊 / 第33話

夜闇を覆うは漆黒の霞、現るは歯車を廻す皓き者 その11

「人間じゃないお前に向けて語るのもどうかと思んだがぁ、な.....................オーサン」 『なにかしら?』 ミクロは屈伸のような動作をしながら、体の横のほうに漂うオーサンへ話しかける。 とはいえ、今のオーサンはミクロ意外には視認できないし、声もミクロの脳内に再生されているため、彼以外には聞こえない。 傍から見ると屈伸をしながら自問自答している不審者である。 「部下っていいモンだな。」 『急に何を言ってるの? 』 「別にいいじゃねえか。僕ぁちょいとばかし、あいつに感情移入しちまってんだよ。」 『こんな戦闘中にやることではないわ。』 「そりゃぁ、悪かったって。」 『あなたが何を思っているのかは理解できないけれど....................部下なら、リンちゃんがいたじゃない。』 「あれはさぁ、部下じゃねえよ。 ..............................ただのクソ生意気な後輩だよ。」 『何を言ってるのかわからないわ。』 「あぁ、たぶん誰も理解しちゃくれねえさ。」 ミクロは移動をしながらオーサンと話す。 目的地は、木々の間を縫い....................森の少し奥の方。 少なくとも、絶対に森の外からは見えないような位置に身を置く。 そこにはミクロを縦にも横にもすっぽりと隠せるような大樹が生えており、ミクロは暴れている黒い液体の塊のちょうど対極になるように位置取る。 「だってよ、最低賃金ギリギリのクセしてあんなに働いてくれんだぜ...................? こっちからしたら最高じゃあねえか。」 『随分、酷いことをいうのね。』 「てめぇもわかってる癖によ。 ベロキは世界に存在している事そのものが重要だってさ。」 『あなたが例の目的で彼を呼んだのなら....................そんなに彼自身へ情を持つものなのかしら?』 「持つのさ。僕ぁバカだからよ。」 『わからないわ。』 「わかんなくてもいいさ。」 『そう。 ....................位置はここでいいのかしら?』 「オーケー、オーケー。ばっちりだ。」 ミクロは再び首に巻いたチョーカー....................もとい|過去の遺物《レガシーウエポン》「|音の舞う舞台《オルケストラ》」へと触れる。 「交響曲第8番、『未完成』。」 ミクロがそう呟くと赤い石が淡く光り、それとともにミクロの指先、足先が透けて見えるようになってくる。 ものの数秒でその現象は全身を覆い、そしてミクロは完全に見えなくなった。 「よぉし、準備万端、」 そもそも、「|過去の遺物《レガシーウエポン》」とはなんなのか。 過去の異物....................これは各国の誇る優秀な学者たちが、研究会にて分類の仕方を未だに言い争っている複雑な代物である。 しかし、どれだけ意見が分かれようとも共通認識として持たれていることは、「現代の科学力では再現不可もしくは、再現が極めて困難なものの総称」ということだ。 この認識が覆されたことはない。 現代に製造されているコスモを使用した武装は、「使用者の体内」から取り出したコスモを、制御装置によって何らかのものに「変換」させて使っている。 例えば、刀。 取り出したものを結晶にまで圧縮して使う。 例えば、弾丸。 火薬状のものを、殻で覆うように加工して使う。 例えば、シールド。 こちらも、結晶にまで圧縮させて使う。 これは通常の武装であろうが固有武装であろうが、どのような道具においても例外なく決まっているものだ。 ならば、なぜ過去の遺物というものが特別視されているのだろうか。 過去の遺物は、先に挙げた他の武装たちとは大きく異なる特徴を持っている。 それは、使用するコスモの集め方である。 大まかに分類をすると、 【1】コスモを人体から取り出す 【2】コスモそのものを増幅させる 【3】コスモを無から生成する この3つとなる。 通常の武装や固有武装たちは、【1】の方法のみで、使用するコスモを集めている。 そのため、取り出す人体....................および、使用者の体がどれだけコスモに耐えられるのかで、武装の性能を決定づけてしまうと言ってもいい。 もちろん、過去の遺物でさえも【1】の集め方を主としている。貧弱なコスモ耐性で扱える代物ではない。 しかし、【1】に加えて【2】と【3】の集め方が同時に行われると考えると、前提か変化してくる。 人体や空気中から抽出したコスモを、さらに「増幅」させることができるのだ。 このような技術は現代科学では再現が不可能であると結論づけられており、あまりに強力で突飛なその性能から「オーパーツ」であると比喩されることもしばしばある。 まさに、過去文明の遺した遺産なのである。 «ミクロさん、撃ちます!» 「あいよぉー!」 リンの合図の直後、ミクロのいる場所のちょうど真上のあたりで爆発が巻き起こる。 火花の類は全く使われていないが、その衝撃波と巻き上げられた土煙があたりの視界を占領し、濁らせてゆく。 (|クレッシェンド《だんだん強く》+|アラルガンド《遅く、しかし強く》....................!) そんな中、周囲の視界から解放されて透明となったミクロは、機能発動に際して発生する「光」を無視し、能力を行使させてゆく。 本来ならばミクロの持つ刀武装....................「打首刀」が発動した機能によって光ってしまうのだが、透明になっていることで、ミクロ本人から発される光は全て「なかった」ことになる。 「2人の手前に大口叩いちまったからにはよぉ.................................。」 (|バッラ・ドッピア《終止線》....................!) 準備万端のミクロは、透明化の解除を宣言した。 手足の指先や頭のてっぺんから、静電気が弾けるような淡い光とともに、段々とミクロの人間らしい肌が現れる。 金髪と黒髪が混合した頭髪が少し露出し、髪の毛が現れた直後には目の部分の透明が解けていく。 露出された右手には刀を持っていてる。 鞘から少しだけ露出させられている刀の刃は「バチバチ」という音が良く似合うほどに、火花のような光が散っている。 「僕がちゃんと決めねえと...........................。」 爆発が巻き起こってからこの瞬間まで、この間わずか5秒に満たず。 地上の、爆発があった真下あたりの位置で透明化を解除していたミクロは、地を踏みしめて刀を構える。 腰に吊り下げた鞘から伸びた取っ手に利き手をかけ、逆の手で鞘を抑える。 抜刀術の構えである。 きゅらららぁぁっ....................!!! そのまま、抜刀して振り上げた。 抜刀した刀は、その刀身が伸ばされている。 長さは倍どころではなく、射程はちょっとした遠距離武装にも匹敵しそうな程の長さである。 伸びた刀身は経路の上にある木々たちを切り倒しながら、爆発によって発生している煙を掻き分けながら、確実にそのどす黒い液体の中心に向かってゆく。 ミクロの存在に気がついた触手の攻撃よりも数段早く、行動は完了した。 ずぶん、という重たい音を立てて、黄色く鋭利な刃が黒い液体に沈んだ。 「格好がつかねえだろうがッ!!!!」 ギシシシ、という重さがミクロの体にもたれかかる。 刃を伸ばしたことによるてこの原理によりパワーが増した反動の重さに、思わず腕を引いてしまいそうになる。 (|アニマート《活発に》..............................) 体を補強して重さを軽減しても、すぐさま次の課題が差し掛かる。 「ったく剣とは相性が悪ぃなぁ...................。」 壁、という表現が適切なほど物質が強く結合しているその液体は、捕縛しようというほどの勢いでミクロの刃を呑み込んでいく。 (|フォルテッシモ《とても強く》...................!!!) 「けどよぉ、言い訳は出来ねぇな!!」 手応えを感じたミクロはそのまま目一杯の力を込めて、限りなく個体に近いその液体を切り抜いていく。 確かに、硬いものは硬い。 しかし、リンの高威力な砲撃の余波によって、絶対的な液体そのものの体積が大きく減り、結合の強さも少しは弱くなっているその液体の壁をものの数秒で突破したミクロの刃は、中心部に鎮座している肉塊に触れる。 (|モルト《さらに》!!) 液体の反発が無くなったことで、肉塊のまわりの部分の強度かなり柔らかくなっている。 いくら人の数倍はある巨大な肉塊とはいえ、所詮はただの生肉ミートボールである。 その深紅の物体は、瞬きほどの速さで見事に両断された。
|音の舞う舞台《オルケストラ》 宝石屋の真贋査定に持ってこられたチョーカーに過剰な金属反応が探知されたことをきっかけに発見された過去の遺物。 発見されたこと自体はかなり初期の部類であるが、そのあまりに特殊でピーキーな機能の性質上、使い手として最適な人材が現れにくい。 過去の遺物は一般に広く知られているものも多々あるが、この「|音の舞う舞台《オルケストラ》」は、最も知名度の低い過去の遺物と言って差し支えないだろう。

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